2016年3月23日水曜日

何だこれ?・・・ハシビロガモのぐるぐる? What is this? Is this Shoveler's tornado Shoveling?

 ヤツガシラの第2弾を予定していた今日のブログだが、昨日都心からの戻り途中、JRの駅から妙なものを目撃したので緊急レポートしたい。野鳥の面白い生態には目が無い筆者は中央線鈍行=総武線の市ヶ谷駅ホームから眼下に広がる江戸城外堀に異様な野鳥の行動を見つけてしまった。

 目の前のお堀に無数のハシビロガモの集団が集まっている。ハシビロガモは上野不忍池にもいることはいるが、ここまで多くの群れで観たのは初めてだった。優に100羽を超えている。特に人口密集地の東京では滅多にこれだけの群れはお目にかかれない。北帰行の直前の大集会なのかもしれない。盛んに数羽が同時に飛び立っては戻ってくるので、長距離飛行準備のようにも見えた。

 そうしてその中の一か所に妙な寄り集まりの部分を発見!数十羽がグルグル結構なスピードで水面上を渦巻き状に回転しているのだ。持っているのはCANONの小さなコンパクトデジカメなのだが、何とかホームの鉄柱にカメラを付けながら、望遠限度ぎりぎりまで伸ばして、動画と静止画で記録してみた。

 家に戻ってこの観たことが無かった生態を調べたら、結構国内外あちこちで目撃されているようだった。回転しながら一斉に水中のプランクトンなどを採餌しているとの事。英名のShovelerとはシャベル(スコップの一種)を示すので、その生態をよく視ての命名だろう。まさにシャベルでプランクトンなどをすくう生態をよく表していると思う。

市ヶ谷駅のホームの目の前の外堀全面にいるハシビロガモたち。この5倍以上の範囲。

その一角に何やら集団が渦を巻いていた。なぜか結構なスピードでぐるぐる回っている。

観察をしていると、もう一か所で渦が出来始めた。

だんだんハシビロガモが集まってきて大きな輪になる。

時計回りや反時計回りがあるが、レギュラーとサウスポーに分かれている訳では無さそうだ。

この模様は動画の方が判りやすいので急きょYOUTUBEにアップしてみた。

ハシビロガモのぐるぐる= https://www.youtube.com/watch?v=Eq2NwMiBSPw





2016年3月22日火曜日

今年もまたヤツガシラに出遭いたい! I would like to meet Eurasian Hoopoe this year again !

 3年前の春先、熊本港傍の緑地帯公園で初めて出遭ったヤツガシラ。一昨年は南さつまで偶然出遭えた。南さつまではロケーションの違う2か所での遭遇だったのでいろいろな背景で、何も芝生の平地だけに出没する訳では無い事を学んだ。

 その後、西ヨーロッパで畑に沢山ヤツガシラが「春告げ鳥」として飛来し繁殖をして戻るさまをNHKが放送してくれてこの鳥の生態も勉強できて嬉しかった。

地球ドラマチック 珍鳥ヤツガシラ 2015年2月28= https://www.youtube.com/watch?v=czYMd73ww3U


その放送で判った事は、ただ芝生の上で根っこにいる虫を穿り出して空中に放って食べる仕草だけがヤツガシラの生態では無い事を良く教えてくれた。やはり野鳥に興味を持ったら、珍しい野鳥に出遭えた、視た、写真に撮れた・・・だけで良かったとせず。他の種とは何がどう違うのか、自分の経験値を生かして、何か新しい発見はないだろうか?観察研究するのが楽しいと思うのだが如何だろう?

 やはりそれには多くの仲間に違う時期違う場所で観察してもらい、それぞれが個々に観察した時にだけ見せた生態の面白さを報告しあって見識を深めるのが良いだろうと思う。人吉エリアでは少なくとも10名近くが常時ヤマセミの面白い変わった生態を連絡しあっているので、相当詳しい生態が記録されている。

 ヤツガシラもそうあると、もっと出現する所や時期などの予想ができて今後に繋がると思うのだが・・。

ヤツガシラに出遭えた最初の1ショットがこれだった。熊本港傍の緑地公園で数年前。

すぐにカツオノエボシという毒クラゲのような頭になった。

飛んでターンした瞬間のゴージャスな色目・模様は素晴らしかった。

虫を穿って探し食べる見慣れたシーンは今回はカット。

主翼の付き方、翼の形状など、非常に特殊な部類かもしれない。

羽ばたきの割には前進スピードは思いのほかスピードが速く、

カラスの小群に追われて、あっという間に目の前を通過していった。


2016年3月21日月曜日

ヤマセミ生態シリーズ #12.セキレイ系とは仲が良い! Ecology report of the Crested kingfisher #12.

 ヤマセミはカワセミとほぼ同じ環境で一緒に暮らしている事が多い。と言っても東京など人口密集地では有り得ないが、水が綺麗で餌になる魚が多ければ、躯体の大きさの違いから来る条件、(採取する魚の大きさや飛び込める深さ、川の流れの強さ)こそ違えど撮影中同じフレームに入り込むことは決して少なくない。

 2年前出版し無償配布したヤマセミの2冊目の写真集にも掲載したいくつかにもヤマセミとカワセミが同居している場面を観て頂けると思う。

 参照1= http://www.yamasemi.org/report_chapter_4/ch4l.html
 参照2= http://www.yamasemi.org/report_chapter_4/ch4o.html

 今日の話は同じような隣組というか仲間の一つ、セグロセキレイ、ハクセキレイなどと一緒の場面の生態。もちろんカモ類など水辺では多くの他の野鳥と一緒に生活してはいるのだが、架線上や岩の上で一緒になるのは圧倒的にセキレイ系が多いだろうと思う。それはセキレイ系の個体数があまりにも多いからだという事だ。

 特に人吉の球磨川・川辺川流域は土手に発生する羽虫の数が半端ではない。初夏の夜、球磨川に面した窓ガラスを開けようものなら部屋の灯りめがけてとてつもない数の羽虫が入ってくる。だから各温泉旅館、ホテルの川側の窓には「日本一虫の多い場所なので夜間は絶対に窓を開けないように願います。」といった注意書きの類が書かれているはず。

 一度は市房ダムの奥、湯山温泉にある観光ホテルという名の民宿に泊まり、夜中網戸の隙間から数百・数千という羽虫に入り込まれ朝まで同衾したことがあった。朝起きて黒くなった畳や夜具に気が付いたときは気を失いそうになったのを覚えている。

 今日ご紹介の画像は、鋭い夕日を浴びて川辺川にかかる架線上でセグロセキレイと戯れるヤマセミのつがい。コントラストが強すぎるがご容赦願いたい。





 いちいち説明は不要だろう。4本渡された架線上で他の野鳥と戯れる姿は幾度か観察している。一度などトビのつがいとヤマセミのつがいが交互に留まっていたのを撮影した。採取した獲物を横取りするトビなのだが、こういうくつろぎの時は呉越同舟平和を楽しんでいるようだった。つい最近この4本架線は一本になってしまった。理由は不明。




2016年3月20日日曜日

ヤマセミ生態シリーズ #11.ヤマセミ採餌シーンの色々! Ecology report of the Crested kingfisher #11.

 1か月ぶりにヤマセミの生態シリーズに復帰!今日はいろいろな採餌シーンをお届け。全国広しと言えども、毎日ヤマセミの採餌シーンをブラインドに入らずとも幾度も観察・撮影できる所はそう多くはないと思う。

 もちろんヤマセミに出逢える時間帯は早朝、夕方日没前後に限られるが、実は真昼間12時前後も通年で採餌することが多い。もちろん繁殖期には育雛時期を中心に朝から晩まで採餌している。育てている雛の数に比例して採餌回数は多い。

 一昨年の巣立ち観察記においては一日の給餌回数が早朝4時から日没までの13時間でオス6回、メス5回に達している。この時の雛の数は5羽、うち3羽が巣立ち、1羽が巣立ち直前に巣穴から落下、さらに一羽が巣穴に入った青大将に食べられている。まだ5羽が居た時期の給餌回数が計11回という事は雛一羽平均2匹を食べている計算だろう。

 もちろん数日間巣穴の前で終日車の中からの観察なので、その数日の採餌場は見ていないが、当然2羽の親は自分達も食べる訳で採餌ダイブの回数はさらに多いだろう。ヤマセミの場合は蜂の巣探しと異なって蜂を捕らえて紙縒りを付ける訳に行かないが、基本的に一番近い河川で採餌するので距離は人吉界隈においては100m~500mの間になる。一番近い場合は80mという事もあった。

採餌した餌を誇らしげに見せつける。

更に傍の岩まで寄ってきてさばきに入った。

もう呑み込む直前には魚種が判らなくなるほどになってしまう事がある。

ご存知の叩き付け動作。骨を砕き呑みやすくしている。雛に持っていく際は特に念入り。

下の画像の岩にランディングする前尾羽を水面につけてブレーキをかけているように見えた。


これは、相当の大物!カマツカかドンコの類だと思われる。人吉在住の辻先生の撮影。毎朝ヤマセミの観察をされる方でも滅多に無い大きさだとの事。




2016年3月19日土曜日

団塊世代の考える情報過多時代への憂い その2. Anxiety to the information overload age which baby boomers consider.Part2.

  昨日のブログへの反響が多くて驚いている。今日一日でアクセスランキング2位の3倍強レベルでアクセスが集中しているようだ。このブログは本来ヤマセミを中心とした野鳥の生態観察の話を毎日好き勝手に述べているブログなのだが、「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」以来団塊世代の方及びその周辺の方々が観てくださっているようで非常に嬉しい。

 Eメールを頂いたり、このサイトの問い合わせコーナーから頂いたご意見は非常に励みになったと同時にパソコン熟練者達(昔はパソコンオタクと呼んだ)からデジタルハラスメント?を受けている意外な現状が判って勉強になったし、問題提起的なネタも頂いた。感謝に堪えない。さほどパソコンに詳しくない者同士の妙な連帯感が芽生えたような気もする。

 筆者も長年の友人にプロ級のパソコン使いが居るので、今まで彼の言うまま頼ってきたのが実情。しかしあまり頻繁に頼ってしまい、最近はうざいと思われてしまったようだ。上野の不忍池に居る餌付けされた野鳥たちのように、知恵や餌ををくれる相手が居なくなった途端餓死するのではないだろうかという危機感を持っている。今後は多少は自分で考え、あるいは別を頼る選択肢も含めて色々考えねばならないのかもしれない。

 オーディオや鉄道模型、はたまたヤマセミにのめり込むこの凝り性な性格からすると、間違いなくパソコン領域に一線を越えて入り込むと、決して中途半端では終わらないので、我が身を亡ぼす事は確実。今後も今までの一線は越えない様にしながら、接していこうと思う。まだほかにやることが山積みの前期高齢者に残された時間はそう多くないのだ!もう既に通信インフラもパソコンのCPUの性能もコストパフォーマンスを考えた時、体感速度を変える程の変化は期待できないので、今のところ現状以上のハードに関するグレードアップは必要ないだろうと思っている。

 自宅でのパソコン操作に関しては、既に10年ほど前から画像処理中心のデスクワーク、大型催事関係の関連書類作成、印刷物の原稿作成(入稿データ作成直前まで)等がほとんど。
 ヤマセミ中心に野鳥撮影を10年以上行っているため、撮影した画像データが3TB程存在する。
 筆者のパソコンは殆どがその為のモノと言って良い。

 今日のブログは、そういう状況下でパソコンを使う筆者が、今まで大手広告代理店勤務で目にしたり聴いたパソコンにまつわる非常に面白い、笑える話をご紹介しようと思う。

 筆者は社会人になって1度は倒産、後の2度は先方要請で3回ほど転職をし計4か所企業に勤めた。コンピューターやインターネットがこの世に普及し、広告業界に入ってきたのは1998年の長野オリンピックの頃だから、今回の笑い話は最後に25年間勤めた大手広告代理店での話となる訳だ。

 まずは最初の話。

 デジカメが普及し始めの頃で、OLYMPUSのC-900という130万画素の3倍ズームを使って
長野オリンピック関係や当時全日本スキー連盟の専門委員を拝命していた関係上FISのワールドカップ、FISの国際会議などでたくさんのカットを撮影した。ちょうどそのころの話。筆者は自宅でIBMのデスクトップ・Aptivaシリーズを使用していたのだが、既にその頃フィルムカメラからデジタルカメラへ移行中なのが写真業界だった。ちょうどサラリマン川柳で「デジカメの餌は何かと孫に訊き」などという秀作が賞を獲った頃だ。
ずいぶん長い事愛用したC-900Z、この後C-990Zに買い替えて使用した。

 ある日、仲の良い友人もデジカメにはまっていると聞いて、銀座でデジカメ談義をしたのだった。そうしてその友人が撮った写真を見せるというのでカバンから取り出したのがラップトップ・コンピュータと重たそうな切手帳。「デジカメってフィルムカメラよりランニングコストが安いっていうけれど、全然安くないんだよなー、結構大変なんだよ!」と言いながら開いた切手帳には、ずっしりとスマートメディアが切手のように刺さっているではないか。そうしてスマートメディアにはいつ何処で撮影したか細かく書いてあった。要はスマートメディアに取り込んだ画像をパソコンに移すことを全く知らなかったというのだ。

 彼が言うには、フィルムはかさ張るし、いちいちDPEに出さなきゃいけないから面倒くさかったのだが、デジカメになって面倒くささはなくなったが、お金は掛かるんだよなー、もう少し便利になると思ったのだが、それ程でもないなー・・・だそうだ。
 スマートメディアの画像を彼のラップトップに移してあげて、空になったメディアに再び一杯画像を撮れることを知った時の彼のショック顔がいまだに脳裏に刻まれている。
こういう切手帳に、切手の代わりにスマートメディアを沢山入れていたのだ。

これは最近のモノで、当時はせいぜい数メガあればいい方だった。

2番目の話。

 大手広告代理店では一番最初に日立だったかNECだったかのラップトップパソコンが全社員に配布された。そうして、人事通達など今まで連絡文書で回ってきたものが一切無くなって、パソコン上で「全社必見!」というサイトを必ず見る決まりになった。この全社必見は未読の項目は赤文字で表示され、閲覧した連絡文書は文字が反転して黒くなるようになっていた。

 これはどこの会社でもその頃一斉になされた事らしいので、これをご覧の方々も同じような経験をお持ちだろうと推察する。しかし、この「全社必見」というサイトは殆どの通達が赤いままで、見た証拠に文字が反転して黒くなっている者は殆んどいなかった。どこもたぶん似たようなものだろう。

 特に管理職はこの全社必見を見ておかないと会議などで赤っ恥をかかないとも限らず必死になってチェックするのが常だった。そうして日も暮れてオフィス街がビルの明かりで都会らしさを醸し出す頃、窓を背負った管理職席で皆の方を向いて忙しそうにマウスを動かす管理職達。

 しかし、窓にはその管理職の後ろ姿と共に開いているパソコンの液晶画面が綺麗に映っているのだった。そうしてその全ての画面にトランプが並んでいる事も多かったのだ。これが全社員にパソコンという物が配られた初期の頃のオフィス風景だ。
大手広告代理店の窓際の管理職デスクのパソコンは一時みなこの画面だったりしたのだ。

3番目のお話。

 これは聞いた話。全社員にパソコンが配られてしばらくした時、フロアの金魚鉢(=ガラス張りの役員室)の中にいる役員が不思議そうな顔をして「おーい!ハナちゃん、いつになったらプリントできるんだこいつは!」と切れそうになって秘書のハナちゃんを呼んだという。

 才女の誉れ高いハナちゃんは金魚鉢に入って役員のノートパソコンを見て、一瞬にして全てを理解した。役員はノートパソコンの液晶画面の蓋と本体の間にプリント用紙を挟んで蓋を閉じ、時々開けては用紙に液晶画面の文書が印刷されていないのを怒っているのだった。

 才女の花ちゃんは此処で役員のプライドを傷付けてはいけないと、とっさの判断でこう言ったそうだ。「役員!これじゃダメでしょ?これじゃ文字がみな逆さまにプリントされちゃいます。役員は特別にあの外の大きなプリンターから出るようにしてありますから、プリントアウトしたい時にはすべて私にお申し付けくださいね?」
 役員は、そうか!という顔をしてニッコリ笑って「すまないね?」と言ったとか。







2016年3月17日木曜日

団塊世代の考える情報過多時代への憂い その1. Anxiety to the information overload age which baby boomers consider.

 世の中の急速な進歩に己を忘れ、自分の立ち位置を見失ってアタフタしている人が最近増えたような気がする。例えば自動運転の自動車が出来たという一方で、電気自動車が普及はじめている。はたまたその一方ではクリーン・ディーゼルの車が良いとの評論が在ったりもする。評価基準、相対的な比較をメディアが行わない為、一般の人間は混乱するばかりだ。

 ガラ系の携帯電話がスマホになり、SNSの普及でFB、Twitter、ラインなど無制限の見知らぬ相手とのバーチャルコミュニケーションが増え、絶え間ないそのコミュニケーションに時間を取られてしまい,己の時間を制限され、四六時中小さな液晶を覗くスマホジャンキーになっている人間のなんと多いことか?あまりの情報過多に情報に優先順位もつけられず、テレビの情報バラエティ番組は玉石混交、糞味噌一緒で訳の判らない状態になっているのが現状ではないだろうか?

 自動運転レベル4の車が登場した暁には、「うちの軽トラックとそんな自動運転の車が出合い頭にぶつかったら一体どうすればいいんだ?」垂れ下がった樹木で道路標識が見えなかったと、一時停止を怠った挙句に事故を起こした自動運転の車は誰がどういう法規によって裁くのだ?など考えれば考えるほど脳味噌が混乱してくる。全ての四つ角はあらかじめナビに情報が入っていたとしても変更情報をインプットしていなければ、事故の元になろう?ましてや対人対応で子供や年寄りが合図をしている状況を自動運転の車が判別可能なのか否か?恐ろしい事がこの先待っているような気もする。

 筆者は基本的に自動車は物を積んでA地点からB地点に運ぶ「移動用の道具」だとしか思っていない。出来ればA地点から瞬時にワープしてB地点に移動したいくらいだ。途中の景色だの運転だのを楽しいと思った事はあまりない。だから趣味は?と訊いて「車の運転、ドライブ」などという人の気が知れない。最近は自宅の車より遠隔地九州で借りて乗るレンタカーのほうが、数倍も走行距離が長い。

 ましてや車のエンジンがどうのこうの、色がどうのこうの、希少車種だのスタイルがどうだとかほとんど気にしない。燃費が良くて壊れず、どこへでもどんな条件下でもストレスなく行ければそれで良い。乗ってしまえば己の車の外観も色もわかりゃしないのだ。この車というものに対する価値観が変わったのはハワイでプロのウインドサーファー達と色々なものに対する価値観を話し合って、目から鱗の経験を積んだ結果だ。

 幾人かのアメリカ人の友達に訊いた時にも「車の運転が好きだ等とほざく奴はアメリカには殆ど居ない、広大なアメリカでは車を運転しなきゃ人間の生活は成り立たない、生きていけないのだ。アメリカで車の運転が好きだという奴は競争自動車のレースドライバーの事だろう。」と言っていた。日本でも地方の辺鄙な場所はこれと同じような状況になっている。

 そのアメリカでも実は車がステータスだったのは1960年代初頭まで、日本でもバブルの時代までだ。今、高い外車に乗ったり、ビンテージカーを磨いている人間は一部の思い入れ深き人達で、一般的には車も時計もファッションも既にステータスシンボルではなくなった。

 人は日進月歩の技術によって、生まれる便利な「道具」をその裏に在る技術者の努力や苦労をあまり知らないで使っている。それは当たり前だと思う。道具とはあくまで人間が何かをする、行う、造り出す時の必需品だからだ。道具はコストパフォーマンスに長け、使用効率が良く、堅牢で壊れにくく、誤作動をしない、信頼性の高いものであれば良いのだ。

 もちろん発明者、先駆者、開発者本人に出逢えば尊敬もするし敬意も払おう。しかし、その技術、発展普及に関して関わっている者達にボランティアでやっている者などほとんどいない事も知っている。そのほとんどの関係者は開発した技術をビジネスにしてお金という対価を得ているのだ。

 当然筆者も、それらの技術によって生まれた製品を只で得ている訳ではなく、どういうルートにしろ手に入れる際はそれなりの代金という対価を払っている。不法に盗んだりはしていないし、例えば身近な友達だからとパソコンを熟知している者に、全て只でバージョンアップ等を頼んでいる訳ではない。高い安いは別にしても、きちんとそれなりの技術料などを支払う事にしている。これは人間として当然の礼儀の範疇だろうと思う。いわば電気系統に弱い英国車を乗り回したかったら、それなりの自動車修理工場のプロとねんごろになっておかなければいけないのと一緒だ。

 車はもちろん、新幹線を利用するにしても同じだ、車を作ったフォードやスバルの技術者に出逢えばもちろんそれなりに尊敬もしよう、でもいくら尊敬しても彼らは只でくれたりはしない。車の代金を払ったり新幹線JRの規定料金を払って乗っている。乗る際にいちいち開発者や発明者のことは考えない。その代わりにお金という対価を払ってその技術や発明の恩恵を利用させてもらっている。

 音楽を楽しむオーディオに関してもそうだ。6BQ5や7189といった出力真空管で作ったオーディオアンプ自作時代の苦労を、iPodやiPhoneの音楽を赤いモンスターケーブル製のイヤホンで聴きながら思い浮かべたりはしない。ましてや、最近の奴らは真空管時代の苦労も知らずにノウノウとiPod shuffle等という小さな装置で好き勝手に音楽を楽しみやがって・・・などとは言わない。

 音楽を楽しむ者にとって音響装置など何でも良いのだ、S/N比がどうだの最低周波数は何処まで再生できるかなど音響装置の優劣、高価さをファンが優越感を競い誇ったのは1970年代まで。 
 ソニーのウォークマンが音楽を聴くTPO(時と場所と状況)とオーディオ機器に対する理念・価値観を一気に変えてしまった。もちろん我が家には、今なお4000枚のLPレコードとラックスのプリメインアンプ、ビクターのTT-81ターンテーブルにオルトフォンのSPU-GTE、JBL4560エンクロージャーに入ったD130がデーンと鎮座しており、それなりの音質で懐かしいオールディズサウンドを奏でてくれる。


時代とともに音楽ソフト共々音響装置は変わった。レコードも落とすと割れる78回転のSP盤から33・1/3回転のLP盤、45回転のシングル盤へ。それがオープンリールのテープレコーダー、カーステレオの8トラック、そうしてウォークマン出現によるカセットテープ時代へ。10年ももたずにCD時代に・・・。それが今は音源をダウンロードして音楽端末で聴くようになった。リスニングルームだの防音カーテンなどはいったい何者?という時代になってしまった。もちろんいつの間にかオーディオ評論家などという権威も消滅して久しい。 

 パソコンも同じだ。筆者は1998年までパソコンにはまるで興味がなかった。Windows95が出た頃ニュースで騒いでいる者たちを横目で見ながら何も考えていなかった。当時全盛だったワープロですら見向きもしなかったのだから・・・。仕事で企画書を作成する時にはワープロ屋さんを呼んで原稿を渡して打ってもらった。つまりはワープロは打つ人含めて機械・・・という認識だった。誰よりも早くパソコンに目覚めた事を自慢し、誇りに思い、そうでない後発の人たちに優越感を持つ先駆者もいるが、こればかりは必要に目覚めるまでの環境・個人差の問題で、いざパソコンを覚えたのちそれ使って日々何をしているかの方が重要なのだと思っている。パソコンに接した事による成果が具体的にどのように残っているのかが問題だろう?
人よりは遅かったかもしれないがWondows98からIBMのデスクトップでパソコンに入った。

 当時はまだまだ世の中的には企画書の提出は手書きで十分という時代。
 3つも4つも同時並行作業で別々のクライアントに向けた企画プランを考え企画書にする場合、自分一人で順番にワープロを打っていたら、時間が全然足りなかったのだ。3つのワープロ屋さんに「さあ、打ってちょうだい!」と同時に発注すれば一気に企画書が手元にそろう。
 
 これが魅力で、自分で打つより外注した方が効率が良かったのだ。ワープロがパソコンになっても当初これは変わらなかった。これはそういう忙しい立場になった事のない人には判るとは思えない。新しいパソコンという文明の利器をゼロから教わって習得する時間がその時点では無かったのだ。逆に言えばその時期、暇だったのか、そういう時間があった人は幸せだろうし羨ましいと思う。最前線で日々企画立案・プレゼン準備に明け暮れて超多忙だった職種の者には無理。
 したがって当時マックを使うデザイナー系が職種としてパソコンを先に修得したのも良く判る。我々遅れてパソコンを触った人間に比べれば、わりに暇だし時間的余裕があったのだ。

 しかし、画像や表やいろいろな仕掛けを企画書に入れられるようになって全てが変わった。1984年以降大手広告代理店に勤務した筆者は、このパソコンを駆使して自分でどれだけの企画書を書き、どれだけのポスターやパンフのデザインを起こしたか?200や300は下るまい。

 この通り、パソコンはいつの間にかインターネットの普及も相まって、パソコンというより個人用モバイル端末という形で生活必需品、いわば小型家電の一部になった。OSがどうのCPUがどうのはあまり関係なく、使い勝手の方が重要視され、どれだけ具体的に便利でどれだけコストパフォーマンスが高いか・・・になってしまった。いわばふつうの家電と同じレベルになった訳だ。
長く使ったIBM Thinkpad

 筆者は意識的にはデスクトップのパソコンも一種の家電だと思っている。これはパソコンの発達とともに身近にパソコンが存在した人々とは明らかに違うだろう。要はそのPCがどれだけ速くて多機能で、どれだけ情報共有出来て便利か・・などはあまり気にしない。それによって自分がやろうとする事をどれだけ信頼できる環境下で安定してサポートしてくれるかの方が重要。逆に言えば年中OSが変わったり画面上のアイコンが変わったり、システムが変わってほしくないのだ。
 安定して自分が行う「クリエイティブ作業」のサポーター「道具」として判りやすく存在していてほしい。筆者にとってはパソコンそのものが重要なのではなく、それを使って行う事が重要なのだ。

 ここに往年の名器PC-98の記事が出ていた。常に最新バージョンではなくとも、パソコンにはこういう形での使い方もあるわけだ。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160313-00000003-withnews-sci&p=1

Googleフリー画像より

 パソコンの発達と共に育ってきた人たちは、パソコンそのものがある意味趣味でもあり、人に先んじて先端技術に接しているという優越感を含めて生き甲斐だったのだろうが、それを元に上から目線で日ごろパソコンで色々苦労している普通の人達を馬鹿にしたり、高圧的に見下されてはたまらない。  それはまだ英語が日常生活に普及していない現在、ネイティブレベルで英語を話せる人間たちが十分に英語を喋れない人を見下している品のない特権意識階級や帰国子女達と何ら変わらない。先駆者としての誇りを持ちつつも、良きアドバイザーたらんことを願いたい。能ある鷹は爪を隠すというではないか?鷹ではなくカラスなら話はまた別だが・・・。




2016年3月15日火曜日

佐賀県東与賀干潟・別名大授搦の野鳥たち. These are many kind of wild-birds of Higashi-yoka tideland called Daijugarami.

 佐賀県東与賀干潟・別名大授搦の野鳥たちのシリーズは今日で終わり。思いのほか数々の野鳥に出遭えて大きな収穫を得ることが出来た。最初に行った時に、地元の方らしい方々に初めて来たので何も判らないので、ここでのルールや決まり事を教えてほしいと聞くと「そんなもん、ありゃせん!」と笑って答えてくれて、心行くまで堪能されて下さいと、いろいろ観方のコツを教えてくださった。

 全国には、その場所独特のルールが在ったり、主のような人がいたりして、ふらっと訪れたよそ者に厳しい場所も多いようだ。北関東あたりでは地元が偉く、フリーの訪問者に対して排他的な場所もある、県外から、更には県内でも他地区の観察者を特別視する気風は九州圏内にも一部そういう場所があるようだ。ここ佐賀の東与賀干潟は全然違った。行こうと思われる方は安心してよいと思う。

 旅を兼ねて色々な場所を訪ねているが、日本も色々な場所や県民性ががあるもんだとつくづく感じた今回であった。

ソリハシシギだと思ったら、足が灰青色なのでアオアシシギらしいと現場・地元の方に教わった。

ヒドリガモもこういう環境下ではいつも見る姿と異なって見えるから不思議だ。

大きなうねりを見せてくれるシギ・チドリは混成群で飛んでいるようだ。

ツクシガモは一番わかりやすい。

お互いの距離は先天的・本能的に整えるのだろう。

ツクシガモが大挙移動しても、クロツラヘラサギたちは全然動じない。

関東地方ではまずお目にかかることが少ないズグロカモメ。

ユリカモメに似ているが、くちばしが短く赤くない、脚も赤くない。しかし干潟の泥で足が黒いのかもしれない。

夏になると頭部が黒くなるのはユリカモメと一緒。

最後にやっとダイシャクシギではなくホウロクシギらしき個体が餌を咥えて行った。主翼の裏が白くなくゴマダレ色なのでそうかもしれないとアップしてみた。確証はない。

海鳥に疎い筆者なので、地元で毎週観察されている方々に聴いた