2025年8月11日月曜日

この夏巣立ったノビタキの幼鳥はフライングキャッチの練習中! The young stonechat that left the nest this summer is practicing flying catch!

  奇麗なピンクのヤナギランの間を飛び回るノビタキの幼鳥。昨日の投稿はいわゆる「花鳥」的画像だったが、今日のはこの夏巣立って羽虫を捉えるフライングキャッチの真っ最中の模様。

 今回、1泊ながら初日朝3時前に現場に到着したため、早朝ノビタキの採餌タイムを1泊後の朝と2回撮影するチャンスが在った。

 しかし、何と言う事だろう! 初日1~20羽は居たと思われたノビタキの幼鳥が2日目の朝は殆ど一羽も見当たらない。遠くの湿原内に親鳥が数羽飛び交っているのが見えるだけ。

 なぜこんな事になるのか?色々考えてみたら、天候と餌になる羽虫の発生の量の違いのような気がする。初日は前日雨と高温で羽虫の類が沢山羽化したのではないだろうか?

 考えてみればやたらとツバメが低く飛び交っていたのも撮影している。ヤナギランの自生地付近ではヤナギランはじめ各種低木や高草の間をノビタキの幼鳥が飛び交っていたのを思い出す。


東京の街中で繁殖したツバメに高層湿原で出遭うとは・・。

 フライングキャッチと言っても、せいぜい2~3mの高さを飛ぶ獲物を追いかけて幼鳥が捕獲する程度だった。親鳥たちのように見定めた獲物を高速で追って5~6mも飛び上がって捕獲するような技はまだ身に着けていないのだろう。

 今日はまず、そういった幼鳥のフライング(時には飛ばずに草の中にダイブして)キャッチの様子を撮影したモノをご紹介。

 例によって「きれいに撮る」だの、できれば寄って撮る…などは一切考えずに、「その瞬間!」へのプロセスと結果に集中した画像であることをご理解いただければと思う次第。

左へ飛んでいた羽虫が

急に反対方向へ向きを変えたのを追う幼鳥

更に廻り込んで来る羽虫に合わせて

 狙いを定めてキャッチへ向かうノビタキ幼鳥。これらの連写は高価な大砲レンズを三脚に着けていては照準器などを付けても無理。やはり野鳥の生態・飛翔の美しさの瞬間を捉えるには、習性などを長時間観察して手持ち撮影しかないと思う。

 特にこうした木道の上からは通行人の迷惑になるので一脚、もしくは手持ちで行うのがマナーだと思うが如何?

草木の低いエリアでの採餌の例をご紹介、ふと飛び出した幼鳥

画面右の赤い点が羽虫

見事に丸呑みの幼鳥、おめでとう!

こうした幼鳥が、この日は数十羽居たのだが、翌日には全く姿が見えなかった。

幼鳥たちも、もう充分に独り立ちできそうだった。

2025年8月10日日曜日

団塊世代は霧ヶ峰でノビタキとヤナギランの共演を楽しんだ。 The baby boomer generation enjoyed the coexistence of the Stonechat and Fireweed at Kirigamine.

  連日猛暑日の連続で多少参っていたので、関東の日常から200㎞離れた高層湿原へ今年2度目の移動。いわば避暑逃避だ。

 しかし、もちろん今の時期高原には何があるかを知っていての山行き。滞在先は駐車場から20分高層湿原沿いの木道を徒歩で行く「隠れ家」だ。

 「山の日」を挟んだ今年何度か目の三連休、しかもお盆休みに続く真夏のゴールデンウイークみたいなものだから、昼間車を動かすようなバカなことはしない。三連休の初日に山から下りて多摩エリアへ戻る算段、これが大成功。

 天気予報・天気図で気圧の動きを把握して早め早めの行動に心がけた。

 高層湿原には三連休の前日(平日)の早朝、午前2時に公営駐車場に到着。2時間ほどワゴン車の後ろをベッド代わりに爆睡。たった3時間の爆睡でも運転疲れは吹き飛ぶ。

 標高1000m以上でもさすがに真夜中は気温が下がり15度前後になる。半袖短パンに何枚もタマネギ方式で着こみダウンベルト着用で熟睡となった。

 日の出が05:02なので実質太陽が見えたのは05:26だった。

 少し太陽と高層湿原の様子を撮って、今まで何度も撮影したヤナギラン自生地での野鳥とのコラボ・ポイントへ移動。既に4~5名の野鳥撮影者が来て盛んに撮りまくっていた。

 しかし雨後の高原では羽虫が沢山羽化して飛び回っており、巣立ったノビタキの幼鳥ばかり大騒ぎで採餌飛翔、フライングキャッチをしていた。

 野鳥撮影といえば迷彩ステッカーを張り付けた大砲レンズを大きな三脚に取り付けて担いで歩く姿がカッコ良いらしく、女性陣も大きなレンズをフラフラしながら持ち歩いていた。

 このスタイルは遠くに居る野鳥を撮るための装備なのだが、この高層湿原の今の時期を経験無かったのだろう。此処のノビタキは通行人の顔のすぐ横を飛びぬけたり、皆が歩く木道に降りて採餌したりするのだ。

 つまり三脚に取り付けた大きな望遠レンズはかえって足手まとい、100㎜程度の昔で言うポートレートに最適なレンズの方が有効なのだ。

 今回レポートはそのあたりからご紹介。

これがヤナギラン、英語で言うとFireweedという。 

距離10mほど、幼鳥はまだ人間に脅威を感じていないので、ガラパゴス状態。

今が盛りのヤナギランとのコラボだけを撮りに来る方も多いようだ。

実際は10m離れていないのにこういった採餌シーンを撮れる。

幼鳥はあまり高く飛んだりしないので、こうした高山植物の間で採餌することも多い。

大きなシシウドの下で羽根休め。道東のノゴマやシマセンニュウなどと同じ様だ。

こうして遠くのノビタキを追うがあまり横に居るのに気が付かない!(画面左下)

「皆さんこっちこっち!」と撮影者をしり目にすぐ横を飛びぬけていく。

こうして朝露に濡れた木道に降りて吸水もする。

それを撮っていたら目ざとく見つけ真似をし出した女性陣。

 今回も収穫が多いので、整理して追い追い投稿を予定。

2025年8月6日水曜日

鮎の名産地ほど鮎料理文化が発展しない不思議。 It is strange that ayu cuisine culture has not developed in areas famous for ayu.

  筆者は中学校1年生まで小倉市(=現北九州市・福岡県)、並びに八代市(=熊本県)で育った。したがって、年中大自然の中で遊びまくっていた。暑い九州で今と違って冷房なども全く無い環境で過ごしていた。自分にとっては3校目の国立大学の附属小倉小学校は教室に灯り(電気)が全く無く、プールも無い貧相な施設だった。

 だから夏は海水浴場(山口県の吉母、北九州市の馬島など)か小倉市内の紫川上流で泳いで水泳が達者になった。余計な事だがそれ以降海だろうが川だろうが、昔から水中では水中メガネなど使わず裸眼で目を開けている。

 これはウインドサーフィンをやり始めて非常に役立った。ハワイの海や小笠原の海で水中に投げ出された後、サメや毒クラゲなど水中の脅威から身を守るのに水中が見えるというのは大切な事なのだ。

 そういった自然環境で育ったため、最近の都市部での「猛暑日・熱帯夜」さわぎがどうも分からない。東京に移って住み始めて60年以上が経ったが、冷暖房が完備され人間は野生の生活環境から「何でも心地よい環境」に慣らされてしまったようだ。

 自宅からバス停までが唯一「純自然環境」で、バスの中~鉄道の駅構内~電車の中~地下鉄~都心の駅~地下道~ショッピングビルや美術館。全て今の時期強烈な冷房・空調が完備されている。

 昨日は関東一円で40℃超えが続出した。我が家も玄関先の寒暖計が42℃オーバーだった。今朝5時の愛犬散歩時にも既に30℃超えだった。此の寒暖計玄関先の木陰(常時日陰)地上1.5mに設置してあるモノ。

 暑さ寒さへの個人耐久レベルは住んでいるエリア、外出の頻度で変わる。何でもかんでも電気で動く生活環境インフラ、自然大災害や発電・送電トラブルなどで長時間停電した際の事をどう考えているのだろう?非常に気になる。


 話が長くなったが、今日の話は筆者大好きな「鮎」という魚の話。

 自分が一時期育った熊本の八代、そうして2010年から10年間山翡翠(=ヤマセミ)という希少種の野鳥の生態を観察撮影するために計300泊以上した人吉市を流れる日本三大急流の球磨川。餌の苔を含めて生息環境が良いためか極めて大型の鮎が育つ。

 しかし大型の鮎が美味しいかというと、決してそうではない。実は稚鮎~20㎝くらいが一番美味しいと筆者は思う。何でもデカけりゃいいと思うのは鮎を良く知らない人だろう。

 当然、人吉市も八代市も鮎に関わる産業が盛んだ。むろん完全天然の鮎ばかりではなく球磨川漁協が苦労して稚鮎を育て、上流まで運んで放流するという方法を取っている。海から遡上する鮎の全部はかっての荒瀬ダムや瀬戸石ダムを越えられない。手助けが必要なのだ。

 型が大きいためか、ダイワ、シマノといった釣り具の竿メーカーがその竿の耐久性をテストするため毎年人吉より上流で合宿をしに来るという。

 しかし、こういった太公望には超有名な球磨川流域だが、その料理に関してはイマイチ全国に名が広がっていない。球磨川流域で鮎料理を楽しみに来る観光客はまず居ないだろう?

 宣伝上手な四国の四万十川などと違い、メディアでその名声を聴くことは殆ど無いのが実情だし、これだけ通った筆者でも鮎料理天国のような実感がない。

 いわば素材だけは良いものの、宝の持ち腐れだ。

 この辺りは熊本県という県民気質、モノの考え方の特殊性にその原因の一端があるようにも思う。球磨焼酎という伝統的で嗜好の強い人にはたまらぬ手に入り難い米焼酎がある。しかし熊本県の物産PRに関してメディアに載るのは熊本産のワインだったりする。

 東京の蕎麦屋で焼酎のメニューを見ると、鹿児島の芋焼酎、宮崎と大分の麦焼酎ばかり。熊本の米焼酎・球磨焼酎には出会ったことがない。PRが下手すぎる。

 筆者体質的に酒は飲めぬが、地元に数十社ある球磨焼酎蔵元を差し置いて、2カ所しかないワイナリー(=製造元)をメディアに載せ世界へアピールする気風・・おかしいと思うのは筆者だけだろうか?

米を原料とする球磨焼酎群

 これと同じ話が今日の鮎の話。

 八代でも人吉でも宿に泊まって「鮎」を食べたいというと、そのほとんどが「アユの塩焼き」だけだ。人吉に泊まった際、東京他から来た親友たちをもてなした際、「鮎料理は何がある?」と訊いたら「塩焼き」だけだった。さぞ色々な料理を食べられると期待して来た友は皆ガッカリしていた。

宿で出される定番鮎料理、天然か養殖か判らない・・。

他では見られない大型の天然鮎を地元の知人宅でふるまった。

天然鮎だからこそできる「胴抜き」の食べ方、我が友は大喜びだった。

土産には包装が変わった八代の頼藤さんの駅弁「鮎屋三代」にも喜んでもらえた。

 しかし、それ以外の鮎文化は何もなかった!

 名がとどろく鮎の名産地でその食文化がそこまでなのかと、ジャーナリストの友は何も書いてくれなかった。八代も人吉も水害の多い球磨川の災害の事ばかり嘆きメディアに露出する。それもいつまでも・・・。

 球磨川・川辺川水系でダムを撤去して自然が戻るのはもちろん大賛成で、今後も推進を応援したい。しかし環境に配慮したという穴あきダムの川辺川ダムだって、出来て、もし穴が詰まってうまく作動しなかった場合の影響責任は一体誰が取るのか?

 荒瀬ダムが撤去されて喜んだものの河口付近の名産青海苔が絶滅し、今は養殖に頼るしかないという弊害も起きている。これは2020年の豪雨水害の為だとも言われているが、詳しい調査結果を知らない。

 やはり大きな河川はそれに伴う産業の活性化が一緒におこなわれねばなるまい?メディアに載りやすい案件だけではなく、外から人に来てもらうための食文化も同時に考えていかねば地域発展は無いと思う。これは全国の観光地など地域活性化を手掛けて来た筆者の一種職業病のようなものかもしれないが気になる案件だ。

 いくら自然が豊かでも、それだけではアフリカのセレンゲティ草原と同じだ。野生動物が豊富だけで終わり。サファリの客と動物写真家が喜ぶだけ。

 球磨川流域は違う、そこで生活し商売する人が多い。その人々が生きていける食文化を何故開発促進しないのだろう?昔から不思議でしょうがなかった。

 国内には鮎料理文化は京都を中心に数多く存在する。アユの「塩焼き」と「甘露煮」それと「うるか」くらいしか頭に浮かばないようでは鮎の名産地の名が泣くだろう?

 

 個人的に鮎の美味しさを色々考えて、自分でも作ってみられる食文化、ご紹介してみたい。もっともっと球磨川流域の料理人は「鮎料理」を勉強すべきじゃないだろうかというのが今日のお話。

京都から奈良へ行く近鉄の駅で売っている鮎寿司(※夏期のみ)

幾度もお世話になった京都粟田山荘(数年前閉店)で出て来る小鮎の塩焼き。

皇族園遊会などでふるまわれる弁当など

一番人気の鮎の粽寿司(焼き鮎季節商品)

 これら、日本の優れた鮎食文化!球磨川流域の方々は一体どれだけ勉強しているのだろう?球磨川流域へ来る「客」は全国での鮎食文化を色々知っているのだ。

 これらは自分でも真似して似たようなモノを作れるのだ。更には四国の河川で造られる一夜開きなど、手間が面倒くさいと作らないのだろうが、そんな事では河川から得られる「食文化」は育たない。
天然鮎は寄生虫など心配でもあるが、新鮮なものを使用し良く塩と酢で締めれば大丈夫。

好きな鮎だもの、色々自分で作って食べて研究してみた。

アユの塩焼き、鮎寿司は誰にでも出来よう?

 筆者のような素人でも、工夫すれば粽寿司だって良い商品に出来上がる。プロなら出来ない言い訳を考える前に試作を!商品化する場合は一度火を通したものを使用する方が良いかも。旧福槌(現有職)も焼き鮎を使用している。(※7月など季節商品)


中型の鮎はこのような姿寿司にも出来よう。

大振りの笹、巻くイグサ、球磨川流域の名産じゃないのか?

 大鮎の一夜干し、アジよりデカい!押し寿司と違い腹部分が弱いので、。背開きにしなければ形が整わない。この辺りは少し難しい魚だ。

 鮎の開きは天日干しの手作り感が人気に成ろう。川魚はあまり干し過ぎると身が無くなってしまうので干し上げの塩梅が難しい。

 団塊世代は子供の頃ヒモジイ思いをして育った。必要は発明の母。球磨川流域の食文化少しでも今より育てて欲しいと思うのは出過ぎた事なのだろうか?

2025年8月3日日曜日

団塊世代はSNSが既存主要メディアより信頼される理由が判った! Baby boomers found out why people trust SNS more than existing major media !

  今回参院選で驚いたのは、もしろん与党が惨敗して野党、それも新しい勢いを持ったリーダーに率いられている2党の躍進・・・と言う事。

 しかし、一番驚かされたのは7月21日選挙結果が判って数日後の主要新聞(読売)の朝刊一面を視ての事だった。我が家の新聞受けから取り出して「えっ?マジ?」と思ったものだ。

自宅に届いた新聞。

 読売新聞のネット表示。日米相互関税15%決定のニュースより「石破首相 退陣へ!」の方が日本国民にとって果たして大きいニュースなのだろうか?しかも他の主要新聞にはこういう見出しの情報はなかった!

 そうして、同日石破首相は「退陣などせず、日米相互関税の実務遂行など重要案件含め職務にまい進、続投する」と記者発表した。
 選挙の事もあるが、日本にとって世界に先駆け相互関税を25%⇒15%に出来た事を強調、それを実現実行する大変さを説明。「石破降ろし」への語気を強めての直接反撃はせず、丁寧に説明をすると述べた。

 しかし、既存の老舗大手新聞・テレビは「赤信号みんなで渡れば怖くない・・。」の論理なのか、「数は力、力は正義!」の論理なのか、一斉に「石破降ろし」を始めた。で、読売新聞の意図的大誤報を筆頭に、大手老舗メディアは「石破降ろしは時間の問題」といった風を一生懸命吹かせた。

 今までの既存マスコミを背景に政治評論をやって来た御用評論家なども一斉に「石破は嫌われている、次の首相候補は誰々」と始めた。 

 如何にも政治の世界を一番知っているような口調なのに、今回の与党大凋落、国民の動きを事前に予想しえず、テレビで解説もしなかった。この手の人たちが完全な与党お抱え評論家、太鼓持ちであることを皆が知ってしまった。

 特に自民党の場合青年局長先頭に公然と「石破退陣!」を迫った。

 多くの二世議員・地方の県連など、古い体質の自民党の内部で「何故今回惨敗したか?」を分析反省もせず、首相に責任を取らせ一新を図ろうという勢いだけで大手メディアの報道を頼りに行動を起こした。

 しかし国民は「何も判っていない集団、旧派閥のご老体陣の操り人形」を即座に見抜き、反対運動がSNS+街頭デモで急激に起こり拡散した。

 自民党青年局で先頭に立った中曽根氏などはあっと言う間に過去の醜聞を上げられ、SNSで炎上!鎮火した。


 一方でSNSに寄って集まった大勢が首相官邸付近で「石破辞めるな!」デモを行い、SNSで全国に広がった。かってどんな首相にも起きなかった面白い現象。


心あるコメンテーターもこれらSNSでの国民感情を代弁していた。

筆者思うに、この段階での国民の平均的な思いはこれじゃないだろうかと・・・。

 
 これらの動きのなかで、最近のいろいろな記者会見の様子をYoutubeで視ていくと、面白い事が判って来た。毎日新聞、東京新聞といった既存の大手メスメディアの記者があちこちで出禁(参加禁止・入場禁止・呼ばれない)になっているというのだ。

 理由を調べてみたら、

① 一人1問の原則ルールを守らない。 他のメディアが質問中に割り込む。

② 事前の参加登録(予約)を入れていないで強引に入ろうとする。 

③ 説明・返答の一部を抜き出し編集し、本来の意味ではないメディアの偏った報道に活用している。

 この様子が生の映像で音声と共にSNSを通じて全国に広がっているのだ。

 大手マスメディアが活字や抜粋編集した映像・音声で「事実を曲げ」メディアの意図的な方向へ持って行っている事があまりに多いという事が判って来た。

 いままでも、そういうことはあり得るだろうな?と思っていたのが現実にYoutubeなどの動画で判ってしまったのが今回の参院選前後の「情報世界」の動きなのではないだろうか?

 具体例をいくつかご紹介、Youtubeだから「劇的な口調」での説明もあるが、内容を視ていくと既存の主要メディアでは一切報じない「国や政府、さらにはスポンサーへの忖度の無い事実」「切り取りの無いやり取り」が映像などで判るので驚く次第。 

https://www.youtube.com/watch?v=is-t3Yf348Q 参政党女性議員、東京新聞記者噓指摘(=3分17秒あたりから)

https://www.youtube.com/watch?v=1a0z98zXTrM 国民民主の榛葉幹事長のメディア対応

https://www.youtube.com/watch?v=MCdKsAA07yU 参政党神谷代表、神奈川新聞を糾弾

https://www.youtube.com/watch?v=LZEXAUrjtKQ 石丸氏、東京新聞の記者を諫める

これを観る限り、こういった態度での取材方法で記事が出来ているのであれば、既存大手のメディア社の意向に沿って切り貼りされた政治家の「記者会見発言記事」が怪しいと思わざるを得なくなる。 

 こういうYoutube映像が手に持ったスマホの画面で個人レベルで「常時」閲覧できるという事・・・が、旧大手既存メディア と SNS (=Youtube、その他スマホ経由のネットメディア)の信頼度逆転=入れ替えをものすごい勢いで生み出していると思う次第。