2015年4月14日火曜日

珍鳥ヤツガシラを徹底観察する!最終回(何処に飛来するか?餌は何か?).  I thoroughly observe a rare bird Hoopoe ! Part5.

 大人気のヤツガシラの徹底観察・最終回レポートをアップしたい。此処3年前から色々な方々の情報、ご意見をまとめてみた。この中には野鳥の会メンバーが30%程含まれている。面白かったのは野鳥の会メンバー12名の情報は非常に懇意にさせて頂いている2人を除いては殆ど正確ではなかった。その上「誰から訊いたと言うな、具体的な場所は公表するな、いつ飛来したかも言うな・・・。」と厳戒態勢だった。皆さん何か大きな勘違いをしていないか?

 一方地元の一般の方々数十名の聞き取り調査では、知っている限りの情報を教えてくださると共に「私なんかより、何処何処の誰さんのほうが良く知っている。」と近所の方を紹介してくれたり、あるいは具体的な場所と飛来の日時まで詳しく教えてくださる場合が多かった。中には撮影した画像を示しながら、何処から撮影されると良い・・・等、非常に親切だった。野鳥の会のメンバーの一種異様な特殊性を非常に強く感じた一週間だった。

 こうやって色々な情報をまとめてみると、春先に飛来する場合に限って言えば調べてみた鹿児島・長崎・熊本各県においては海岸線から直線距離で500m以内というのが殆どであった。同時に芝生が10m四方でもあれば飛来する可能性があるが、どんなに芝生が広くて綺麗でも、ゴルフ場の農薬が沢山散布されている場所には飛来しないようだ。此れは農薬散布で土中の昆虫・幼虫が居ない事をヤツガシラが知っているものと思われる。

 人が居るか居ないかに関しては、まったくいないより、自分に対して凝視しない、注目しない多少人の往来が有り(生活者に限る)猛禽類など天敵から保護され易い条件下の方が滞在期間が長いようだ。3年前の指宿エリアの話では、個体が入れ替わったりした可能性は勿論あるが1ヶ月間視る事が出来たと言う場所もあったようだ。3年前に訪れた五島列島の新上五島町の海岸エリアでは、ホンの20m四方の民家の芝生庭に3日間滞在したと言う地元の方の話しを伺ったことがある。毎年必ず来るそうだ。甑島は渡った事がないが、其処からこられた方の話を聞く限り、昔は来て居たが最近はあまり視ないとの事。

 数年前に余りにも有名になった野間池・笠沙恵比寿には以前良く来たようだが、特に今年等は未だに飛来していないと聞く。ところでヤツガシラが一体何を土中から放り上げて食しているのかをネットで調べてみたら、芝生の3大害虫といわれるシバツトガ、スジキリヨトウ、スジコガネ(ヒメコガネ・マルコガネを含む)の幼虫らしい。シバオサゾウムシ、カイガラムシの類も食しているようで何も芝生でb無くても居る場合もあるようだ。数年前離島エリアではない熊本県内で出遭った個体は普通の草地に居た。


今回調べてみたエリアはいずれもこのエリアで、筆者が遭遇できた2箇所とも海岸線から500m以内という場所だった。具体的なポイントは必ず来るとは限らない為、示しても意味が無いので示さないが、このエリアを丹念に探せばいつか何処かで出遭えるだろう。今回のエリアには干拓地が3箇所含まれている。農業従事者の邪魔にならないようにするのはもちろんの事。農業専用エリアで見慣れない車がノロノロ走っているだけで訝しがられる事もあるので要注意だ。更には芝生のグランド、学校の校庭、などは地元の人たちのイベントの場所でもあるので、理由を説明して立ち入らせてもらう必要がある。今回は7日間で1350km走って過去飛来した実績が在る17箇所を回り各地で聴き取り調査を行い、2箇所で出遭い撮影する事が出来た。(甑島は除く)
 
暗い崖沿いに偶然動くものを発見した事から出遭う事が出来た。

日が射したり隠れたりの風が非常に強い日だった。



体をブルブルブルと震わせていた。まさか寒いのではあるまい?

この日は晴れてはいたものの風が非常に強く、其のため崖の上の木陰に避難したのかもしれない。芝生があるわけでもない場所で出遭えた事自体、非常にラッキーだった。勿論車の中からの観察なので同じ場所からの撮影画像しかない。

とりあえず、今年のヤツガシラ・レポートは今回を持って最終回としたい。




2015年4月13日月曜日

カワラヒワは飛翔中がきれいなのだ! I think flying scene of Oriental greenfinch is very beautiful.

 スズメやカラス、メジロやシジュウカラ以外で関東の住宅街に居る野鳥でわりに目に付くのがカワラヒワ。昔の短歌にも出てくる日本人に馴染みの深い野鳥の一つであるカワラヒワは大体どこでも居るのであまり珍重されていないが、実は木や枝に留まっている時よりも飛んでいる時の方が遥かに綺麗で存在感のある野鳥だと思う。

 昔からこのカワラヒワの飛翔中を撮影したかったが撮れずじまいだった。意外に飛翔シーンの撮影は難しい。特別に高速で飛ぶわけでもないのに何故だろう。少し考えたら身近に居る野鳥のわりに、野性味を失くしていないのか警戒心が強い野鳥なのだろうと思うのだが如何だろう。

 今は時期的に繁殖期に入っているのだろう、樹の上で囀っている場面に随分出くわした。







いちいち説明は要らないだろう。これだけ綺麗な主翼を持つ野鳥はあまり身近には居ない。静止画で観なければ判らない野鳥の美しさもあるようだ。





2015年4月12日日曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #105.」 ヴァン ヂャケットの社内エピソード、入社3年目に海外出張!」

 アメリカ大陸を上空から見下ろしていると物の大きさがトンと判らない。自分が今までに見た西部劇等の背景を思い出しながら砂漠にサボテンや樹木が点在する風景とダブらせてはみたものの、ニューメキシコやシェーンの舞台であるワイオミング辺りとは違うカンザスやミズーリ辺りの風景は結構緑に覆われていてイメージが異なっていた。

 最初に地上で夜を迎えたのはセントルイス(=ミズーリ)だった。其の当時、東京青山のヴァン ヂャケット社員の間ではウエスタン・スタイルをどこかにアレンジして着る事が流行っていて、特にウエスタン切り替えヨークが付きスナップボタンのウエスタンシャツを好んで着て居た。中には横浜の元町裏にあるカスタムメイドのシャツ屋さんに自分でデザインして生地を持ち込んで、世界にたった一着のウエスタンシャツを造ってもらうのがブームだった。勿論青山の会社でそれを着て「えっ?何処のブランド?インポート物?」と訊かれるのを無上の悦びとしていた節が在る。何を隠そうこの筆者ですら3着も其のシャツ屋さんでオリジナルを造って貰ったのだった。
なかなか市販されていないタイプをオリジナルで造っていた。

 そういう背景でセントルイスに着いたものだから、我が目の中はウエスタン物で一杯になってしまった。早速若林Headの案内で大きなウエスタンショップに行き、1時間の間にウエスタンシャツ、ウエスタンベルト、ウエスタンブーツ、何と更にはテンガロンハットまで買ってしまった。このテンガロンハットはフェルトで出来ていて購入者の頭の形に合わせてツバの角度その他を調整しスティームでシューッとやって整型するのが当たりまえだった。
 ところが基本的にモンゴロイドの日本男児とアングロサンクソンの頭蓋骨の形は全然違うバランスで出来ていた。大元は恐竜だったり猿だったりするのだろうが、何処か発達の途中で上から見て縦長のアングロサンクソンとほぼ真丸のアジア系頭蓋骨に分かれてしまったのだった。

 何を言いたいかと言うと、テンガロンハットは10ガロンも水が入ると言う意味の日除けの帽子が其の本来の意味で、カウボーイが馬に乗りながら牛の群れを炎天下砂漠エリアを進む時に被るものだから、少しくらいの強い風くらいでは脱げないようになっている。前のほうから深々と被り、頭の後ろのツバをキュッと下げると頭蓋骨にピッタリと嵌まる様になっている。此れで脱げない訳だ。ところが東洋人種は頭蓋骨が真丸だから同じことを行っても前後に指が一本づつ入ってしまうほどの隙間が出来てしまう。はっきり言ってとてもカッコ悪い。だから日本のウエスタンバンドが一生懸命雰囲気を出そうとしてテンガロンハットを被りながら演奏していても、イマイチしっくり来ないのはこの辺りが原因なのだ。
セントルイスのウエスタン・ショップはお土産屋と言うより日用雑貨品屋だった。

 で、まあお土産として飾り物にテンガロンハットはまだ良いとして、ウエスタンブーツは普段履く為に絶対に本場で購入したかった。此れだけは譲れなかった。青山の外苑東通り沿いに3~4坪の小さなベイリー・ストックマンというウエスタン専門店が在ったが、売っている物が高くていつも見ているだけだった。せっかく本場に来ているのだから良いモノを買って、帰ったらこのお店の前で見せびらかせてやろうと思い、熱心にブーツを選んだ。若林Headも付き切りでアドバイスしてくれた。

 しかし、トニー・ラマや有名なブーツブランドの殆どは筆者の足には合わなかった。足のサイズは8ハーフでちょうど良いのだ。しかしおしゃれなウエスタンブーツはどれも足は入ってもふくらはぎの上までブーツを引っ張り上げられないのだ。要は永年バレーボールやサッカーで鍛えた我が足は、異常とも思えるほどふくらはぎに筋肉が付いてしまい、ウエスタンブーツの類は入らなくなっていたのだった。しょうがない、入るのは只一種類農夫がが履く太目の何の模様も無い皮製のブーツだけだった。

 この最初のセントルイスではホテルには泊まらず、若林さんの知り合いでアメリカでビジネスをされている成田さんと言う方のお宅にご厄介になったのだが、時差ぼけと疲れでアッと言う間に勝手に横になったBEDで翌朝まで爆睡してしまい、後々まで随分言われてしまった。
 そうしてそのまま翌日セントルイス在住の成田さん(何とその8年後に転職する博報堂の後の社長・成田さんのお兄さん!)と、やはり米国在住中の若林Headの弟さんと4名でアーカンソー州のアミューズメントパーク・Silver Dollar Cityへ車でフリーウェイを走って行ったのだ。勿論格好は前日購入したばかりのウエスタンスタイルだったが、もう完全に地元の奴らに馬鹿にされ(アタリマエダ!)「お前、拳銃は忘れたのか?」などと、からかわれっぱなしだった。いわば浅草辺りで中途半端に着物を着た外人達を可笑しい奴らと思うのと一緒だったのだろう。
アメリカど田舎のウエスタン・アミューズメント・パークSilver Dollar City

真ん中が筆者。この格好で堂々とアメリカ中西部を闊歩できたのも若さゆえか?

 このドライブでアメリカのフリーウェーがどういう仕組みになっているか学んだ。アメリカのフリーウェーは左右の車道が外側に向かって傾斜しており、間違って居眠り運転しても外へ外へと車がずれて行くようになっている。なおかつ一番外側は砂利道で其のゾーンに入った瞬間に眼が覚め、間違ってスピン等しても何かに激突したりはしない様になっていた。勿論片側3斜線もある幹線道路だけだろうとは思うが・・・。
 同時に昼間でも車のライトは点けっ放しで走るようになっていた。10km先まで一本道で遠くに山並みが見えるような景色を何度も走った。其の風景こそがアメリカ本来の姿だと知ったもの行ってこそ判る事だった。
アメリカでは中西部に行けばこのような一本道は何処にでもあるようだ。 

 カーラジオのスイッチを入れれば全米ヒットパレードをやっているとばかり思っていたら、何と何処を回しても「♪チーチキチーチキ♪」のフィドロ(=バイオリンの事)を中心としたカントリー&ウェスタン・ミュージックばかりだった。何故かと訊いたらロックやポップスのヒット曲などは、東海岸や西海岸エリアと一部シカゴエリアだけでしか聴けないという事だった。その後FM放送やインターネット・ラジオの発達で今は何処でも色々な音楽が流れているそうだ。
 当時のAMラジオでは中西部の局は全てWで始まる放送局、ハワイなどはKで始まるといった感じで決まっていた。だからカントリーソングで有名なグランド・オル・オープリーなどはWSMと言う放送局が中継していたし、ハワイで有名なDJ音楽局はKIKI(ケイアイケイアイ)だった。
ナッシュビルのカントリーソングAMラジオ局’WSM

ハワイ・ホノルルのヒット曲AMラジオ局KIKI

 此処で成田さんや若林さんの弟さんとの夕食後に、近所のアフリカ系の友人が来ていろいろ話をしているのを横で聴いていた事があった。其の中で1つ脳みそにこびりついている話が在る。忘れられない。それはどういう音楽が好きかと言う話になって誰かが「ソウルミュージックは良いよなー」と言った途端、其のアフリカ系の友人の目付きがマジになって速射砲のように喋りだした。勿論英語だし筆者は聴き取れない。
TVで深夜にソウル・トレインが始まっていた。東京のディスコではソウルの曲が流行った。

後で若林Headに訊いたら「SOULミュージックは黒人の虐げられた歴史と思いが入っている。どんなに明るいテンポでヒットしても、皮膚が実際に黒い人間にしか判ってたまるか!」という非常に本気の話だったようだ。ビートルズも歌っている「Baby it's you,Please Mr.postman,」などのリズム・アンド・ブルースと呼ばれるジャンルの曲もその後はソウルジャンルに入れ込まれたので、何か複雑な感じでこの話しを訊いたものだった。

2015年4月11日土曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #104.」 ヴァン ヂャケットの社内エピソード、一社員から観た石津謙介社長.その5.

 石津社長は何を行うにしても、思い付いた時が行動する時だった。これは筆者にとっても生涯教訓として踏襲させて頂いている。例えば旅行に出てお土産屋さんの前を通ったり、その場所にしかない珍しいお店、美術館のスーベニアショップ等で気に入ったものが在ったとしようか。よくあるパターンとしては「今此処で買わなくても、帰りに買えば良いや、あるいはもっと良い物がこの先に在るだろうからそれを買おう」と思うのだが、それに成功した例がなかった。つまり、今其処で「良いな此れ!」と思ったら、即購入しておかなければ買いそびれるというのだ。
 この「思う→即行動」の心掛けはチャンスを逃さない。此れを実践できたのがヴァン ヂャケット入社後初めての海外出張時に嫌というほど身にしみて感じた。

 その自分の初めての海外出張には事前にひとつの面白い話があった。当時ヴァン ヂャケットでは、定期的に社員をアメリカを中心としたエリアに入社年度順に出張させていた。社員の見聞を広げるのと、自社が扱っている商品のオリジナル背景・匂いを学ぶ機会を与える意味で業界でも珍しい存在だったというか、石津社長の理念が社員を育てる意味でそうさせていたのだろうと思う。

 此れは販売促進部内で見聞した話だが、ある時主力商品のダッフルコートが生産遅れか暖冬で大量に余ってしまった。主力商品だけに、さーどうするって事に成って販促部に解決方法等が持ち込まれた。販売を促進する部署だから当然の事だが、未だかってそのように具体的な商品の即売り上げに直結するように切羽詰った案件は持ち込まれたことが無かった。其処で販売促進部は出入りの広告代理店・電通の子会社や博報堂に解決方法を提案するよう要請した。
 今風に言うならばソリューションって奴だろうか?話が飛ぶが最近は簡単な言葉を横文字を使う事によって、さも自分達が高度な別の事をやっているかのように見せて、優位に立とうとしたり高い費用を請求するのが大手広告代理店のビジネス手法でまったく好きになれない。
VANブランドも、Kentブランドも当初はメルトン1枚仕立てが多かった。

 しかし、電通も博報堂も即効果のある提案は何もしてこなかった。VANさんお得意のプレミアムを付けて売りましょうだの、販売員にインセンティブを付けてダッフルコート1着売る度にいくらかの報奨金を与える方法等、今までヴァン ヂャケット現場が既に行ってきた手法しか提案してこなかった。勿論TVコマーシャルを流し宣伝する方法も提案して来たが、1着売る為に同額の宣伝費用が掛かるような馬鹿な提案を平気でしてくる事自体「門前払い」だった。広告代理店という所は自社が儲からない提案は絶対にしない仕組みになっている事等、まだ筆者は全然知らなかった。
 得意先が助かる、喜んでくれる提案であればその時儲からなくても信頼感を得て、その後大きな利益に繋がる仕事を出してくれよう・・・等とはこれっぽっちも考えない所だったのだ。此れは21世紀になった今も全然変わっていない。

 結局拉致が上がらず困っていた所、社内で誰かが社長に提案した。「社内の全社員に解決策を提案させて、もし其の案が効果的と判断され採用されたら、其の発案者を世界一周の海外出張に行かせてやるってのは?」という企画が通り、全社員にアイディアを提案させた事があった。約1週間の提案期間を経て幾つかの案が提出されたのだが、其の中に1件素晴らしいものがあった。その内容とはこういうものだった。
当時はダッフルコートと言えばキャメル、グレー、紺の3色が基本だった。

 「ダッフルコートですよね?トラッドの定番でしょ?我がヴァン ヂャケットの製品は伝統的なタイプだから、色はグレー、紺、キャメルですよね?で、来年もまったく同じものを造って売るんですよね?来期はトグルボタンの数が増えるとか、裏地にタータンチェックのキルティングが付くなんて事は無いですよね?じゃあ何も今年無理して売る事は無いんじゃないでしょうか?一旦商社に買い取ってもらい、保温保湿倉庫に保管してもらい、気温変化を見ながら来年秋に商社から買戻し、一番売り場が欲しい時期・タイミングで売り場に投入すれば一発で完売すると思います。」という提案だった。勿論こんな提案は広告代理店から等出て来る訳が無い。此れを「塩漬け」と呼ぶように成ったそうだ。流行性が少なく商品そのものに変化が在ってはいけないトラッド系の商品だったからこそ出来た話だった。勿論提案者が世界一周の海外出張に出かけたのはいうまでもない。

 筆者も1975年若林ヘッドの鞄持ちでアメリカへ出張する事になった。入社3年目で海外へ出張させてくれる会社は、バブル前の当時としてもまだなかなか無かった時代だ。おまけに行く先のUSA=アメリカ合衆国は翌年1976年の建国200周年(=バイセンテニアル)を控えて沸き立っている時期だった。
当時日本で発売されたアメリカ建国200年祭関連ムック本

 この海外出張が筆者に与えたものは実に大きかった。それまでに本や雑誌、あるいは人から聴いた話で想像していた「アメリカ」と、実際に自分の眼で視た「USA」は随分と違った。眼から鱗の連続!

 筆者の海外出張はアメリカ本土、サンフランシスコから入って、セントルイス(ミズーリ)、ニューヨーク、ワシントン経由でナッシュビル(テネシー)、フェニックス(アリゾナ)、ラスベガス(ネバダ)、サンディエゴ(カリフォルニア)、ティファナ(メキシコ)、ロサンゼルス(カリフォルニア)といった長旅だった。確か2週間程の行程だったと思う。ちょうど機内ではSugarloafのドント・コール・アス(Don't Call Us, We'll Call You)が何度も流れていた。ビートルズのI feel fineのフレーズを使った何処と無く聴きなれた曲だった。だからアメリカ大陸を横断する機内から視たUSAはこの曲と共に甦ってくる。     https://www.youtube.com/watch?v=i4njPe2_rho

2015年4月10日金曜日

珍鳥ヤツガシラを徹底観察する!その5.飛翔場面  I thoroughly observe a rare bird Hoopoe ! Part5. flying scene.

 いよいよ最初の観察地点での最終回は飛翔シーン。地元の方と一緒に撮影中は飛翔シーンはヤツガシラが直ぐ傍の樹木に入り込む場面だったので後姿しか撮影できていないし遠かった。その際の飛翔理由は遠くてよく判らなかったが、危険を察知しての飛翔ではなかったような気がする。

 地元の方2名が居なくなって後の観察時には二度ほど猛禽類(トビ)が上空を周回した為である事は判っている。その際は最短距離で直ぐ横の樹木に隠れた。勿論こちらからも見えなくなった。

 別の時は撮影者ではない地元の工事関係者が、3名ほど現場を歩かれた時に飛び立っているが、その場合何故か最短距離を飛んで樹林帯へ入った訳ではなく、暫く樹林帯に平行して飛翔している。理由は不明だ。それも飛翔した後まったく姿が見えなくなるわけではなく、桜の木の後ろや枝の多い樹木ながら姿が隙間から見えるような場所から逆に人間を監視しているように思えた。

この個体は抜け落ちた羽根も無く非常にきれいな姿をしていた。飛翔高度は2mそこそこで高くは舞い上がらず、樹林帯へ消えていった。こちらから見えずとも向こうからは芝生の広場が見える場所へ留まったのだろう。










これで最初の遭遇ポイントでのレポートを終わるが、次回は別の場所で今回より少し遠目から観察できた画像をアップしてみたい。其処は芝生の平地ではなかった。











2015年4月9日木曜日

珍鳥ヤツガシラを徹底観察する!その4.  I thoroughly observe a rare bird Hoopoe ! Part4.

 今日のヤツガシラは、砂風呂浴びの後行った「ストレッチ体操」。砂地にうつ伏せに成りブルブルさせて砂を被り、全身の寄生虫を外に出した後は直ぐ傍の切り株に飛び乗って右と左の主翼を伸ばしながらストレッチを行っていた。長距離ツーリングのバイクライダーが走行中によく足を伸ばして居るのと同じようなものだろうか?

 つまりは相当リラックス出来ていると見て良いのではないだろうか?少なくとも上空に猛禽類は居ないし、うるさいカラス軍団も居なかった。芝生から陽炎が立つのどかな春の昼下がりと言った感じだった。

 1つ気になったのが、何でわざわざ切り株の上に飛び乗ってストレッチを行ったかだ・・・。
まずは切り株の上に乗って左右の安全確認。周りの脅威を視易いという事で切り株なのか?

これは結構念入りに確認していた。当然筆者は微動だにしない、固まって緊張していた。

おもむろに右の主翼が開いていく。

開くと同時に冠羽も開いた!

何故かこの時は片方の羽根しか開かず、このままの姿勢で暫く動かなかった。

決して首を左右にコキコキしたりはしなかった。

切り株の上に乗っていた時間はホンの2分程。ポンと地上に降りておしまい。

明日はいよいよ猛禽類の出現で慌てて木陰に飛び去るシーン等飛翔画像の登場。


2015年4月8日水曜日

珍鳥ヤツガシラを徹底観察する!その3.  I thoroughly observe a rare bird Hoopoe ! Part3.

 ヤツガシラの徹底観察3日目は、採餌シーンの詳細レポートと砂風呂浴びのレポート。別に南薩摩で指宿名物砂風呂があるからではないだろうが、他の野鳥同様主翼の裏や胴体に居る寄生虫トリサシダニなどを太陽に温まった砂地に伏せる事で地熱?を利用して追い出しているようだ。東京のど真ん中の公園でカワラバトが行っていたし、川辺川の岩の上や球磨川支流のコンクリの堰の上でヤマセミが行っている画像を確認している。

 この寄生虫追い出しの行為は安全な場所で、身の危険をあまり感じない場所でしか行わないので今回は非常にラッキーだった。撮影者が大勢居たり上空を猛禽類やカラスが飛び回る時には行わないようだ。笠沙恵比寿のような直ぐ脇を道路が走り、狭い芝生を遠巻きに野鳥カメラマンが大勢居るような場所に毎年来て慣れてしまった個体はするかもしれないが・・・。

で、採餌の際の昨日の続き。小さな餌は昨日の幾つかの画像どおり獲ったらそのまま放り上げてパクリだが、大きな餌の場合は土の上でツルハシの様なくちばしで数回丹念に突いて殺してから飲み込んでいた。地中の餌を探す際のツツキと獲れた餌の処理のツツキは見ていて明らかに違った。詳細に画像を見たらやはり放り上げた餌のほうへ顔を移動させて飲み込んでいるのが判った。


この2枚はまったく同じエリアをトリミングしているので、昔のペラペラ漫画のように画像を交互にクリックしていただければ頭の動きが判っていただけると思う・・・って動画が撮れていればなぁ・・。

こちらは砂の多い場所でやたらと地面の土を掘り、自分の足で土を掻いて地べたを柔らかくしている場面。約2分間も続いた。ぐるぐる円を描いて回りながら行っていた。

主翼を多少広げながら、足で砂というか土というか足で羽根にかけている様にも見えた。

体をぶるぶる震わせながら沈み込んで、うつ伏せになっていく。

ドンドン腹ばいになって主翼を広げているようだった。

時折上空に眼をやり、頭上の敵機襲来の監視は怠らなかった。

2時間の間にもう一度芝生のど真ん中の砂地で同じ事を行っていた。多分地面の温度が高くて効率が良かったのかもしれない。此処まで伏せてしまうのでなかなか視辛かった。

明日は冠羽を広げたストレッチの模様をご紹介。