2026年10月25日日曜日

団塊世代の私はネイチャー・フォトという定義にいささか厳しいのだ。 Baby-boomer me, tends to be rather strict when it comes to the definition of "nature photography."

  昨日のこのブログでも少し触れたが、FB投稿でネイチャー・フォトと言う言葉に関するものがあった。

 その中で非常に気に成った文言があった。「カワセミの決定的な瞬間を撮るためには餌付けするのが普通だと思いますというか皆さんそうしてました。」とか、コンテストでうんぬん・・・とか、色々なアンサーコメント投稿があって面白かった。

 それぞれ野鳥撮影をされる方々の価値観とポリシーが種々雑多だという事も判って、ある意味今の野鳥撮影ファンの一般的な考え方を示す投稿だとも思った次第。

 しかし、自然体のカワセミ、ヤマセミなど「決定的瞬間を撮影するためには餌付けするのが普通・・・」」という投稿には呆れかえってしまった。続けて「皆さんそうしています・・・」には二の句が告げられなかった。皆がそうしているから良いんだ、それが普通なのだという自分のポリシー・理念やルールをまるで持たない、付和雷同型の人間が増える事に非常に危機感を覚えた次第。

それじゃぁスマホが普及し始めの頃のビデオと同じでは?野鳥撮影ファンの群れが眼に浮かぶような気がする⇒ https://www.youtube.com/watch?v=VASywEuqFd8 

カワセミを餌付けなんかして何が自然なのだ?・・・と思う。単なるそれじゃ単なる檻の無い動物園じゃないの?生き餌しか食べないカワセミ・ヤマセミを餌付けって?



求愛給餌で獲物を貰ったメスとドヤ顔で胸を張るオスこれが野生・ネイチャーでは?

 要は川床に窪みを作り、水流の流れをゆるくして小魚が集まるようなスペースを演出して其処にダイブして突っ込む瞬間を撮ろうというのだろうけれど、「ダーウィンが来た!」のようなテレビの番組作りのための仕掛けをこしらえてバチャバチャ撮影して、その良いカットを更に画像処理ソフトPhotoshopや生成AIのGeminiで修正して「コンテストに出す!」って、筆者は何がネイチャーだと思う。

 かって、著名なカメラメーカーが遠くから飛んでくるフクロウの一種がレンズの手前まで迫ってくる映像をコマーシャルで流して一時話題になったことがあった。瞬間「ほう?」と思ったが、数秒後手前に餌を置いて、慣れたフクロウがそれめがけて飛んでくるのを撮っただけじゃないか!と気が付いた。

 要はヤラセで、自然の生々しさを撮れるカメラだという事にすり替えて表現しただけなのだ。しかしそれが米国のNational Geographic誌の表紙を飾るか?筆者はカメラメーカーのコマーシャルとNational Geographic誌を同じだとはとても思わない。

 かって世界報道写真展で海洋で網にかかったウミガメの画像が出ていたが、ヤラセでいくらでも撮れるじゃないかと写真展で気が付いた。イスラム国に殺されたりテレビ局のスタジオでキャスターが撃ち殺されるのとは訳が違う。今やFacebook などSNSに出て来る野生動物の映像画像の90%は偽物だという事実、悲しいばかりだ。

これは自分が球磨川で撮影したヤマセミの画像をNational Geographic誌の表紙にしてみたらと生成AIのGemini で加工したモノ。

 NHKのダーウィンが来た!で川底の餌を撮るヤマセミ動画を観たが、あれはあれで非常に判りやすい「学術的動画」であって非常に意義があるもの。しかし野鳥写真コンテストに出すものとは次元もレベルも価値も全然違うだろう?

 本当のネイチャーフォトって、演出も無い自然のままの野生動物の生態を切り取ったものだと思う。良い悪いは別として撮影行途中で被写体に食われてしまった星尾道夫氏のような写真家こそ危険と対峙した本物のネイチャー・フォトカメラマンだと思う。

 カワセミの写真に戻ろう。

 餌付けして間近に撮影できるカワセミ、より近く「ノートリ」で画角いっぱいに撮れた画像を更に色をキレイにしなきゃと画像処理ソフトやAIを使って見事なブルーにする!しかし、カワセミやブッポウソウ、クジャク、タマムシの色は構造色で青に見えたり緑に成ったり光線の角度で違う色になる。

 角度的にあり得ないブルーに修正すれば、長年カワセミをあらゆる角度であらゆる時間帯に撮影してきた熟練者には一発で「あっ!オカシイこの色はコレ作ったな?盛ったな?」と判る。

 皆さんコンテストに出すだの、仲間に自慢したいなど気持ちは良く判る。褒められたいのだ。何とかして認められたい、人よりうまい野鳥撮影者だと言われたいのだ。

 いわゆる「優越感」を感じたいのだろう?これは優越感こそ我が生きがい!と育った団塊世代の筆者が言うのだから間違いない。決して悪い事ではない、優越感を得るために努力する向上心は非常に大切なものだ。

 人より高価なカメラを持っている、人より新しいカメラを持っている。400㎜より500㎜を持っている・・・野鳥撮影者の殆どがこれだ。グループを構成しているメンバーは団体で探鳥に行く際の半分の時間はこれに徹していると聞いたことがある。

 この「優越感」というモノをかってこのブログの「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」で書いたことがあった。⇒ご参考

https://yamasemiweb.blogspot.com/2014/01/this-is-real-story-of-japanese-baby.html


 筆者は一般の写真コンテストには応募もしなければ一般の写真展には一切出さない。ごくごく関係のある知り合いが沢山居るエリアの写真展にしか作品を出さない。審査され「賞」などを設けているコンテストには頼まれても出品しない。

 理由ははっきりしている。「審査する審査員が筆者より野生動物を良く知っているのか?野鳥撮影に関して長年の経験があり、応募者たちより上位の撮影スキル、リテラシーを持っているのか・・・全く信用していないから」

 それに筆者が撮影するヤマセミなど野鳥の写真は決してキレイさとかを狙ったものではないから、たとえブレていても色が悪くても自然体の生態で知られていない状況・瞬間を切り取りたいから・・。

 ネイチャーフォトの投稿で刺激を貰ったので、このブログの投稿もしばらくそういった方向の画像に少しシフトしてみようかと思う。

 で、今日の画像は少しそういった方向の「皆があまり知らないヤマセミ画像」の一例をご紹介しよう。

架線上で嫌いなカラスと一緒になったヤマセミ

カラスがにじり寄ると明後日の方向を向いて「シカト」する。何度も実例有り。

一度に獲物を二匹獲って来たヤマセミ

学術的にヤマセミは下に落とした獲物には口を付けないと言うが・・。

二匹目もちゃんと食べた!連写で証明した事実。

強烈な横風でのランディングのシークエンス

多分国内で最高の高度差ダイブで獲物をしとめたヤマセミの連写画像。

 こういった形で、何が本当のネイチャー・フォトなのか?ネイチャーフォトを奇麗に撮ってコンテストに出すのも一つの方向だろう。しかしそれがすべてではないと思うし、ネイチャーフォトと言うジャンルには千差万別の領域があるので、一概に一括りにしないで欲しいというのが筆者の想いなのだ。

 筆者の思うネイチャーフォトは「だれも知らない野生動物の思いもよらない姿を切り取った画像」だという事が今日の締めくくり。