2017年1月11日水曜日

ヤマセミファンに怒られそうな画像 その1. The picture which seems to get angry with a Crested kingfisher fan.

  350カット程候補画像をセレクトした後、200カットが選に漏れ、新しい写真集に掲載されない事に成ったが、最後の最後まで迷った画像が沢山ある。今日から少しづつ掲載に漏れた画像などをこのブログでアップしてみたい。

 基本的には深山の人気のないシークレットポイントで、寒い、あるいは暑い思いをしてブラインドに閉じ籠って蚊や毒虫と闘いながらヤマセミを待ち、可視範囲に入ったヤマセミを撮影するのが殆どの野鳥撮影ファンの皆さんの苦労だと思う。

 ブラインドから撮影した事は2度ほどあるが、余りというか自分の性格には全然合わない手法だと思った。ヤマセミと同じで落ち着きのない筆者には足で歩いて探して、数日通って警戒感を失くして普段の姿を手持ちで撮影したい。

 しかも事情通に出没ポイントを聴いて現場に行って撮るという効率の良い手法ではなく、ヤマセミの生態を研究して場所を予想して行き、遭遇する楽しみも取って置きたいと思うのだ。

 更には、そのエリアでは超珍しいが、居る所に行けばいつでも沢山いるという野鳥を追い掛けたりはしたく無い。エトピリカに出遭いたければ落石漁港からクルーズ船に乗るし、オオワシに出遭いたければ琵琶湖や中禅寺湖で追い掛けず根室に行くようにしている。ノゴマもしたり、ノビタキもしたりだ。

 ヤツガシラやタカサゴモズ等の旅鳥や迷鳥は勿論地元の事情通に訊いて会いに行くが、年に1度在るか無いかの珍しい事だ。

 そういう訳で、苦労されてヤマセミ撮影をされている方々には怒られてしまうような人吉市におけるヤマセミの生態画像をアップしよう。





こういう画像を見て頂ければ、何故人吉市がヤマセミを市の鳥に指定したか、更にはなんで今までそうで無かったのか?お判りに成ろうと思う。


2017年1月10日火曜日

新しい写真集制作作業は第2段階に入った! New photograph collection production work entered a second-stage!

 新しいヤマセミ写真集「人吉市の山翡翠」の編纂は一応山場を越えた。ここ3年間の5万カットの中からまず1200カットを選び、その後300カットまで絞り込んで、最終的に使用するカットは140カットに落ち着いた。

 筆者以外、地元人吉在住の方の画像を15カット程掲載させて頂いている。ページ構成は一応出来たが、コメント、キャプションはラフの段階で一旦アナログ、リアルの見本を視ながらでないと書けるモノではない。全てをデスクトップのパソコン大画面で出来ると思ったら大間違いだ。

 したがって、全頁を片面印刷しそれを製本して臨時の見本版を原寸で造る。この自作作業にまた手間がかかるのだ。

 片面印刷だから厚みは倍になる。これを世界でたった1冊、自分専用に製本するのだ。本来であれば万力が在れば良いが、木の棒2本と幅広のゴム輪で圧力をかけるはさみ棒を自作し2cmほどの見本を挟んで製本する。背に当たる厚みの部分に工芸用のこぎりやナイフで傷をつけ、其処に木工用ボンドをぬって傷付けた溝にボンドを浸透させ、全260枚の紙を圧着する訳だ。

 折しも今朝、熊本では地元の熊本日日新聞が人吉市のヤマセミを「市の鳥」に決めた事の記事が大きく出て、熊本在住の友人知人多数から記事の画像を添付したメールを頂いた。有り難い事だ。皆さん期待されていたようでとても嬉しい。なんとこの制作中の写真集の事まで書いて頂き、熊日の人吉総局長さま有難うございます。
行く度、お世話に成っている古江さんは2010年からの我が師匠だ。

全130ページほどだが、片面印刷なので見本は260枚の紙で造る事に成る。

ギザギザに傷付けた背中に木工ボンドを塗っては乾燥を繰り返す。




こうやって、在るべき場所に狙いの画面が在る事で、コピーを書けるのだ。


2017年1月9日月曜日

団塊世代の観たお江戸の正月風物詩! New Year's charming sights of Tokyo, reported by baby-boomer !

  今年の正月は新しいヤマセミ写真集編纂の為殆ど外出せず、日の入りの頃のジョギング程度だった。六日の金曜日にいつも通り明治神宮へ初詣に出かけた程度だから、三が日を含めて一番高価な買い物は明治神宮の御札(千円)という状況だ。

 終日、パソコンのデスクに座って、写真集に相応しいヤマセミの画像を過去の撮影フォルダーの中から見つけ出しトリミングするだけで1週間掛かってしまった。6年間に撮り貯めたヤマセミの画像総数は既に10万カットを超えている。

 フィルムの時代と違い、デジタル化されたカメラの連写機能により必然的に多くなってしまうのは仕方がないが、有効ショットは10カットに1枚と云った所だろうか。

 その作業の合間をぬって6日に明治神宮へ行ったには理由がある。大相撲の横綱3人による奉納土俵入り(手数入り=でずいり)を見物したかったからだ。
 毎年、夜のTVニュースで新春恒例行事として観てはいたが、生で観られるのであれば生きている間に一度は観ておきたいと思ったのだ。日本人として生まれて日本の伝統文化・伝統行事をどれだけ知っているか?どれだけ経験したか?よく考えてみると、なかなか思っても生で接したり経験していない事に気が付く。

 少し前から1月15日では無くなった成人式にしても、筆者が20歳の1月15日は明治大学校舎で行われた、旺文社の全国大学入試模擬試験を受けていた。大学に行くつもりもなく、2年間美術の専門学校に行っていたため、先輩に「大学だけは出ておけよ!」と言われ、慌てて受験の準備をした頃だ。

 そういう訳で、還暦を超えたこの歳になって初めて日本人らしく日本独自の文化・行事をこの目で視て、経験する努力を始めたという訳だ。入谷の朝顔市、浅草寺のほうずき市、羽子板市も生で観た!京都祇園祭もしっかりと視た!そうして今回は新年の奉納土俵入りなのだ。

鶴竜は控えめで真面目そうなところ(実態は知らぬが)が人気。


日馬富士はアジアの外人らしいエキゾチックさが人気。



白鵬は日本の伝統・神事を非常に尊敬しているので一番人気だった。

 4~5千人の観客の見守る中、堂々とした3横綱の土俵入り。普段本場所で毎日行う土俵入りと違い、横綱(しめ縄)には注連飾りが付いている。神事だからこその事だろう。日本の伝統行事の主役が3人ともモンゴル出身というのも時代の流れを感ずるが、良い意味で日本の国技(実は国として正式に認められてはいないが)相撲もインターナショナルに成ったという事だろう。

 外国勢が勝ってしまうからと、その都度ルールを改正して勝たせまいとする卑怯な西欧のノルディックスキーを筆頭とするスポーツ界などとは違い、日本のスポーツは正直で公平だと思う。

2017年1月8日日曜日

人吉市に別名ヤマセミ神社という神社が在る。There is a shrine as an another name crested kingfisher shrine in Hitoyoshi-shi.

  人吉市がヤマセミを市の鳥に指定する事になり、JR九州が熊本―人吉間に観光列車「かわせみ やませみ号」を走らせる事も決まっており、人吉市にとって今年平成29年は「人吉市アピール」の千載一遇の好機だろうと思う。

 此処にこぎ着けるまでには、地元の数多くの方々の努力が在った事を知っている。特に人吉市における野鳥観察・研究の草分け的存在、古江之人(ふるえゆきと)さんの早くからの努力は非常に重要だ。

 筆者がヤマセミとの縁は、2010年4月1日、球磨川河口の八代市からレンタカーで川沿いを遡り、途中一度も出遭えず、日没になって諦めかけた際、人吉市内国民宿舎のくまがわ荘前の架線上に居るのを観たのが最初の事だった。

 そうしてその翌日、球磨川本流左岸の土手で声を掛けて下さったのが、この古江さんだった。宿のフロントで貰った球磨川の野鳥観察マップを頼りに赤い繊月大橋のたもとでヤマセミを探していた時、まさにその野鳥観察マップを作って市内の宿・ホテルに配られたのが、この古江さんだった。

 こうして、八代市の珈琲店ミックのマスター出水さん、人吉の古江さん、このお二方に出遭わなかったら筆者はこれほどヤマセミの魅力に取りつかれることもなかっただろうと思う。

 この古江さんにご紹介いただいたのが、人吉市内で医院を開業されている辻正彦医師。この方は毎朝雨が降ろうが雪が降ろうが、決まってカメラを肩から掛けてウォーキングされ、ヤマセミの動向を観察されている。そうして携帯ショートメールを毎日送って下さる。そうして今年は7年目に入る。

 この辻先生に教わったのが、赤い繊月大橋に隠れるようにたたずむ由緒深い矢黒神社。何と平安時代から在り、本殿社屋は江戸時代のままだという。
 そうして、この矢黒神社の周りを時折りヤマセミが出入り(繁殖期の早朝のみ)しているという事で、近所の人々、ならびに東京から通いで観察そしている筆者などが、この矢黒神社をヤマセミ神社と呼んでお参りをしている。

 筆者なども人吉に着いたらまずここに参拝する。すると5分も経たないうちにヤマセミの声が聴こえるのだからご利益は物凄いものが在る。最近は着いた日と帰る日の二度お参りを欠かさない。

毎年10月28日が大祭。

正月にはなんと門松が立つ素晴らしい神社だ。

傍に行くとすぐに逃げ去ってしまい出遭えないが、こうして上のバイパスから見ると運が良ければヤマセミが留まっているのに遭遇する。勿論朝7時前の話。

此処からは全て辻医師の撮影された画像。此処のヤマセミ・ファミリーは毎日来る辻先生を完全に認識しているので、逃げないようだ。他の人間にはまず撮れないカット。一度神社境内でヤマセミ狙いだろうと思われるカメラマンが居たが、境内からはまず無理。警戒心が強いのは山奥のヤマセミと変わらない。

この時はヤマセミ自身が神社にお参りしているようだった。

境内で一休みのヤマセミ。全国でもヤマセミの来る神社は此処だけだろう。


 

2017年1月7日土曜日

団塊世代が時の流れを感ずる時想い出すボブ・ディラン!Baby -boomer remember Bob Dylan's song, "The Times They Are a-Changin' "

 最近、読売新聞の記事が面白い。今朝1月7日の朝刊に最近の小学生・保育園児の「大きくなったら何になりたい?」の答えアンケート集計が出ていた。
2017年1月7日読売新聞朝刊記事より

 我々団塊世代が小学生の時とあまりに違うその回答ランキングに、腰を抜かしそうになってしまった。昔は当然のように第一位は野球選手だったように思うが如何だろう?
 王、長嶋が出てきたのは筆者が小学校4年生の1958~9年頃だ。当時北九州の小倉市の小学校に居たため、あの巨人Vs西鉄の日本シリーズ大逆転の時、授業は臨時に取りやめ自習で、教室のラジオにかじりついて聴き大騒ぎをした世代だ。そう、ピッチャーの稲尾が神様と仏さまと肩を並べた頃だ。

 学者や博士になりたいと言ったのは、頭が良い子たちで、自分とはまるで関係なかった。筆者などはもうずいぶん長い事宇宙パイロットになって宇宙へ行きたいと思っていた。

 男の子のなりたい職業で、食べ物屋さん(5位)ペット屋さん・飼育係(10位)等と言うのに至ってはもう信じられない。パイロット(10位)より水泳選手(8位)の方が上位というのもオリンピックの影響だろう。1958年頃山中毅が全盛でオリンピック4個の銀メダルを取っているスーパースターはいたが、その選手に成ろうという小学生はあまり居なかったように思う。

 一方で、女の子が具体的な職業を上げているにも驚かされた。昔は第1位は絶対的に「お嫁さん」じゃなかったのか?まだスチュワーデスというのもそれほど身近ではなかったし、歌手やスターならまだ判るが、薬剤師、エレクトーンの先生だのデザイナーなどという職業をそんなに良く知っているのだろうか?親の影響が相当強いのかもしれないし、スマホその他情報端末を持つ子供が多くなった結果だろう。

 ダンスの先生などもメディアの情報、TVドラマの中の職業を知る事で、「カッコいい⇒成りたい!」で手を上げるのだろう。ずいぶんと時代が変わってしまった様だ。思わずボブ・ディランの「時代は変わる」を想い出してしまった。


 一方で同じ読売の5日の全30段(二面広告)に宝島社の広告が出ている。此処は毎年話題を狙った広告を打っているが、電通の提案で随分前から実施しているようだが、意外にSNS,ネット上で話題に成らない。今年の5日の広告もそうだ。

 時流に乗った大きな話題で「良い子」の企業アピールをしているつもりなのだろうが、残念ながらあまり効果は出ていない等に思うが如何だろう?以前、樹木希林が清流に仰向けになって流されていて、人間死ぬ時ぐらい好きにさせてよ・・・みたいなコピーだったと思うが、勝手に死なれて残された者たち、巻き添えを食って迷惑した者たちはどうでも良いのか?という反論が在ったのを覚えている。
Google フリー画像より

 今年の「真珠湾と広島原爆」をモチーフにして、第三者的なコピーを添えているが、自分の誕生日が12月8日だという事と、広島の原爆で両親が被爆し、壊れたDNAの遺伝のお陰で自分の左眼が先天性弱視であること、2か月に一度白血病の検査をしなくてはいけない影響があるので、少し言わせてもらう。
2017年1月5日の読売朝刊より

 電通が制作したのは判っているこの広告、「忘却は、罪である。」・・・て自社の事を棚に上げてそんなこと言っていいのだろうか?
 
 続くコピーも「人間は過ちを犯す、しかし学ぶことが出来る。電通の社内改革は、電通の宿題である。」に換えたらどうだろう?

 スポンサーである宝島社さんの意見広告というより、電通の反省広告に見えて仕方がなかった。ホノルルの街は攻撃せず、軍施設を攻撃した真珠湾奇襲と、無差別一般市民を殺戮した広島の原爆と同じに並べる事次第、電通の発案者が能無し・無知である事の証明なのではないだろうか?

 現場を知らない、リアルタイムで当時まだ生まれても居ない制作関係者はもう少し色々調べて、考えてから使うべきではないだろうか?あまりにも無神経で野次馬的な制作だとおもう。オバマ大統領と安倍首相が相互訪問したから、全て綺麗ごとで済むと思ったら大間違いだと思うが如何だろう。



2017年1月6日金曜日

やはりヤマセミは飛翔中の姿が素晴らしい! Still the Crested Kingfisher is flying in great!

 正直言って、最初にヤマセミの写真を見た時に思った事は、なんて頭でっかちで不細工な野鳥なのだろうということだった。
 しかもよちよち歩きで、人間の足に近い扁平な足で、この鳥の魅力にはまるとは当初思いもよらなかった。

 熱帯の極楽鳥の方がはるかに綺麗で魅力的だった。その後、オーストラリアなどでインコやオウムが街中を飛び回っているのを見て、日本でもこういう様な状況に成ると良いなと思った。

 熱帯の極彩色の野鳥ではないが、モノクロながらゴージャスなヤマセミが人口3万人以上いる盆地都市の街中を自由自在に飛び回っているのを知って、メーテルリンクの「青い鳥」を想い出した。
 灯台元暗し!じゃないが、素晴らしい環境が日本国内にも在ったのだ。

 野鳥撮影ファンは、野鳥情報を訊き出しカメラと三脚を持って目的地に行き、取りあえず居た、撮れた!で十分満足して戻るのが普通だろうと思う。
 しかし、昔からスポーツ撮影ばかり行ってきた筆者は、動いている時の人間の姿こそ躍動感が有って素晴らしい事を知っている。

 野鳥は更にその動きの上に翼が有って、其れを羽ばたかせる動きが加わる事で人間以上の動きの素晴らしさが出る事を知った。これを撮らないでどうする?これが野鳥撮影にはまった主な理由だ。

 そういう訳で今日の画像は飛翔姿のヤマセミ、第1弾!







いずれも、人吉市内での撮影。新ヤマセミ写真集に掲載予定だ。


2017年1月5日木曜日

朝霧の中のヤマセミ! A Crested kingfisher in a foggy morning.

 人吉盆地は本当に霧の多い街だ。其れも冬の時期は朝方まず霧の掛からない日は少ない。もう少し盆地の奥に行けばあさぎり町という、まさにその名のついた街すらあるほどだ。関東だと富士山の西側に朝霧高原というのがあるが、人吉盆地は決して高原ではない。盆地だ!

 霧が多い理由は少しは判ってきている。地下にある温泉脈による地中温度と球磨川の水温の関係だろうと思う。前にも解説したが、水と気体では比熱が違うのでどちらかが高かったり低かったりして温度差がある一定を超えると霧が発生する。

 一番簡単なのが露天風呂!露天風呂に入ってお湯を冷たい外気に当てれば湯気が立つ。原理はこれだ。風呂場に居て窓が閉めてあって温泉のお湯と風呂の室温が近ければ、それ程湯気は出ない。しかし冬場など窓を開けて冷たい外気を入れると気温はすぐに下がるが、あったかいお湯はほとんどそのままで冷めない。あっという間に湯気で何も見えなくなろう?比熱が大きいからだ。

 これと同じ現象が人吉盆地で自然に起こっていると視ている。地下に温水脈がある人吉盆地の温泉町付近は地熱が高い。球磨川・川辺川の水温も他の河川よりある程度は高いと思われる。其処に放射冷却だの寒気団だので冷たい空気が入ると温度差がひどくなり川霧に繋がるのだろうと思っている。

 此の朝霧が実はヤマセミの観察撮影の大敵なのだ。そんな中で撮影したヤマセミの画像をご紹介しよう。





高校生や小学生の通学が終わって、そろそろ陽が出ても良いよなー、の頃ですら人吉の中心部はこんな感じの日が多い。