2026年8月22日土曜日

団塊世代のヤマセミ未公開画像 飛翔編その15 。 Previously Unreleased Crested Kingfisher Images by a Baby Boomer: In-Flight Series, Part 15 .

  今日も熊本地方は37℃超えの猛暑日!例年に比べて気温の低い今年の首都圏とは雲泥の差だ。先ほども八代二中時代のクラスメートから電話が来たが、発災から3週間を越えて精神的な疲れがずいぶん出てきている世帯も多いようだと言う。

熊本 水俣、熊本 八代と表記しなければいけないのだろうか?

 クラスメート宅は頑丈な建築で屋根瓦が落ちたり柱が曲がってドアが開かないということは無いが、壁にヒビが走ったという。台風などの横殴りの風雨で隙間に水分が入ると一気に痛むのでが現在西へ向かっている台風18号が気になる所だ。

予想進路では北へ向かわないようでホッとした。

 毎日繰り返しているようだが、何とかこの酷暑と台風を乗り切ってほしい。今日は築地で常温で保てる江戸時代の保存食「佃煮」を仕入れたので地震+残暑見舞いに現地へ送ろうと思う。天災と保存食、日本はそういう生活の知恵が自然災害と共に発達したのだろうか?

祖母の時代から三代贔屓にしている諏訪商店で仕入れた保存食「佃煮」

 今日も人吉から八代へ流れ落ちる球磨川と、その上流川辺川でのヤマセミ画像

完全逆光でのヤマセミ撮影もずいぶん行った 川辺川で

行ったら必ず戻ってくるので予測しやすい

逆光なりのヤマセミの良さが撮れて嬉しい。

遠くへ行っても自然な佇まいをそれなりに撮れる

川辺川には以前川に覆いかぶさる樹木が多かった、冬季にはこういうシーンも多い。

団塊世代のヤマセミ未公開画像 飛翔編その14 。 Previously Unreleased Crested Kingfisher Images by a Baby Boomer: In-Flight Series, Part 14 .

  毎年夏や冬になると高温が続いたり大雪が続いて「異常気象だ!」と騒ぐメディアや知ったかぶりのTVコメンテーター。

 この100年でどれだけ気温が変化したか、このサイトを参照されたい。

https://kashikapedia.com/hot-days-trend/ 「30℃以上の日は100年でどれだけ増えた?」

 今年も猛暑で大変だと騒ぐが、昨年の夏の方がはるかに暑かったのは気象データが示している(=猛暑日17日間)。今年の東京は8月に入って1日2日と猛暑日だったが、それ以降今日22日に至るまで一日も35℃を超えていない。その差は明らかだ。

 筆者は近所の野川周辺で遊ぶ子供たちからセミ爺と言われるほどセミの手掴みが好きで得意にしている。特に還暦を越えた頃から灼熱の夏日に頭から水をかぶって川沿いを走り、気化熱発散を利用して体・肌を冷却させ健康キープを心掛けている。

 その際ただ走るのではなく川沿いの樹林帯で鳴くセミを見つけては手掴みすることを楽しんでいる。そのセミの生態が今年2026年は少し違う。

 例年早い年は8月のお盆時期から急にツクツクホウシの大合唱が増えるのだが、今年の三鷹周辺はまだまだミンミンゼミの大合唱中。少なくとも7~10日例年より遅い。

 セミという生き物は非常に面白い。

 何故か集団でワイワイやるのが好きなようなのだ。例えば西日本から北上してきている日本最大のセミ「クマゼミ」。このセミは午前中しか鳴かない。午後はアブラゼミにとって代わる、いわゆる鳴き分けをしている気配があるのだ。

東京四谷でもとうとうクマゼミが鳴きだした。

国内最大のセミも手掴みして放つと他のセミとまったく同じ!

 だからTVドラマなどで午後3時頃のシーンで背景からシュワシュワシュワ♪とクマゼミの鳴き声が聞こえてきたら、ドラマの監督なり効果の担当者が無知なのだとわかってしまう。

 一方でツクツクホウシなどはある一定の場所で盛り上がって鳴く。1本の木に最大5匹のツクツクホウシが鳴きながら留まっているのを見た事が有る。この件はまた改めて別ブログで特集しようと思う。


で、今日も未公開のヤマセミ画像。

 ヤマセミの写真を人吉市で撮影開始して2年目、4日間毎朝同じ場所でヤマセミを待って撮影した4日目の早朝カット。今はもう無い球磨川に架かったワイヤー架線からダイブして、採餌したヤマセミが撮影者=筆者の方へどんどん近づいて得意げに獲物を見せびらかすシーン。

 4日間同じ服装で同じ時間に同じ場所で構えているとヤマセミの警戒心がなくなり、逆に対象者に興味を示すようになることをこの時学んだ。

ダイブの後水から上がってこちら目指して飛び始め・・・。





この岩は岸にいる筆者から40m。筆者は車の下の土手に座っている状況、ブラインドも何もない。この後ヤマセミは岩に獲物を叩きつけ、頭を前にして巣へ持って帰るシーンへ続く。

2026年8月20日木曜日

団塊世代のヤマセミ未公開画像 飛翔編その13 。 Previously Unreleased Crested Kingfisher Images by a Baby Boomer: In-Flight Series, Part 13 .

  今日の熊本の八代市の気温は39℃だったとの事。気象庁の朝の天気予報では熊本市が37℃と言っていた。八代市の予報は出ない、しかし午後2時頃ほぼ39℃だったという、日なたは下手すれば60℃にもなろう。海と球磨川が近く湿気が多いから熊本市内その他より熱中症の危険は遥かに高い。被災者の皆さんが案じられる。

 現地八代市がこんな状態なのに34℃の東京で暑いだの言ってられない。夜間も27℃で「アジアの純真」のパフィーですら予測もできない熱帯夜!何とか生き延びて頂きたいと願うばかり。

 昭和35年小学校6年生の夏の終わりに小倉から八代に引っ越した。北九州の小倉とは次元の違う暑さを感じたのをはっきりと覚えている。日に焼けた小学生たちの色の黒さが濃い茶色と言うより紫色がかっていたのを今でも覚えている。

 楠木町辺りの側溝(現在は暗渠)の用水路で今は数少ない親友になっているT君と銘菓彦一最中のI君が細長い藻の中を泳いでいたのを覚えている。「シンジョー君も泳がんね?」筆者は小倉の小学校にプールが無かったので泳ぎをまだ知らなかった。(※八代二中に上がって泳ぎを覚え、それ以降潜りで魚を突いたり、60歳になるまで沖合でカッ飛ぶウインドサーフィンで水中領域は得意ジャンルになった)

 今回のM7.1 でどれだけ被害を被ったか分からぬが、住居の倒壊は免れたと電話で知らせてくれた。遠い東京でエールを送ることしか出来ないのがなんとももどかしい。

余震の位置が南に下がっているのが非常に気になる。今朝も同じ場所での余震が発生している。本来今までのデータではこのエリアの断層は不知火海(=八代海)の中央部分にばらばらに存在するはずなのだが、岸沿いに南下しているのがどうも気になって仕方がない。出水平野を抜けたらその先は薩摩川内の川内原発がある。

 それと台風18号(ソウデル)の行方がとても怪しい。今の情報のまままっすぐ進んでも被災地は進行右側(渦風+進行風で強い側)に当たるので超要注意だ。少しでも右にかま首を曲げたらえらいことになる。中国の方へ行って欲しい。 

 ここへ来てこのブログ、昨日までの投稿でアクセス数が3~4位と控えめになっていた米国が突然再びトップに返り咲いた。理由は不明。


で、今日も未公開ヤマセミ画像その13をご紹介。

球磨川本流を川沿いのホテルを背景に飛ぶオス

同じ個体が人吉城址上空を川上へ鳴いているのでメスの方へ行くのだろう

これは次のカット、

川の色が全然違う川辺川のよどみのエリア、こちらはメス

幾度もこういったシーンが撮れるお気に入りの場所。ホテル前と違っていかにもヤマセミらしい姿を観察できる。

2026年8月19日水曜日

団塊世代のヤマセミ未公開画像 飛翔編その12 。 Previously Unreleased Crested Kingfisher Images by a Baby Boomer: In-Flight Series, Part 12 .

 今朝も再びNHKの地震速報に関する不思議さをご紹介したい。被災地の方々や遠く離れたところで被災地を想う人々にとって今回被災地の度重なる余震情報は非常にシビアな眼で見ざるを得ないのだ。

 M7.1の本震で半壊した家屋がその後の震度5の余震で完全に崩壊した例を地元の知人友人たちからたくさん聞いているからだ。

 それなのに、今朝また余震があってその報道がめちゃくちゃなのだ。時系列で追ってみよう。

➀地震発生後数分で出たテロップ、九州地方で震度3の地震と言う一報

震源は熊本県天草・芦北地方深さ10㎞ マグニチュード3.8⇒これが大間違いで、後で出てくる地図上の位置がめちゃくちゃなのだ。結論から言えば震源は「天草・芦北地方」ではなく「熊本地方」だったのだ。

③震度3熊本地方(この表示のエリアはあまりに広いので抽象的すぎるのだ)以下気象庁の区分⇒気象庁の定義(二次細分区域のまとまり)では、およそ以下の地域(市町村)が「熊本地方」の範囲定義。今回の地震・震源は一番下の「宇城八代地域」と表示すべきだったと思うのだが如何?
  • 熊本市(中央区・東区・西区・南区・北区)
  • 山鹿菊池地域:山鹿市、菊池市、合志市、大津町、菊陽町
  • 荒尾玉名地域:荒尾市、玉名市、長洲町、和水町、南関町
  • 上益城地域:御船町、嘉島町、益城町、甲佐町、山都町、および西原村(阿蘇郡ですが熊本地方に含まれます)
  • 宇城八代地域:宇城市、宇土市、八代市、美里町、氷川町、八代郡など。
最初の報道07:13で一旦震源が天草・芦北地方と出たがその1分後、震度3熊本地方・・・が混乱を生じさせる。地元熊本県を良く知る者にとって天草・芦北地方と熊本地方の違いは相当大きく違うと思うのだ。

なおかつ、震源が天草・芦北地方と言いながら、実際震源は宇土半島の付け根宇城市エリアではないか!地図でもわかる通り実際の天草・芦北エリアの震度は1~2なのだ。7/28日の本震被災地宇城市・八代市が震度3ではないか。東京で現地附近を知らない人が見れば「あーまた余震か、まだ続いているんだ」で終わるが、被災地なり被災地を心配する人々にとっては大事な情報なのだ。

そうして地震速報の3分後流したのが八代市の球磨川に架かる橋なのだ。

・・・・と言うことで、今日も未発表のヤマセミ画像の続き(昨日の続編含む)

昨日のメス2羽の並走の最終カット2枚

足元の橋下を抜けていくヤマセミに2羽(両方メス)

こちらは川辺川のオス成鳥

手ごろなサイズの獲物を咥えて岩にランディング

まさか尾羽でブレーキをかけているのでは?

2026年8月17日月曜日

球磨川で真冬にヤマセミのメス2羽が並んで飛ぶ珍しいシーンに遭遇! I encountered a rare scene two female crested kingfishers flying side by side!

  このブログの更新を毎回X、つまり旧Twitterで告知しているのだが、普段アクセスがあっても500件ほどなのに、最近3,500件以上アクセスがある日が出てきた。

 そのほとんどがヤマセミのフライトシーンで印象的でゴージャスなカット。やはり広い球磨川、川辺川ならではの豪快な飛翔シーンが珍しいのかもしれない。

 カワセミと同じく、いつでもどこでも水面すれすれを飛んでいく姿しか観たことが無い方が多いのではないだろうかと思っている。実際のヤマセミは結構高高度を飛ぶことも多いのだ。

 今日は珍しくメス2羽が並走して筆者の方へ飛んできたシーンを追い写したもの。球磨川本流に架かる橋の上から中州を抜けて反対側へ移動するシーンだ。時期は真冬の1月早朝。

 これらを見て頂ければ、決して深山の山奥に棲む出会い難い野鳥だとばかりは言えないと知って頂けると思う。

二羽揃って非常に高速でターンを開始

まさかとは思ったが遠くで気が付いてよかった

無風だったので鏡のような球磨川の水面にきれいに映りこんだメス二羽!

中州の上も結構なスピードで抜けていった

真冬にメス同士の縄張り争いとは思えないので、親子のような気がする。10年間の間にあと1回だけメス二羽の並走を撮影できているが、そちらの場合はつがいの相方(メス)をアオダイショウに殺られ、チョンガーになったオスの次の相方(嫁)の座を争うバトルであることが判っていたので、非常に生態学的に貴重なシーンだった。いずれご紹介の予定。

2026年8月16日日曜日

団塊世代のヤマセミ未公開画像 飛翔編その11。 Previously Unreleased Crested Kingfisher Images by a Baby Boomer: In-Flight Series, Part 11.

  今日は日曜日なのだが、熊本地震直後に思った自分の奇遇な経験値についてブログをまとめるため資料収集や画像整理、はたまた生成AIで自分御小学校の校舎を復元させるなどパソコンデスクに座りっぱなしだった。

 昨日は小雨の中、話題の靖国神社へ数年ぶりに行ってみたが改めて日本という国の人々の多様性について考えさせられた気がする。

 靖国神社参道には長い列が出来ていて、小雨が降ったりやんだりする都度傘が開いたり閉じたりややこしい参拝だったようだ。



無償配布された熱中症防止策

 叩いて衝撃を与えることで急激に冷える瞬間冷却保冷パックや直射日光除けサンバイザーを参拝者に無償配布していたが、小雨で気温もさほど高くなく日も射していなかったので余っただろうと思う。もし余ったのであれば是非熊本県の被災地、八代市、宇城市、氷川町に送ってあげて欲しい。

・・・というワケで、今日のヤマセミは川辺川を中心に球磨川のカットも少し。
川辺川で大岩にソフトランディングしようとするメス

川辺川の刺し網漁師の網干竿から飛立つ顔なじみのメス

球磨川本流で撮影者の方向へ飛んでくるメス成鳥

上の画像の次のカット、右下のクレジットの所のセグロセキレイが見ている

団塊世代が思う真夏の熊本地震あれやこれや その1。 Reflections from the Baby Boomers on the Midsummer Kumamoto Earthquakes: Part 1.

  今日のブログはちょっと長くなる。

 ほぼ3週間が経とうとしている7月28日マグニチュード7.1の熊本地震。この例年になく暑い夏の熊本。被災者の方々のその精神的ダメージと苦労は想像を絶するものがある。何とかこの暑さをしのいでいただけるよう祈る毎日だ。

 前回直後非常に危険視されていた残りの日奈久断層南半分とはいえ、NHK含め多くのメディアが地震学者のデータを基本とした警鐘を無視・スルーする中、熊本KABのみが10年前の被災後修理した道路の亀裂やズレ皴を取り上げ報道し3年前に危機感を訴えていた。

 オールドメディアは事件が起きて数多くの被災者が出た場合だけ報道すればいいものではないだろうと思う筆者だ。今回の地震報道はこういったオールドメディアの無責任な点を問題提起するきっかけに成ればと思うがどうだろう?


 そんな中、9月に予定していた大事な写真展が、残念なことに今回地震で会場である八代駅前の珈琲店ミックさんが全壊で中止に。予定カレンダーにも、筆者や関係者の心にもぽっかりと大きな穴が空いて仕舞った。


予定会場だった全壊の老舗珈琲店ミック。白Tシャツは無事だったマスター。
予定して配布済みだったDM案内状

 筆者人生においてもそう多くない大ショックなのだが、暫くしてこういうパターンが最近非常に多いということに気が付いて愕然としてしまった。今回はその件についてすこし述べてみたいと思う。

 団塊世代のように長生きすると、早逝した友人知人との別れ、先輩・両親との別れ、人口減少による自分が通った小中学校の統廃合での消失など「馴染んだモノとの物理的別れ」が増えていくのは当たり前のことだし、誰もが体験する避けられないことなのだ。

 筆者の場合、東京で生まれて北九州小倉で小学校(2か所)時代の大半を送り、八代市に移ってたったの1年半だけ住んだ(太田郷小学校卒、八代二中1年間在学)。

 八代在住時は非常に中身の濃い時間だったのだが、中二で単身上京以降ずーっと東京で育ち社会人に成った。

 2001年頃から仕事の関係で再び九州へ通うこととなり鹿児島市、加世田市(現 南さつま市)、熊本市、八代市、2010年以降はヤマセミの生態研究・撮影で人吉市・八代市に計400泊以上滞在・東京と行き来した。

 地震が起きて1週間経った8月3日のこのブログにこう書いた。

 「自分がカメラのレンズを向けて撮影した後にその被写体が何らかの事件や自然災害や大地震で物理的に消えてなくなる事象が不思議と多いのだ。それが何であったかを現在過去にさかのぼって整理中だが、実は熊本県で起きている具体例が一番多い。」


 これは小さい時から始まっている。決して最近だけの事でもなくカメラを向けた後だけというワケではないのだ。

 ➀ まず最初に入った小学校、東京学芸大学附属追分小学校(消滅)。本郷の東大農学部前電停で降りて通った小学校だが昭和36年に統廃合で消えた。1年生の1学期だけたった3か月しか通っていない、理由は北九州の小倉市(当時)に父親の転勤で引っ越したため。

ブログ「脱藩浪士の日々」さんから拝借の17号線から見た旧附属追分小学校校舎


2002年筆者撮影の旧附属追分小学校校舎(当時は文京第6中学校)

生成AIで手前の車を消した校舎全容画像

更に生成AIで昭和8年建築当時の姿を再現させた画像、プールも在った。

上半分モノクロ航空写真画像が1960年附属小学校最後の頃のもの、中央に建物があるので筆者が通った1955年頃は左半分の小学校で過ごしたと思われる。下半分はその建物が消え校庭が広がっている1985年以降の画像なので上記2002年頃の校舎の佇まいに近い。しかしそれも現在は解体されている。

その校舎の前で撮影された昭和30年入学式の記念写真。さぁ筆者は何処でしょう?

 ② 次に、大学受験。1967年当時現役で早稲田大学の教育学部に入った筆者がその大教室の同期大群衆を見た時「このまま数の多い我々ベビーブーム世代(当時まだ団塊世代と言う言葉は無かった)の群れに紛れていては先が危うい」と1か月も経たずに即自主退学。

 親に内緒で阿佐ヶ谷美術専門学校(3年制無試験)に入り直した。が、2年修了時に天才と言われた凄腕の先輩の忠告一言で再度大学を目指したのだ。

 その志望校が東京教育大学芸術学部・工芸工業デザイン専攻科。旺文社の大学入試模擬テストでも志望者80人中トップ!しかし、当時の大学紛争ゲバゲバの影響で東大が入試を中止、なんとあわせて我が志望校・東京教育大学も入試を中止してしまったのだ。目の前の具体的目標が忽然と消えてしまった。この時のショックは半端ではなかった。

 今回の熊本地震で1か月先に予定していた写真家さんの写真展が消えて飛んだのとまったく同じショックを筆者に与えたのだ。

 大学入試は国立一期校が消えたため、3日間迷ったがいしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」に背中を押されて二期校の横浜国立大学(教育学部美術専攻科)へ、何とか滑り込んだ。

 が、今回の写真展はそうはいかない。これからさっそく無償で開催できる会場を熊本市周辺で探さねばなるまい。数か月はそんなことしたら復旧作業の皆さんにドヤされるから、まだまだ動き出すまで半年は掛かろう。


 ③ これは社会人に成っての話だが、実は勤めた会社が2社倒産して消滅している。1回目は1978年青山のヴァン ヂャケット(1973年~1978年在籍=VAN JACKT INC.)アイビー・トラッドで1時期世間をにぎわせたメンズアパレル会社。これはリアルタイムで倒産の一部始終を体験。

 ④ 2度目の倒産は2010年銀座2丁目にあった中堅広告代理店・中央宣興(1979年~1983年在籍)。生涯20代~30代半ばに2度も名のある(業界売上20位以内の中堅企業)自分が在職した会社が倒産で消滅という経験者は団塊世代でもそうそうは居ないと思う。三番目の大手広告代理店Ⓗがそうならないように願うばかりだ。

 ⑤ NHKブラタモリで熊本城特集を過去数回行っているが、桑子真帆アナがタモリさんのアシスタントをしている時2回連続で放送(2016年3月19日・4月2日)している。なんと10年前の熊本地震の4日前だ。

 筆者は2004年から熊本市での世界女性スポーツ会議の仕事を担当し、幾度も城の横に建つ市役所に通い昼休みなど散々熊本城へ入って写真を撮っていた。したがって2016年4月6日の熊本地震の前に地震で崩れた各櫓(文化財)、長塀、石垣などを詳細に何カットも撮影していたのだ。




天守閣クラスの櫓が3つも重なって見える城は国内でも此処にしかない。

 復旧こそした(完全ではない)が、地震発生の際は東京で自宅の液晶TVの前に仁王立ちで天守閣の屋根瓦が土煙と共に落ちていく様を見て「あ~あ!」と思ったものだ。

 ⑥ 2020年7月4日の球磨川流域豪雨災害で球磨川流域の集落、JR肥薩線消滅など大災害になった。特に3月白石駅附近で営業間近試運転中のSL人吉号を撮影、豪雨災害で白石駅などを含め肥薩線が崩壊、回復予定未定状態。SL人吉号の機関車は引退となってしまった。




今はもう無い肥薩線(旧鹿児島本線)の画像(八代ー人吉間)は相当数ある。

 ⑦ これも豪雨災害の2019年11月ヤマセミ撮影の先輩人吉在住の名医が医院建物を新築、お祝いを届け記念撮影をした8か月後に7月4日の球磨川豪雨災害で屋根まで水没、廃業に追い込まれてしまった。
 
 これなどは敷地がウォーターハザード3.5mの場所なのに建築家が平屋を設計した事、行政がウォーターハザード3.5mのエリアに平屋の建築許可を出したこと自体に大きな責任があろうと思う。市長さんにも直接この事を申し述べるチャンスがあったが何の反応も反省も無かった。

 非常に責任感の強いお医者様だけに、今まで診た患者さん達のカルテが水没してしまえば続ける意欲も失せてしまったのだろう、残念至極の事だった。

 ④ 2010年~2020年の間、八代~人吉間をR219号線+対岸の側道で幾度も往復、野鳥のヤマセミが河川修理その他で球磨川本流から支流部に隠れ、人吉市街中でヤマセミをほとんど見られなくなってしまった。

・・・と、こういう事態を経てきた筆者だが、今回の熊本地震で多くの知人友人恩人の住む八代市が大変なことになり、東京にいながらにして未だボーゼンとしている状態なのだ。

‥‥とりあえず、今日はここまで。