キクイタダキは基本的に北海道や本州中部以北で繁殖するようだ。だから夏季に九州で見かけることはあまりないらしい。
筆者は九州で三度ほどこのキクイタダキに遭遇したが、いずれも11月の南阿蘇休暇村、11月の人吉市球磨川土手、それに10月の北九州小倉北区の足立山森林公園だった。
それ以外で遭遇した場所は、京都御所、広島の厳島神社、奥日光戦場ヶ原、こちらは夏。
今日ご紹介は南阿蘇の休暇村で出遭った個体。
キクイタダキは基本的に北海道や本州中部以北で繁殖するようだ。だから夏季に九州で見かけることはあまりないらしい。
筆者は九州で三度ほどこのキクイタダキに遭遇したが、いずれも11月の南阿蘇休暇村、11月の人吉市球磨川土手、それに10月の北九州小倉北区の足立山森林公園だった。
それ以外で遭遇した場所は、京都御所、広島の厳島神社、奥日光戦場ヶ原、こちらは夏。
今日ご紹介は南阿蘇の休暇村で出遭った個体。
1日8時間以上パソコンに向かって何かをしている筆者は、11年間使い続けているパソコンの調子が最近おかしいので、機械的限界と考え新しいものを購入、データをすべて外付けHDにバックアップし、我がパソコンの師に使い続けたPCのOS入れ替えその他メンテを依頼した。
まだ、新しいPCの調子その他調整で、旧PCの現役復帰はTwinモニターとの結線や2台のPCを1個のマウスと1個のキーボードで操作するリンク・コードをセッティングする為、少し先になるだろう。
野鳥関連の画像データが50万カット以上になるので、不要データを1/3は消去したにもかかわらず相当数が残っている。塵も積もって今や押しつぶされそうだ・・。
そんな中、明治神宮で撮影したカイツブリの画像が出てきた。超逆光下での撮影。
野鳥撮影は生態の瞬間を撮りたい・・とこのブログで幾度も申し上げているが、こういった光とのコラボの瞬間も面白い。
筆者は野鳥撮影に毎日勤しんでいるが、やはりその生態のある瞬間を収録するのが一番うれしい。ただ枝に留まっている野鳥はなんか鳥類図鑑の様で味気ない気がする。
やはり採餌の瞬間、繁殖活動の瞬間、縄張り争いの瞬間など必死の行動の一瞬が切り取れたらどれだけ嬉しいだろう?
今日のブログはササゴイが石積みの土手からダイブしてオイカワをゲットしようとして逃げられ、追いかけて二度目のアタックをしたにもかかわらず失敗した起承転結。
最後の悔しそうな「くそーっ!」という瞬間の顔つき!筆者的には野鳥撮影をしていて最高のカットの一つだと思っている。
写真には撮れなかったが、今年三鷹の野川でオオヨシキリの声を聴いた。9月の初めころ三日間同じ野川土手の薮でギョシギョシ♪と聞こえたので間違いないと思う。
実は数年前も少し離れたため池のそばの葦原で鳴き声だけ聴いていたので、野川流域で夏を過ごしているのは間違いのない所だろう。繁殖しているか否かは不明。
オオヨシキリを撮影する方はたいていその大きな鳴き声を目当てに目視して撮影すると思われる。したがってオオヨシキリの写真の多くは真っ赤な口を開けて頭の毛を逆立てて鳴いている場面が多い。せっかくだから黙っている画像より大口を開けて天に向かって鳴いている場面のほうが良い写真だから・・と、そうなるのは良く判る。
しかし縄張りを主張している際よりも、羽虫をフライングキャッチしたり採餌しているときのオオヨシキリも良いものだと筆者は思う。今日はそんなオオヨシキリが蝶を見つけて採餌するシークエンス。
先日の読売新聞の15段全面広告の「おせち料理」を見て、またか!と思った。
基本的におせち料理の普及データって、どうなっているのだろう?
祝い事の食事ものがいわゆるおせち料理だろうと思う。
詳しく言えば、おせち料理の由来は季節の変わり目にお祝いする節句、節日からきていると習った。1月1日元旦や7日の七草、三月三日の桃の節句などを祝い、神に奉じたお供え物の食物をいただくのが「おせち料理」だと習った。
ところが、昭和から時が過ぎて令和の時代になり、ハロウィーンやクリスマスは祝い騒ぐものの、日本古来の節句、正月・七草、桃の節句、端午の節句、七夕、重陽の節句は、すっかり忘れ去られ、祝日に国旗すら掲揚しない国民になってしまった日本人。
そんな中、正月のおせち料理だけ出来合いの豪華なものを競い合って購入し、「正月気分」を味わう日本人。大都会の住民は自分で作ろうなどとは夢にも思わない情けない時代になってしまった。
日本古来の伝統を、根本精神を忘れ雰囲気の良いスタイルだけ踏襲するという中身のないものにしてしまったのが現代の日本人なのだ。
そんな中で、豪華さを競いながら全てが「冷凍」という。味そのものより見てくれを重視した「見せかけ豪華」なおせちのお重。嘆かわしいことだ。
解凍したおせち料理をほんとに美味しいと思うのだろうか?それは手作りの本物を知らないからだろうと察する。
筆者は以前からこのブログでも述べてきた。
今や正月をじっくりと伝統スタイルで過ごすのは高齢者だけだということ。
子供も育って独立て家を出、家には老夫婦しか残っていないケースが非常に多い日本の家族。一人住まいになってしまった高齢者も多いことだろう。
そんな消費者に競い合って豪華な大ぶりのおせち料理を、これでもかと売り込む日本の商売、どこかおかしくないだろうか?
果たして老夫婦が豪華な伊勢海老の鬼瓦焼のようなお重を欲しているだろうか?
以前から筆者は言っている。お重は小さな三段で一番上が生もの中心に日持ちのしない新鮮な料理食材。二段目が三日は持つもの。三段目が1週間は日持ちする保存食糧中心。
こうすれば1日、一段を完食しつつ三が日を過ごせるではないか?三段目は冷蔵庫に入れれば1週間以上は持つ・・・、これが合理的なおせち料理の様な気がするが如何ろう?
さらに器は小さな漆塗りの上物で何度も使えるきちんとしたもの。初年度だけは器代が入るため高価だが、二年目からのリピートは食材だけだから半額以下になろう。
もう少しおせち料理を販売するビジネス、考えた方が良いと思う。
久しぶりにヤマセミの生態をご紹介。
筆者が自費出版したいくつかの山翡翠(=ヤマセミ)生態写真集をご覧になった方はすでにこの画像に似た場面をご存じだと思う。
過去においても二羽の山翡翠(やませみ)が並走するシーンをご紹介している。
http://yamasemiweb.blogspot.com/2019/07/the-reason-why-of-pair-flights-of.html
5月末~6月初旬にかけて巣立ったヤマセミの幼鳥は、最初の10日間ほどは毎日同じ場所、例えば大きな木の横枝、大きな岩、大きな倒木に集合して並んでいることが多い。
ほんの1週間しかこの状態にはお目に掛かれないので、ヤマセミが繁殖している地元にお住まいの方しかこの場面には遭遇できない。
筆者は人吉市にお住いのヤマセミにごくごく近い方々からの情報を得て、すぐさま翌日羽田から飛び、こういった場面に数回遭遇できている。
ただでさえ遭い難いヤマセミ幼鳥が、4羽も5羽も横一列に並んでいる場面は壮観だ。
最近、東京都心のカラスが減ったという。そりゃそーだろ?みんな三鷹の国際基督教大学のキャンパスに来てる気がするもの。夕方など高圧線電線に鈴なり、その二百羽ほど・・。
いつも野鳥撮影する野川でも常時30羽ほどはいる。
此のカラス、やたら悪戯をするし繁殖時には人間も威嚇する。筆者が長年その生態を研究しているヤマセミにとっても厄介な存在。
ヤマセミを獲って食うわけではないが、とかく傍に寄ってきてちょっかいを出す。長年ヤマセミを追い続けてその生態を注視し続けたからこそ撮れた場面。