二日前のこのブログへの反応が多く、団塊世代の方々が結構ご覧になっている事が伺え、嬉しくなった。逆に言えばそれだけ今回のオリンピックを観ながら団塊世代なら誰しもある種の時代の変化を感じ取ったのではないだろうかと推察している。
著名人のブログでもないのに1,000を超えるアクセスはちょっと信じられないが、野鳥投稿の際にもこれだけ観て頂きたいと思うのは贅沢だろうか?
これは、ヨーロッパ、北米、日本では随分違うかもしれない。
日本におけるスキー産業の発展は日本人特有の「優越感」を得たいために湧き出た「向上心」を軸に進んだと筆者は思っているから・・。
この日本人に非常に強い「優越感・虚栄心」は色々な場面で日本人特有の「意識・行動」を生み出していると言って良いと思う。10年以上前に書き始めた「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」にもしっかりとその項が存在する。
■ 団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #10.団塊世代の事実をどれだけ一般世間は知っているのだろう?(中) This is the real story of Japanese baby-boomers at '60s~'70s.
https://yamasemiweb.blogspot.com/2014/01/this-is-real-story-of-japanese-baby.html
■ 団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #11.団塊世代の事実をどれだけ一般世間は知っているのだろう?(下) Do you know what the baby boomer was ? The other generation don't know the real story of the baby boomer.
なぜこれほどしつこく「優越感・虚栄心」のことを書くかといえば、オリンピックの金メダルこそ、この「優越感・虚栄心」の一番の頂点だと思うから。今やオールドメディアに成り下がったテレビも新聞も過去においてどれだけオリンピック代表アスリートたちにプレッシャーをかけ潰して来たか・・。
1964年オリンピック後の円谷幸吉選手の悲劇を筆頭に、どれだけオールドメディアが過剰な期待をかけ潰し、実力を出させず残念な結果に終わらせたか?団塊世代は良ーく知っている。
冬季オリンピックでは1956年のコルチナ・ダンペッツオ大会スキー回転で銀メダルを獲った猪谷千春選手以来、札幌のジャンプ三名、長野オリンピックのスキー団体、メダル獲得を持ちあげる一方、ジャンプスーツの仕様違反で北京大会を失格した高梨沙羅選手には酷い中傷・叩きで糾弾した。
これらオールドメディアがアスリートを「持ち上げたり叩いたり」する都度、日本のアスリートがボロボロになっていくのを団塊世代はしっかりと見て今日まで来ている。これまでの経緯はその頃の人気週刊誌の表紙を観ればすぐに判る、1960年代は何といっても平凡パンチだろう?
1964年12月号(左)は筆者がスキーを始めた頃の大橋歩さんのイラスト 何と50円!
中でも、自分がプレーしているスキー(アルペン系)はホイチョイプロダクションの「私をスキーに連れて行って」でピークを迎えたスキー産業のお陰で大きくなった全日本スキー連盟関係者やスキー教室。全国のスキー場(企業・リフト会社・旅館民宿・ホテル)さらにはスキーメーカーの持つ「独特の虚栄心」はいつも気になっていた事だ。
「私をスキーに連れて行って」の頃の銀座広告代理店メンバーのスキー行
これら、日本のスキーブームを支えつつ儲けた人・企業は、今回のミラノ・コルチナオリンピックで映像を通して観た景色とはずいぶん違う「権威の世界」を作ってしまったと言って良い。
スキー全盛時の現場では数々の「優越感」が渦巻いていた事は「団塊世代のヤマセミ狂い外伝=冒頭に2本URL掲載」に詳しい。’60~’90年代に筆者が色々スキー仲間から聞いた声をまとめて簡単に箇条書きするとこうだ・・・。
① スキースクールの教師の教え方がすべて「否定的な指導」スパルタ教育がまだ健在だった時代の名残だろうか?まず生徒を褒めなかったしえこ贔屓も酷かったという。常に上から目線で偉そうに指導する指導員が憎らしくて仕方が無かった。
② 準指・指導員資格試験を受けた女子に性的要求をしてパスさせ問題になったSAJ連盟支部が存在した。巷ではそれ程憧れる存在だったのだろう準指・指導員の資格が。
③ スキー連盟SAJの幹部には「理事就任心待ち」のような人種だらけで魑魅魍魎だった。これは長野オリンピックの際スノボでお手伝いした際、随分スキー分野の理事たちから意地悪をされたので良く知っている。
④ 競技スキーはメダルや競技記録(上位大会出場経験)、基礎スキーではデモ選の成績などが「優越感・強弱関係」の基本で、組織の中の上下・差別、派閥が決まっていた。
⑤ スキー雑誌で見た高価な最新モデルスキーを履くことが憧れだった一般スキーヤーに対し、スキー関係者が勤める日本のスキーメーカー(例・小賀坂、カザマなど)の板を使用するものがデモ選で上位に位置した。業界と団体の間にある眼に見えない権威と癒着。
⑥ かって、スキーにはジャッジ種目が無かったので、順位・記録一本やりで「一等、二等」などという言い方で勝った負けたがそのアスリートの人生を決めていた時代だった。
・・・・・と、こういう世界だったため、ワールドカップやオリンピックにおいては選手の勝ち負けばかり報道されある面「厳しさ」、勝者の栄光、敗者の悲哀だけが印象に残るウインタースポーツだった。
スキーに限らず、フィギュアスケートやジャンプ・クロスカントリースキー。アイスホッケーなどもオリンピックにおける国同士のアスリートの報道はモメごとやケンカが多く、敵同士が抱き合いリスペクトする場面の報道は殆ど無かったように記憶している。
表彰台の上での選手同士の交流も握手程度がせいぜいの交わりだったのではないだろうか?
それが今回のミラノ・コルチナオリンピックではどうだ?全然別の星のオリンピックかと思うくらいなシーンの連続だったではないか?
チームニッポンからスキーのアルペン選手は出場していたのか?
確か居たはずだが途中棄権でゴール迄すらいけなかったのでは?日本アルペンスキー界は終わってしまったのだ。あれほど権威象牙の塔を作り、栄華を誇り、一般スキーヤーという客層を上から目線で見下していた団体理事・役員、スキースクール教師も終わったのだ。
古い概念で栄華を誇っていたアルペンスキー関係者は優れた選手、後輩を育てることなくkの日本では30年ほど以前に終わっていたのだ。
筆者は思った。今回冬季オリンピックを観て優れたアスリートを育てることを怠った日本のアルペンスキー界の元重鎮たちは「一体何をしていたんだ?」
スキーという古い二本の板を如何に揃えてキレイに滑れるか?・・などという事を上から目線で教える事で金を儲けて来た雪国の人々、大いに反省すべきではないだろうか?
もう二本板のスキーもジャンプやハーフパイプ、スロープスタイルなどスノーボードをベースにした競技に主力は移って行っている。この際全日本スキー連盟は会長選出で世間に大恥をかいたような首脳部を全とっかえして、まったく新しいメンバーで再出発すべきではないだろうか?
ネット情報でもSNSでもこの辺りの報道は非常に多かった・・が、オールドメディアでは殆どこういった部分の説明も解説も無かった。
こういう風潮が出て来たのは、筆者的に言うとスノーボードがオリンピックに出て来てからのような気がする。スポーツとしての文化・価値観・常識がまるで違う気がする。記録が勝ち負けのベースであるスキーと、ジャッジ・評価が勝敗の要であるスノボのもつ独自性がオリンピックを変えたような気がする。
今までそれほどでもなかったフギュアスケートの世界も今回そうなったのはチームニッポンの雰囲気、坂本花織選手の明るさのお陰だろうと思う次第。オールドメディアでこの辺りを分析・報道した所は何処も無かった。SNSやネットばかりだこれに気が付いたのは・・。
未だかってこんなに素晴らしいフィギュアスケート会場を観た事がない!
ウインタースポーツ全体が一つにまとまったのも初めての事ではないだろうか?
しかし日本勢・アジア勢がスノーボード系の上位を独占したように見えた今季の冬季五輪、オリンピック委員会は絶対にルールを改定してヨーロッパ勢の上位入賞が容易になる様にするだろうと日本のスノーボード会の開拓者・レジェンド阿部幹博氏は警鐘を鳴らしている。ジャンプスキー界の板の長さ問題、スーツの仕様・検査問題が良い前例だろう。




