2026年7月2日木曜日

団塊世代は7月1日1年の後半スタートの日に自分の健康チェックをした。On July 1st—the day marking the start of the second half of the year—Babyboomer me check my own health.

  昨日は断捨離や終活をしながら知人友人の住所録・連絡先を整理していて、九州は小倉市(現・北九州市)小学校時代のクラスメートがこの東京で意外に近所に住んでいる件や、妙に社会人になってから知り合いの女性(同僚やクラスメート)たちが、お互い全くの他人同士なのに、何故かごくごく狭い同じエリアに集まるという摩訶不思議な事象を地図に落とし込んでご紹介した。

 友人にも言われることが多いのだが、筆者は人との奇妙なご縁が非常に多いのだ。60歳を超えた頃から結構頻繁に逢う友の中には実は昭和30年~35年頃の北九州の小倉時代同じ市内に住み生活をし、何と我が妹と幼稚園で同じクラス、一緒に写真に写っているという御仁がいる。

 もちろんその当時は知る由もなく、何故か1979年から2009年までの30年間東京の2か所の広告代理店で同じ部署で同僚として仕事をし、卒業してからFacebookで友達登録してコミュニケーションして初めてお互いの関係を知ってひっくり返ったという超奇遇な縁なのだ。

 これに伴い細かい事を言い出したらキリがない。彼が通ったお茶の水に在った文化学院(2018年閉校)の英語の教師に小倉時代の小学校の同級生が勤めていた(時期は違うが)などというご縁もある。余談だがこの文化学院の創設者の与謝野晶子・寛夫妻と我が祖父母(新庄憲・よし子)が荻窪の隣組で日常料理のやり取りをするほど近かったという話もある。

 更には2年前調布の「たづくり」で行った著名写真家さんの写真展に参加させて頂いたところ、その小倉時代からのご縁の彼の高校(県立北九州高校)の後輩(イラストレーター・絵本作家)が来場してくださり(後で知った話)遠く離れた東京で小倉繋がりが生まれたという摩訶不思議な縁の持ち主なのだ。

 

 こういった歳をとれば誰にでも必ず一つや二つは存在する「奇妙なご縁・偶然」を引きずりながら2026年も7月1日をもって後半に突入ということで、以前は年に一度ほどの「定期健診」さえしていれば済んでいた我が精神と肉体。そろそろ年に二度のチェックが必要になったのではないかと勝手に思い込み、いろいろチェックをしてもらった。


薄くて観ずらいかと思うが、個人情報でもあるのでご勘弁を!LやHは基準値に対して高いか低いかだが、いずれもGoogle AIで数値を入れて詳しくチェックしたら、団塊世代としては全く問題のない数値だということで安心した。

身長169㎝、体重62㎏、体脂肪14、筋肉量50㎏、骨量2.8㎏ 血圧上100前後、下5~60前後、心拍数50前後で、ほぼ旧アスリートとしての平均になったので一安心。これをキープしようと思う。

 話は変わって・・。

 実は今日ネットを観ていて、子供の頃TVドラマで「ビーバーちゃん」という米国ホームドラマの子役ビーバーちゃんの現在までの姿を懐かしく観た。乗ってきた自転車をスタンドで立てずに草地にそのまま横倒しにするのにショックを受け、冷蔵庫の牛乳瓶のデカさに腰を抜かし、グルグル回してかける電話機でママが交換手のジニーに、「Aさんが電話に出なきゃそのままBさんに繋いで頂戴?」という超便利な電話を知ったのもこのホームドラマだった。

 なんとそのビーバーちゃんの役者さん、1948年生まれで筆者と同じ団塊世代だった!

で、筆者も毎週観ていたこの番組の中でビーバーの友達が家に来るとき叫んでいた「キーヤーキー♪」が気になって記憶に残っていたのでAIで調べたら、以下の通り詳しく出ていたのでこれまたぶったまげてしまった!

AI検索→ビーバーちゃんで子供たちの合言葉「キーヤーキー」とは何だったのだろう?

→Google AI 検索の結果
ドラマ『ビーバーちゃん』の中で子供たちが使っていた合言葉「キーヤーキー」は、アメリカの子供たちが秘密のクラブや遊びでよく使う「Keeyahkee(または Keee-yah-kee)」という呼びかけ(シグナル)です。
これは特定の単語に意味があるわけではなく、遠くにいる仲間を呼んだり、秘密基地に入るための合言葉として発せられる「鳥の鳴き声」を真似た合言葉です。
「キーヤーキー」の正体と役割
  • 秘密の合図:
    主人公のビーバー(セオドア)や、兄のウォーリー、友人のラリーたちが、大人の目を盗んで秘密の作戦を立てる時や、お互いの存在を知らせるための「サイン」として使われていました。
  • 当時の子どもたちの流行:
    1950年代〜1960年代のアメリカでは、ボーイスカウトやインディアンの伝承に影響された「自然や動物の鳴き声を模した合図」を子供たちが真似することが定番でした。
  • 日本語吹き替えの魅力:
    アメリカでの原音の響きをそのまま「キーヤーキー!」と当時の日本語吹き替え(吹替:大山のぶ代さんら)でコミカルに再現したため、昭和の日本でリアルタイムで観ていた子どもたちの間でも、放課後のごっこ遊びの合言葉として大流行しました。
大人にバレないように「キーヤーキー!」と呼び合う姿は、当時の少年たちの瑞々しい日常を象徴する、ファンにとって非常に印象深い名セリフ(合言葉)となっています。
65年後に初めて知った当時の秘密だったのだ!
・・・・で、話を戻して

 筆者の精神≒脳はもうすでに相当錆付いてガタが来ているが、何とかこのまま認知症だとかボケ・アルツハイマーにならない様、相変わらず毎日精一杯キーボードを叩き指先と脳直結の神経回路を活性化させている。

 スウェーデンの脳科学者アンディッシュ・ハンセン執筆の「スマホ脳」を幾度も読み返し、「指先一本で操作するスマホではどんどん脳が退化する、10本の指もしくは少なくともその半分5本の指を動かしキーボードを叩くことで脳の劣化を防ぐことができる・・」という1950年代のキーパンチャーの長寿データ、音楽家の長寿データ(ピアニスト、バイオリニスト、ギタリスト、指揮者など)を信じてこのブログを続けているのだ。

 今の所、知人友人、家族から「最近おかしくネ・」などとはまだ言われていないので、もう信じて続けるしかあるまい?

 自分でも家を出る際、50歩ほど歩いて忘れ物があれば気が付く(数年前までは忘れ物自体がなかった)し、約束の時間には必ず少し前には着くようにしているので、まだ人様に迷惑をかける段階にはなっていないようだ。

 これには愛犬の存在が一役買っていることは間違いないと思う。

リードは画像処理しました。

 毎晩11時には床に就き、朝5時半には何もしないで自然に目が覚め起床する。目覚ましは使ったことがない。太陽が出た日には必ず朝陽の光を浴びているので体内時計は普通の人より正確に整っているとは思う。

 起床したら10分で犬を連れて散歩に出る。顔も洗わず歯も磨かず、そのままだ。これは小学校時代から全然変わらない。親類の医者にいつも言われた「トシローさんはホームレスと一緒だ、長生きしますよ!」できれば朝夕で計4,500歩ほど歩く。日本犬の黒柴なので洋犬のオモチャのような犬たちと違い、結構速足を好むので良い運動になっている。

 筆者は風呂が嫌い、温泉もあまり好きじゃない。暑い夏は毎日シャワーで充分。

 短い頭髪を洗うのにシャンプーは使わない、シリア・アレッポ産のオリーブ石鹸だけ。

整髪料も使わない。25年前のMG5がまだ半分以上残っている(どうせ成分はアルコールと香料だけだし腐らない)

 保湿効果があるのロクシタンのシアバターをときどき使う。

 薬サプリはほとんど飲まない。ランニングの後5回に1回ほど肉体疲労回復にアミノ酸を摂取する程度。

 アルコール分解酵素が全く無いので採血の際消毒はアルコールではないもの使用、お酒は全くNG、当然酒の席には割り勘負けするのでまず参加しない。

 薬は普通の半分で充分効く。年に0~1度頭痛でバファリンを飲むが成人2錠の基準を半分の1錠で充分。抗生物質は天敵!12年前古い抗生物質を飲んで肝臓に大異変、数値が4種類で正常値の数倍になった。超怠い→肝臓が腫れて痛かったが2晩寝たら自然治癒(何の投薬も注射も無し)

 こんな状態だが、20世紀後半から20年以上続けている10,000歩/日+週一の地道サンセットラン(6~8kmラン)のお陰か、腰痛・関節痛の類は全くない。年1回のサッカーOB戦の試合にも最高齢(2番目は50歳台)でハーフはまだ出られる。

 しかし、しかし、老いは確実に体調変化に現れる。これは致し方ない事。

 まず、朝起きて愛犬散歩に出る「意欲・やる気」が週に一度くらい低い日が出てきた。しかし、これはルーティンの「お約束事」を忠実に守る日本犬黒柴だから、がっかりさせる訳にいかない。逆に促されることで健康キープに繋がっているのだろう。

 都心に出る際は、三鷹まで無料パスでバスに乗り、駅で降りたらエスカレーターの長い列を横目に2階改札への階段を二段上がりするのがお約束。

 団塊世代が10㎏ほどのデイパックを背負って二段上がりするのは「無理する意地っ張り・年寄りの冷や水」的に見えるかもしれないが、実はこれはその日の調子を自覚するのに一番必要な儀式なのだ。

 調子の良い時(ほとんどそうだが)はスイスイ上っていく。調子が悪い時は無理せず一段ずつ昇るがこのチェックポイントでその日のルート、コースを頭に刻む。

 こうして、団塊世代は日に日に衰える精神と肉体のキープを心掛けているのだが、いつまでこのペースを守れるだろうか?半年ごとのチェック、この先も続けようと思う。

 7月はやることが多く、10,000歩/日は無理なので、年に一度の調整月としてデスクワーク時間を多く取らざるを得ない。


2026年7月1日水曜日

団塊世代は長く生きてきた分、奇妙で摩訶不思議な偶然を感ずる。 Having lived for so long, the baby-boom generation perceives strange and mysterious coincidences.

  団塊世代は断捨離とか終活とか言って、室内の不要物、もう1年も袖を通さないウエア、過去の仕事の書類、制作物などをどんどん処分すべく重たい腰を上げているに違いない。

 筆者も、もう3年以上穿いていないチノパンなど昨年~今年の総胆管結石の発作・手術で9㎏も減った体重のおかげでブカブカになってしまい穿けないので捨てるべきなのだが、もったいない、何かに使えんべ?と思って後回しになっている。

 社会人になって最初の職場が青山のヴァン ヂャケット(=VAN JACKET INC.)だったので、1年使用しないウエアは二度と袖を通さないから捨てるべきだ!という間違った常識を盛んにすり込まれたせいか、反発して盛んにその逆を生きてきた。

 だから我が部屋には男子にしてはやたら着るものが多い。団塊世代は皆そうかもしれないが・・・。



近いうちにどこかで「団塊世代のガレージセール」でもやろうかと・・・。

 仕事場はネクタイをするのがお約束‥という時代だったから、ネクタイをしないのは水商売か芸能関係の人間、さもなくば芸術家・クリエーター、カメラマン・・・というのが当たり前だった。1960年代中期のBeatles、Searchers, Jan&Deanなどのレコードジャケットを観てもネクタイをしているし、JAZZのアーティストだってネクタイ着用だ。




 IT産業が広まり、某学歴詐称首長が提唱した「仕事中でもネクタイなんかしないでクールに・・」、のクールビズ世界になってデパート1階の一番良い場所を独占してきたネクタイ売り場が消えたのが2010年代。

 1997年、あのダイアナ妃が亡くなった日、偶然出張でロンドンに居てオックスフォード・ストリートのセルフリッジス百貨店の1階中央売り場でネクタイを買ったのを覚えているが、英国でもまだこの頃はネクタイがデパートの主力商品の一種だったのだ。

 筆者もピークには一時100本以上のネクタイが在った。1995年~2005年頃にはスノースポーツ関連で大変御世話になった故・皇族殿下に海外出張の都度、スキー関連のネクタイを捜して何本もプレゼントしたほど。


 こういった断捨離・終活を毎日していく中で、名簿・住所録・写真・メルアドなど付き合いのある人間、友達、旧クラスメートの諸々を整理していてひょんな事に気が付いた。

 偶然というか、筆者には非常に奇遇な事が多く存在することを知ったのだ。この話、ここから先は全くのプライベートな事だし、人間歳を取れば誰にも起こる事なのかもしれないので流していただければ幸い。

 いろいろな住所録を整理していて気が付いたことに、妙に意外な人間が意外なところに集まっているものだなぁ・・・ということに気が付いたのだ。それも女性が圧倒的に多い。理由は女性は家もしくは家近所まで送ることが在っても男子はまずそんなことしないからだろう。

 だから名簿・住所録がいくらあっても、男性が実際どこに住んでいるかの現場記憶はまずないのだ。反面女性は一度でも近所まで送れば確実に記憶に残る。

 社会人になってから皆でわいわい食べて解散した後、遅くなった際や雨の時に限って女性同僚や会合のメンバーだけを男女数名で、あるいは方向が一緒だからと近所まで良く送ったもの。

 この際は家までしっかり送る場合と、横丁で「じゃ、」と解散する場合と色々あるが、今になって名刺や名簿を整理していて、誰が何処だっけ?と思い出すと大体周辺の景色が浮かぶのだ。

 で、それを数名地図に落とし込んでみて驚いた!まさに驚愕に近いと言って良い。

 広い首都圏東京で、決して知っている人の住所が均等に散らばっていないのだ、マップに落としてみて、図で観て驚く事驚くこと!

広い首都圏東京で右下の黄色い〇(=半径1㎞以内)の中に知り合いがそれぞれ7名、5名住んでいるという偶然!公共交通機関や車やタクシーで送ったからこそ覚えているのだが・・。


上の地図の右下の黄色い円を拡大するとこうなる。いわゆる女性陣に人気のエリアなのだろうか?今も何かの折に会う人も数名いれば、全くどうしているか30年以上会っていない人も多くいる。
恵比寿・広尾・白金周辺と都立大学~大岡山住宅地周辺

 もう一つが小学校時代のクラスメートが何故か三鷹~吉祥寺など多摩東部に集まっている件なのだ。これは4名とも数年に一度はクラス会と称して会う間柄。

一方で、北九州小倉時代の小学校のクラスメート女子が現在この赤丸に住んでいる。男子は一人もいない。

 毎日良く歩く筆者のスピードで行けばそれぞれ50分、60分、100分で着く。九州の小倉の小学校時代お互いの家が歩いて30分で行き来できたことを考えれば、これも驚異的に近い所に住んでいると言って良い、しかも4人も固まっているって事。これを大きな地図で見れば「点」に近いエリアにまとまっているって事だろう?

 最初の大きなエリア地図で左の方に固まっている赤丸4つにAとあるのは筆者の現住所。B、C、D、が小学校のクラスメート女子。もちろん皆77歳以上だ。小学校時代九州の小倉で毎日顔を合わせていた4名が遠い直線で890㎞、鉄道・高速道路で移動して1,000㎞以上離れた東京でお互い4~6㎞しか離れていないところに住んでいたのだ。歩いても1時間、交通機関バス・鉄道使用で30分で行き来できるって・・・。

 偶然というのはこれだけではない。

 筆者は親子でほぼ同じエリアの学校や仕事場に通っているのだ。

 まず娘、現在アパレル・アート関係の青山の企業に勤務中、南青山5丁目。親の筆者が世に出た最初のヴァン ヂャケット(=VAN JACKET INC→1978年倒産)はかって北青山3丁目に在った。同じ青山通り246号線の両側で、歩いてもお互いの場所は10~15分で行き来できる。

 親子で全然関係ない企業なのに、偶然同じエリアに勤めているってのも珍しいのではないだろうか?親子二代で同じ学校の先生(大学高校問わず)や親子で国会議員とか役者というのとは訳が違うのだ。

 息子に至っても、我が母校都立広尾高校の隣、國學院大學に通っていた。なおかつそこの学食で働いていたのが、葉山森戸神社裏のウインドサーフィン仲間だっていうのだからもう気持ちが悪いほど。

 これ以外にも気味の悪い偶然などたくさん存在するが、個人情報を出さないとその内容を説明できないのでこの程度にしておこうと思う。

我が母校・都立広尾高校正門で2018年頃クラス会。個人情報にナーバスな方は顔消去。

隣の広尾中学の向こう側にそびえる國學院大學(息子の母校)

2026年6月29日月曜日

梅雨時のヤマセミはどうしているか?#2 What do crested kingfishers do during the rainy season? #2

  長雨が続く梅雨時、川で生活するヤマセミは長雨の間どうしているか?

 雫だらけの樹木に留まって恨めしそうに梅雨空を見上げるヤマセミの画像を昨日のこのブログに掲載したら好評だったようだ。

 川辺川でのあのカットは、梅雨空でも全く気にしないヤマセミの雰囲気を撮ろうと思って数カットシャッターを押したのだが、いかにも雨を嫌がっているような瞬間が撮れていたので写真集に掲載したもの。

 2020年7月4日の球磨川豪雨水害の数年前、熊本県全域特に阿蘇地方で大雨被害が出た年の川辺川での様子だった。

 この時は川辺川・球磨川も大水が幾日も続き、川が奇麗になるのに10日もかかった凄い年だった。

 その辺りの梅雨の凄い大雨前後のヤマセミをご紹介。

清流も雨が続くと相当濁ってしまう、乳白色になったころの採餌ダイブ

急流の瀬は水の浄化が早いようだ

しかし本流の中央は濁っているので岸際にダイブして餌をゲット!

雨を避けて縦に3羽羽休め中

チョコレート色の川辺川を行く親子のヤマセミ

大雨が続いて流木だらけの川辺川で、親子3羽のファミリー

雨やんで陽が出てもチョコレート色の川辺川を行く幼鳥

やはりヤマセミなどの希少種はただ「居た!出遭えた!撮れた!‥嬉しい!」ではなく、その生態を根気よく観察し他の野鳥とどこがどう違うのか?独特の性格は何だろう?を知りたいと思う。

2026年6月28日日曜日

梅雨時のヤマセミはどうしているか? What do crested kingfishers do during the rainy season?

  二連台風が去ってもカラッと日差しが戻らない関東地方。全国的には晴れのエリアが広いのに関東~東海は梅雨前線のおかげで雨が続いている。

 このブログで既報の通り、三鷹エリアではツバメが二番子の育雛中で忙しく給餌を行っている。東京震度4だった2日前の地震で巣が落ちることもなく順調に進んでいるのを確認できた。

 梅雨と言えば多くの野鳥が子育ての末期で、巣立った幼鳥をフィールドで面倒を見る時期に当たる。

 ヤマセミもほぼ幼鳥が巣立って親の教育を離れ自立する頃。そんな時期の梅雨のヤマセミたちの生態を今日はご紹介。

恨めしそうに雨空を見上げるヤマセミ 川辺川

樋門の開閉アームにたたずむヤマセミ 球磨川

時には同類同士で和む 万江川

雨でも採餌は欠かせない 球磨川側流

しばらくは雨のシーズンの野鳥シリーズにするか?

2026年6月27日土曜日

二番子を育てるツバメの生態観察 その3. Observing the Behavior of Swallows Raising a Second Brood: Part 3.

  ここ数日、東京三鷹では大きな地震を数回感じている。

 しかし三鷹市の地震震度表示があまりに違いすぎると思う!三鷹市の地震計は何処に在るのだろう?まさか地震の都度行政の担当者が「自分の勘」で勝手に「今日は、んーと・・・2っ!」とか言っているのじゃないとは思うのだが・・。
 冗談はさておき、昨日6月26日22:29発生の山梨県震源マグニチュード5.6の地震と一昨日の早朝07:30発生の岩手県沖震源マグニチュード7.2の地震の三鷹市震度が何故かいずれも同じ「2」。
 しかし、実際の揺れの感じ方はまるで違った!同じこの2度の地震、自己体感で言えば岩手県沖M7.2は震度0(ゼロ)、昨日の山梨県M5.6 は震度3~4という感じだった。

 2日前の早朝7時30分の岩手県沖地震M7.2 ではキッチンで作業していてまるで何も感じなかった。10分後二階のPCデスク横の自作吊り下げ地震計が揺れているのを見て「ナニコレ?」状態でテレビを付けたらメディアが大騒ぎしていたのを知ったのが実情。
一方で昨夜22時29分発生M5.6 の山梨富士五湖震源の地震はカウチに座っていた時の激しい縦揺れですぐ判り立ち上がった。部屋全部が揺れるのを感じながら立って構えて、物が倒れないか構えて視ていたのが実情。

 いずれにせよ、25日早朝の岩手県沖地震M7.2の同日数十分前には地球の反対側南米ベネズエラで40秒間隔でM7以上の巨大地震が同エリア連続で発生し、大災害を引き起こしている。今月6月8日にはフィリピンで超巨大地震M8.2 も起きている。4月のインドネシアのM7クラスに続き地球全体が地殻変動活性期に入っていると見て良いのではないだろうかと筆者は思っている。

 2015年の3.11直前の日本列島の状況に酷似しているというデータもあると聞いている。国民その他がパニクらないように地震研究者たちもオールドメディアも情報を公開していないのでは?

 こんな状態で、やっとこさ壁にへばりついているツバメの巣が落ちたんじゃないかと気になる今朝なのだが・・。念のため往復1㎞行ってみたら大丈夫だった。
餌を持ってきた親鳥

一旦カメラ目線をくれたが

すぐに給餌

頭ごとヒナに飲み込まれそうになっていた。

行く際はいつも赤いCAPをかぶっていくので慣れたようだ。

3~4分に一度往復している。オスとメスが給餌ならその倍のインターバルか?

ここまでが昨日6月26の朝夕の様子、ヒナは2羽。

今朝10:30頃気になって見に行ったら巣は落ちずに付いていた。ヒナが3羽になっていた。



 

 

2026年6月25日木曜日

二番子を育てるツバメの観察 その2. Observing Swallows raising their second brood: part 2.

  ツバメの二番子の繁殖準備をご紹介、第一回目は新たな巣作りの様子だった。

巣の様子レポートをちょっと端折って、二回目の今日は巣立った幼鳥への電線上の給餌シーン。梅雨時に全国で野鳥観察ツアーを行うとあちこちの電線でツバメのファミリーが幼鳥への給餌を行っているシーンに出くわす。

 しばらくは、時代がバラバラだがこうしたツバメのファミリーの様子をいくつかご紹介してみたい。










親も子も必死の電線給餌。これだけオープンエアーなのに猛禽類に襲われないのは、その飛翔スピードが速いうえ、ツバメ返しと言われる反転能力の高さが天敵から身を守るからだろうか?

オオタカやツミなど猛禽類の繁殖をずいぶん観察したが、親鳥がツバメを捕らえてヒナへの給餌に持ってきた例を知らない。

 次回は同じツバメの仲間の実例もご紹介してみたい。