2022年1月20日木曜日

立川の昭和記念公園でジョウビタキと遊ぶ。 Encountered a the daurian redstart at Showa Kinen Park in Tachikawa.

 立川の昭和記念公園でイカル、モズに引き続いて数個体遭遇したのがジョウビタキ。メスはベンチ下で採餌後飛んで行ってしまったが、オスは二か所で確認撮影。20分ほど歩いて遭遇なので同じ個体では無いと思う。

 最初が池の傍、次が日本庭園の傍だった。いずれも低灌木から草地に降りての採餌。オスとメスの色合いが極端に違うので人気の野鳥だ。特にオスは頭がシルバーという事で野鳥としても他に類を見ないし、筆者にとっても同じシルバー世代=銀髪で親近感を感ずる次第。

まずはベンチ下のメスから、何やら採餌したてだった。

ベンチ下から其のまま飛び去って行った。

最初のオス、西立川口の傍の池の周回路に居た。



盛んに低灌木から降りて採餌していた。




銀髪の頭と翼の白い部分が印象的なオスのジョウビタキ。

冬真っ盛りの今、一番逢える確率が高いのではないだろうか?

2022年1月19日水曜日

立川の昭和記念公園でモズのオスと遊ぶ。 Encountered a the Bull-headed shrike at Showa Kinen Park in Tachikawa.

  イカルの群れに引き続き、昭和記念公園内を進むとモズのオスが付かず離れず平行に移動していた。筆者がベンチで昼食のサンドイッチを食べている間も近くの枝で10分以上動かず、再度動き出すと一緒にまとわりつくように一定の間隔で移動する。

 何なんだコイツは?筆者が知っている誰かの生まれ代わりか?などと超科学的な妄想すら覚える程の事だった。連写のせいもあるが単なるモズの飛翔に60カットも撮影したのは初めての事。

 地上に降りて採餌したようだが、その時は遠くて草の影に成り何を食べたか不明だった。

 しかし飛び去る後ろ姿ではなく、こちらへ向かう姿や横への移動を撮れたのは良かった。

 筆者思うに、やはり野鳥は「アッ!居た!」で忍び寄って枝留まりをアップでノートリとか言って撮るのではなく、生態を良く観察して何かをしようとする瞬間を逃さず撮影したい。

 やはり優れた鳥類図鑑はそのほとんどが、対象野鳥の特徴を間違いなく表すためにイラスト画で作られている(National Geographicなどでも同様)とおり、光の加減で色や形がいい加減になってしまう写真は使用しない。

 これは植物などのポタニカルアート同様、ある面で写真というモノの限界を感じざるを得ない。

 しかし、1カットではなく、数カット使用してその野鳥の説明ができるとなれば話は別だ。オス・メス含めて5~6カットで説明する図鑑があれば助かるのだが、かって存在していた野鳥のデジタル図鑑のようなサイトが復活してくれると嬉しいのだが・・。

 野鳥版のWikipedeiaのようなものがあると嬉しい。

 


この個体が20分以上お付き合いしてくれたオス。

ランチは立川駅中で購入したチキンサンド。

すぐ傍でたった一羽のイカルに騒ぐ集団しり目に、モズ君は傍の木の枝でシーッとしていた。






最終的には池のほとりの枝どまりで暫く居たが、池を渡って対岸へ去っていった。

2022年1月18日火曜日

立川の昭和記念公園でイカルの群れに遭遇。 Encountered a flock of the Japanese grosbeaks at Showa Kinen Park in Tachikawa.

  ずいぶん久しぶりに、個人的に非常に想い出深い立川の昭和記念公園に行ってみた。土曜日だったので多くの行楽客が居るだろうと思ったところ、ファミリーが少々とランナーグループが多数いた。コロナ・オミクロン株の感染急拡大の影響だろうか?拍子抜けする人出だった。

 その中で、思いのほか多かったのが望遠ズームレンズを付けたカメラを提げた野鳥撮影のグループ。ワイワイ言いながら徒党を組んで園内を巡回していた。あれでは野鳥は見つかるどころか逃げてしまうだろうが、撮影より仲間との談笑の方がメインのように見受けられたので、中高年層のバードウオッチングはあれで良いのかもしれない。

 1羽のイカルが樹木のてっぺん近くに居るのを樹木の真下まで行って撮影している方々がいたが、あれでは白いお腹しか写っていないだろうと思う。しかも秒間コマ数10コマもしくはそれ以上の高性能のメカを駆使して留まっている野鳥を連写で撮るって何?今一つ良く判らなかったが、後でPC観ながらため息つかれているのではなかろうか?

この角度で見上げてしまったら、どういう画像に成るかは想像出来よう。

 今日はそのイカル。立川門から入る前の樹林帯(道路わき)に30羽ほどの群れで居た。灌木の下、暗い部分で採餌をしていた。まるでシロハラの様な採餌だった。

 見張りが一羽単独で枝どまりしたとき、ムクドリとツグミがやってきて三種類が1フレームに入ってくれた。水鳥系なら良くあるが、この手の野鳥が三種類揃うのは筆者的には珍しい。

左からムクドリ、イカル、ツグミ。昭和記念公園らしかった。

 見張り役がコーキー♪と鳴きながら3~4羽と連れ立って50m離れた葉の落ちた樹木のてっぺんへ一度移動し、数秒後に戻って来た。神経質らしかった。



ざわざわ音を立てながら木陰でまとまって地上餌を採餌中。





残った木の実を啄ばんでいるのか、はたまた新芽を食べているのか?

2022年1月17日月曜日

この時期カワセミの獲物は何だろう・・研究。 What is the prey of the kingfisher at this time?

  三日前、1月14日に明治神宮で南池(=なんち)がほぼ全面結氷し、カワセミのダイブ採餌のエリアが狭まっている・・・と、このブログでご紹介した。

 その際のダイブ採餌の様子を一部ご紹介したが、今日は採餌して戻ってくる場面を中心にアップし、何を獲物としているかご紹介しようと思う。

 普段からこの明治神宮御苑の池には多数の鯉、鮒、その他の小魚が豊富に生息している。同時に藻エビと称している淡水エビ(=主にヌマエビの一種)が数種類生息しているものと思われる。

 同時にこの池がトンボ天国で有名であることの裏返しで、ヤゴの類、水生昆虫も豊富にいると思われる。

 筆者は淡水の甲殻類・昆虫に関してはほぼ無知なので、獲物が魚でない場合の名称などはお許し願いたい。

氷がほぼ全面に張った為、ダイブはいつもより岸寄り、入園者たちの傍で展開された。


普段であればこんなすぐ傍でダイブの写真は撮れない。もちろん手持ち撮影だ。

この日唯一(見ている間で)の魚の獲物。

殆どがこの手のヌマエビだった。









目一杯採餌ダイブを繰り返してくれた。獲物のサイズが小さいので仕方がないだろう。


2022年1月16日日曜日

団塊世代は昨年末~正月三が日のメディア報道を訝しむ。 The baby-boomer generation is skeptical of this year-end and New Year media coverage.

  あっという間に正月三が日が過ぎ去り、正月独特のニュースネタがトンガの海底火山爆発による津波情報やオミクロン株による新型コロナ感染拡大のスピードの速さを警戒するニュースに替わり日常の生活に戻ったようだ。

 そこで、週末団塊爺のブツブツ投稿はこの年末年始のメディア報道の「ちょっと解せない、これで良いのか?」といういくつかを取り上げてみた。「皆さんどう思う?」とは決して言っていない。筆者はこう思う、こう感じた・・というだけの話。

 こうあるべきじゃないか?すべきじゃないか?はあくまで個人レベルの私感であることをお断りしておきたい。

 まず、大晦日の「NHK紅白歌合戦」。

 筆者が最後に観た(チラ見に近い)紅白歌合戦は1971年で、「17才」でデビューした南沙織のファンだった筆者が、彼女の出番だけ観たくて大晦日の酒屋の配達・集金していた途中集金先の一般家庭の玄関先から観せてもらった。実に50年前の紅白が最後だ。既にカラーテレビにはなっていたが、記憶は脳裏に刻まれている。出番は確かトップバッターだったので、配達の時間を見て顔なじみの仲の良いお得意さん宅へ計画的に行ったのを覚えている。

 しかし、紅白歌合戦っていうものはつまり男性軍Vs女性軍の歌合戦だろう?ジェンダー騒ぎで男性なのか女性なのか判らないタレントがたくさん増えてきた現在、このまま今年の年末も「紅白歌合戦」なのだろうか?

 氷川きよしのように完全に見てくれは女性に変化している歌手は、白でも赤でもないのではないだろうか?無理に言うならピンクだろ?

 かっては、日本の女装の先駆者・美輪明宏が3回紅白に出場しているがいずれも白組・男性チームメンバーとして出ている。あの会場や全国のお茶の間がシーンと静まり返ってしまうほどの感動を与えた「ヨイトマケの歌」の雄々しさは、普段の彼のいで立ちと物言いの真逆に近く、人間としての幅の広さを感じさせたものだ。で、やっぱり女装は「演技・演出・仮の姿」で中身は「男」だったのだと妙に安心したものだ。あくまで筆者は・・・だが。

 ヤマセミの様な自然界の生き物の生態を観察・分析し続けている筆者的には、オス・メスの違いがはっきりする厳しい自然界と照らし合わせて、「人類はこの先大丈夫だろうか?」と思わざるを得ない。それを考えるにつけNHK紅白歌合戦はもうその使命を終えたような気がする。あれはテレビがメディアの中心だった時代の「遺物」だと思えて仕方がない。

 今やSNS、ネットその他でテレビの視聴率なんて何の意味も無くなっていると思うのだが、どうだろうか?未だに紅白の視聴率がどうのこうので騒ぎ報道するメディアの気が知れない。

史上最低、失敗、このメディア担当者は若いのだろう。良く知らないのだろう。

 次に、政治関係でメディアの岸田首相・政府・内閣への報道が余りに酷いので一言。政治に関してメディアは、ここ2年間コロナ感染症の政府対応が余りに後手後手で感染を広げただの報道を続けて来た。安倍・菅、両内閣時代の政府対応へ厳しいダメだしを続けて来たのは万民承知の事。

 しかし、岸田内閣になり、急激なオミクロン株の出現により次々に手を打ち、日替わりのごとく対策・決めごと・指令を出す政府に対し、メディアは何と言った?「朝令暮改」だ。

 基本的に「朝令暮改」はいい意味で使われてこなかった。しかしオミクロン株で日替わりのように情報が変わる現在、それに対しての対策は「臨機応変」で対処するのがアタリマエだろう?これを「朝令暮改」と非難的に叩くメディアの浅ましさ、酷さを憂える団塊爺なのだ。これをメディアの虐めと言わずに何という?

 メディアの言う「朝令暮改」でもここ数日の倍々ゲームでの感染拡大は「朝令暮改」をしていなかったらもっと大変だったのではないのか?



安倍・菅内閣に対し「遅い・優柔不断」とこき下ろしたメディアが、臨機応変な対応を始めると「朝令暮改」と叩く。この品の無さ・酷さ何とかならないだろうか?批判・非難するしか能がないのであれば国会の野党と何ら変わるまい?

ただ非難するだけでなく、どうするべきなのか、どうすれば良いのか、具体策も述べなければ卑怯だろうと思う。

2022年1月15日土曜日

団塊世代は念願の球磨川の鮎漁師に関する小冊子を発行できた。 The baby-boomer generation was able to publish a long-awaited booklet about sweetfish fishermen on the Kuma River.

  筆者が2010年から12年間熊本県人吉市へ通い希少種のヤマセミの生態に関して観察を続けている事は、このブログそのものの生い立ちと相まってご存じの方も多いと思う。

 2010年4月1日エイプリルフールの当日、八代市駅前のミック珈琲店出水マスターの一言、「シンジョー君!ヤマセミは球磨川であればどこでん居るバイ!」に押されて、二週間後八代から人吉までレンタカーで探したのだった。

 そうして夕方日没後宿舎である旧国民宿舎くまがわ荘前の堤防に車を停めて何気なく川の上に架かるワイヤーに留まっているハトほどの野鳥を発見したのが筆者とヤマセミの最初の出遭いだった。この辺りのいきさつは今まで何度もこのブログ上でご紹介した通りだ。

 最初の探索で出遭え、翌日球磨川の野鳥に関するオーソリティ、野鳥観察の大先輩・古江之人さんに球磨川土手で出遭えたのも、今考えればあまりの奇跡の連続だったと思わざるを得ない。

 その後、人吉の名医・辻医院の辻正彦先生、球磨川刺網漁師の島津富男さん、塩見澄郷さんなど、ヤマセミに限らずその他野鳥、並びに球磨川そのものの自然に関して色々教わり、お世話になっている。これらの方々のアドバイス・ご指摘が無ければただ観ただけでは判らないヤマセミそのものの生態・習性を知ることは無かったろうと思う。

 昨日、小冊子・ミニ写真集「球磨川に生きる」を入稿した。CanonのPHOTOPRESSO(=昨年12月に終了した自費出版システム)に替わる、少し簡単なバージョンで同じくCanonから出しているPhotoJewel Sというシステムで作成した。初チャレンジなので手間取りながらの作業であったが、何とかほぼ2日間デスクトップの前に座りっぱなしで入稿まで持って行った。

 この小冊子・ミニ写真集は球磨川で長年刺網漁をされている漁師さんとヤマセミなど魚類を餌とする野鳥たちとの関係を撮影した画像で綴ったもの。今まで自費出版した野鳥に関する写真集とは少々違う。説明画像が多いが、筆者の意図は文章・コピー・イラストで説明するよりはるかに写真伝達の方が適しているとの理由による。

 いずれ、このYAMASEMI WEBのメインサイトおよびブログで全頁をフリー公開する予定。

今日はそのさわりと雰囲気だけチラ見でご紹介。

サイズは210㎜✕210㎜、表紙を入れて24頁構成。

まずは刺網漁師たちが夕方決められた時間に一斉に刺網を投入する風景から始まる。

85歳になってまだバリバリ現役の刺網漁師、島津富男さんに焦点を当てた構成。

NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも取り上げない川魚漁の秘密が一杯。

香魚と言われる鮎は「塩焼き」だけではない、色々なレシピが在るのだ。

昨年自費出版した「ヤマセミカワセミ」では右頁の次のカットを掲載した。

これで年間3種類の写真集を試作できた。これもコロナ禍で九州など遠方まで撮影行出来ない事による反動なのだろう。デジタルのお陰で入稿時にこうしたプレビュー機能で如何にも出来上がったかのような感じで観られるのは凄い。