2021年10月24日日曜日

団塊世代の音楽との付き合いはもう60年以上経つのだ。 It's been more than 60 years since baby boomers been associated with music.

  昨日は今年の「ショパン国際ピアノコンクール2021」で日本人ピアニストが上位入賞した件の話からの音楽話だった。

 さすが野鳥のサイトだけあって皆さん興味がまるで無い様だ、アクセス数で興味のある無しが一発で判る。しかし週末は野鳥ファンは皆さんフィールドに出るだろうから他人のブログなど観ないと思い、毎回団塊爺の愚痴話と決めているのだ。特に昨日のようなピーカンで温暖な日にはフィールドに出ない方がおかしい。

 で、今日は昨日の続き。

 此処からは、団塊世代が育ってきた音楽シーンに関する筆者の見解と回顧録。あくまで筆者の持論。他にも色々な想い出や考え方があって良いし、もちろん否定するものではない。    

 …という事で、今日の話は団塊世代以外の世代には知らない事の方が多いかもしれない。

 突然だが、筆者はオリンピックの際のスポーツ評論、サッカーワールドカップの際のサッカー評論、ラグビー同様、テニス同様、普段それを少しもやりもしない、出来もしない人が物知り、通ぶってその時々で盛り上がる話題に関して自慢げに評論する事が大嫌いだ。

 これは応援とか、感動とかとは別の次元の話だ。

 例えばスキージャンプでこの手の通ぶった評論はあまり聞かない。当たり前だ、スキージャンプ跳べる人は日本に何人も居ない。アルペンスキーだってスノボだって1970年代から半減したにしても、やる人は多くても競技人口はさほど多くない。

 やはり評論はその対象を体験したことがあったり、相当実際に詳しい者が評論すべきではないだろうか?特にSNSがこれだけ広まれば、氏素性を明らかにせず無責任に一方的に断定口調で評論を述べるのは美しくないと思うが・・。いくら言論は自由だと言ってもだ。


 繰り返しになるが、その評論対象を自分で出来るか出来ないか、やった事があるかないかで評論は全然違うはずだ。単に好き嫌いを言うのとは訳が違う。

 映画を造った事もない人が映画監督の出来不出来、良い悪いの評論をする、相撲を取った事もない人が大相撲を評論する。美術系の教育機関で学びもしないで、あるいは自分で絵も描かない人が絵の評論をする。好き嫌いと評論は違うと思う。

 カメラを持ってあちこち徘徊して、写真も撮らない人が写真の評論をする。筆者はこれが昔から嫌いなのだ。

 好き嫌いはもちろん自由に言って良いと思う、好き嫌いはその本人の主観での好みを言うだけだから、料理の好き嫌いと大差ない。少々理屈っぽいか?

 此処で昨日の続きの音楽の話になる。団塊世代の音楽シーンが如何に幅広かったかの話だ。高度成長下の日本にあって、音楽シーンはソフトも激変に激変を重ね、ハード面も楽器・再生機面でデジタルが入って来たりでもの凄い変革を遂げた時代だった。

 ここで、日本の音楽全体を論ずるほど知識も経験もないので、一般的なこの頃の団塊爺としての経験値をベースに語ってみたい。

もはやダミ声すらも出ないので50歳過ぎてのバンド開始はインストルメンタル専門、ベンチャーズバンドだった。2003年頃の話。

10日に一度集まってが基本だった。わざわざ御茶ノ水のモズライト専門店でベンチャーズモデルを買った。やるなら徹底するのが筆者の性分、しかし買った店は既にもう無い。

団塊世代メンバーは老眼で目も悪くなっているので、The Rogansという名前だった。

 こうした中、世の中の音楽はアニメのBGM含めて猫も杓子もコンピュータを使った楽曲がいつの間にか幅を利かせ始めている。しかし、これをデジタルの隆盛だのアナログの衰退だの言うのは少し違うと思う。

 1970年初頭E.L.P.やPink Froydなど,更には1970年代後半E.L.Oなどプログレッシブ・ロック(E.L.Oをこのジャンルに入れているかはよくわからないが)がデジタル効果音で作曲していた頃ベース(基本の意)はあくまでアナログだった。再生もレコードかテープのみだった。

 カセットからPCM録音のCDに替わり、それがデジタル・データダイレクト再生、スマホ再生になりつつある。再生機器もSONYウオークマンが凄いと言ったのは、ほんの15年の間で、長くは持たず携帯型CDプレーヤーからデータ再生のiTune/iPodへ急速に変化した。しかし聴いていたのはあくまでアナログ発想の楽曲だった。

 本来デジタルとアナログは音響・録音・再生の技術手法。そのジャンルでのアナログ・デジタルがそもそも基本で、生のアコースティック楽器が全てアナログで、電子楽器以降がすべてデジタルという訳ではない。

 作曲方法にしても、人間の嗜好や映像の背景に使用する際、その映像にふさわしい旋律その他をAIまかせで最大公約数的に生み出される楽曲がデジタルで、生身の人間がその頭の中で思い付いた旋律・和音その他の音楽要素で創り出し音符化したものがアナログと決めつけられるものではないと思う。

 あくまでアナログとデジタルの差は「道具的・技術的・保存・再生的」なもので、音楽的なモノの発想がアナログだったりデジタルだったり・・・では無いと思う。

 1998年、シェールが歌う声をデジタル処理(Auto-Tune)して一部を機械的な音声に替えた曲(Believe)がセンセーショナル大ヒットした。その後皆が真似して雨後のタケノコ状態になったが、元はあくまで人間発想のアナログ楽曲だ。

https://www.youtube.com/watch?v=nZXRV4MezEw&t=3s

 これが、どんどんデジタル・エフェクトが発達し、アナログ音声をデジタル処理する面白さだけではなく、ゲームソフトの背景音楽などをデジタルの究極AIが楽曲を造るに至り、音楽界はカオス状態になった感もないではない。

 例えばゲームの音楽を昔のイージーリスニングのようにストリングスで演奏して、我々団塊世代が心地よく癒されるだろうか?

 1960年代、あの音楽シーンが2~3年ごとに目まぐるしく変化した時代と共に育った我々団塊世代はAIによる楽曲やラップは「性に合わない別物」なのだ。勿論個人差はあるからそれが良いという人も居よう、否定はしない。

 1980年頃から流行ったハリウッドの映画「スターウォーズ」「スーパーマン」その他の音楽を聴いてごらん?皆同じに聴こえてしまうから。真似するのは勝手、でも我々はその類が無くても平和に心豊かに生きていける。これからその時代の話をしよう。

 団塊世代が中学生だった頃、1960~3年、全米ヒットパレードは個人歌手の時代だった。DOO-WAPと呼ばれた黒人グループは存在していてRythm&Blues(後のSoul Music)というジャンルがあったが、まだBeachboysやBeatlesはメジャーになる前だった。
 二人組のThe Everly BrothersやJan & Deanがやっと出て来る頃。今の団塊世代の頭の中はこれらが擦り込まれているのは間違いない。和製ポップスの湘南サウンド、大瀧詠一、加山雄三、荒井由実(松任谷由実)などの殆んどはこれらの音源のソースを一部バクって作曲している。Youtubeにいくらでもそういったパクリサイトがあるから暇な時に聴いて見ると面白い。

 余談だが、VAN卒業(倒産による)後、画面右の同期同僚、プロデュースの天才横田哲男氏演出で原宿ラフォーレにおけるユーミンのクリスマスパーティ。赤白のスタジャンが筆者、隣ユーミン。60年代アナログポップス全盛の頃の風景だ。この時、あの靴墨塗ったシャネルズ、バックに「ルージュの伝言」歌うユーミンの姿がまだ頭に残っている。全盛期だったろうな。


 それが、1963年暮れに英国からThe Beatlesなる4人組が出現して、世の中が大変革を遂げる。「楽器を演奏しながらグループでハモって歌を歌う」。
 この衝撃はその今までになかった曲と共にものすごいパンチを音楽シーンにもたらした。

 Beatlesの「I want to hold your hand=抱きしめたい」の演奏だけを聴いてみるとそのすごさが余計よく判ろう。演奏があくまでボーカルの為の背景なのだ。しかしジョンのリズムギターによる人間集団の足音のようなサウンドは凄いとしか言えない。ボーカルとインストルメンタルが完全なパートに成って別れているモノの、合わせる事で今までには無かった「音=サウンド」に成る…これが凄かった。5人目のbeatlesと言われたサー・ジョージ・マーチン氏の存在が大きかったのだろう。Beatlesの面々も楽譜は読めなかったのだ。

当時の日本駐留軍放送FENではこれを1時間ぶっ通しで掛けたという。

 1963年~1966年頃は英国初のリバプールサウンド(和製英語)が世界を覆った。これに乗り遅れた団塊世代の次の世代以降は、音楽に対する感覚や好き嫌いが全然違うのが判る。

 なにも新しいものが良いとは限らない典型が音楽の世界のような気がする。洋楽ポップスシーンでビルボードやキャッシュボックスの全米ランキングヒット曲が話題にならなくなってどれくらい経つだろう?


2021年10月23日土曜日

アナログかデジタルか?音楽シーンは色々変化があるようだ。 Analog or digital? The music scene seems to change a lot.

  ポーランドの首都ワルシャワで「ショパン国際ピアノコンクール2021が開催され、我が国の2名が二位と四位に入った。今までになかった事らしい。TwitterやFacebookでは、にわか評論家・音楽愛好者が誉めそやし、色々な想いを発信している。何処か、選挙の際の自称政治通の意見発信にも似ている気がした。https://tabimatch.com/chopin-competition-final/

 もちろん筆者にとっても聞けば大変喜ばしい事だし、コンクールの厳しさから考えれば凄い事だと思う!

 でも、1位と2位の差、入賞者とそうでない人の差など、Youtube聴いても残念だが筆者にはまったく判らない。多少(~と言ってもプロレベル)ピアノ演奏をやる人達にとっても今回の入賞者たちの差異に関しては色々な意見があるという。

 にわかスズメ批評家たちはそれぞれに勝手な評論をしている様だが・・・。

 筆者は大昔、2年間だけ小学6年~中学校時代ピアノ教室に通った。のちに高校生に成ってロックバンドでもBeatlesやGerry&The Pacemakersの曲でピアノパートがある曲は弾いたりもした。

 しかし、楽譜は全然今だに読めない。小学校時代、妹が弾く曲を朝から晩まで聴いて覚える癖が付いてしまったらしい。初めてピアノの先生の家に行って譜面を見せられこうして、あーしてと教わったが、譜面も判らないのは勿論、曲自体を知らないのでまずろくに弾けなかった。しかし段階を追ってその後は妹の弾いた曲を耳で聞いて覚えてすぐ弾けた。

 ピアノ教室に通って数回目、先生が部屋を離れてトイレに行ったとき、妹の弾いていた曲(まだ習っていない)を弾いていたら、戻って来た先生がジーッとドアの外で聴いていたらしく、部屋に入るなりこちらの顔を見て「アナタ、一体何なの?」と言ったのが72歳の今も耳に残っている。

 1965年都立広尾高校時代、文化祭の音楽ステージでBeatlesのコピーバンドをやった。この最初の曲がAll my Lovingだった。そう、あの「Close your eyes・・・」が演奏なしに始まる名曲だ。これをいきなりキー音も貰わず歌い出したので音楽の安斎先生は驚いたそうだ。その二学期の音楽の通信簿が3から5に成って担任の高橋先生が「間違いじゃないの?」と訊きに行ったそうだ。音に関しては一度覚えたら頭に入っているタイプだったようだ。

 鳥を撮影するようになって、遠くのアオゲラやアカショウビンなどの声を聴いて音階を覚え真似すると、傍に来る。縄張り荒らしだと思い排除に来るらしい。

同じF組のメンバー。

ギターアンプは真空管の自作アンプに横田の米軍放出大口径スピーカー(自作)

 全く楽器を演奏できない人たちに比べれば、筆者的には今回のショパンコンテストのその差がまだ少しは判りそうなものだが、全く判らない。

 高校時代自分でロックバンドをやり、50歳を越えてベンチャーズバンドをやったのも音楽が好きだからやったので、特別に音楽教育を受けたとか、そういう環境に居たからではない。勿論ほかのバンドメンバーはヤマハ音楽教室へ通ったらしく、譜面を見ながら弾いていたが、リードギターの筆者は相変わらず譜面は読めないので、レコード聴いて覚えた各曲をレコード通り弾くだけだった。

 自宅で練習する時も、リードギターのパート音だけがないベンチャーズのリードギター用カラオケCDに合わせてダブル・イヤホンで自分のエレキの音を聴きながら真夜中まで練習したものだ。


まだモズライトのギターを買う前からグレッチでベンチャーズをやるという・・アホ。

 大体ベンチャーズやビートルズが譜面観ながら演奏しているのなんて観たこと無いし、耳から聞いた音を覚えて演奏するスタイルの自分が正しいと昔から思っていたのだ。

 自分で好きで始めなきゃ何も上手くならないというのが筆者の持論。バンドにしても全てBeatlesがカッコいいから真似してバンド始めただけの事。真似が全ての始まりだ。

 A Hard day's Nightは映画館で30回、ビデオやDVDで30回以上は観た。この、And I Love Herのシーンはもう最高の「カッコいい場面」で、これを真似したくて文化祭目指してバンドをやったようなものだ。

 ギターはジョンの黒いリッケンバッカーはあまり好きではなく、ジョージのリッケンバッカー12弦のタイプの6弦モデルと、映画HELPの頃から使うグレッチ・テネシアンの本物をやっと40歳に成って手に入れた。 

50歳頃結成した高校生時代の旧友たちとバンドを組んで町田のスタジオで練習。

 此のショパンピアノテストで入賞したのも、好きだからだろう。前回は入賞を逃したが今回は雪辱を果たしたという。「やればできる何事も!」が我が父の教え。「一生懸命やれよ!仕事じゃねーんだろ?」はタモリの言葉、我が座右の銘。

 しかしレベルが違いすぎるのか、この手がもともと好きではないのか理由は不明だ。だからこの入賞の快挙を評論する資格も、何かを言うことも出来ない。ただただ「凄い事!」と祝うだけ。それで良いんだと思う次第。

 

2021年10月22日金曜日

2006年、江津湖で最初に撮影出来たカワセミ。 The first kingfisher photographed at the Lake Edzu in 2006 by me.

  先日のカワガラス同様、2006年に熊本市内に在る江津湖で撮影したカワセミの画像を集めてみた。

 此の江津湖には芭蕉林(=バナナ林)があって、南洋の雰囲気を醸し出している。カワセミがこの中を自由に飛び交っているのを見て、さすが南国・熊本らしいな…と思い、盛んにシャッターを切ったのを覚えている。

 県立図書館が隣接していて、筆者の自費出版した野鳥関連の写真集が4種類蔵書されているはずだ。

 

2017年発行の「人吉市の山翡翠」

2013年発行の「川辺川・球磨川流域の山翡翠」

2012年発行の「江津湖の野鳥」

2011年発行の「山翡翠」

 いずれも野鳥関係者・親類・友人に配るのみで一般的には販売しなかったが、一部野鳥関連の団体メンバーへ、あるいは熊本市内の特定書店で限定販売されたものが2種類ある。「人吉市の山翡翠」に関しては国内唯一、東京神田のバードウォッチング専門店「ホビーズワールド」さんで3~4か月で120冊程度販売して頂いた。

 今日のカワセミは、この中にある「江津湖の野鳥」の編纂の頃選ばれたカットの中からのモノで、撮影年度は2007年前後頃。
芭蕉林でのカワセミ



全てメスだが、この頃はメスが非常に目立っていた。

2021年10月21日木曜日

団塊世代の高尾山山頂エリア情報。 Information on the area of Mt. Takao for the baby boomer generation.

  昨日は満月。北風が強くひょっとすると異常に早い木枯らし一号か?という予報に昼から高尾山へ向かった。500㎜f4の大砲レンズを背負って・・・。これが結構体に応えた。

 昔から腰痛は無く、脊柱管狭窄症でも椎間板ヘルニアでもない。しかし14.5㎏(戻った際そのまま体重計に乗って計って、荷物を降ろして計ったその差)の荷を背負っての山歩きは老体に結構響いた。夜寝ていて足が攣った。今朝の愛犬散歩では歩き出しに膝に違和感があったが歩いていて治った。

 山からの下りは真っ暗な中徒歩下山だったが、二度目なのでスピードや休憩調整は上手くいった。登りはレンズが重いので久しぶりにケーブルカーに乗った。驚いたのは下りのケーブルカーに乗る人が列をなしていた事。高尾山の下りは歩くモノと思い込んでいた筆者の認識不足だった。

 これだから腰の曲がった高齢者やビーチサンダルの人が頂上広場に沢山いる訳だ。犬などを連れている人は歩いて登ったのだろうな?やたらペットがいて驚かされた、10月の紅葉前の平日なのに・・。これで紅葉のピークはどうなってしまうのだろう?コロナ感染の第6次は高尾山ケーブルカーから始まるのではないかと危惧してしまった。今は窓全開でも良いが、この先寒かろうに・・・。

 余計な事は言わずに、昨日の山頂紅葉情報や「満月」それなりの画像もご紹介!

黄昏時の夕陽で輝く新宿副都心とスカイツリー、直線50㎞の距離をこれだけ撮れた。

17:03から少し経って満月が見え始めた。異常にデカく見えた。

横田基地へ降りる米軍機が横切った、惜しい!もう少し上で撮れれば・・・。

愛好者なのだろう、仲間で撮りに来ていた。

高尾山頂上から尾根コース上の紅葉。

高尾山頂上の紅葉状況。まだごく一部だから2週間は待った方が良い。

昼過ぎ富士山。

此処からは行程スナップ。

下りに列が出来ていて乗り切れていなかった。15分待ち。

高尾山電鉄HPより

高尾山マガジンより。昨日はビジターセンターから一丁平往復。

ケーブル頂上駅からの参道はこれが平日の昼かよ?状態。ペット連れもけっこう。

人混みのキライな筆者は側道山道コースを。行きは3号路、戻りは4号路。

頂上広場、富士山見物は必須らしい。

帰りの京王線は貸し切り状態。筆者ヘトヘト。14.5㎏はもう御免。

2021年10月20日水曜日

2006年の江津湖で出遭ったカワガラス。  A brown dipper that I encountered at Lake Edzu of Kumamoto in 2006.

  衆議院選挙が公示され、メディアは一斉に各党の主張を報道し始めた。自民党・立憲民主党といった百名を越す議員の居る党と、まるで「劇団ひとり」のような一党首ボッチの社民党や、れいわ新選組・や、NHKなんたら党など極端な選挙戦と感じて仕方がない。

 公平に言い分を報道しないと公平では無いという事で、各党党首を画面に出している様だが、どうしても逆に公平ではないような気がする。

 この辺りは今週末の「団塊爺の世相ボヤキ」でまとめてみよう。

 鳥本来の話に戻って・・・。

  今から15年前の2006年、筆者は初めて野鳥にレンズを向け始めた。きっかけは2006年熊本市で行われた「2006世界女性スポーツ会議くまもと」がきっかけだった。

 世界中のIOC傘下、各国のNOC(オリンピック組織委員会)の女性委員が集まってスポーツの世界でも女性の進出に努力しようという目論見の世界会議の日本開催だった。今でこそ日本もオリンピック組織委員会会長に橋本聖子が就任し、女性のリーダー(形だけでも)誕生となったが、2006年当時女子バスケット連盟の会長は三屋裕子氏ではなかった。まだ男性だった。なおかつ理事に女性は殆どいなかった頃だ。

 この国際スポーツ会議に裏方(広告代理店)としてプロデュース参加した際、世界から集まった元女子スポーツ選手のおばさん達をホタルを観に江津湖へご案内したのが、筆者の野鳥撮影へのきっかけだった。

 残念ながらホタルには出遭えなかったが、カワセミが足元を幾度も飛び抜けて行くのを見て江津湖の自然に驚いたのが最初だった。

 元々、世田谷の奥沢中学校時代から生物部で「生き物・動くモノ」に反応するのが非常に早かったので、野鳥の動きに夢中になるのにそう時間は掛からなかった。

 今日はその中で、2010年江津湖で初めて観たカワガラスを撮影した画像をご紹介。カメラはオリンパスのE-3の時代だ。

 真っ黒に近い野鳥なのに眼を閉じて瞼が白いだの、頭の両サイドに眼が有るので真後ろまで見えて、視野が360度あるなど、いろいろ勉強した頃の画像だ。

今はどうなっているか判らないが、当時の江津湖には瀬のような流れ込みがあった。

其処にたたずむカワガラスが白い瞼であることを知って驚いて撮った画像。

白い瞼が面白くて撮りまくった。

これが視野360度である証拠、真後ろから視ても眼が見えている。

一見地味だが、凄い生態のカワガラスは好みの野鳥の一種だ。

2021年10月19日火曜日

写真集を観ての評論・評価は千差万別。There is a wide variety of criticisms and evaluations when viewing photo books.

  昨日から急に気温が下がった関東地方。三寒四温の逆は急激な気温低下が普通なのだろうか?下手をすると、冷房を付けていた日の翌日、空調機のスイッチを暖房に替えた方も居るのではないだろうか?今朝は氷雨に近い細かい雨が降っている。

 昨日までに今回編纂した写真集「ヤマセミカワセミ」の発送と手渡しを無事完了。反応を視て、本番編纂への準備に取り掛かろうと思う。

 筆者は今まで野鳥に関する写真集を2011年以来10冊編纂・自費出版してきた。そのうち半数はヤマセミに関するもので、残りの半分が地域での野鳥の生息状況を主に編纂したものだ。地域で言えば、北海道道東根室、奥日光、東京郊外三鷹の野川、熊本市の江津湖、首都東京の明治神宮。

 いずれも意図は明快で、ただ単にそこにいた野鳥を並べた鳥類図鑑でもなければ、探鳥ガイドのつもりもない。写真集片手に其処へ行って「居ねーじゃねーか?」と言われても困る。

今回の「ヤマセミカワセミ」の最終ページに掲載した過去出版物の例。

 最低でも3年から10年間に撮影した画像データをまとめた物なので、春夏秋冬季節や時間帯で居たりいなかったりするのは当たり前だ。

 で、これを写真集を作ったCANONのネット上(=PHOTOPRESSO)で数冊を自由に閲覧できるようにしたり、YAMASEMI WEBのサイト上で全頁を自由に閲覧できるようにしている。

 今回の「ヤマセミカワセミ」は10月1日に公開して3週間で既に600名以上の方に観て頂けている。これを昔のように印刷物として販売していたらとてもではないが此処までにはなるまい。

https://wpb.imagegateway.net/gallery/book/9468699595?backUrl=http://yamasemiweb.blogspot.com/

道東のオオワシ・オジロワシを集めた「The Eagles」既に9,500人以上の方々にご覧いただいている。

https://wpb.imagegateway.net/gallery/book/2135358741?backUrl=http://yamasemiweb.blogspot.com/

これは素人としては嬉しすぎる反応だ。1億総カメラマン時代、まさにデジタル写真集の時代に成ったのだとつくづく思う。

 テスト印刷版は親族含め、撮影仲間、撮影時お世話になった方々、ネットなどパソコン環境の無い方などに手渡ししてみて頂いているが、その反応・評価が全然違って面白い。

 筆者はあの福沢諭吉が明治の時代になって、新政府に海軍卿として奉公する「勝海舟」の姿を公文上で幾度も行った苦言(=やせ我慢の説)へ痛快な返答をした事を普段から真似している。

 「時事新報」という出版物上で福沢に幾度も叩かれても、「行蔵は我に存す、毀誉褒貶は他人の主張、我に与らず我に関せずと存候」というたった一行で返し、大向の喝さいを浴びたという事実だ。

 要は、写真集に関して如何様な評価を頂いても、作った本人にしか制作意図や中身に関してはあまり深くは判るまいから、気にしないでいる・・・という事だ。

 Facebookやinstagramで「いいね!」を貰うのとはまったく次元が違う。

 しかしその反応を視ていると逆に非常に面白い。

 特に野鳥を実際に撮影している方からの反応は、自分の目論見に近い反応だから良く判ってくれているな!という気がする。

 一方で、野鳥の名前などほとんど知らない高齢者で特に女性などは声を出してのけぞって笑う方も居る。「え?そんなに笑いころげるような写真在ったっけ?」と思うと、足だけ残して水に頭を突っ込んでいるヤマセミとカワセミのページのしぐさへの反応だったり、そろってピッ!と脱糞している時の野鳥の真剣な顔つきを面白がっているのだった。



 あるいはヤマセミとカワセミが魚を咥えて目線をくれている画像には「面白い!」「笑える」という反応がある一方で「私、魚を咥えているのって駄目なんですよね・・。」という上品な方からのメールを頂いたケースもあった。


 人それぞれだと思う。しかし実際にカメラのファインダーで野鳥を追いかけている御仁からの反応が一番聴いていて面白いのは「同好の志」だからだろうか?

右のカワセミのジャンプしてからのダイブを「何故だろう?」と思って頂ければ、もうこの写真集の存在意味は大きいと思える。ただ「凄いね!綺麗だね!」ではなく、ページをめくって「何故こうなの?」という疑問へ発展して頂ければ編纂冥利に尽きると言って良い。

2021年10月18日月曜日

週明けはコンデジでコサギの採餌シーン! Little egret foraging scene with a compact digital camera at the beginning of the week !

  東京都内中心部の緑地でコサギの採餌シーンをコンデジで撮影してみた。団塊世代の鳥撮り徘徊爺のレポートだ。

 筆者は週末北関東へ泊りがけの研究室勤めがあるので、帰りに浅草や上野を通る機会が多いのだ。そこでどうしても上野の美術館や不忍池に立ち寄ることが多い。

 不忍池の定点観察はそんな理由から月に2~3度は訪れている。今日の画像はそんな中の一つ。夏の終わりとも秋の初めともいえる時期の撮影だ。通年で居るカルガモ以外カモ類は何もいないし、まだユリカモメなども居ない時期。

 ともすると、遠くでまだ蝉の声が聴こえたりする例年になく暑い10月の東京だ。 

最初に観た時はこの姿勢だった。ストレッチかと思ったが採餌の思いとどまりだった。

次の採餌を予感してコンデジを連写に設定し直した。

すると水面近くの何かをスッと咥えた。

なんだか遠すぎてわからない。

しかし美味しそうにパックンチョ!していた。

何か野鳥の生態を見つけた場合、コンデジでも出来る限り最大のパフォーマンスで撮りたいものだ。スマホとの違いはこういう時に明らかになる。