2020年9月13日日曜日

緊急投稿!球磨川沿いの肥薩線の復旧を考える。その12.  Consider restoration of the Hisatsu Line along the Kuma River. Vol 12.

  8月31日、この球磨川沿いの肥薩線の復旧シリーズ#4で取り上げた四国高知県の四万十川。球磨川より多くの市町村(3市7町1村)を流れる割には・・・、なおかつ2つ以上のダムがある割には・・・、更には国交省の定める水質日本一のレベルには無いにもかかわらず、国内の河川においては抜群に強力な「清流・四万十川」のブランド力を持っていると。

 市町村など行政の枠を越えた「四万十川ブランド」の確立とそのマーケティング戦略でまとまっており、球磨川流域の商売よりはるかに勝っている・・というより球磨川流域の商売が下手だと述べた。 

 球磨川流域の市町村、自治体の方でこれに感情的にではなく詳しいデータと理由を示しつつ反論できるところがあるだろうか?

シリーズ#4=https://yamasemiweb.blogspot.com/2020/08/4consider-restoration-of-hisatsu-line.html

 この事実は1960年頃子供時代の八代市と、2010年以降ヤマセミ生態研究の人吉市周辺で球磨川の恩恵を得て数十年の筆者、もっと長く接しておられる八代市立太田郷小学校、八代二中の大先輩=珈琲店ミックの出水晃マスター、更にはより長くその恵みに接し続けてきている球磨川漁協の漁師の皆さんにとって喉に刺さった骨のような感じで昔からずーっと歯がゆかった事なのだ。

 球磨川河口エリアで真冬に収穫される「青海苔」は、ブランド品の瓶の中で粉々に成った「四万十川の青海苔」などより遥かにコクがあって香りが良く、美味しいとあの伝説のカヌイスト野田知佑氏も言っていたという。(出水 晃氏 談)

いつもミックのマスターから贈られてくる青海苔。今年は採れなかったそうだ。 

 筆者も豊作の年に一度神田の寿司屋にこれを持て行って試食させたら、そのおいしさ、味の濃さに腰を抜かしていた。

 もっとも、球磨川の青海苔は毎年採れるとは限らず、採れても地元での流通もおぼつかない量しかないので、実質的には戦略商品にはできない「幻の青海苔」なのだが。

写真集 「熊本県 八代 Digital Photographs of YATSUSHIRO」 
掲載 2004年 筆者撮影 八代市商政観光課 発行

 

 前置きが長いのは筆者の大きな欠点なのだが、要は言いたいことは「残念なことに球磨川流域の人々の殆どは球磨川の素晴らしさを全然知らない。理解できていない。」という事だ。

 JR九州が昭和30年代から走っていた八代市ー人吉市を結ぶ「準急くまがわ(※1)」の子孫の特急に、何故わざわざ長ったらしい「特急かわせみやませみ」の名前を付けたか、お判りだろうか?

※1.門司港発人吉行きの時代もあった。=http://www.uraken.net/rail/pastr/kiha58kumagawa.html

懐かしの鉄道車両&風景・・のサイトより拝借。鉄道ファン必見のサイト!

2005年頃筆者撮影(八代駅)

 JR九州がその長ったらしい「特急かわせみやませみ号」の命名を行った理由は、一つは八代市の「市の鳥」がカワセミであること。そうして運行開始の年に人吉市の第二「市の鳥」にヤマセミが制定される情報を得ていたからに他ならない。これほど入念な調査と下準備をするJR九州の苦労を、この二つの自治体は知っていただろうか?

 国鉄時代から特急には速く飛ぶ鳥の名が多かった。特急ツバメ、特急ハヤブサ、特急はくたか・・・。速いイメージが速い特急にダブって付けられたのだ。特急すずめ、特急ダルマインコ、特急チャボ・・なんてのは無いのだ。小さいがカワセミは超素早いし、ヤマセミも川に野鳥としては相当に速い。

 理由の二つ目は、この川に棲む名の通った野鳥二種を同時に目撃できる場所が、全国でこの新しい特急列車の走る球磨川沿線でしかない事を上げている。筆者も10年間に人吉の球磨川で10回ほど、八代エリアでたった1回だがこのカワセミとヤマセミの同居している場面を撮影できている。単に目視だけならその3倍はある。

https://yamasemiweb.blogspot.com/2017/01/you-can-see-crested-kingfisher-and.html

写真集 「清流川辺川と球磨川の山翡翠」 収録

ミニ写真集 「肥薩線に沿った球磨川流域のやませみとかわせみ」 収録

写真集 「人吉市の山翡翠」 収録

 全国的に稀有で貴重な自然を持つ球磨川流域で生きている人々に筆者はチコちゃんに代わって言いたい!「ボーッと生きてんじゃねーよ!」

 ただそこに在るから気が付かなかった、生まれた時からそれがあるからあまり気にしたことが無かった。これは非常に良く判る。あのハワイのダイアモンドヘッドを背景に並んで記念撮影するのは観光客だけ。ホノルルに生まれ住んでいる人同志はそういう事をしない。インスタ映えするから・・と赤いハイビスカスを顔の横に近づけて記念撮影はしない。

 それと一緒だ。在って当たり前、太陽が東から上るのと一緒。

 でも、人吉市の方々も、八代市の方々もこの球磨川で結ばれている事を今後の肥薩線復旧しいては観光活性化に有効利用できることに残念ながら全く気が付いていない。

 お互い峡谷で離れた遠い存在の川の上流と下流の違い、昔の相良藩と肥後藩の違い、周囲から孤立した文化観光・焼酎産業都市と新幹線の停まる県下一の重工業都市の違い、人口3万人と15万人の違い・・。住んでいる人たちはお互い「同じ球磨川で結ばれていて地図では近いのにお互いまったく縁がない所」だと思っているだろう。

 しかし、球磨川漁協の漁師さんたちをご覧?下流で採集した稚鮎を車の生簀に乗せて人吉エリアまで皆で運び放流しているのだ。大変手間のかかる事だ。堰やダムの魚道に工夫を重ね、長年球磨川伝統のアユ漁の基礎を上流と下流を行き来しながら支え続けている。この素晴らしさを球磨川上流・下流域の小中学校で子供たちに教えているだろうか?

 鮎に関して釣りから漁法から伝統的で幅白い実績を持つ漁協が存在し、更には鮎屋三代、鮎の塩焼き弁当、鮎寿司・・と鮎食材の弁当が豊富な肥薩線なのに、宿泊施設や飲食店で出す鮎料理の何と貧弱なバリエーション。工夫と努力が感じられないと思うのは筆者だけだろうか?

 これだけの食材や伝統漁法を生み出す鮎の宝庫・球磨川流域に、鮎の資料館はおろか鮎料理専門店もない現実。全国此処だけにしかない鮎に関する施設・ミュージアム、何故造ろうとしないのだろう?鮎は塩焼きだけで食べるモノではないのだ、此のあたりはまた別の機会にじっくりとご紹介。

 球磨川をただ景色を眺めたり、泳いだり、時たま釣りをしたりして、大雨・台風シーズンに緊張させられるだけの川だと思っていやしないだろうか?

 筆者は思った。この球磨川が結ぶ人吉市と八代市が「球磨川」を主人公にして双方が活性化する術を立案実行できる人はどっかにいないもんだろうか?アイディアレベルは筆者にも沢山ある。なんでんかんでん雨後の筍の様に林立し始めたクラウドファンディングに頼るのではなく、しっかりと根の張った予算獲得で少なくとも3~5年タームで実施できる活性化を今この球磨川流域の自治体は必要としているのではないだろうか?

 ほかに何か良い具体案でもあろうか?あるなら是非ともお聞きしたい。

 球磨川サミットでも、球磨川活性化委員会でも名前は何でも良いが、球磨川を基にした経済発展計画の立案と実施をぜひ進めて欲しいと思う。ただ地方メディアにありがちな、会や組織の立ち上げだけ「良い事をしている」と持ち上げ期待を込めてにぎにぎしく報道しても、後の結果・成果に関して何の報道もない、なしのつぶてのようなことにはなってほしくない。

 八代市は1960年頃と平成の大合併の頃を比べれば重工業の存在する市部の人口はほとんど変わらない。人吉市は徐々に減りつつある。お互い球磨川で結ばれている事をうまく利用して相互相乗効果を図ろうと思った事など無いのだろうが、このブログではそのアイディアのいくつかを出して行ってみたいと思っている。

 広告代理店勤務時代の地域活性化や観光活性化とは違い、両市の横丁や道路、ランドマークまですっかりこの団塊爺の頭に入っているので、提案なども相当具体的になるだろう。乞うご期待だ。


2020年9月12日土曜日

緊急投稿!球磨川沿いの肥薩線の復旧を考える。その11.  Consider restoration of the Hisatsu Line along the Kuma River. Vol 11.

  昨日のこのブログで熊日の朝刊記事から、九大の河川工学専門家の教授の述べる「ダムや堤防つくりだけで治水を考える時代ではない」と言う主張が素晴らしい・・・と投稿したら、真剣に今回の球磨川豪雨災害に関して考えておられる方々(専門家もいらっしゃる)から、いろいろご意見連絡を頂いた。感謝に耐えない。

 筆者は簡単な事から思うのだ。例えば、がけ崩れや地盤の緩い危険地帯を国交省は「土砂災害のおそれのある地区として「土砂災害警戒区域」や「土砂災害危険箇所」と指定している。普段から自分の家がこれらの土砂災害のおそれのある地区にあるかどうか、都道府県や国交省砂防部のホームページでチェックすべきと言う警鐘システムが完備している。現実的に昨年の千葉県の台風災害でも住宅のすぐそばで崖崩れが起きたが、その起きた場所は危険指定場所で、住宅のある場所は危険指定場所ではなかった。国交省は非常にきちんと専門的見地から現場をチェックしていたのだ。

 しかし、洪水の可能性があるエリアに関しては何故こういった「洪水警戒区域」あるいは「洪水災害危険地区」と言うような指定が無いのだろうか?筆者が知らないだけで実際にはあるのだろうか?しかしもし在るのであれば今回の人吉球磨の洪水被害地域と、そういった洪水危険地域指定区域の地図を重ねた報道が在ると思うが無いので、やはり無いのだろう。

 唯一、人吉市ハザードマップがあるが、これがきちんと徹底されていればマップ上で見る限り人吉市の中心部の洪水・水深予測が2~5mも在る場所もあり、今回の洪水も報道写真を見るとほぼその通りの状況に成っているので、ある程度は事前に準備し避けられることもあったのではないだろうか。

 特に建設業関係者には、ハザードマップで洪水時2~5mもの浸水が予測される場所に2階建て以上の垂直避難可能な建造物以外建ててはいけないなどの規約・条例はなかったのだろうか?建築依頼主ではなく建設責任者がこの手の危機回避を率先して行わねば洪水被害はなくなるまいと思う。

 本当に危機感を感じていたのであれば、事前にそれを前提とした上への避難可能な建て方や改築、あるいはハザードマップ通りの洪水が発生した場合の各自防災対策をしたと思うのだが、このあたりがどうしてそうしなかったのだろう?実際被害状況を見てみると何故だろう?と不思議でならない。

 国交省なり人吉市が「洪水ハザードマップ」を発表し、実際の洪水もほぼその通りの水位で浸水しているのに「被害甚大!降ってわいた災難」というのはイマイチしっくりこないのだが・・。

 ある意味、人吉市中心部を含めて洪水の危険が相当あると示しているハザードマップがどの程度まともに受け取られていたのか、詳しく検証する必要があるのではないだろうか?

 もう、人吉市民は球磨川が氾濫するのは止められない既成の事実として覚悟して住んでいるのだろうか?洪水被害を受けぬよう自助努力で別の場所に移り住む、垂直避難可能な建物にするなど何故行わなかったのだろうか?非常に気に成る所ではある。

人吉市災害避難地図(洪水ハザードマップ)参照。

 もし上記のようなハザードマップに加えて、そのような強い警告や指定がなされれば「土地の価格」が下がるとクレームが出るとでも言うのだろうか? 自分の土地の価格と自分の命、家族の命と一体どちらが大切なのだろう?

繰り返して引用掲載させていただく、熊日新聞9月10日朝刊より。

 特に、地球温暖化などと言う今や素人さんでも「そうなんだから仕方がない」と思っている最近の異常気象(一部はメディアが事実以上に煽っている節もある)が、今後もっと頻繁になおかつ大きくなる可能性が非常に高いという話も頂いた。

 特に今年の日本に南側、つまり太平洋側の海水温は異常に高く30℃を長い事保っている。これは近年なかったことで、日本のすぐ南側で熱低が幾つも台風に変るという可能性を示唆しているという。梅雨末期の豪雨も今後毎年日本中のどこかで必ず起きるだろうという予測もあり得るとの事。

 こうなれば、昭和時代に立てた治水・防災計画など今や何の役にも立たないという事に成る訳で、その実地・実証ケースが今回の球磨川豪雨災害として起きた訳だ。このような状況が今後も続くと考えれば、TVの避難呼びかけのアナウンスでも既に耳慣れた言葉に成ってしまった「過去に例がない、100年に一度の・・・」などと言っている訳にはいかない。「今やいつでも起こり得る・・・。」今後の起きる大災害の連続の始まりに過ぎないと思っていなければいけないのではないだろうか?

 その様な危機的現状の中で速く球磨川に関する専門家と県の治水検証・分析と今後への展望策を11月くらいまでに出すよう議会が動いているとの報道があった。

今日、9月12日の熊日新聞朝刊より。

 同時に球磨川の歴史を生涯かけて見守っている八代の出水 晃さん(我が恩人でもある)が、瀬戸石ダム撤去の要望書を球磨川関係の諸団体の頭として提出した記事も載っていた。 

 老舗珈琲店を経営しながらの出水 晃氏の精力的な社会活動には本当に頭が下がる思いだ。

 県が出す「今後の方針・施策」を万が一控えめに作成したりして、今後今回を越えるさらなる豪雨災害が起きれば、知事は元より専門家含めて関係者はもちろん責任を取らねばならないだろう。メディアでも個人名まで上げて叩かれることに成ろう。

 しかし地域住民からは、豪雨防災に関して自分たちの住む場所を安全な場所に移動する事を含めた具体案はとても出るとも思えない。

 もし流域住民の要望ばかりでまとめられた意見寄りの方法で事が進んだとして、さらに今年と同等、もしくはそれ以上の豪雨災害が起きた場合、流域住民は責任など取れる訳もなく、また流域住民から多くの犠牲者・被害が出るだけだろう。

 このあたり、流域住民への世論調査に向けた地元メディアの報道は非常に責任が重いと思う。単純に白か黒か、AかBかではなく、複合型の「住民もリスクを負った自己防衛行動を取り、国をはじめ県・市町村など自治体も『治水』という従来の考え方ではない自然の猛威を受け流しながら共存する・・。」方策を考えねばならないのではないだろうか?

 メディアの論調も公平性を保つことはもちろん、専門的なデータ、証拠を一般人でも判り易く箇条書きで、メリット、デメリットを報道していく必要があろう。更には責任のとれない憶測意見・判断などは、メディアとして言いっぱなしに出来ないはずだ。

 良くある話でメディアも意図しない方向へ世論を誘導してしまいかねないからだ。

 一般の人は地元新聞を含めメディアの報道する事はまず疑わない。テレビでお笑い系から即席で壇上に並んでいる素人キャスターのいう事ですら頭から鵜呑みにしがちなのだ。

 その良き実例はコロナ禍報道で良くお解りだろう?

 特に新聞の見出しの訴求力・刷り込み力はメディア関係者自身の想像を超えたパワー・方向性を持つ。是非とも世論調査の答えに影響力の大きいメディアの皆さんの努力・工夫をお願いしたい。

 明日は、流域の自治体が全然気が付いていないソフト面から球磨川の持つ観光資源としての役割について述べてみたい。

2020年9月11日金曜日

残暑の霞ヶ浦で葦原のセッカに遭遇,観察した。 I encountered and observed the Zitting Cisticola at bush of wet land near Lake of the Kasumigaura.

  今日は昨日の霞ヶ浦の江戸崎・浮島の湿地で出逢った野鳥の続編だが、今朝届いた熊本の地元地方紙の記事が気に成ったので、さわりだけまずご紹介。詳細は週末にまとめたいと思う。

 九州大学大学院教授で河川工学がご専門の島谷専門家が指摘する「ダムや堤防だけに頼らない流域治水」で今後進むべきだ・・と主張しているという素晴らしい記事に目が行った。

9月10日付の熊日新聞 記事より。

 しかし同じページに、蒲島知事が流域住民の世論調査による民意の多数派と県の専門家会議を元にした方針に違いが出れば責任を取る・・と述べたと囲みで載っていたが、これはいささか危機感を感じた。

 データに基づいた専門家しか判断できない大自然の災害に対する専門的な防御策・打開策を、専門知識もなく今回の豪雨災害の洪水発生メカニック分析など個人で出来る訳もない流域住民への世論調査を行い、意見が合わなければ責任を取るなど言って良いのだろうか?蒲島知事さん、もっと専門家の意見を尊重し自信を持ってリーダーシップを発揮して頂きたいが、如何だろう?

 専門者など実務能力や専門知識が在る者が知識と知恵と危機感をベースに出した「県としての方針方策・具体案」と、怖い実体験とメディアによって情報や憶測を吹き込まれ、偏った思い込みに陥りがちな流域住民の「体験と危機感から来る要望」を同じ土俵に乗せる事自体がおかしいし、同じ結果を出すとはとても思えない。この件はまた改めて・・・。 


で、今日は霞ヶ浦で残暑の中のセッカたち。

 昨日のコジュリンに比べて、はるかに行動範囲が広く激しい動きをするセッカ。筆者は熊本の球磨川沿いのツクシイバラ自生地(錦町)での観察撮影が一番多い。気にしなければ野鳥が趣味でも一生出遭わない‥と言うか気が付かないで済んでしまう野鳥の一つだ。

 大股を開いて二本の足の茎にまたがる姿を今回もたくさん見る事が出来た。まだ、ヒッヒッヒッ~ジュンジュンジュンは繰り返していたようだが、秋・冬には鳴かずに川原に居たりするので、渡り鳥のイメージでいた人は驚くらしい。

 ウグイスも同じだ。ホーホケキョ♪と啼いていないときは何処かへ行っているのだろうと思う人が多いそうだ。実はそこいらに居るのにホーホケキョと大声で啼かないだけ。地鳴きでチャッチャッ♪と縄張り主張しているのだ。

 いままで出遭ったセッカは、見晴らしの良い場所で比較的上空を飛び回っていたので、空抜けの画像ともどもほかの野鳥と見間違えることはなかった。

 実は今回は広く開けてはいるのだが、超逆光で葦原の中を移動する事が多く、枝留まりも同じ丈の葦なので、手前の葦の影に成ったり葉がかぶったりして誠に撮影は困難だった。


この2カットでも良く判る、大股開きの葦への留まり方。



結構遠いので、飛ぶ方向も「逃げながら」ではなかったのが幸いだった。




実は、この湿地にはオオセッカも同居していたのだ。それはまた別に・・。

2020年9月10日木曜日

霞ヶ浦の浮島・湿地でコジュリンに遭遇。 I encountered the Ochre-rumped bunting on wetlands of the the Ukishima at Lake Kasumigaura.

  茨城県の行方(ゆくえ、ではなくナメガタと読む)市麻生に在る我が家の敷地の樹木が野放しに成ったまま20年も経ちジャングルのように成ったのでプロの手で下草刈り・枝打ちをお願いした。

 その立ち合いの為、霞ヶ浦の浮島での野鳥観察を兼ねて朝3時30分に三鷹を立ち、現地へ向かった。コロナ禍その他で京葉道路はガラガラ、大栄ジャンクションで左へ折れ、稲敷東のインターを降りた頃、いつもの朝の愛犬散歩と同じ朝陽が地平線から上がった。

 真冬の似たような時間に猛禽類の撮影に数度行ったコースだ。しかし、今の時期は真夏の暑さも残る中、大した期待はせずに現場へ行って驚いた。あちこち霞ヶ浦の護岸・周回道路工事でいつもの場所に入れないのだ。

 最終的には駐車場のある湿地観察スペースからの観察撮影となったが、早朝はもちろん真正面からの超逆光。撮影する野鳥は居てもすべて逆光だ。真冬にはチュウヒその他が夕暮れ時には10羽近くが乱舞する湿地、今は何も飛んでいない。

 しかし最初は逆光の湿地を見下ろしながら、このクソ暑い残暑の中で野鳥は居る訳ないよな?と思いつつ姿を探すより鳴き声に耳を傾けたら、遠くで早くもモズの高鳴き、時折セッカのヒッヒッヒッ、ジュン・ジュン・ジュジュンという鳴き声が聴こえるだけだった。

 そんな中、チラッと葦原の中を何かが動いたので目を凝らしたら、上から見ているのでスズメっぽい茶色い野鳥が移動して葦の穂に留まったのが見えた。

 で、念のため500㎜単焦点レンズをつけたAPSCボディで覗いたら、頭が真っ黒ではないか!えっ?この湿地ってノビタキ居るんだっけ?と思って野鳥観察案内板を観たらコジュリンと出ていた。

 真冬の猛禽類観察時には良くオオジュリンが葦の茎のカイガラムシをパキパキやりながら貪り食っているのを撮影したが、夏はコジュリンなのだ。

 実は同じ稲敷地区のもっと北部の未整理葦原で真冬の雪の中コジュリン群れを観察撮影したことがあった。この辺一帯にはコジュリンが居るという事なのだろう。

 どうやら♂♀二羽で居たのでまだ遅い繁殖中なのかもしれない。日の出時に上記北部の葦原をチェックしたら、カワラヒワの幼鳥がものすごい数居たので、今年は梅雨明けが遅かったので繁殖も遅かったのかもしれない。


確かにオオジュリンにくらべると小さくずんぐりむっくり。


何としても逆光が残念!

こうして数羽がチョロチョロしていた。画像でもオスが二羽写っているが、このあたりでは密度は濃い様だ。



飛んでもすぐ地べたへ降りてしまうのでまだ子育て中の可能性がある。

2020年9月9日水曜日

9月の札幌丸山原始林でエゾアカゲラに迫る! Approaching the Ezo Great Spotted Woodpecker in Sapporo Maruyama primitive forest in September!

  球磨川豪雨災害からの肥薩線・人吉球磨復興に関するレポートを少しお休みして、このブログ本来の野鳥の生態紹介へ戻ろうと思う。肥薩線復興シリーズは今日を含めて資料収集に入っているので、数日してから復活に向けての提案編の続きを再開予定・・・。

 ・・・という事で、9月の北海道札幌丸山原始林でのエゾアカゲラに間近に迫って観察した生態画像をご紹介。現在のように頻繁にヒグマが出没する前の丸山原始林。野生丸出しのエゾアカゲラ。あまり近寄っても警戒もせず逃げずにいてくれた。撮影を止めて去ろうとするとキョッキョツ!と声を上げながら追いかけて来たので30分ほど行動を共にしてしまった。

 

 最初は大きな鳥だと思ったが、まさかアカゲラだとは思わなかった。こうした普通の鳥のような横枝への留まり方をするのもエゾアカゲラの特徴なのだろうか?

チョンチョンと枝を降りてきた。

色々と動き回る。これも普通の横枝留まり。

絶対に筆者を認識していると思うのだが、警戒しない。

やっとキツツキらしい留まり方をした。


いつまでも樹をほじって虫を食べていた。9月の丸山原始林、朝7時半。

2020年9月8日火曜日

緊急投稿!球磨川沿いの肥薩線の復旧を考える。その10.  Consider restoration of the Hisatsu Line along the Kuma River. Vol 10.

  昨日の食品ロスの問題と共にプラゴミの問題が地球環境上話題になっている今、SDGs(=「SDGs」とは、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称。)の問題アイテムの一つとして、広告代理店などに多い「意識高い系」人間の間で盛んに取り上げられている。
 しかし、特にプラゴミの問題は矛盾だらけで、世間の知恵・知識のある人間には奇妙なムーブメントだと映っている様だ。メディア・マスコミはこの矛盾点を少しも報道しようとはせず今後徐々に問題になりそうな気配を感じている。

 地球上のプラスティックごみを少しでも減らそうと、レジ袋の有料化を始めたようなのだが、今世の中で進んでいるおかしい事、矛盾していることを、多くの既存メディアは何故か触れようとしていない。
ネットで無地のレジ袋を買う人が増えている。何故お店のロゴ入り袋をお金を払って買わされ、持ち歩きながらお店の宣伝をしなければいけないのだという素朴な不満もある。皆さんおかしいと思わないのだろうか?10円かかるレジ袋を3円で売ってもらっているのではなく、1円もしないレジ袋を3円5円で買わされているのに!随分お人好しな話だと思うが・・・。

いずれもマネーポストWEBの記事より引用。

 筆者が感じているおかしなことを列記してみた。

➀ 数多くのウミガメがレジ袋やビニール袋を誤って食べて死んでいる・・と、盛んに主張する環境団体のレポートだが、実際神奈川県で数年間調査したウミガメの死体でビニール袋・レジ袋を食べていたウミガメは一頭もいなかった。数年前の国際報道写真展で観た漁網に引っかかっているウミガメの子供の写真はヤラセだったという話も聞こえて来た。話題になる報道写真展ではよくある事らしい。

② 少しでもレジ袋を有料にすることで消費者の意識を喚起し、プラゴミを減らそうとするならば、何故紙袋までも有料にするのだ?

③ そのレジ袋の費用を何故消費者に対して有料にするのだ?なぜ販売者・売る側が負担しないのだ?しかも、原価1枚1円もかからないレジ袋に1枚5~6円も乗せて利益にするのは何故なのだ?
 消費者側は別にプラスティック製のレジ袋を指定している訳では無いだろう?紙袋でも構わないし、昔は紙袋が普通だったではないか?販売者が勝手にプラ系のレジ袋にして今日まで来たのに何故消費者にその付けを払わせるのだ?

④ レジ袋を有料化して少なくする努力をしようとするくせに、何故コンビニなどの弁当の器のプラスティックはそのままで良いのだ?余程プラスティックの量が多いではないか
 スタバなどの珈琲店のストローが紙に成ったりしているのに、コンビニ弁当や電子レンジ加熱用のレトルト食品の器が、プラスティックのままであること、またその辺りをメディア・マスコミが追及しない矛盾はどう説明するのだ?

これらの問題に関してはまた次の団塊世代の疑問シリーズにしようと思う。

で、肥薩線の復旧を考える・・シリーズの「人吉温泉に関しての考え方」の続き。

➀ 人吉温泉に関しての考え方(その3.)

 旅行業関係者や宿泊施設経営者は「宿、特に温泉旅館の役割って一体何なのだ?」‥に関して考えたことが在るだろうか?一般的には寝床の提供と夕食・朝食の提供だろう。古くから日本における宿泊業界のベースがこれだったので、赤塚不二夫ではないが「これでいーのだ!ニャロメ!」で今まで来てしまっているのだろう。

 どうやら海外ではB&B(決して島田洋七の漫才コンビの事ではない)という朝食だけサービスの宿泊システムが在るらしいと聞いてはいるが、夕食を出さねば利益機会が半減するとばかりにB&D/B(=夕朝食付きの宿泊)で通してきてしまったのだろう。実際筆者も1980年代から頻繁にヨーロッパへ出張して泊る宿は殆どB&Bだった。

 この日本古来のベースは今の時代に一番即しているとはとても言えない。全くゼロとは言わぬが、今までの「決めごと」通りに事が行かなくなっていることを宿泊業界は知るべきだろうと思う。

 京都を例に研究するが良い。仕出し屋さんが在って、老舗旅館の多くは板前さんなど賄い方を持たないスタイルで今日まで来た。長逗留する常連客の我儘を食事面でも受け、今日は鱧を食したい、明日はすき焼きを食したい、はたまた三日目は客を呼んでもてなしたい・・など、ケースバイケースで客の我儘を受け付ける臨機応変の守備態勢で営業を続けてきたのだ。これがおもてなしの原点なのだ。優しい言葉対応をしたり、おまけ品を提供するのは決して「おもてなし」ではない。それらは「おもてなし」以前の「当たり前」なのだ。

 ホテルの宿泊スタイルはこの夕食を自由に街中の好きなお店で摂れるので、昭和以降は一旦入ったら翌朝まで出ない「旅館」より、出入り自由な「ホテル」の方が主流に成って来たのだ。「旅館とホテル」の違いは木造と鉄筋コンクリートの差ではなく、その客の宿泊スタイルの変化なのだ。

 同時に宿泊客の行動パターンそのものが非常に変わった。一度客が「宿」へ入ったら翌朝のチェックアウトまで「宿」から出ない、出さない様に、遊戯施設、卓球台だのゲームだのを館内に置いた一夜のアミューズメントパーク化させた宿が一時増えた。ジャングル風呂や露天風呂、はたまた芸能ショーなど。カラオケなどもこの延長線上にあると言って良い。
 自分で自分の楽しみを持っていない、持とうとしないお仕着せの「歓び」で充分だった時代の遺物と言って良い。

 せいぜい球磨川の土手を浴衣着てそぞろ歩く程度の温泉街的な佇まいが、全国の温泉地同様、人吉温泉郷のかってのスタイルだったのだろう。昭和30年代はストリップショーや射的場、スマートボールなども温泉街には付き物だった。時代は変わったのだ。
            https://co-trip.jp/article/29680/ ご参考

 今の客は違う!宿に入って部屋に案内されて、いきなりテレビのスイッチを入れるような観光客はリゾートの過ごし方を知らぬとバカにされ非常に少なくなった。「非日常」を楽しむために高いお金を払い、時間をかけて遠い所まで来たのに「宿」に閉じこもるなど、考えられないという客が増えたのだ。

 したがって「宿」をベースに今日は何、明日は何をするか、事前にWEBで調べて来る客が圧倒的に多くなった。事前に何の予備調査もせず着いた宿のフロントでいきなり「人吉は何処が面白いの?」「なんか珍しい所ってないの?」などと問う客が激減したという事だ。

 老舗旅館、著名処であればあるほど、無計画に来る客が少ないという。事前にきちんと宿と客がコミュニケーションしているからだろう。これから先は個々の旅館業を営む経営者の判断の世界なので、人吉の温泉旅館組合が一堂に会して一斉に横並びで行う事ではない。此処の経営努力・アイディアの差がこの先に出てくるのだろうと思う。知恵比べと言っても良い。
 万が一、「抜け駆けは許さない・・」などと言う締め付けが在るのであれば、何処へ行っても同じサービスになるため、客は二度と人吉には来ず、人吉温泉へのリピーターにはならず周りの競合温泉地に行ってしまうだろう。結果として温泉街全体がどんどん地盤沈下していくだけだ。

 それぞれの宿が独自に、自分の宿を起点にお客が何処へ行って何を出来るかの行動マップなどを作成し、事前にWEBサイトなどでどんどんアピールするなどの工夫も良いのではないだろうか?北海道・信州長野エリアや他の地域ではずいぶん昔から実施して成功している。

 筆者が2010年に初めて人吉市に泊まった際、さる宿のフロントのカウンターのビニールマットの下に球磨川流域の野鳥マップが敷いてあった。これを是非欲しい!と無理を言って頂いたのが、今まで人吉に10年以上通い続けているきっかけなのだ。
 偶然、2010年最初に手に入れた古江之人氏作成の野鳥マップ。感動ものだった。本来は地域の観光協会などが企画してつくり配布するものだ。これだけの球磨川・支流が豊富な人吉なのに宿に釣りガイドの一つも無いのが不思議でしょうがない。素人でも簡単に釣りが出来るシステムが無いのだ。何故だろう?

 きっかけは全て「知恵」から生まれると思って良い。この類のアイディアは山ほどあるし、国内の他地域で成功したモノ、失敗したが人吉であれば旨く行きそうなもの、色々存在するのに残念至極だ。

2020年9月7日月曜日

緊急投稿!球磨川沿いの肥薩線の復旧を考える。その9.  Consider restoration of the Hisatsu Line along the Kuma River. Vol 9.

  台風10号は事前の気象庁・国土交通省の合同警戒記者会見その他TVなどを通じての相当な事前警戒呼びかけのおかげで、今朝9月7日朝7時の段階ではまだ直接的犠牲者は出ていないようだ。梅雨末期の豪雨とは質も違う台風だが、事前の注意準備でこれだけ「結果」が違うというのは驚きに値する。

鹿児島テレビの画面から

 長崎県では野鳥の撮影で数度訪れた長崎の野母崎で凄い風が吹いたようだ。https://news.yahoo.co.jp/articles/866bdd16abebeff05a4ee03c352bbfae640ab6c7

 この野母崎は長崎市内から南西へ進んだ突先だ。春先には珍しい渡鳥が羽を休めたりする場所として野鳥ファンには有名な場所。軍艦島も間近に見える。

タイワンハクセキレイ。

胸の黒い帯がくちばしの下まで続くのが特徴。

ろうそく岩

軍艦島

 直前の昨日、今まで避難など一度もしたことの無い方々もそれぞれ避難所へ行ったため、コロナ禍でいつもの半数以下の定員に制限した避難所では、入れず溢れてしまうような状態が全国で目立ったとメディア報道があった。

 そんな中、車が洪水で水没するのを避ける為立体駐車場が無料開放したり、人吉では筆者の定宿「華の荘」が部屋は満員だが宴会場を開放するなど、民間の「好意・善意」で被害を最低限に防げている様だ。「華の荘」は支配人の中根さんの臨機応変の判断なのだろうが、いつも通りの人柄が反映された感じだ。

 こうやって、自然の脅威に対する人間の予備・予知力が研ぎ澄まされればある程度の被害は避けられるのだ。今回の人吉の件にしても7月の豪雨災害の経験があればこそ。洪水に関しても自分では災害を避ける努力は何もせず、浸水したり家財道具が流された結果、即ダムが在れば防げただの、国や県は二度とこうならない様にしろ等騒ぐことが如何にピント外れか良く判った台風10号だ。

 関東地方も、昨日から天気はめまぐるしく変わり、カーッと晴れたかと思うと、突然土砂降りに成ったり、超巨大な積乱雲が幾つも出来たりで、ここ数日南の島のような天気だ。

 

 週が変わって、シリーズの続き 「人吉温泉に関しての考え方」

➀ 人吉温泉に関しての考え方(その2.)

 人吉温泉に関して二日前土曜日に一般的な、すべての宿に関して言える内容を投稿した。料理やもてなしに関してだが、料理の量に関して昨日もTVで今の観光地の宿は料理が多すぎる、もったいない、残した後は廃棄するのだから世界中で問題になり始めている「食品ロス」問題に大きく関与する事になる。

https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201303/4.html#:~:text=1%EF%BC%8E

https://ideasforgood.jp/issue/food-waste/

https://www.tenpo.biz/tentsu/entry/2018/03/30/150000

 下手をすれば、今後プラスティックゴミの問題と同等の社会問題になるのではないかと筆者は視ている。政府広報その他に出ている数値はコンビニの弁当残や各家庭ごみが多い様だが、今メディアが注目しているのは「贅沢に見せる多すぎる御馳走たち」という切り口で、温泉旅館のパンフレットに所狭しと並ぶ皿数の多い料理合戦をやり玉にあげ始めている。

 此処でヒントとしての実例をご紹介。

 ある温泉旅館の思い切った高齢者用の夕食戦略。永年老舗旅館という事で固定客が多い中部山岳甲信越エリアの宿の話。

 贔屓客だからこそ出来る話かもしれないが、事前のコミュニケーションで夕食をいくつかの選択肢から選べるという本来の「おもてなし」を実践しているのだ。

 そこは事前の受付時に、到着時間や出立時間の確認と同時に、夕食を皿数の多い従来型のスタイルが良いか、山女もしくは岩魚の塩焼き・甘露煮主体の料理、もしくは天然鰻の蒲焼、肉系であれば地鶏(名古屋コーチン)のコース、鹿・猪などのジビエ料理の中から選べるようにしたところ大好評で継続中だという。勿論常に5種類も選択肢がある訳ではなく、2~3種類が通常で、早い者勝ちで有る事、変更は受けられない。もし気が変わったらノーマルの標準夕食になるとの了解を事前に取るとの事。上手く行っているのらしい。

 中禅寺金谷ホテルのディナーでも数種類の中から選べるという事。一度行ってみたい・・料金が折り合えばだが。

 この手のもてなしをする宿は、特に高齢者のカップルや女子会に好評で、口コミ効果でなじみ客の友人が列をなしているという。量はちょうど良く、残すことが無いので高齢者自身にとっても別の意味での「完食できた!」という満足感を得られるのだという。宿では量が足りなくないか幾度もその場でお客に確認して、追加の料理(料金不要)を出すようにしているとの事だが、めったにないとの事。

 ある意味、「タダなら食べなきゃ損じゃないか」と思うような客は決して上客ではないという事だろう。老舗としていつまでも品位を保っている宿の経営者の顧客管理は皆が予想するよりはるかにしっかりとしている。筆者の厳しい経験値からすると人吉市内では残念ながら現在は数軒しかそういう「宿」は無いと思う。

 勿論、観光バスに観光客を満載した、修学旅行のような旅行代理店のコース旅を受ける団体旅館では難しいと思う。

 しかし10部屋程度の宿であれば面倒くさがらずに試しにやってみると良いのではないだろうか。客の質と年齢層を理解し、宿泊施設としてどのような方向性でこの先地元旅館群の中で生き残っていくべきか考える時期に来ているのではないだろうか?

 一方で・・。

  先日の投稿で、都会の高齢者たちは殆ど腰の不具合や床からの立ち上がりに難が在るので、殆どが毎日日常はベッドでの生活だと書いた。

 高齢者施設で毎日布団を敷いて寝起きさせている所はまずない。なおかつ首都圏などの一般的な生活空間は殆どがマンションやアパートだ。高い旅行費用を払って幾度も観光へ行ける人はその殆どがベッド生活で日常を送っている。

 そんな中、温泉宿で昔ながらの布団を敷いて寝て・・はそろそろ考えた方が良い時代に入ってきている。優れた老舗和式旅館の殆どは近年間違いなくベッド寝室を増やしている。実際、客の身になって考えれば判ってもらえるのではないだろうか?

 「うちは昔ながらの日本の生活を売りにしてます・・。」などと言うのは今や言い訳にしか聞こえない。

こうした高いセンスの老舗「宿」には滅多に出会えないが、感性の鋭い人には最高。

 団塊世代の筆者は日の出から日没まで車で人吉市内外を巡回し、足で歩いてヤマセミの生態を追っているので、どんなに気が若くても宿に戻ればバタンキュー!の状態だ。なおかつ夜はその日撮影した画像のチェックとこのブログへの投稿を打ち込まねばならない。ネット環境とデスクもしくはテーブルは必須なのだ。

 そういう訳で和式旅館も数度宿泊したが、ベッドにすぐ倒れこめる宿、ネット環境のある宿、テーブルのある宿、など条件がいくつかあるのでなかなか定宿にはなりにくい。そうなるとどうしても駐車場が広いホテル形式に成ってしまう。筆者が「華の荘」を愛用し続ける理由はコスト面含めてそこにある。

 和式旅館で朝7時頃になると「失礼しまーす!」の一声でづかづか部屋に従業員さんが床上げに入ってくるようなことは、今やもう無いとは思うが、もし在るのであれば完全に失格だ。

 今は令和の時代、「うちへお泊りであればうちのやり方でお願いします・・・」という昭和は遠くなりにけりなのだ。そんなことやっていて「おもてなし」はないだろう。

 超強力台風が過ぎようとしている。九州地方の無事を祈りつつ、このブログ次の準備に入ろうと思う。                  今日は此処まで。