2021年5月11日火曜日

カワガラスは渓流であればどこにでもいる様だ。 The Brown Dipper lives every clear mountain stream.

  カワガラスは清流であればほぼ何処にでもいる様だ。山奥の渓流だけとは限らず、人口3万人の山間都市の真ん中を流れる川幅200mの川にも生息している。もちろん川の水が奇麗であるという事が最低条件だが。餌に成る川虫さえいれば・・。上高地、中禅寺湖、湯川、球磨川、全国各地で遭遇している。

 筆者が好んで行く日光・奥日光エリアにも結構な密度で生息している。中禅寺湖畔で相当数を確認撮影したこともある。今回は日光東大植物園の裏を流れる大谷川の少し下流部での観察だった。朝8時頃の話。

 営巣中なのか、口いっぱいに餌をほおばって飛んでいく姿や慣れない採餌行動を撮影出来た。2回に分けて投稿したい。今日はまだ幼鳥と思わる個体の採餌途中の様子。

 胸が茶色いマダラなのでまだ若い個体のように見受けられた。

胸の辺りがまだブチ模様なので幼鳥のように見える。

真をつぶると白い瞼になるのは親同様の様だ。



羽根が抜けるのも生まれてすぐの事が多いので幼鳥の様だ。

なかなか水に潜って採餌しない。

おっかなびっくりで潜っていた。

2021年5月10日月曜日

とにかくヒガラという野鳥は落ち着きがない! Anyway The Coal tit move everywhere in restless.

  シジュウカラに似た小さなヒガラは平地ではなかなか観る事が難しい山岳地の野鳥だ。真冬の相当寒い冬季に野川の自然観察園で一度だけ撮影したことがあったが、ここ10年出会っていない。

 ヒガラを観察した後でコガラなどに遭うと大きく見えるから面白いものだ。基本的に針葉樹に纏わりついていることが多いので、キクイタダキに生息域が重なるような気がする。

 ただこの野鳥は落ち着きが無い事甚だしい。コガラやエナガの比ではない。枝にしっかり掴まることが少なく、ホバリングに近い状態でハチドリのような動きをする。

 



お前はバドミントンのシャトルコックか?状態。


とにかくじっとしていない。よく見かけるのに撮れない・・撮影者泣かせの野鳥だ。

2021年5月9日日曜日

団塊世代が自費出版で本を作る理由は色々あるのだ。 There are many reasons, that Baby-Boomer's self-publishing his own books.

  最近、自費出版を勧める数多くの印刷屋さんの広告がネット上に出ている。丹念に詳しく調べてみると千差万別、それぞれの出版屋さん印刷屋さんとも業界内の同業他社を調査もせず、バラバラの印刷費・製作費で勝負に出ているようで驚いてしまった。

 同じ1冊の本(100Pフルカラー写真集)を1000部作るにしても1冊あたり400円を切る所から1冊あたり5,000円以上もする所があって、未経験者にはとても怖い世界である事が良く判る。

 もちろん、DTP(DeskTop Publishing=デスクトップパブリッシング)でデジタル入稿して、ただ印刷をする所から、写真(規定のデータサイズ)さえ用意すれば、レイアウトからページネーションまですべて先方がやってくれる・・という所まで色々ある。

 筆者の場合は長年撮り溜めたデジタル画像を画像処理ソフトでトリミング・拡大縮小・その他規定のデータサイズへ統一処理をして、まずCanonのPHOTOPRESSOで100ページほどのテスト版写真集を作ることにしている。

 これをネット上で一般公開し、その反応を視て本印刷(きちんとオリジナルのレイアウトで130ページほどの写真集にする)をしてきた。もちろん本印刷はオフセット印刷だからデジタル画像のRGBデータを印刷用のCMYKデータへ変換したりページ帳合に応じた微妙な誌面バランスをDTPのプロである筆者40年来のウインド仲間でもある親友にお願いしている。

 この部分のスキルを自分でやっても良いが、限られた生きている時間内では撮影をして良い画像を収録するほうの作業に、天から与えられた時間を使う事にしている。勿論、親友と言えども大変なクリエイティブ作業に対する対価は当然支払う。

 しかしこうして作成、自費出版した本(=主に写真集)の殆んどは販売しない。本屋さんでもネット上でも買えない。理由は簡単だ、売りたくないのだ、理解して喜んでいただける方にさし上げたいのだ、観て頂きたいのだ。自分のやっている事を良く知って頂きたい、観て喜んで欲しい・・・のが自費出版する理念なのだ。

 お金を払って買っていただくまでのレベルには無いと思っているからこそPHOTOPRESSOのネット上でまずは公開するのだ。出版社に話をして書店ルートで売る本を作るつもりが無いのもそれが理由。

 基本的にこれだけネット上で情報が流れ、スマホで自分の行動を左右する人だらけの時代、印刷された重たい本は手に入れた途端断捨離対象のゴミになりかねない。





※それぞれのURLをクリック頂ければ自由に全ページを無料でご覧いただける。

 下世話の理由から言えば、筆者の出版物はお金で誰でも手に入れられるようなものではない・・というプライドと、売るとなると売れたかどうか気に成るので販売は嫌なのだ。

 ここから先が、本を出版社から売り本として出す発行者と、自費出版する者の「理念の違い」の世界に入って行くのだ。

 巷にはよく言われる「人間誰でも一生に一冊の名著を世に出せる、それは自叙伝・・。」というのがある。その人にしかない完全オリジナルの経験談生い立ち談は、誰にも評論できないしケチも付けられない。

 それがNHKのファミリーヒストリー的内容であろうが、自分の携わってきた仕事を振り返っての企業人レポートであろうが、いずれもプライベートな内容なので、赤の他人的には興味は少ない上、知り合いであった場合は生で逢って本人の口から直聴く方が良い内容だったりする。更に酒を飲める人同士であればなおさらだ、より自慢話に花も咲こう?

 筆者も「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」という生い立ち自伝や「団塊世代のVAN狂い外伝」という青山のヴァン ヂャケット宣伝販促部時代の話をまとめた社内面白話(未完成)などを自費出版していない事もないが、一冊も販売はせず親類縁者・友人知人に差し上げた。それ以外のほとんどは野鳥中心の写真集だ。

 CanonのPHOTOPRESSOで既に12冊(主に本印刷へ向けてのテスト版として)を制作、仲の良い友人やお世話になっている方々に贈呈した。現在その一部をネット上で誰もが観られるように公開している。

 上4冊が現在公開中、下二冊は写真展実施の可能性や、本印刷へ進む可能性があるので現在保留中。

 中には既に9000回以上の閲覧アクセスを頂いているものもあるし、4月20日に公開した今回の「明治神宮100年の杜 野鳥」も既に1000回を超える閲覧アクセスを頂いた。現在この2冊のどちらかをパワーアップし通常のオフセット印刷にして配ろうかと思っている。

 残念ながらPHOTOPRESSO の場合多量に印刷すると単価が安くなる・・、という印刷の世界の常識とは違うシステムなのでコスト的に高く、とても多くを印刷できない。清水の舞台から飛び降りたつもりでも、毎回せいぜい20冊が良い所だ。

 単価を見て頂ければ、そう易々と注文できないことが理解出来よう。だからPHOTOPRESSO 上でも値段を付けて買っていただくまでには思いきれていない。
 これを編集し直してデジタル入稿の本印刷(オフセット印刷)で刷れば、1000冊作って1冊400円程度が可能だ。

 筆者は勿論プロの出版人ではない。しかし素人としてできる限界の事は今後も続けようと思う。楽しんで行っている事を「仕事」「金儲けの手段」としてしまう辛さは良く判っているつもりだ。


2021年5月8日土曜日

臨時投稿!団塊世代は考え方を整理し、常に自分の立ち位置を確認することが大切だと思う。Temporary post! I think it is important for baby boomers to organize their thinking and always confirm their position.

  国民に強く自粛や移動の中止を要請しながら、一方でコロナワクチン投与がベタ遅れ、完了がいつになるか判らない状態。更にインド由来の変異ウイルスの水際阻止も失敗し戦々恐々の状況下で感染拡大必至の2020東京オリンピックを強行しようとする政府・都、IOC、JOC、ブラック企業の電通。世界の眼がIOCと日本政府の動向に「NO!」を突き付け始めている。

 更に医療崩壊の真っただ中の今頃になって、オリンピック専用のコロナ対処医療関係者や無償ボランティアの医療スタッフ募集など、上から目線で当然のように国民に無給奉仕の募集を進めるすべてのオリンピック関係者、何と云う不届き者!昔なら打ち首獄門!

 この日を夢見て来たアスリート達が可哀相だと白血病から復帰した池江璃花子をヒロインに仕立てアスリートファーストを唱える関係者たちの狡さ。

 病床で明日の命も判らない新型コロナ感染者や家族、一般国民、医療関係者を無視し、いろいろ国民に無理強いするオリンピック関係者。世の中狂っているとしか思えない。

 森前会長と密室禅譲会議をやった川淵三郎氏なども、コロナ禍の現状をよく理解しないままTwitterで上から目線で呟いたがため、表現は古いが炎上中だ。

 ワンマン・恫喝・上から目線で強引路線を鬼のように繰り返していたJリーグ開始当初など彼の全盛期の威圧力を知らない現代の若者によって、ネット上で袋叩きにあっている様だ。

 昔のつもりで偉そうに愚痴って大失敗した川淵三郎氏。かって彼のリーダーシップと強引さに惹かれ彼を崇めた人達はもう居ない。数多くの老害著名人同様、自信過剰で晩節を汚してしまっている様だ。

 一方虎の威を借りる狐の様にIOCや電通に魂を売ってしまった恥ずかしい日本人たち、この先相当な反動アクションが起きるだろう。日本人種は暴動など絶対に起こさないと思っているかもしれないが、新型コロナ最前線の必死の当事者や被害者・遺族関係者はこのままでは済まないと思う。一般国民のあらゆる集会・イベントを規制しながら、一方で強引にIOCの意のまま国を挙げてオリンピックという世界最大のイベントを勧めようとする「大矛盾」このままでは終わるまい?

 ついには世界中が2020東京オリンピックアは中止するべきだと情報発信し始めた。


海外メディアの2020東京中止勧告記事、いずれもこの下のURLの記事より抜粋。

https://www.j-cast.com/kaisha/2021/05/06410968.html?utm_source=yahoo_article&utm_medium=provide&utm_campaign=kaisha_410972&utm_content=related1

https://www.j-cast.com/kaisha/2021/05/06410972.html?cx_testId=5&cx_testVariant=cx_13&cx_artPos=0?cx_recsWidget=undefined&cx_recsOrder=2#cxrecs_s


 世の中が一種のカオス状態の現在、72歳になった団塊世代ど真ん中の筆者は、最近あちこちで起きている不思議なネット投稿や記事を観つつ、己の意思と考え方の軸をしっかりさせて自分の立ち位置と判断力をしっかりと確認しておかなければいけないと思った。

 ボーッとメディア報道を鵜呑みにしていると、チコちゃんに怒られるなんてレベルではなく世の中の流れに飲み込まれたり、押し流されてしまうような気がして、「それっておかしいんじゃね?」と、この臨時投稿を試みている。


 「己の意思と筋をしっかりさせ、自分の立ち位置をしっかりと確認」するためはこういった話も含まれる。

 1970年代まだ青山のVANという当時流行りのアイビー・トラッドのアパレルブランド会社の宣伝販促部門のメンバーだった筆者は、迷いの多い若者たちの心の支えになるデイリーの行動をルーティンで進めようという、USAスタイルの意思改善運動を社内のアメリカ文化に傾倒していた者達に勧められたことがあった。

 これは当時アメリカンフットボール、通称アメラグの色々な文化、スタイル、ファッションをVAN JACKET INC.つまりヴァン ヂヤケット株式会社が日本へ入れ込んでいたからによる副産物なのだが・・。アイビーだトラッドだとアメリカンファッションで成り立っていたファッション企業だから、何でもかんでもアメリカかぶれという訳でもなかったろうとは思うが。

 気が滅入ったり、色々迷いが出たりする者、あるいは消極的な性格の人間を元気づけ、よりフォワード、前へ前へと積極的にさせる一種の精神向上、精神高揚の効果があると信じられたアクションだった。潜在的に眠っている才能を表に出すというような説明もされていた。現在においてはあちこちで似たようなシステムが有るようだが・・・。

 名前は忘れたが、何とかメソッドだの、何とかトレーニングだったような気がする。アメラグの選手たちの精神的高揚策の一つだったような気もする。しかし自分がやっていた東京都の社会人リーグのアイスホッケーにはそんなものなかったし、一種の怪しげな勧誘のたぐいだと思っていた・・・。

 此れには2つのタイプがあって、Aタイプはその日1日、自分にとって良い事が幾つあったかあっただけ書き出し確認するというモノ。頭の中で思い浮かべるだけではダメで、自分にとって良いと思われる事象を幾つでも必ず書き出さねばならない。それを周りのメンバーと大きな書き出しペーパーを前に語り合って「良かったじゃん!」と励まし合う、筆者的には何だか気持ち悪い不気味な行動だった。

 もう一つのBタイプは、逆にその日1日、自分が上手くいかなかった事、失敗したなと思われること、モノを失くしたり壊したりしたこと、あるいはとても嫌だったことを書き出すモノ。今考えると映画にもよく出て来るアルコール中毒、ドラッグ中毒者たちの更生ミーティングに近かかったような気もする

 当時はどちらでも好きな方を選択し、それを暫く続けていくというモノだった。

 筆者は直感的に即Bタイプを選択すると手を上げた。宣伝販促関係でこのBタイプを選んだのは何故か筆者一人だった。残りの11名は全員Aタイプ手を上げその道を進んだ。

 筆者がBタイプを選んだ理由ははっきりしていた。1日良い事を思い浮かべるだけでは、その時は嬉しいかもしれないが、またそうなるとは思えなかったし、またそうなるように柳の下のドジョウを再び狙おう、期待しようとするのではないかと思ったのだ。それに良い事や嬉しい事なんて毎日いくらでもたくさん思い浮かぶので、すぐに忘れてしまうと思ったのだ。

 それが自分の精神的な部分に何らかの良い効果を生み出すとはとても思わなかった。逆にそれがそうならない日が来た時に、ボー然として不安になるのではないかという予感もあった。

 そもそも、自分が普段から人よりもストイックに色々な事に精進・努力をしているという理由は、目標や目的を達成した際の喜びを得んがためにしているので有る事。偶然や運で得られる良い事や喜びなどより、努力の結果得られる成功・成果の方がはるかに自分にとって嬉しい事だと思うようにして生きて来たから、Aタイプの様に良かった事を幾つ上げても仕方がない・・というのもあった。

 一方、筆者が選択したBタイプは、上手く行かなかったり失敗した事柄を並べれば、それぞれにそうなった原因解明と、次に二度とそうならない様な策を生み出せるような気がしたのだ。その方が自分の経験としてその先に身になり骨になるだろうという目論見もあった。

 古くから言う諺の「失敗は成功の母!」こそ大事だと思ったのだ。

 もちろん当時は実質的にそんなことを毎日やっている暇がないほど忙しくて、そういうトレーニングはその時だけですっかり忘れてしまったのだが、最近それに近いようなことがあちこちで何とかトレーニングだの、何とかミーティングとして復活している様なのだ。

 現在においても未だに迷い人が多いのだろうか?しかもある程度年齢を重ねてもだ、何か宗教の様で不思議な気がする。

 似たような話で・・。

 昭和40年代、筆者の学生時代は二者択一ではないが、理科系、文科系の進路によって将来の職業や棲む世界が別れてしまうものだと決めつけられていた。理科系か文科系かで受験する大学の学部の種類は違ったし、高校3年生の頃は志す進路で完全にクラス分けされ、授業自体が違っていた。が、筆者はそういったレールに乗って上下するジェットコースターのような人生は「全くごめんだ!」と思っていた。

 それに輪をかけたのか大学入試寸前、高校3年生までは理科系のクラスにいたものの、ある日数Ⅲの試験で積分の答えが1だったりして、思わず「何だコレ!1じゃねーか?バカバカしい・・。」と試験中呟いてしまい、試験官に偉く怒られたのをきっかけに目的の無い理不尽な計算ばかりやらせる数Ⅲをやる気がまったく無くなり、理系を目指すことを辞めた。で、どうしたかというと美術・デザイン系を目指したのだ。

 その結果、東京教育大学の芸術学部工芸工業デザイン科受験を志し、旺文社の模擬試験でも同科志望者80名中トップで99.9%合格間違いないと出たにもかかわらず、東大紛争の煽りを喰らって東大同様入試が行われないという地獄を味わった。で、どうしたかというと同じ東京教育大の体育学部(代々木上原キャンパス)を入学後転部目的で冗談半分に受け、間違って入ってしまった。

 しかし、本来目指す茗荷谷キャンパスの芸術学部がその年度の学年を設けないというので、転部しようという目論見も敵わず、慌ててプランBで入ったのが横浜国大教育学部の美術専攻科だった。

 要は何を言いたいのかというと、文科系だの理科系だの専攻系を大学進学の際に決めてもその後の生き方は本人の意思でいくらでも変えて生きて行けるという事を言いたいのだ。

 筆者の今までがその一番身近な実例だと思うのだ。

 筆者は教育学部の美術専攻科を出て高校・中学の教員免許を取得しているが、教職には付かず、入った企業はファッション系のアパレル会社だし、それが5年後倒産して転職したのが外資系女性下着メーカーの宣伝課だった。その後は更に転職して広告代理店2社に在籍。

 そうして60歳にして企業人を卒業後は、早稲田大学の理工学術院総合研究所の客員研究員で理科系の研究に没頭したという、文科系も理科系も関係ない、美術系も体育系も加味したワイドなジャンルを横断した世界で生きて来たのだ。いわゆる理系だの文系だのは人生において全然意味が無かった。

 だから今更文化系や理科系にこだわり、縛られる生き方はナンセンスという大きな新聞記事を見ても「今ごろ何言ってんの?」と思ってしまう。それを今頃になってそういう考え方は古いだのおかしいとまるで新しい事を唱えて自慢している研究者自体、上から目線の論調は良いが、ご本人世の中をちゃんと見てんだろうかと心配になってしまった。

 こういった、今更ナニ?という記事をはじめ、大企業のトップや名を上げた研究者・著名人たちが「俺は文科系だったからなぁ、理科系だったからなぁ・・」などと言いながら対談をしている記事を見ると、「君ら50年遅れてんじゃないの?頭硬かったんじゃないの?」と思ってしまう。

 しかし、実務力・知識力が伴わないで「俺は何系ー、私は何系ー」と得意げに言う若者達はもっと酷いと思うのだが・・・。
 横文字多用で簡単な話を遠回しに複雑に言う人が都知事に成るような世の中になって、中身の無い「意識高い系」と普通の人との差がどんどん広がる現状・・・何だかなぁ?

2021年5月7日金曜日

キレンジャクの別テイク画像。陽が翳ると全然違う様相。 Another take image of Bohemian waxwing. It looks completely different when the sun is in the air.

  世界各国から2020TOKYOオリンピックの中止を!という声が上がる中、IOC、電通と共に強引に開催を進めようと泥沼へ突き進む政府菅内閣と小池都知事。こういう時こそ組織の中から下剋上を引き起こすような正義感に燃えた豪の者が出て来ないだろうか?

 この新型コロナ禍、TVの報道バラエティ番組の無責任に人心を煽るコメンテーターのいう事を真に受けて、パニクっている人のなんと多い事だろう?明日にでも罹りそうな脅しがあるかと思えば、「1日1000人新規でPCR検査陽性といっても、≠感染者ではなく陽性者と感染者とでは実際は違うのだ、東京都民1,400万人に1,000人って1万4千人に一人じゃないか・・何でビビるの?」というようなコメントを平気で言う。

 1日1,000人だけで全てが終わればそうだが、これが毎日続いている事を此のコメンテーターは忘れている。スタジオのMCも他のコメンテーターもゲストの医療関係者もそれには気が付かない、諫めない。此処からウソ情報が発散していくのだ。

 累積で行けば東京都だけで143,500人感染(=陽性者かも知れないが)しているのだ。これは人口で割れば100人に1人という数値になる。人口は変わらないが陽性者感染者は日々増えていくのだ。しかし一方で普通の感染症・季節性インフルエンザの毎年1000万人以上発症(全国)、10人に一人が発症に比べれば比率で言って今の所10分の一の感染率だ。

ご参考= https://influ.help/infographics/

 一方でインドなどの酸素不足の状況を見る限り、普通のインフルエンザの3倍強の致死率であるという国際機関発表の数値以上の脅威がCOVID-19 には存在すると思わなければいけないだろう。

 緊急事態宣言が出たから自粛するだの、役人・政府高官が平気で酒盛り宴会をやっているから「やってらんねーよ!バカ野郎!」で自分たちも飲んで騒ぐ・・・のではなく、この新型コロナウイルスの実態を自分で調べて学んで行動を決めるべきではないだろうか?

 何故うつるのか?うつるとどうなるのか?メディアが詳しく報道しないワクチンの副反応の実態・事実はどうなのだ?・・・すべて自分で調べて己の対処法なり行動を決めるべきだろう。

 さて、

 今日の野鳥は昨日の奥日光戦場ヶ原のキレンジャクの別テイク画像。陽が翳って風が止んだ時点での別の場所での撮影画像。







昨日の場所とは異なってエアーポケットのような風のない場所だったので声が聴こえた。

2021年5月6日木曜日

今年のキレンジャクは気が付いたのが奇跡的だった。 This year's the bohemian waxwing was miraculous to notice.

  幾度もこのブログでレポートした通り、今年の4月後半の戦場ヶ原探鳥行は猛烈な寒さと強い風に翻弄された。広い戦場ヶ原湿原の方から木道(=自然研究路)に向かって吹き付ける風に耐えるには、いつもより数枚厚着をし、なおかつウインドブレーカーが必須だった。

 早朝日の出の時刻は時折雲がかかって日当たりもない時間があった。そんな中誰も居ない木道を進み、アカゲラを撮影、ノビタキも数羽撮影して戻っている途中、対岸のカラ松の樹の上にキレンジャクの姿を発見!

 いつもであれば鈴のようなきれいな鳴き声で気が付くのだが、風下の湯川の樹上に居られては全く声は聴こえなかった。全く偶然、キョロキョロする観察力の賜物だったようだ。

 戦場ヶ原でキレンジャクに遭遇できる頻度はそう多くないのだが、筆者は割に遭遇出来ていると思う。数年前は珍しくヒレンジャクの群れにも遭遇できた。





今日はとりあえず、最初に遭遇した際の群れの様子。この後引き続き二度目の遭遇で低いズミの木移動してからの様子を明日レポートする予定。
この朝は風が強く、樹上のキレンジャクたちは袋雀のように体を膨らませていた。

2021年5月5日水曜日

奥日光戦場ヶ原シリーズ第5弾!強風下夏羽のノビタキ。The 5th in the Oku-Nikko Senjougahara series! the Siberian Stonechat of summer feathers under strong wind.

  戦場ヶ原と言えばノビタキ・・と言われるほど、ノビタキは象徴的な野鳥だ。筆者は10年以上前から戦場ヶ原に通い、夏羽で真っ黒な頭をしたノビタキは普通に観て来たが、ヤマセミの観察で通った人吉市周辺では春・秋の渡りの最中のノビタキしか見ていないのでいずれもゴマ塩頭が多かった。

 4月末の奥日光は早朝雪がパラつき、日中は草原に居てゴーッという音を立てた強風の中、体感温度がマイナスに近いのではないだろうかという寒さの中で野鳥観察を行ったが、広い湿原サイドには数少ないノビタキしかいなかった。で、木道を進んでいくとくぼ地のような樹木に囲まれたポケットのような場所にいっぱいノビタキがたむろっていた。風を避けていたらしい。

 あれから10日ほど経った今はさらに多くのノビタキが戦場ヶ原に居る事だろう。

留まっていても風に向かって留まっていないと飛ばされてしまう。




風に向かって真っすぐ降りるノビタキ

風に乗ってグライダーのような降り方だ。

下手をするとこのままの状態で風下へ戻って行った。

強風で斜めに流されながら着地して採餌するノビタキのオス。

普段はフライングキャッチがお得意なのだが、羽虫が飛べない程の強風なのだ。

2021年5月4日火曜日

連休のど真ん中、妙なツバメに遭遇した。 I encountered the mysterious swallow residential area in a holiday week.

 コロナ禍の連休、昨年に比べて人の出が数倍になっているという。相変わらず行楽地に向かう高速道路は渋滞し、気候急変で吹雪になった山岳地帯では遭難が相次いでいる。あれほど雪が無い!すわ噴火か?と野次馬メディアを騒がせた富士山も連休の今は首都圏から見れば真っ白だ。

 電車から見た都心は人も車も非常に少なく、まるで1959年スタンリー・クレーマー監督、グレゴリー・ペック主演で上映された映画「渚にて」の1シーンを彷彿とさせるような状態だった。

新橋駅SL広場もこの状態・・。

東京駅丸の内側。

遠くに見えるは「超高層のあけぼの」のモデル霞が関ビル。

皇居に向かう丸の内の旧都庁前道路。

 しかし、週末恒例の研究所通いから戻り、いつもの野川へ愛犬散歩に行って驚いた!ガラガラの都心と比べて人の出のなんと多い事。普段平日走ったり野鳥観察をする野川公園~~武蔵野公園エリアは殆ど人が居ないのだが、昨日の午後3時、まるで都心の休日公園状態!もちろん公園ではあるのだが遊具や売店などは一切なくトイレも300mに1カ所程度の森林公園に近いのだが、一瞬、此処は何処?テーマパークか?状態だった。



普段はこうした写真を撮っても人が入ることは殆ど無いエリアだ。

 アウトドアショップやホームセンターのレジャー用品売り場で購入した簡易テントやグランドマットを広げ、寝転んで「アウトドアごっこ」を楽しむファミリーで一杯だった。それも購入した値札やタグを付けたまま・・・。


 そうして喧騒の野川公園から住宅街を戻る際、一羽のツバメに遭遇した。鳴き声ですぐに判ったのだが電線に留まっている姿をコンデジで撮影しようとカメラを向け、いつも野鳥にするように手を振ったら、何とこちらへ飛んできて頭上3m程を尾羽を広げてホバリングするようにゆっくりと2周した。

 ツバメは幼鳥が巣立つと、その幼鳥の後ろにぴったり付いて飛行訓練を行う。これは住宅街だろうが商店街だろうが、人が往来する道路上でも平気で行う。

 まるでその時の親鳥のように筆者の頭上を三周してまた電線に戻ったのだ。で、ジーッとこちらを視ている。とても不思議な気持ちになった。一体何だろう?画像は捨てて片手でコンデジオートで撮ったのでピンボケも甚だしいがご容赦願いたい。雰囲気だけ判って頂ければ嬉しい。




ツバメをご存じの方はこの飛び方がゆっくりしている事をご存じだろう。




ずーっとこの状態で頭上を半径3mほどで三周したのだ。一体何だろう?

人間が珍しいのだろうか?いつまでも筆者を見入っていた。