昨日7月28日、熊本で大きな地震があったのを知ったのは夕方愛犬散歩から戻ってPCの前でFacebookをチェックしている時だった。
「熊本で大きな地震!」という投稿を観て、そうか熊本地震2016年からもう10年も経ったか?・・という認識だった。
しかし、普段夕方は点いていないテレビを点けたら、その瞬間出た画面がこれだった!
マグニチュード6.1、震度5弱の地震だった。偶然テレビのスイッチを入れたら16:27分のマグニチュード7.1に次ぐ最大余震だったのだ。
それから、今これを書いている7月29日の夜8時30分までの27時間の間、頭の中はずーっと自分が一時育った第2の故郷といってもいい八代市の事で一杯、脳みそがウニ状態になったわけだ。
当然テレビでは夕方陽が長い九州熊本だからヘリを飛ばして被害状況を捜せたのだろう。最初は震源に近い氷川町(八代市)、鏡町(八代市)それと南九州道の日奈久方面の高速道路にできた段差を中心に映像を配信していた。
しかし、その高速道の段差の向こうに見える畑に出来ている亀裂(地震段差)一般道路に出来た無数の地割れには一言も触れなかった。しかし筆者はむしろその方が不気味で日奈久断層の一番具体的にずれている部分が此処なんじゃないのか?と思った。
高速道路の段差の右奥の地上の一般道の亀裂に関して何のコメントもなかった。
上の写真で右上の「中継」という文字がこの画面では右下にあたる、そこからの地割れに関しても昨日は何の説明もなかった。しかし、地理と地学を昔専攻した人間ならだれでも判る異変だろうと思う。
24時間後の今日夕方になって、その延長線上の山側の崖ががけ崩れになっているのと合わせて専門家がニュースで「ここが活断層の現場です」と解説されたので、やっぱり・・・と納得した。
これとほぼ同時期に映していたのが球磨川にかかる橋の側橋が折れて川に落ちている映像。すぐに植柳橋と分かった。八代に滞在している時は幾度も野鳥観察撮影に金剛干拓地に行く際通る橋なので頭にすり込まれているのだ。
まだこの段階では橋の名前は判らず、ニュースではただ球磨川にかかる橋と言っていた。
ヘリが次に報じたのが八代城址に建つ八代宮の本殿屋根の倒壊と城址・石垣の崩壊画像、それに合わせて北西に位置ずる松濱軒の瓦屋根建物の崩壊だった。個々の事務局長は同年輩(彼は八代一中→八高→日体大卒)の山際陽徳氏が勤めているはず。
文化財の松濱軒、昨年の1月に訪れた
昨日の空撮ニュースでは詳しくは判らなかった。
今日の地上撮影での様子、八代城址に建つ八代宮。10年前の阿蘇神社同様重たい本殿屋根が崩壊。
八代宮が建つ八代城址 1600年頃建築以来初めての石垣崩落ではないだろうか?しかし一国一城の掟なのになぜ肥後は熊本城と八代城があるかというと、1619年に大地震があって薩摩への守りからあった麦島城が全壊、居住できなくなったので1620年に八代城を建てたということだが、やはり八代には400年前の過去大地震があったのだ。(=日奈久活断層)
筆者は育ち盛りの頃、父親の仕事(今回煙突が折れ被害を被った日本製紙=旧十條製紙)のお陰で太田郷小学校→八代二中にたった2年在籍しただけなのに、八代には知人友人が沢山いる。同時にそのご縁で2003~8年頃八代市役所、熊本市役所、熊本県庁の仕事を沢山させて頂いている。
殉職された方には大変お気の毒だと思う、ご冥福をお祈りするほかない。我が父が生きていた時にこうなっていたら大変だったろう。
こういった感じで短期間だったが、地理、方角、町名、橋名、川名に関しては一般の方よりはるかに八代市を知っているのだ。へリで上空から写した場所はすぐにわかるし、ニュースで写す街角も大体は正確に何処何処と言える。
そういう状態で初日の被災状況をニュースのヘリと一緒に見続けたら、夜の12時を過ぎていた。
しかし一番気になっていたのが、この9月3日から15日まで写真家佐藤秀明さんによる写真展、熊本県が生んだ世界的なカヌーイスト野田友佑氏の「川の旅人野田友佑との50年」を開催することになっているJR在来線八代駅前の珈琲店ミックの人と建物の安否だった。
このミックという珈琲店、実は筆者とは深いつながりが存在するのだ。
特に店主マスターの出水晃氏は筆者の大切な恩人だけに、いろいろな人にスマホや家電を介して消息を訊いて回った。
その後NHKでは流れなかったが民放テレ朝(東京での放送)で崩壊した珈琲店ミックの残骸が報道された。早速気にしている友達知り合いにメッセンジャーを通じて内内情報として画像を添付して送った。
メディアから収録した画像を拡散する際はその収得したメディアの名前が何であるかクレジットするのが常識だしマナーなので、この場合はKAB 熊本朝日放送とのクレジットとなる。
これがテレ朝のモーニングショウで一瞬流れた「八代駅前の惨状」の一部。コンデジで撮影しておいて良かった。撮った画像をPCで観て、どうも気になるのがこのカットだった。
Google Map のストリートビューで観るとこの部分に当たるのは10分くらい色々見比べて確信した。決め手は崩れた屋根の三角部分と手前の朱色のカーブミラーとその床に描かれた白い表示だった。それに遠くに見える赤い店看板「小松」この瞬間「ダメだ!やはり珈琲店ミックさんは崩れている」だった。
二枚を比較して作り仲のいい友人知人にのみメッセンジャーで内々に送った。
それから1時間ほどして先ほど現場でレポートしていたアナウンサーが、正真正銘「ここは元喫茶店でした」と説明があり、ズームアップした画面を見ると「ミック」の店名文字がはっきりと分かった。
これはテレ朝のモーニングショウで流れたものだが、収録はKAB 熊本朝日放送。この段階では出水マスターとご家族の消息に関しては不明だった。
夜になって、7時のニュースで何とそのミックのマスター本人がNHKの熊本地震ニュースでインタビューされ報道されていたのをライブで観ることができたのだ。
早速数名から電話が入り、「マスター無事だったねぇ!見たテレビ!」だった。皆が心配していたのだ。良かった良かったで腰が抜けそうになった。
やはり朝、テレ朝系列のKAB朝日放送が収録した同じ場所から珈琲店ミックの崩壊した現場をNHKもレポートしていた。ただし太陽とその影の位置が見事に違う。熊本県に在っては象徴的に有名店だけにメディアも残念なのだろう。気持ちはとても良く判る。
珈琲店ミックさんのマスター、出水さんのインタビュー動画の一部はこのURLで・・。NHK7時のニュースで収録したが、すべてを観る方法としてNHKONEで観られるはず。
このブログを書いている間にも22:19頃震度5弱の地震が起きた。そんなこんなで今日は最近にない長いブログ投稿になってしまった。
最後にくれぐれも被災地八代、熊本、芦北の方々にお見舞い申し上げると共に、ご無事をお祈りする。
同時に日奈久断層上を地震の震源が徐々に南に移り、最南端に位置する薩摩川内の原発に影響がないことを祈る。
一方で巨大台風13号(ドルフィン)が南九州を目指して進んでいるので、これに対する備えと覚悟も準備しなければならない。是非ともご用心を!