2015年3月23日月曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #101.」 ヴァン ヂャケットの社内エピソード、一社員から観た石津謙介社長.その2.」

 VAN99Hallでのパフォーマンスに関しては昨日のブログ通りだった。繰り返すが、大勢の社外の人々の前の石津謙介社長と、我々社員の前での石津社長は随分イメージが違っていた。社内ではアパレル・トップ企業の創始者にして社長。外では個人としてファッションを中心とした文化風俗のプロデューサー、ファッションデザイナーとしての存在。これらを見事に使い分けていた。

 石津社長のこの文化風俗のプロデューサーとしての活動の一環に、フジテレビが1960年代に放送していた「勝ち抜きエレキ合戦」と言う視聴者参加型バンド・コンテストの審査員が在った。勿論筆者はまだ高校生。テレビでその審査の様子を見るだけだったし、もちろんまだその頃はこの石津社長の部下に成るなどとは夢にも思って居なかった。
勝ち抜きエレキ合戦 Google画像

  主にバンドメンバーのステージ衣装(=もちろん当時はビートルズやベンチャーズもネクタイをしてステージに立つのが普通だった。)の批評でポイントを与えていたような記憶がある。

初期のローリングストーンズ Google画像

 シャドウズもアニマルズもあの不良の塊と言われたローリングストーンズですらネクタイ姿でステージに立った時代なのだ。当時のレコードジャケットを視ると良く判る。
数少ないストーンズのLPジャケット・コレクション
 
 石津社長はヴァン ヂャケットの社長と云う肩書きではなくファッションデザイナーとしての肩書きで審査員席に座り、出場バンドの衣装・ファッションについて詳しく吟味していた記憶がある。
 そういった著名文化人としての石津社長だったが、社内では勿論尊敬と畏敬の念で全社員から慕われていた。此処に面白い話がある。

 この話は特別の展示会や社内訓示のケースではない。ごくごく普通のある平日の昼休みの話だという。勿論人から聴いた有名な話だ。場所は別館356の営業フロア、時間は昼休みが始まって15分ほど経った頃だという。男子社員は昼休みに限らず常日頃から担当上司に「デスクに等座っている暇があったら、自分が担当の得意先・売り場に行くなり外回りをしろ!」と言われているので朝から社内には居ない。昼休みに等居る訳も無い。したがって残っているのは女子社員ばかりという状況になる。昼休みに入って15分経った頃といえばお弁当を食べている真っ最中だろう。

 突然デスクの電話が鳴った!皆弁当を頬張っているから直ぐには出られない。勿論先輩社員、年配のお局様(ヴァン ヂャケットに居たかどうかは知らないが)は絶対に受話器を取らない。どの会社でも同じだろうがベテラン女子社員はそこそこの男子社員など蹴飛ばすほどの肝が据わっている。時々掛かってくる勧誘の電話や悪戯の電話に対する対応等マニュアル以上の経験を積んでいた。普通は当然新米が取るのだが、この日に限って鳴った電話の傍には年季の入ったベテラン女子社員しか居なかった。
75年当時はプッシュホン時代に入っていた。

 年季の入った女子社員はおもむろに受話器を取った。もう受話器を耳に当てるか否か、周りの者たちに聴こえるような大声が受話器の中から響いたという。「何をやっているんだ!どうして早く出ない?」。電話の着信音を何度も聞かされてイラついたのだろう、あるいは相当急いでいたのだろう、大きな声で怒鳴ったのだ。受話器を思わず耳から離したベテラン女子、一瞬にしてこの相手を良くあるクレームかいちゃもん付けの電話だと判断をした。ナメラレテはいけないと思ったのだろう深呼吸して声を落としてこう言ったらしい。「アンタ誰ぇ?昼休みに何ぃ?」
「俺だ!」「俺じゃ判んないわよ、何処の誰ぇ?」「この会社で俺と言うのは俺しか居ない!」「馬鹿言ってんじゃないわよ、俺なんて苗字、聴いたこと無いわよ?ふざけないでよね、こちらは忙しいんだから。」・・・と言ってガチャンと受話器を置き電話を切ってしまったのだ。

 電話を切ってものの2秒も経たずにまた掛かってきた。その怒鳴り声を聞いた同じ女子社員「アンタもしつこいわねー、警察呼ぶわよ?」と言って再び電話を切ってしまった。もうそれっきり電話は鳴らなかったと言う。誰もが「さすが姉御!」と頷きあってその場は終わった。

 と、10分ほどして突然階段を石津社長が営業部門の広いフロアに駆け上がって来てこう言った。「誰だっ!さっき電話に出た奴は?」これを目撃していた者はその場をこう表現した。カラー画像がいきなりドキュメンタリーのモノクロ画像になった・・そうだ。
 弁当を頬張ったまま女子社員全員が直立不動になったのは当然の事だった。「しつこいわねぇ」と言って電話を切ってしまった当の本人は完全にクビを覚悟したそうだ。 

 最長老の女子社員が口を開いた。「社長!あんまりです。私達は相手が誰だか確認するまで対応をしないように教育されています。お得意様は昼休みには絶対電話を掛けてきません。皆様我が社の内情を良くご存知ですし、ご自分達もランチタイムだから。今まで昼休みに掛かってきた電話は殆どがいたずら電話もしくは嫌がらせ電話ですので、それなりの対応をしました。社長であるならば仰ってくださらないと・・。」
 社長の顔は怒っていなかったという。そうしておもむろに女子社員の顔を見てこう言ったそうだ。「君達ね、お箸を置きなさい」立ったまま全員箸を置くのすら忘れていたらしい。そうして続けてこう言ったという。「俺が悪かった!」もうその瞬間、当の女子社員は泣き崩れたとの事だ。

 3丁目交差点のVAN本館から怒りに燃えて青山通りを物凄い勢いで歩いたのだろう。で、別館356に着くまでに頭が冷えたのか、怒りが収まったのか、対応策が決まったのだろう。最年長の女子社員の説明に納得したのだろう。その後社長はその場に居た女子社員全員を別の日ランチに招待したらしい。

 これは当時、事件の数日後に別館356営業部で耳にした話だが、最近よく言われる尾ひれの付いたヴァン ヂャケット社内の都市伝説かもしれない。しかし内容の大小は別にして本当にあった話だという。

2015年3月22日日曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #100」 ヴァン ヂャケットの社内エピソード、一社員から観た石津謙介社長.その1.」

おかげさまで、このブログ「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」も今回で100回目を迎えた。日頃ご覧頂いている全ての方々に感謝したい。つい2日前、アナログ印刷物、つまり「本」で読みたいと熱心にリクエストを下さった全国の方々と、友人やクラスメートに学生時代編を本にして贈った。

オンデマンド印刷で印刷した初版の部数30部足らずはアットいう間に無くなってしまったが、このブログが収録されているYAMASEMI WEBの特別コーナーにまとめて掲載し、今後ネット上で続けて読めるようにしてみたいと思っている。乞うご期待だ。
先日完成した「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」学生時代編

さてさて、100回記念のネタは勿論我が恩師、我が社長・石津謙介氏その人だ。ヴァン ヂャケット自体、会社の存在・商売にきちんとした理念のある会社だったからこそ社長が恩人だったのだ。 

その後長く勤めた広告代理店の博報堂等は会社こそ有名で大きかったが、その存在や商売の意義に「理念」など微塵も感じられなかったし、会社自体や社内の人々から学ぶものは何も無かったと言って良い。
むしろ博報堂に25年間所属する事で集まった、2万3千枚に及ぶ名刺の束が示すとおり、知り合った社外の方々から得たものが非常に大きかった。このあたりの話はまだまだ先になる。

 世の中には一体、どれだけ石津社長に関する文献、WEBサイトがあるだろうか?勿論元ヴァン ヂャケット中枢部に居た方々が主宰するWEBサイトが一番石津社長に関する紹介・エピソードは詳しいに決まっているし、どれもが生々しい事実。貴重な文化資料だと思う。この私も相当参考にさせて頂いて居るし、何度も観返させて頂いている。勿論VAN関係のURL群のトップにブックマークさせて頂いている。
石津謙介大百科のサイト= http://www.ishizu.jp/ 

話術も素晴らしいが、身振り手振り、ジェスチャーは外人と同じだった。

しかし、筆者の場合は外部から社員としてヴァン ヂャケットに入れて頂いた身であり、同志ではなく部下という立場で、ある程度社内リアルタイムで距離を置いて石津謙介社長を見てきただけに、中枢部に居た方々、あるいはヴァン ヂャケット倒産後、石津社長をぴったりマークしたジャーナリストとは少し違うイメージ、印象があるかもしれない。ただそれは、富士山を甲府方面富士宮市から見るか、静岡県側・例えば三保の松原越しに見るかの違いと同じで、富士山は富士山、石津社長は石津社長に変わりは無いと思う。

入社前の会社訪問でいきなり我々の目の前に現れたと言うサプライズ話は、学生時代編の最終回の話として既に既報の通り。
※「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #77.」 青山ヴァン・ヂャケットの会社訪問、いきなり石津謙介社長が出てきた。

 ヴァン ヂャケットに勤め始めて判った事なのだが、石津社長はこのサプライズが大変好きで、しかも得意だった様だ。幾人かの先輩・同期の社員に訊いても、良く同じような内容の話を聞かされた事でもこれを裏付けている。
 1対1、あるいは数人で石津社長に相対している時はあまりそういうイメージを感じはしない。しかし、一旦大勢を相手にマイクを握ったり、訓示を言い渡す際はもう饒舌でハイテンションに成ることが多かった、と言うより必ずそういう状態になったものだ。冗談でよく言う「別人28号」に変身するって訳だ。
自分の出番が来るまで、まずその日の聴衆の様子をジーッと観察するのが常だった。

 例えば、ある時356別館つまり営業本部で社員をフロアに集めて訓示があった。其処で石津社長の第一声はこうだった、「君達、本館の1階入口からエレベーターのある二階まで階段は何段あるか知っているか?」だった。勿論人事課の人間だってそんな事知らないし、知る必要もまったく無いのだ。誰も知らないという事を判っているからこそ、そういう事を唐突に発言して度肝を抜こうと言う「演出」なのだろう。

 慣れたベテラン社員は「今回社長は何を言って驚かすだろう?」と楽しみにしているような気配すら感じた。まあ、一種のお約束みたいなものなのだろうが、入社間もない社員にとっては「凄い!人の心を掴むコツを教わった!」と感激してしまうのだった。

 似たような場面に何度も遭遇しているが、お得意様を集めた内見展示会のショウのさなかにこういう場面に遭遇した時には、思わず詳細に記録したく成る程だった。

 時は次年度の春夏商品内見展示会、場所は青山通りに面したVAN99Hallのステージだった。
 現場が好きな筆者は宣伝2課の手伝いをして狭いコントロールルームで照明を担当していた。横には宣伝2課の吉田大吾郎君が居て音響や進行を行っていたと思う。

 ステージ上では宣伝部の神吉(かんき)部長がマイクを握って次々に着替えて出てくる男性モデル、それも雑誌メンズクラ誌上で誰もが知っている人気モデルの戸田さん等を紹介しつつ、着ている次のシーズンの主力商品の説明を行っていた。

 この神吉ヘッド(宣伝部長)は元々テレビ朝日に居た方で、石津社長に請われて1965年頃ヴァン ヂャケットに入った方だと聞いていた。したがってこの手の司会や進行はお手の物だったろうと思う。

 いわゆる詳しい商品説明付きのファッションショウだ。幾つかの商品モデルを紹介している時だった。いきなり99ホールの最後列でこれを見ていた石津謙介社長が吼えた!「違うぞ、それ!」
 客席最後列から、お得意の鼻を右手の親指と人差し指でつまみ・しごきながら、左手でステージ上のモデルさんを指差しながらこう続けるのだった。「神吉!お前違うぞ、何度言ったら判るんだ?〇〇と××の出荷は同時じゃ駄目なんだ、グループのコンセプトが全然違うんだから、まだ判っていないんだなぁー。どうして現場の苦労を解らないんだろうか。」とか言いながら、自らステージ上のモデル6名を2つのグループに分けるのだ。

 「それ違うぞ!」と言いながらも決して怒鳴っているのではなく、理由を繰り返し一生懸命神吉ヘッドに説明しながら、結局は客席のお客様たちに判る様に解説をしている感じだった。
マイクを持つと非常に能弁になる。聴衆の心をつかむ事に関しても天才的だった。

 各百貨店のバイヤーさんや主要店の店長さんは、もう食い入るように、唾も飲み込まず、瞬きもせずこれを眺めている。お客様皆様の面前でヴァン ヂャケット宣伝部長の神吉ヘッドが、石津謙介社長にコテンパンに叱られる訳だ。もうこれは相当なインパクトがあるだろう。

 その時ステージ上に立っているモデルさんが着用している商品群を忘れるお客さんは一人としていないと思う。いわばメディアでも有名な名物社長が最前線で商品のコンセプトについて細かい指示をしている場面に遭遇する訳だもの。

 しかし、VAN99Hall中二階のコントロールルームで、宣伝2課の吉田君は一言呟いた。「アーアまた、始まった、始まっちゃったよ。」

VAN99Hallで石津謙介社長が使用したSHUREの高性能マイク・名機SM58

 どうやら、これは全て「お芝居」だった様なのだ。全て最初から仕組まれた筋書き通りの展開らしいのだ。予行演習・リハーサルがあったのか無かったのか未だに不明だが、永年ヴァン ヂャケットを引っ張ってきた石津社長と神吉宣伝部長の阿吽の呼吸で進む、一大パフォーマンスだった様に、当時はとても思わなかったが、今になって「成る程そういう事なのか」と思う次第だ。まじめな筆者には想像も付かない演出だった。


2015年3月21日土曜日

ハヤブサの行動範囲は意外に狭かった!The field of activities of the falcon was unexpectedly small !

 ハヤブサの行動を偶然2時間に渡り観察する機会があった。はっきり確認できないのだが、どうやらつがいで居る様だ。営巣ポイントを中心にあまり動かないのと、カラスやトビが近寄るたびにスクランブル発進している為、そのように判断した。勿論違うかもしれない。

 場所的には結構開けたところで、非常に浅い湖沼地帯に接している。野鳥類も多いので採餌には便利な場所だと思われる。セグロカモメ、オオセグロカモメと思われる海鳥も頻繁に飛来する上、カモ類も多数越冬するエリアだ。

 2時間の間に二度ほど採餌に飛び回り、一度は野鳥を、もう一度は遠すぎて何が餌だったのか不明だが自分で食したと思われた。

喉の辺りが真っ白、採餌直後と見えて素嚢が膨らんだオスのようだった。

カラスやトビが付近に近づくと物凄いスピードで追い回していた。

採餌時の飛翔と異なり、小回りが利くので驚いた。

やはり胸は白く、横縞も細かいのでオスのような気がする。



空中でブレーキを掛けた瞬間はやはり高速飛翔時とは異なった姿になる。

少し離れた場所に留まりトビの様子を伺っていた。

採餌のエリアは営巣ポイントから半径400m程の円を描いたエリアのように見受けられた。

干潟に降りてなにやら採餌していた。3分ほど留まっていた。

飛び立つ時に何も持っていないので、その場で食したものと思われる。

本来週末なので「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」をアップしたかったが、完成した本の発送その他の都合により明日掲載させていただく。

2015年3月20日金曜日

ヤマセミ30分間に二度の交尾!しかもオス同士闘いのさなか。 Crested kingfisher performed two times of copulation for 30 minutes at Kuma-river!

 先週から今週にかけて4回に渡り球磨川本流でのヤマセミ・オスの闘いの模様をお伝えしたが、今日の画像はその合間に行われた交尾の模様。過去5~6回の交尾の模様を撮影出来ているが、争いの合間と言うのはまったく初めての事だった。

 なおかつ2度の交尾の間隔が30分間無いというのも初めてだった。興奮状態のさなか良くそういう行動が出来るものだと感心すると同時に呆れてしまった。撮影しているこちらは盆と正月が同時に来たような感じで感動ものだったが、ヤマセミにとってはごく普通の事なのかもしれない。

 他の野鳥に比べて興奮しがちなヤマセミではある事は今までの観察でよく判っていたが、1時間以上に渡るオス同士の争い、更にはそのさなかの求愛給餌~交尾への連続パフォーマンスはヤマセミ生態研究者にとってはこれ以上の経験は無かった。
2015年02月24日・0907からの連続画像抜粋・トリミング

球磨川右岸から左岸近くの岩の上での交尾撮影、距離140m



交尾継続時間25秒。尾羽の交差状況、メスの瞬膜閉じの状況から交尾は成功の模様。

この後再びもう1羽のオスとの壮絶なバトルに入っていく精力絶倫のオス。

2015年02月24日・0935求愛給餌の場面。左のメスがオスの隣に移動、求愛給餌。

直後2015年02月24日・0936からの二回目交尾。


この回も尾羽の交差状況から交尾は成功。

2回目の交尾継続時間15秒程度

再び1~2分のインターバルを置いてオス同士のバトルが続いた。なんというエネルギーなのだろう?他の野鳥でこのような場面には一度も遭遇した事がなかった。続編のヤマセミ生態写真集に掲載を予定している。


2015年3月19日木曜日

ヤマセミも時には大失敗をするらしい!  The Crested kingfisher seems to sometimes make a blunder, too !

 一般的に警戒心が非常に強いと言われているヤマセミが、実は興奮しやすい野鳥で興奮状態になると何をしでかすか判らない事は、昨日までの繁殖期の闘いを観て頂いて良くお解りになったことだろう。ヤマセミの生態に関してはたった5年間の観察だが、非常に中味の濃い観察なので、普通の野鳥観察よりはずーっと詳しくその生態に関して観察できていると思っている。もう面白くてたまらないのが最近の心境だ。

 今日ご紹介の画像は川辺川でヤマセミが大きな鮎を採餌したのは良かったが、その咥えどころをミスった為に、運搬中暴れられて取り落とすと言う大失態を演じたシーンをご紹介する。いわゆる「逃がした魚は大きかった!」のヤマセミ版だ。実は前にも掲載したが、再度観たいというリクエストが5通も溜まったのでご要望にお答えするもの。

川辺川特有の大型の鮎をゲットしたヤマセミのオス!25cmは在ろうか?

尻尾の方を咥えてしまった為、対岸の岩に一旦落ち着いて咥えなおそうと思ったのだろう。鮎が如何に大きいか、この画像で良くお解りだろうと思う。

しかし、暴れる鮎は咥えなおせなかったようで、そのまま川上へ飛んでしまった。

このコースは獲物を運ぶ途中トビに追われて、ヤマセミがせっかくの餌を放棄したシーンを撮影したいわく付きの場所だけに、同じヤマセミであれば苦い経験件が頭をよぎったのかもしれない。

まさにこの画像!暴れる鮎がヤマセミの口からこぼれ落ちた瞬間だ。ヤマセミも耐えられなかったのだろう、「チクショー!」と叫んでいるようだ。

左に飛び行くヤマセミ、右に水中に落ちた大型の鮎、印象的な画像だが説明がなければ何の画像だかまずお解りにはなるまい。

強く咥えられたのだろうか?水中に戻った鮎はいつまでも暴れていた。

 

2015年3月18日水曜日

驚異的なヤマセミ繁殖期の戦い!その4. 「水中でもガチンコ!」 Fight of marvelous crested kingfisher breeding period. Part4.

 いよいよ、ヤマセミの闘いは佳境に入り、第1ラウンドの勝敗がつく事になる。この第1ラウンドだけでも筆者が車を止めてカメラを出し、撮影始めてから25分間の争いだから半端ではない。筆者が通りかかる前の事は判らないがどのくらい前から争っていたのだろう?下手をすると一日中このような感じかも知れない。

 3年前、川辺川で似たような争いに初めて遭遇し、2年前に自費出版した「川辺川・球磨川流域の山翡翠」に掲載した似たようなケースでは、今回ほど徹底的な長さではなかったが、散発的に終日追いつ追われつを行っていた。その時はつがい同士だったので今回とはケースが違う。

 今回は明らかにつがいに対して独り者のオスが強引に横車を押したケースだと視た。それが証拠に闘いの合間に独り者に見せ付けるように2度も目の前で交尾を行っているのだから・・・。

 とりあえず交尾関係の画像はは明日以降にするとして、今日は第1ラウンド最後の戦いぶりをアップしたい。野鳥ヤマセミの生態記録としては、未だかって此処までしつこく撮影した例は無いと思われる。生態写真集の続編に必ず載せようと思っている。

昨日の最後の場面の続き、深く咥えあったくちばしを離さず

お互いそのまま川の中へ水没!

驚いた事に咥えあったまま上昇してきた。

空中に抜け切った段階でもまだ咥えあったままだ。

さすがに一旦離れたが・・・。

また直ぐに向かい合って激しく鳴きながら、空中で円を描くように回転し始めた。

反時計回りに回りながら再び噛み合う姿勢。

お互い疲れてきたのか噛み合うと直ぐに水中に落ち始めた。

ついに片方が揚力を失い始めて落下する。

それでもまたまた上空へ上がろうとするが、上になった方がそれ以上上がらせなかった。

結局最後に水中に落ちた方はなかなか上がれず、暫く水中に居るしかなかった。一方勝った方は2度ほど上空を回り、勝ち誇るように鳴きながらこちらへ飛んできて、舫ってある古い川舟に留まった。

最後は「どう?視てた?」と言わんばかりにジーッと暫くこちらを見上げながら、一瞬笑ったようにも見えたのは気のせいか?カワセミやヤマセミがアクションを起こす際に行うシャックリのような動作も出ないほど疲れ切っている様だった。負けたほうは川の中の鰻塚に留まって動かなかった。


2015年3月17日火曜日

地球生き物大図鑑「オーストリアに舞う鳥ヤツガシラ」の再放送から・・。

 BS11で昨年10月27日に放映された「地球生き物大図鑑「オーストリアに舞う鳥ヤツガシラ」が昨日再放送された。そろそろ日本中のあちこちでこの冠羽の派手な野鳥を視られるだろう。時期的に再放送としては最適な時を選んだ放送局に「いいね!」を上げたい。多分TV局の担当者に野鳥ファンが居ると視たが違うか?改めて観てみて色々考えた。

 このヤツガシラ、2年前の春先に熊本県内で初めて生を視ることが出来た。いろいろ調べたら恐れ多くも東京の皇居の中、吹き上げ御苑にも飛来したという。昭和天皇陛下がこれを発見されて皇后陛下に「珍しい!ヤツガシラだよ」と説明されたところ、皇后陛下が何を勘違いされたか「それは良うございました、晩のおかずが出来ましたね?」と返されて天皇陛下が固まったという事だ。芋の一種のヤツガシラと勘違いされたと言う。何処まで本当の話しか判らないが、まったくの作り話ではないと思われる。

 10月の放送の時にも思ったが、日本国内と海外では野鳥に関する接近常識が相当違うようだ。 傍若無人な野鳥撮影ファン、アマチュアカメラマンの腕自慢、撮影自慢の材料にされる野鳥は可哀相だしたまったものではない。マナー、ルールの徹底は当然の事だと思う。

 しかし「とにかく野鳥の繁殖期の巣の撮影、子育ての撮影は何が何でもけしからん!それは悪だ!ヤメロヤメロ!」という記録・生態観察資料としての撮影・撮った写真画像まで非難し、声高に悪者扱いする野鳥関係者はこういう番組をどういう感じで見ているのだろう?不思議でしょうがない。

 特にこの「地球生き物大図鑑」は贔屓の番組なので毎回録画している。特に今回は筆者が特に気合を入れて生態観察しているヤマセミと同じく、崖に穴を掘り繁殖する「ハチクイ」の穴掘り場面も出てくる。これを見て、昨年同じようにヤマセミの穴掘り場面をこのブログに載せた途端「ヤメロヤメロ、けしからん」の猛攻撃を受けた件を思い出してしまった。

 野鳥ファン、野鳥撮影者、のやきもち焼き、妬み癖、自慢癖、排他的な地元意識、負けず嫌いは最近眼に余るものを感じている。今回のこの番組を見て人間と野鳥の付き合い方本来のあるべき姿を再確認させられた。
NHKの「ダーウィンが来た!」同様いつも録画するお気に入りの番組だ。

日本では旅鳥として通過するだけのようだが、北海道かどこかで繁殖していないだろうか?



巣箱に入ってきたムクドリを突いて追い出すヤツガシラにも驚かされた。

初めて交尾の模様を観る事が出来た。番組制作者に感謝したい。

CCDカメラの発達のおかげだろう。ストレスを与えない観察方法だ。我が家でも巣箱を外から常時出入りを観察できるようCCDカメラを設置してパソコンでウォッチしようと思う。

やはり蛇が天敵なのはヤマセミとまったく同じだった。

昨シーズン人吉で崖の巣穴に入っていく青大将の撮影を想い出してしまった。まったく同じ!

巣箱は此処まで大きいのか?我が家のシジュウカラ(現在繁殖中)と比べても相当大きい。

飛翔の特徴を解説していた。これは非常に興味深かった。

蝶々のように飛ぶ・・・とは2年前このブログで自分が書いた通りだったので驚いてしまった。


テレビの画面を撮影したので非常に視難いが、見損なった方に是非その雰囲気だけでも味わっていただければと、あえてブログアップさせていただいた。全てBS11の番組からの抜粋。