2020年2月22日土曜日

団塊世代のインフルエンザ闘病記! The baby boomer's against flu fight !

 2月5日21:00に突然 全身が悪寒に襲われた。いきなりの事だった。たった15分間であれよあれよという間に寒く感じ、部屋の温風ヒーターの温度を上げたものの効果なし。「すわ発熱だ!」と体温計で三度計るも何故か36.2度以上には上がらず、平熱のままだった。

 ユニクロの薄いダウンジャケットと厚手のフリースを着て、アディダスのジャージの上からユニクロの迷彩柄オーバーパンツを穿いてロフトの寝床に入った。21:20だった。
 アンダーは長袖のユニクロ・HEATTECHを二枚重ね!もう万全以上のいでたちで汗をかかない訳がない重装備だったが、一滴も汗はかかなかった。鍋ネコのように丸くなって布団の中で震えていた。まずこれが「単なる風邪ではないかも、何かオカシイ?」と思った最初だった。当人ここまでは当たり前の風邪だとばっかり思っていたのだ。

 その割には咳、くしゃみ、頭痛が全くないので変だな?という状態ではあった。そういえば初期症状と思われるのは体全体の弱い関節痛と本来普段全く感じない腰の違和感(腰痛?)それに喉の乾燥(痛くはないがカラカラ状態)があったな・・・と思い返す程度だった。

 しかし、悪寒が始まった途端いきなり首を動かすと普段と違って痛い程コキコキ音がするし、筋肉という筋肉や関節が油が切れたように痛い。椅子から立ち上がるだけでバキバキ音がするような気がした。

 で、総合病院の副院長を務めている従弟に電話して訊いてみた所、「それは風邪じゃなくてインフルエンザだから家族から隔離して、即診てもらった方が良い。」との話だった。薬やサプリは受け付けない体質なので基本的に飲まない。だから悪寒がしても怠くても寝ればなんとかなる!という考え方でとにかく寝ることにした。
 
 ロフトのベッドの中で3時間経って悪寒が収まってきたので、着こんでいたものを半分減らして爆睡状態に入り、6時間寝込んで翌朝06:00になった。
 いつも愛犬散歩で起きる時間に体内時計がセットされているのだろう、いつも通りの起床だった。そこで再び体温を計ったらなんと37.5度あったのだ。少し楽になったのに今頃発熱?と思ったのだが倦怠感は相変わらず最大値だし、筋肉痛・関節痛は半端ではないのでそのまま犬のように寝続けてしまった。何もする気が起きず食欲は全くなし! 結局24時間寝続けて途中食べたものは中村屋の肉まんとあんまん1個づつだった。

 この間トイレは2時間に一回は行ったし、大も小も普段の倍の回数は行ったと思う。この排泄回数の多い間に、局部的な体の異変に気が付いたのだ。相当な腫れで用を足すにえらい事になってしまっていた。

 悪寒発生から33時間が過ぎると熱も平熱になり、悪寒はおろか、倦怠感、筋肉痛、関節通もウソのように急激に消え、寒冷前線が通過した直後の青空ような急な回復状態になった。
 つまり発症後翌々日の朝6時にはいつものように犬の散歩にも行けたし、38時間後の午前11時には700m程離れたコンビニまで買い物に行ける程回復していた。

 普段のランニングと免疫力を付ける食生活が功を奏したのだと思った。

 しかし、肝心の局部の腫れと痛みは引かず、徐々に自然治癒するのを待ち、その後10日して先出の従弟の勧めに従い、恵比寿に在る彼の勤務先の病院の泌尿科を生まれて初めて訪ねたのだった。
 結果はやはり感染症、インフルと直接関係があるか否かは不明だったが、既に9割方自然に治っているとの診断だった。素人療法ながら腫れを発見した際にあまりのショックで、家人が8か月前の風邪で処方してもらった軽い抗生物質を貰い、2日間朝昼晩と6回飲んだのが功を奏したのかもしれない。

 泌尿科というと一生涯一度もかからない御仁もいるだろうが、先生に訊いてみて色々知らない事を知った意味では行って良かったと思った。自分の子供より若い先生かも知れないが、数多くの人間を診てきた経験値は凄いものが有る。と、同時に自分も「動物」のオスの一種なのだと自覚させられることが多かった。総合病院で「人間の本能」について学んだ今回は貴重な経験だった。

 此の総合病院は以前7年ほど前、捨てるのを忘れていた8年前の古い抗生物質薬を間違って飲んだ薬害で、肝臓が腫れあがり各数値が規定の7~20倍になって大騒ぎになった事が有って此処へ駆け込んた。
 それと3年前人吉の山奥でイノシシのメスの突進に出遭い、腐った倒木に駆け上がってジャンプして躱したものの、重たいカメラを抱えたまま両ひざから地面に落ちて血だらけになってしまった事が有った。この際傷口から雑菌が入り、数日後帰京して両足が蕁麻疹だらけで真っ赤になってしまい、この病院でステロイド点滴で難を逃れたのだった。
今回はそれ以来の訪問だった。 しかし、今回近代化された病院のあまりの受診・会計システムの変化に戸惑ってしまい、係の人に教わり教わりついて行くのがやっとだった。
全てコンピュータ処理での時間短縮は素晴らしい。

 病院のシステムは日進月歩、ものすごい変化を見せていた。診察はほとんどが電話予約で二日以上前にしないと飛び込みでは相当待たされることになる。人間病院へ駆け込むという程緊急を要する状態が多いのに、2日目じゃないと予約できない…これは何かおかしいんじゃないのかとも思うが?
 こんな状態だからイージーに救急車要請してしまうのでは?…などと待合室のソファーでなかなか出てこない自分の番号を待ちながら思いを巡らせていた。会計も機械化され会計待ちがなくなった。もちろん健康第一で病院へなど行きたくもないのだが、団塊世代も70歳を越え、この先いろいろなガタが来た際にビビらず病院へ行けるようにしておく必要はあるだろう。

 まだ10年後、命があれば桂文珍(彼も同い歳)の落語(老婆の休日)ではないが、「いつも病院の待合室でサロンのように井戸端会議をやっている通院仲間のタネ子さんが今日は病院へ来ていない、すると常連のオヨネ婆さんが『タネ子さん、今日はどうしたの、来てないねぇ?どっか悪いんじゃないだろうか?』というブラックなお話」と我々も同じような状況になるだろう気がする。

※病院内は撮影禁止なので今日は病院内の状況画像は一切ない。悪しからず。