2020年10月6日火曜日

10月のヤマセミ、ナマズを喰らう! The Crested kingfisher ate catfish in October of Kuma-River !

  球磨川の豪雨洪水災害から3か月以上経って、被災者の方々は未だに原状回復されていないと思われる。まことにお気の毒だと思う、お見舞い申しあげたい。

 筆者が1960年代に八代で経験した二度の床上浸水はせいぜい畳の上60cm程度だったので、ピアノがダメになった程度で済んだので、今回の人吉球磨エリアとは比較にならないが今回の事で幾度その瞬間が甦ってきたことか・・。

 陸上は未だに大変な状況だろうが、球磨川の流れはどの程度戻ったであろうか?

 以前撮影した同じ10月の球磨川の様子をご紹介。球磨川本流でナマズを捕獲して三角岩の上で食し、ヌメリを取るのに幾度も水浴びをした時のものだ。

 最初は球磨川支流の万江川架線上のつがいを撮影したのだが、その後オスが球磨川本流へ移動し、ナマズを捕獲したもの。この間メスは対岸の柳の木に留まっていた。 


ヤマセミは野鳥の中でもまことに仲の良いつがいを形成すると思う。

最初観た時はひょろ長い布のように見えたのがナマズだった。

だらしなく垂れさがるというのは普通の川魚ではまず無い。



食べた瞬間を撮り損じてしまった!残念。

しかし食後は後味が悪いのか、ヌメリを相当気にしていた。

何度も岩にくちばしをこすりつけていた。

暫くこちらを注視した後、

実は手前の方に飛んできて低灌木に留まった。対岸に居たメスも一緒にこちら側に飛来。

2020年10月5日月曜日

かっての10月の人吉の野鳥たちは戻ってきただろうか? Did the wild birds of Hitoyoshi in October come back as usual ?

  あの7月3日~4日の球磨川豪雨災害から3か月が経ったが、球磨川流域、特に人吉~球磨村神瀬附近の自然は戻っただろうか?

 多分未だに洪水で流れた流木やゴミが球磨川の至る所に比っ掛かったままだろうと思う。2010年に最初に人吉に来た際、球磨川を見て回り、何とゴミが両岸に多い川なのだろうと驚いた事が有った。川辺川にしてもしかり。

 今回の豪雨災害でその理由が良く判った。全国他の河川に比べて増水の回数が相当に多いのだ。千曲川~信濃川、利根川、多摩川など首都圏近くで見慣れる大きな河川でも、ここまで両岸の木々にゴミは多くない。野鳥を撮影していてもどうしても写り込んでしまう事が多く非常に気になっていた。取っても取っても毎年流れてくるのだろう。

 そんな中、一番気に成るヤマセミと神瀬附近に居ついていたコウライアイサはその後どうなっただろう?非常に気になる所だ。コウライアイサに関しては定期的に観察をされておられる方も居るので、さぞ心配されている事だろう。

 数年前の10月の画像をそれぞれ今日はご紹介したい。まずはヤマセミのつがいから。


ヤマセミのつがいの後ろをタンクローリーが驀進する。人吉ならではの画像。





 夏が過ぎて球磨川の水も澄んでいる2年前の10月のある日のコウライアイサとカワセミ。このコウライアイサはたぶん日本国内に初めて居ついた野生の個体だろうと思われる。何とか今回の洪水を生き延びてくれれば嬉しいが難しいだろう。

2020年10月4日日曜日

団塊世代から見た、同じ団塊世代の菅総理大臣。 Prime Minister Suga of the baby boomer generation as seen from the baby boomer generation.

  今年の先月9月16日に第99代内閣総理大臣になった菅義偉氏は、この筆者と誕生日が二日しか違わない団塊世代ど真ん中の人間だ。共に1948年12月生まれ、昭和で言えば23年生まれの射手座の先輩だ。(たった二日早くても先輩・目上と理解している)

 したがって、筆者同様生い立ちから青春時代は同じ世相を背負っている。彼は地方の大きな農家の出で、筆者は東京のサラリーマン家庭の出だ。

 総理大臣に就任以来、実務派だとメディアにあれこれ書き立てられ注目されているが、持ち上げては、手のひらを反すように突き落とす、世界中からメチャクチャに低い評価を得ている我が国のメディア・マスコミだもの、この先はどうなるか?

 しかし7年以上安倍内閣で実務とメディアコントロールを行ってきた人間だから、そう易々と餌食にはならないだろう。うまく行った事ではなく失敗の積み重ねが相当な肥やしに成っていると思う。メディアも過去の政治家の息子達と同じつもりで接すると痛い目にあうだろう。

 2001年鹿児島の加世田市(現・南さつま市)で行われた世界室内自転車競技選手権大会で会って握手して横須賀高校の話をした総理に成りたての小泉首相とは違い、筆者は菅氏に会ったこともなければ、話をしたこともない。

 彼は横浜市内の大きな実業家だった小此木彦三郎代議士の秘書を長い事やっている。その小此木彦三郎と言う名前の描かれた大屋根を京浜急行の電車の車窓から毎日見下ろしながら南太田まで通い、横浜国立大学教育学部で学んだ筆者とは、きっと横浜の街中のどこかですれ違っていたに違いない。共に高卒後、別の事をやっていて同期より2年遅れで1969年入学1973年卒業の身だ。

 誕生日が二日違うだけで菅総理の何が判るのだ?と訝しがる方も居ようが、メディアを通して伝わってくる彼の言動を観ていると、同じ時代を生きて来た団塊世代特有の匂いがプンプンするのだ。だからこそ週末のこのブログ「団塊爺のたわごと」でわざわざ述べてみる事にしたのだ。

 だが決して筆者は自民党員でも菅首相のファンでもない。ましてや嘘つきばかりで構成されている日本の政治や政党に関しては、もっと判らないし殆ど信用していない。

 実務に強い点、東大出など優秀な頭脳を持った官僚や、権威を振りかざす大学教授や学者たちへ容赦しない物言いや行動。同じ団塊世代としては「何故そうなのか?」が、面白いほど非常に良く判るので、このブログで述べてみたかっただけだ。

 簡単に彼の就任以来の矢継ぎ早の各大臣への下知を解説すれば、とにかく数の多かった団塊世代の青春時代に体に染みついた感覚と、独特の価値観「優越感」がその考え方の根底に存在すると推察できるのだ。

 此の優越感に関しては「常に他人より良くありたい」「凄い!と言われたい、褒められたい!」と切磋琢磨し、努力した結果得られる向上心の一種で、周りの他より優れている事を誇りとする自尊心の権化のようなものだ。人口の多かった団塊世代の幼少期から青春時代にその「優越感」を得られる倍率は、他のどの時代より群を抜いて高かった。倍率が高かったという事はそれだけ得難かったという事だ。お金で買えない努力の証が「優越感」だ。

ご参考= 2014年にこのブログで連載した「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」より。

http://yamasemiweb.blogspot.com/2014/02/do-you-know-what-baby-boomer-was-other.html 

 もちろん東大・京大始め東京教育大など日本のトップクラスの国公立大学へ入れる倍率は現在の比ではなかったし、入ってエリートコースへ進めた者たちの一部はその段階で既にほとんどのものが感じる事が出来ない「優越感」を十分感じていたわけだ。

 その者たちが高級官僚に成り、学問の世界で権威者に成り、裁判官・検察官に成り市井の者達を見下ろし上から目線で「偉そうに馬鹿にしたような言葉づかいでモノを言う」姿が、下から苦労を重ねてコツコツと上へ上ってきた菅総理はたまらなく嫌いなのだろう。彼ほど真面目では無く苦労もしていない筆者でも、その点は非常に良く判るし、思いは一緒だ。

 人に頭を下げる事が無い立場・環境で今まで生きて来て、簡単に人を否定し偉ぶる人種が嫌いなのだ。まあ、総理に成って今までの意趣返しをしているとも思えなくもないが・・。

 ここで断わっておくが、決してこういった日本のトップクラスの大学を出た人たちが皆そうだと言っているのではない。ごく限られた一部の人間なのだろうが、学歴を鼻にかけて偉そうで目立つから嫌われるだけなのだ。

 筆者の知り合いの東大出や、我が父のような京大出にも尊敬に値する大人物はいくらでもいる。その点は誤解のないように願いたい。

 これらの「優越感」を振りかざす人種にもまれて来た苦節時代の反動が、就任早々「悪しき前例主義、既得権益、縦割り行政」の破壊と改革を打ち出したのだろう。この点は非常に良く判る。他の世代の人たちよりもずーっと良く判る。

 これで慌てるのは多くの偉そうにしてきた官僚だし、学者たちだし、一部の大学教授たちだし、一般社会常識に欠ける裁判官たちだろう。今まで自分たちの地位や慣れ切ってきた利権と常識を覆させられるのだから戦々恐々だと思う。

 今まで身についてしまった前例に従って物事を進め、責任逃れのための言い訳をまず考えてから仕事に臨むスタイルは徹底的に破壊されよう。ある意味エリートには程遠かった我々から見ても小気味よい改革に近いのだと思う。

 今騒いでいる「日本学術会議」に関しても、もちろん詳細は知らないが、普段学者としてのやるべき研究や専門的分野の発表などをしないで、本来の領域を逸脱して政治に関しての意見・宣言・運動のきっかけを作ったりしたからメンバーとして認められなかったのではないだろうか?学問の名の下では何をやっても良いという訳ではない・・と釘を刺されたのではないだろうか?

 逆に学術・専門的な事に関して政治が「物言い・意見・否定」などすれば学者グループは「その道の専門家でもない政治家の分際で何を言う!」と怒るのではないだろうか?これと同じような気がする。従来上程された人事をそのまま無言で認可する・・前例を変えたのがこれだろう?早くも河野大臣と同じく有言実行を行っているのだ。

 これは先を読み、菅総理の癖と性格と実行力を研究分析しなかった学者グループのミスではないだろうか?本来、研究・分析はお得意だったのではなかったっけ?菅内閣はこの先も決して国の管理する大きな組織に対しては甘くないと思う。

 メディアや学者や野党は「学問の自由侵害」と騒ぐが、はたして学者さんや大学教授は「日本学術会議」のメンバーに成らないと学問が出来ないのだろうか?筆者は頭があまり良くないので、このあたりの考え方は良く判らない。

 いつも成績の悪い学生やたてつく学生を落としている教授・自分たちが、国から落とされたので、「そんな馬鹿な!」と頭が真っ白なのではないだろうか? 菅総理のショック療法の一つかも?

 画像的な資料と、解説は筆者が一番信用している新聞メディア「日本経済新聞社」のサイトから拝借している。

2020年10月3日土曜日

団塊世代のコンデジ徘徊シリーズ Vol.2 (江ノ電)  Baby-Boomer's wandering photos with compact digital camera. Vol.2

 昨日のこのブログでここ3日間のアクセス・ページビューが連続500/1日を超え、800近い日もあったことをご紹介したが、何故だかその理由が判明した。

 日本の五節句をきちんと祝ったら?という提案に二か所の自治体の方々が興味を持たれ、関係者の方々が集中的にこのブログの関係過去ログをご覧になったという事だった。一か所は本州の山間部の自治体。もう一件は想像もしなかったエリアと環境なのだが、活性化が上手くいかない点で必死さが感じられる自治体さんだ。

 直接連絡を頂いたのにも驚いたが、テレワークも良いが、宮内庁資料その他もある為上京された際お会いして相談する事となった。このブログから具体的な実務が進む可能性が出てきたようで非常に名誉だと思う。 大変ありがたい事だ、ブログを毎日更新している努力が報われた気持ちだ。

 

 昨日は十六夜の満月を三鷹の住宅街に在るホームセンターの屋上駐車場から撮ってみた。まあ、それなりの撮れ方だったがやはりコンデジの限界も感じてしまった。

三鷹の東八道路沿いの5階建て屋上から新宿方面。左から二番目の高層が都庁。

 一方で、デイライトのコンデジは画質どうのこうのではなく、その瞬間しかないシャッターチャンスを逃さないで記録し、季節の移りを画像に留めておくという意味からすればコンデジで充分な場合が多い。

 三鷹の野川流域にある野川自然観察園の曼殊沙華の開花状況や、最近暫く行っていなかった鎌倉からの江ノ電の車窓風景などなど、コンデジでなければ表現できないもろもろをご紹介してみようと思う。何でもかんでもスマホで済まそうというスタイルは筆者はあまり好きではない。便利なものに慣れた人間はどんどん退化する。


七分咲(五日前)と満開(昨日)の野川沿いの曼殊沙華群生地開花情報。


 …という事で、今日は数十年ぶりに鎌倉~藤沢間の江ノ電に乗ったコンデジ散歩。9月半ば台風が遠くに来ている頃の収録。さすがに空気は澄んでいた。

日傘のご婦人もレトロ感一杯の江ノ電だ。JR鎌倉の駅裏に位置する江ノ電乗り場。

Suicaやスマホ決済で鉄道に乗ってしまう事が多いのでたまには切符!

古い車両もときにはすれ違う。

これでも少し前の型のようだ。


道路の向こうに海が見える。稲村から先が江ノ電の本領発揮だ。

映画のシーンのような仔細ありげな場面だって、車窓からコンデジでパチリ!

波が良ければ、こういうシーンを車窓から撮れてしまうのが江ノ電。

電車の中からサーフィンを撮る!ちょっと普通では考えられまい?

遠くにある台風のおかげで、結構良さそう。

結構な波しぶきで遠くはかすんでいました。

アニメで有名になったらしい鎌倉高校前駅から運転席越しに見た江の島。

サーフボードを括り付けた超ベテランサーファーとすれ違う!

藤沢に着くころには夕立の気配。

今回のコンデジ湘南散歩はこれでおしまい!

2020年10月2日金曜日

団塊世代のコンデジ徘徊シリーズ Vol.1   Baby-Boomer's wandering photos with compact digital camera. Vol.1

  球磨川豪雨水害に関する投稿にここ数日600ページビューを上回るアクセスを頂いていて驚愕している。本来ヤマセミ中心の野鳥サイトなのに、10年以上そのヤマセミを観察している人吉市~八代市が今回の豪雨災害で壊滅的な打撃を受けたため自分なりに「原因究明や解決への道」を模索しながら投稿しているのだが、それにしても重要な事だと改めて受け止めている。

 大学や専門学校の授業の準備と同じで、毎日更新のブログは資料を集めて裏を取って更新するのは実に時間がかかるモノなのだ。特に昨日のブログなど更新するまでに4時間以上掛かり切りだった。

 で、次の準備をする間、日ごろ持ち歩いているコンデジカメラで撮影した日々のショットをご紹介しようと思う。筆者はスマホは使わないのでコンデジで日常の気に成るモチーフを撮影している。尊敬する写真家さんから「とにかく数多く撮る事、ぐっと寄って・・。」のアドバイスを日々心掛けている。「何故それを撮るのか?その写真で何を伝えたいのか?」自分だけで判って納得して満足する写真ではなく、相手にもその意図が少しでも理解できるモチーフを選んではいるつもりだが・・・写真はシャッターはチョンと押せば撮れるがやはり難しい。

 最初の今日は、昨日の中秋の名月と今朝の朝陽。地球から見える間近な天体二つ。


恵比寿のデザインスタジオ附近から見た昨日の中秋の名月。

別の日の朝5時の東の空。

今朝6時前昇ったばかりの太陽。

それでもウォーキング、朝の散歩の人が二人。

 今後も、ランダムに撮り置いたコンデジ画像をご紹介しようと思う。御贔屓に!

2020年10月1日木曜日

緊急投稿!新・肥薩線の復旧を考える。その3.(ダムの是非しか考えないのか?) Consider restoration of the New Hisatsu Line. Vol 1. (Is it only the pros and cons of the dam?)

  8月26日の地元新聞で「もし川辺川ダムが在ったれば人吉附近の球磨川の流量が毎秒4700トンで、今回の毎秒8000トンの4割減(=58%)に成ったはず・・」との何故か仮定・川辺川ダムが在った場合の想定数値だけが突然発表され、その算出根拠もほかのデータも全然報道されていないまま10月に入った。無理やり蒲島知事のコメントを引き出さんがための策略のような唐突な国交省の発表、あれからもう3か月だ。

 筆者としてはそれよりも、もっと根本的な部分で今回球磨川豪雨災害に関する情報公開⇒報道について不可解だと思っている部分がある。今日はその喉に引っかかったような骨の部分を此処で問うてみたい。

日本気象協会の過去の天気より抜粋。

 筆者は気象に関しても河川水害に関しても専門家ではない。現在勉強中だ。しかし、よそ者ながらヤマセミを中心とする流域野鳥の生態観察と撮影で、今回の災害エリア球磨川・川辺川を10年間人吉市内に300泊以上して土手沿いに春夏秋冬・車で周り尽くしている。

 ある意味、地元のごく一部特殊な方(河川関係・漁業関係者・行政関係の一部)を除いた一般住民の方々よりも現場を良く見て知っている。したがって地元新聞やその他メディアだけで今回豪雨災害の情報を得て物事を判断されている方とは、多少視点が違うかもしれない。

 

今日のブログは、筆者個人的に思う疑問点を列挙してみた。一番重要なのは、いきなり「川辺川ダムが在った場合人吉附近の球磨川流量は4割減になっただろう・・。」の報道の前に、本来もっと報道すべき重要なデータや説明が在るべきだろう…という点だ。

 ➀ 今回豪雨の総雨量なり、降り方、降ったエリアごとの量を気象の専門機関が

   何故時系列的にきちんと発表しないのだろう?

   またメディアは何故報道しない?

 ② 過去の大水害時に比べて、今回7月4日前後の総雨量なり降雨量推移を含めて

   どのくらい多かったのか?過去とどう違ったのかを何故発表しないのだろう?

 ③ 気象庁や日本気象協会、あるいは民間のウエザーニュース等の総括発表より

   前に国交省のダム関連の発表の方が唐突にメディアに大きく載るのは何故なの

   だろう?

 ③ 球磨川水系・各支流河川毎全体の水量は?判らないのか?調べていないのか?

 ④ 仮定・川辺川ダム上流の降水量とそれ以外の球磨川水系全ての降水量は?

 ⑤ 球磨川水系・支流部の水量計・チェックポイントは現状どうなっている?

 ⑥ 全河川に降水量チェック機器、および監視用ライブカメラは何故無いのか?

 ⑦ 唐突に発表された「仮定・川辺川ダムが在ったら4割減⇒毎秒4700トン

   (=今回8000トンの58%)の根拠は?算出方法は?

 ⑧ 降雨量・降雨推移と河川の氾濫は非常に密接な関連があるにもかかわらず、

   気象庁・その他気象関連機関と国交省の合同記者発表が何故無いのだ?

   これは、縦割り行政の弊害の最たるものではないのか?それとも、それを

   行うと川辺川ダム建設に非常にまずい事態が起こってしまうからなのか?

  (⇒あくまで憶測)


 一方で逆に、もし7月4日時点で仮定・川辺川ダムが存在していたとして、線状降水帯の豪雨があと3時間続いていたら市房ダム+仮定・川辺川ダムの緊急放流(今回は1時間の差で奇跡的に免れた)でいったいどれだけの流量が人吉附近で発生しただろう。身の毛もよだつことが想定されよう。このあたりの発表も何故無いのだろう?

 もしこれが起きていた場合、どれだけ甚大な被害に成っていたかなどのマイナス要因は一切発表しない。何故だろう?圧倒的にダム建設にマイナスだからか?

 奇跡的に直前に豪雨が下り坂になって緊急放流は免れたが、今後は奇跡が起こらず放流せざるを得ない状況は必ず来るだろう?ダム建設のデメリットとしてこれは常識だろう?

 こんな情報開示の偏り様では、地元流域住民に間違った想像・認識・理解を与える事は間違いない。

 例えば線状降水帯が仮定・川辺川ダムより上流の流域にほとんど掛からず、球磨川本流部及び盆地南部の山岳エリアに集中した場合、仮定・川辺川ダムの存在は全く役に立たないことを球磨川流域、人吉市・相良村・錦町・あさぎり町・多良木町の人々は判っているだろうか?

今回7月3日~4日の広域線状降水帯の降雨域実際図。

 上記の中でこのような仮定・川辺川ダム以南への線状降水帯豪雨が数度あった。線状降水帯が多少、仮定・川辺川ダムに掛かったとしてもそのダムが貯水する河川は殆どが豪雨エリアから外れている。筆者が日本気象協会の降雨エリアデータを視る限り、今回も実はこの南部に軸を置いたパターンが非常に多かった。

 もしこの部分だけの集中豪雨が今後来た場合(充分想定できる)仮定・川辺川ダムは意味が全くなくなる。球磨川本流へ流れ込む各支流の水量は今回同様相当なものになると思われる。球磨川本流へ流れ込む水量だけで今回波の洪水も起こり得るだろう。

 結果として、同じことが繰り返されるだけだ。その際川辺川ダムの建設推進する人たちや国交省はどう説明するのだろう?洪水発生エリアは黒っぽく見える部分。

 まして、逆に仮定・川辺川ダム上流部だけに今回以上の集中豪雨の比率が高まった場合、ダムの緊急放流の被害をどのように想定するのだろう?

 過去のデータはあくまで過去の結果で、今後それを上回る豪雨・線状降水帯が発生しないという保証は全く無いのだ。地球の気候変動でむしろその可能性は遥かに今まで以上に大きくなっている事は多くの専門家たちが警告を発している通りだ。

 現に、今回の豪雨水害は過去の球磨川の水害よりはるか酷いものであったし、想定値を上回っていた。それを国交省なり関係責任部署は想定していなかったのだろう?過去のデータにだけ頼っていたからこそ事前対処(市房ダムの調整放流や住民退避行動)も出来ず被害が出たのだろう?しかし、ちゃんと人吉市に関せばハザードマップ通りの浸水が起きている。

 人吉市の洪水浸水ハザードマップの作り方は、専門家用の資料の様で、後出する東京都各区の住民用のとはずいぶん違うように見える。高齢者でも判り易いもっと親切で簡単なのが在るかもしれないが・・。

 肥薩線の球磨川第一橋梁や第二橋梁は国交省の定める洪水規定値より2m低いまま放っておいた為、流木その他の流された物に耐えられずに鉄骨が流されたのだという。その結果、今回の球磨川豪雨水害を全国に知らしめた、あの劇的でシンボリックな被害画像に成った訳だろう。

 このあたり国交省とJR九州、地元行政が危機感持って対処していれば防げたのだろうと思う。したがって今回のデータを元にすべてこの先の対策を考えるだけではまったくダメなのだ。極端に言えば、この先は今回の最大値の150%の豪雨・水量を予測した防御対策が必要なのだろう。

 しかしそれは現在でも2~5m水没すると予想されている人吉市のハザードマップ(今回水害はその通り以上に成った)以上の被害に成る事を推定せざるを得ない。これは確実なので、人吉市そのものの在り方、洪水時の対処方法を考え直さなければならないだろう。

 人吉市は洪水が起きる、今後も必ず水没する・・を前提に、街造りをやり治す必要が出てくるのではないだろうか?立地条件上それは仕方が無い事だ。今の地球環境下ではもう人力での治水は不可能だと認識する必要が在ろう。自然との共生しかこの先は無いような気がする。「治水より避難が重要」という事だ。

 同じような水没ハザードマップは首都東京の下町一帯・全区にも広範囲にわたって存在する。地震の地殻変動、液状化、津波、超巨大台風の高潮、などで水深5~10m(最大20m)にも成る想定地図・区域が色分けされている。だからこそそうなったときに何処のビルに逃げるか、町内ごとにシミュレーション出来ていて、5~6階建てのビルに災害時の備品も用意されている所が多いと聞く。東京23区全てに区ごとに浸水深度~浸水時間が詳しく示されており、住民はそうなることを覚悟の上で避難訓練を頻繁に実施している。

 東京下町の住民は、高潮や洪水など自然災害は何をどうやっても起きるものだと当の昔に認識している。「ダムや防潮堤が必要だ」だの「国や都はちゃんと治水して我々を守れ!」などと言わない。それをいくら言っても大自然の前には意味なさないことを知っているから・・。

江東区の場合

https://www.city.koto.lg.jp/470601/documents/map_flood_japanese.pdf

江戸川区の場合

https://www.city.edogawa.tokyo.jp/documents/519/step5-1.pdf 全体説明

https://www.city.edogawa.tokyo.jp/documents/519/step5-2.pdf 高潮の場合

https://www.city.edogawa.tokyo.jp/documents/519/step5-3.pdf 荒川氾濫の時

 過去において、東京の下町とは異なり実際に何度も洪水に見舞われて来た人吉市は、これらのハザードマップも勿論有るようだが、それなりのシミュレーション、対策や、避難訓練を頻繁にきちんと行ってきているのだろうか?

 もし市の中心部で、それを行ってきて無いのであるならば、国や国交省だけに球磨川の治水を何とかしろと言っても無理ではないのか?繰り返すが、もうずいぶん前から地球は人間の力で制御できる降雨量ではない気候に成ってしまったのだ。今回の事で球磨川流域すべての住民はそれをしっかりと認識しないといけないのではないだろうか?

 同時に・・・。

 本来今回の豪雨水害の全貌をあらゆる視点からデータ分析した結果の公開を、国交省だけでなく、河川の専門家・研究者を入れて行うべきなのだが、未だにそれがなされぬままメディアに感情的な「ダムさえあれば」「ダムを前提にモノを考えるな」などの文字が躍っている。

 メディアは、まず事実を判り易く説明する気象データ・洪水データの開示と、国交省だけでない気象専門家・地球環境専門家による分析とこの先への展望を一般の人々へ幾つかのパターンで示せるよう各方面に働きかけるべきだと思う。

 同時に「報道機関」として、どの意見にも組みしない、中立の立場で情報伝達すべきではないだろうか?

 特に市井の一般人たちは、河川の専門家・気象の専門家の解説で専門用語と理解不可な数字を並べられても、まったく何も理解できない。

 解り易く一般人・地域住民へ伝える義務が地元メディアにはあるはずだ。それが不足しているからこそ感情的な「ダム推進派VSダム反対派」のような対立を生み出してしまうのだろう?メディアの責任は重大だ。

 情報と知識をろくに持っていない住民たちの、身の不安から起きる感情的な意見対立などを「こんな陳情・要請が在った、こんな意見があった、こんな決議がなされた‥」等ばかり、人々のうろたえる姿ばかりを報道しても、混乱に輪をかけるだけではないだろうか?

 このあたり、メディアは一文字・一文字慎重に情報を伝達しなければいけないと思う。劇的な見出しで「自画自賛」して酔ってもらっては困るのだ。