昨夜は結構な雨が降った。夕方ランニングした野川が夜9時には警報が出るほど増水したという。今年は雨で野川増水が頻繁でカワセミの繁殖が上手くいかなかったかもしれない。最近は土手沿いを歩いても声が聴こえない。
今朝6時過ぎに一時的に陽が出たのでルーティンの愛犬朝散歩に出たが、久しぶりの朝日という感じだった。
昨夜は結構な雨が降った。夕方ランニングした野川が夜9時には警報が出るほど増水したという。今年は雨で野川増水が頻繁でカワセミの繁殖が上手くいかなかったかもしれない。最近は土手沿いを歩いても声が聴こえない。
今朝6時過ぎに一時的に陽が出たのでルーティンの愛犬朝散歩に出たが、久しぶりの朝日という感じだった。
長雨のせいなのか気圧のせいなのか、数日前終日体調が良くなく頭痛も熱も無いのに終日体が重く怠かった。薬も飲まずただ寝込んで回復し、昨日は15,000歩/日で復調したが、ひょっとするとデイパックの重さで全身のが筋肉痛になっただけだったのかもしれない。
筆者はここ20年外出する際はほとんど8~10㎏のズーム望遠レンズ付きの一眼レフカメラと関連機材予備バッテリーなどをデイパックに入れていた。いつ何時どんな野鳥の生態に出逢えるか・・?と家を出た後で後悔しないための用意準備だった。昔から旅に出る際の荷物が人より多い理由もそれだった。
しかし、ここ2~3か月暑い真夏は郊外のフィールドにも野鳥はいないので探鳥行もせず、外出時にはコンデジCanon SX740HSだけをポケットに入れて徘徊するようになった。特に写真展や美術展のような平面被写体=二次元被写体はスマホレンズの方が解像が良く、スマホでは隠し撮りの際しか使用しなくなった。
したがってデイパックは買い物運び用と化し、重たいカメラ機材は常時持ち歩かなくなったのだ。それが久しぶりに長玉とバッテリーその他を背負って12,000歩/日以上歩くと翌日筋肉痛になるような気がする。
10日間を置いてサンセットランをするとその日の夜から筋肉痛になる体質なので、さもあり何と思う次第。やはり慣れとは恐ろしいものだ。フルサイズ+50‐500㎜ズームが背負って重たくなるというのはやはり歳のせいかもしれない。
で、今日のブログはまだ重たいレンズを何とも思わなかった頃のヤマセミの生態。
球磨川でヤマセミを撮り始めて数日が経った頃の面白い生態。一度採餌した獲物を空中で取り落とし、慌ててダイブして追ったが見失い再び上空に戻りホバリングして再度ダイブし取り返したというドジな生態の一部始終。
今日はまず前半、撮った獲物を空中で取り落とし、慌ててダイブしたが見失い再度上空へ戻るまで。
このところの長雨で体調がおかしい。団塊世代であれば当たり前だろうが、自分の調子が出ないのは決して気分の良いものではない。
そんな中、雨の合間数時間だけ調布の神代植物園へ行ってみた。夏の終わりで入園客は少ない。先日レポートしたカイツブリの親子のシリーズの際、実は植物園花壇の方へも足を運んでみた。
基本的に筆者の被写体は野鳥が主体なのだが、ジュラ紀や白亜紀の恐竜と同じで野鳥など動く物には何でも眼が行ってしまうのだ。だから蝶やトンボなど昆虫類にも目を引かれる。
眼科の医者には車で長距離を運転する際は夜間走行が良いとされている。昼間だと周りの景色で何かが起こっている場合、そちらに眼が行ってしまい非常に危険だという。
夜間走行であれば前を行く車のテールライトと規則正しい街路灯の並びが目に入るだけなので目と脳に優しいという。これは東京~九州間を往復する都度実際そう思う。
話を戻して、神代植物園で目が留まったのがこの小さい昆虫「オオセイボウ=大青蜂」カメラ愛好家の間では宝石蜂と言われて珍重されているらしい。
青い鉢といえば出会えたら幸せを運ぶ・・・と言われるルリモンハナバチが有名だが、そちらにはまだ出遇ったことがない。しかし、こちらのオオセイボウは神代植物園へ行けば大体出遇えるようだ。
考えてみたら、これを撮影した日にも長玉を抱えたアマチュアカメラマンさんが4~5名花畑付近に居られた。狙いはこれなのだろう。何せ小さくてすばしっこいので飛んでいるところを撮影するのは至難の業だ。
ヤマセミやカワセミあるいはツバメの追い写しを好む筆者も、この虫に限ってはなかなか飛んでるところを捕らえるのは難しい。練習しなきゃ! でも確かにメタリックで青い奇麗な昆虫だと思う。
団塊世代の筆者も77歳となり、日々の行動で体力的に昔の様に動けないと感ずることが出てきた。
例えば愛犬散歩で犬の欲するまま散歩道を走らされることがあるが、近所の野川の土手であれば草地の上を数百メートル全力で走ったりもするが、近所の住宅街ではそうもいかない。
週一でサンセットランと称して走る野川土手7~8㎞は何とか続けているが、全距離走り続けるのではなく、5㎞を過ぎたら電柱2本分は走り、次の2本分は歩くようにしてインターバル走法に替えた。ずいぶん楽になる。
また、つい数年前まではズームレンズ付きの一眼レフをデイパックに入れて、遠くからこちらに向かって来るバスに乗り遅れまいとバス停1/2程なら走っても乗ったが、今は「次を待とう」と思うようになった。自分の乗るバスは幹線で1時間に6~8本も来るのだから・・・・。
好んで探鳥徘徊する近所の野川も、調布の御搭坂辺りからキリ大脇の我が家まで5㎞強を一度も腰を下ろさず8~90分かけて撮影しながら流していたが、昨年くらいから途中でトイレ休憩かねて腰を下ろすようになった。まあそれが歳を重ねるという事だろう。
物理的な筋力とスタミナの劣化が現実的に判る年になったという事。
今は野鳥撮影に遠征することをなるべく控えて、今まで撮影した相当数に上る撮影カットを丹念に見て良いカットを選別している。今まで撮った日に撮影地のホテルでブログやSNS投稿用にチョイスしていて見落としたカットや、自宅に戻ってじっくりやろうと思いつつ記憶から消え去ってしまった哀れなカットを発見して、意外に大喜びする事が有る。
6~8TBの外付けHDD5本にほぼフルで貯めこんだ野鳥画像だもの、こいつは結構楽しい。
ここしばらくは2010年から2020年まで散々通った熊本県人吉市~今回地震で中心的被災地になってしまった八代市を結ぶ球磨川及びその支流部でのヤマセミを中心とした画像を拾い直してご紹介している。
特に人吉市界隈での画像は、2020年7月4日の球磨川豪雨災害で壊滅的被害を受けヤマセミが今までの撮影場所に顔を見せなくなってしまい、同じシーンを再び撮るにはまだ10年以上必要というような状況なので結構貴重といえるかもしれない。
で、今日はその球磨川の人吉城址前上流エリア本流での撮影。
いつまでも沖縄附近を旋回する迷走台風のお陰で、南の海から湿った空気が日本列島全体に流れ込み続け、九州から北海道まで太平洋側中心に雨の日が続いている。
東西に延びた長い秋雨前線のお陰で台風から遠く離れた関東でも雨が続いている、昨夜三鷹では明け方まで結構な雨量だった。
今日午後は曇りが続いているが、また明日以降前線が北上し雨が強くなるという。
関東の気温はさすがに一時期よりある程度低くなり、日中はまだしも朝晩は半袖短パンでは涼しすぎ、この先30℃を越すこともないだろう、初秋の出で立ちで良くなってきた。しかし熊本地震の被災地八代市はこの先もしばらく夜間は熱帯夜ぎりぎりで最高気温も30℃を下回らず辛い暑さが続くようだ。
このブログも定番ヤマセミシリーズの後、神代植物園でのカイツブリ・ファミリーの給餌生態をレポートしたが、今日は猛禽類でもミサゴなどとは違いあまり川魚を採餌するシーンには遭遇しがたいトビの川辺川でのダイブ採餌シーンをご紹介。
今日ご紹介のカットは生まれて初めてトビの川での採餌を目撃した際のもの。
よくYouTubeで水面に浮いている魚や他の獲物を掬う様に掴んでいくトビの採餌行動を観ることがあるが、人吉附近のトビはドボーン!と胴体まで水に浸かってしっかりと魚を持っていく。これはミサゴの採餌を見よう見まねで真似し始めたからできることなのだろうか?
この辺り同じ自然動物とはいえ、ずいぶん地域で違うものだと思う。
実は9年ほど前にも一度トビの採餌シーンをこのブログで投稿した。その時は2014年川辺川での撮影だった。今回のはその1年前、2013年球磨川本流での撮影。ミサゴがダイブして大きな獲物をぶら下げて去って行った後のトビの採餌行動だった。
この時は、今回ご紹介のトビ背後から撮影したバージョンでは納得できずに前から採餌のシーンを狙っていてうまい事撮影できたので改めて投稿したのだった。 ご参考
https://yamasemiweb.blogspot.com/2017/07/i-think-raptors-fish-hunting-is-almost.html
昨日まで2回にわたりカイツブリの親子の様子観察をレポートしてきたが、今日は昨日親が捕らえたギンヤンマのメスをヒナに与えたが、大きすぎて食べるのに手こずる様子をご紹介。
それまでのヌマエビなどとは全然違う大きさのギンヤンマだし、4枚の大きな羽根もついているので、ヒナにはハナから難しかったのではないだろうか。
昨日の夕方7時のNHKニュースで7月28日の熊本地震で被災し破損、鉄格子で囲まれた日本製紙八代工場の煙突が解体作業中に発火、結構な騒ぎになった事を知った。
ニュースによると最近の煙突は強化プラスティックで出来ているのだそうだ。筆者は当然金属やコンクリで出来ていると思い込んでいたのでビックリ!排煙の温度は基本的には通常稼働時、煙突素材を燃やすような温度ではないのだろうけれど、燃えた場合炎の温度には耐えられなかったのだろう。
一方で強化プラスティックで出来ている煙突は軽い分強風に耐えられないので鉄格子のようなガードに守られているのでは?九州は台風がまだ元気な時点で通るため強風が凄い!これはそこで育ったから良く知っている。
北九州工業地帯の煙突なども殆どがこういった金属の枠で囲われて高い煙突に成っている。工場排煙を遠くへ飛ばすため煙突を高くする必要上そうなっているのではないだろうかと、勝手な素人解釈なのだが・・・。
1960年太田郷小学校時代から見続けている十條製紙(=現日本製紙)八代工場の煙突群だが、時代とともにずいぶんいろいろな煙突が作っては壊されているのが自分が撮影した工場の写真で良く解る。
このNHKニュースのヘリ空撮で地震の爪痕が少し解った。地震で横転したJRの電気機関車や貨車群はまだそのままだった。※ただこの空撮は地震直後10日以内のものと思われる。電気機関車は8月15日までに線路へ戻され、貨車群は解体その他で処分された(=AIによる)