2022年3月12日土曜日

団塊世代は失われた肥薩線に関して考え、写真集を編纂中。 The baby boomer generation is thinking about the lost Hisatsu Line and is compiling a photo book.

  二年前2020年7月4日の球磨川流域豪雨災害で鉄橋2本が流出し、復旧の目途が全く立っていないJR肥薩線に関して、物理的な面、JR九州としての経営面、経済面から考えてみた。勿論観光面からも考えてみたいが、表面的な観光資源・情緒論だけでは復旧など出来る訳はないのでそれが前面に出る事は無いと思っている。

 こういった物理面・経営経済面をベースにかっての肥薩線のミニ写真集を編纂中だ。

かって肥薩線を爆走したSL。ハチロクが再びこうした雄姿を見せることは難しい。
1962年中学生時代に八代駅で撮影したハチロク。SL人吉号けん引の同型。

 2010年から2020年にかけて幾度も人吉市・八代市に通いヤマセミの生態観察・撮影を続けてきたが、球磨川に沿って人吉―八代間を幾度も往復する都度、肥薩線に遭遇し撮影を重ねて来た。1962年八代市に住んでいた頃の画像含めて、単なる鉄道写真撮影愛好者とは違う面白いものが出来るような気がする。

 此処で2020年の豪雨災害前の肥薩線、それも川線と呼ばれる球磨川の峡谷部に沿って走る八代ー人吉間の状況をおさらいしておきたい。

 かって、芦北・田ノ浦・水俣など不知火海に沿って走る旧・鹿児島本線が出来る前は八代から人吉を経由して、吉松~隼人へ出る肥薩線が南九州の大動脈「鹿児島本線(明治42年=1909年)」だった。

大正時代の南九州の鉄道路線図 神田の古本屋で購入した古地図より

 それが昭和2年(=1927年)水俣~出水経由の海周り路線が全通し、そちらが鹿児島本線、人吉経由が「肥薩線」に成ったのだ。

 この辺りは、2017年JR九州が肥薩線に特急列車「かわせみやませみ号」を運行させた際、記念にと筆者が私費を投じてミニ写真集を7000部発行し無料配布、その中に詳しく触れている。

210mm✕210mmのミニ写真集。7000部発行無償提供

野鳥のヤマセミ・カワセミがメインの写真集だが、肥薩線に関しても・・。

 この時は、まだ3年後に球磨川流域が豪雨災害を受け肥薩線が壊滅的打撃を受けるなど、想像だにしていない。観光客取り込みを目論んだ特急列車「かわせみやませみ号」による利用客向上に期待をかけていたのでボランティア参加したようなもの。

 しかし、JR九州の営業データを視ると、災害前にあっても九州管内でも最悪の利用率であり、観光客を除いた地元住民の利用度は1日数十名程度ではないだろうかと思われる。どうやってこれを打開すべきか考えている最中の豪雨災害だ。筆者は思う、今のままでは鉄道としての肥薩線は無くなり使命を終えるだろう・・・と。

洪水の僅か2か月前の新聞記事だ。

更に詳しく赤字で困っている路線のトップに肥薩線がある事を報じている。

 この辺りの分析は、筆者も2年前の豪雨災害直後にこのブログでシリーズ投稿した。