2020年1月25日土曜日

団塊世代は、何故だか今になって写真が面白くて仕方がない。 For the baby boomers, there is no choice but to make the photos interesting now.

 筆者は年に数回、合計2~3週間の熊本県人吉市滞在で、毎回ほぼ8000カット、年間で約2万カット程のヤマセミを中心とした野鳥の撮影を行ってきたが、そろそろ終活でもないが「まとめ」と成果創りに入ろうとしている。

 行けば毎回何らかの新しい発見があるので、一気にやめるという事が出来ないでいる。メインはCanonのフルサイズ・デジタル一眼レフカメラに明るい固定焦点の大砲レンズを装着して撮影するが、助手席にはもう一台フルサイズにズームレンズを装着した「飛翔画像」を主に撮影する軽いサブ機も置いている。軽いと言っても機材は3㎏弱程はある。

 さらにそれ以外、CanonのコンデジSX720-HSをすぐ手の届くところ、もしくはポケットに入れてとっさの対応に備えている。

 あらかじめ被写体を想定して、そのための準備に時間を掛け、それ以外には目もくれず一心不乱に撮影に臨む・・・様には、残念ながら筆者の性格が出来ていない。

 ファインダーを覗いていても、すぐによそ見をする。気が散る、目が移る。しかしこれがあるからこそ、ヤマセミを凝視しながらすぐ上の崖からハヤブサが飛び立ったり、ヤマセミの巣穴を20m以上離れた青大将が狙っているのを見抜いたりできるのだろう。常に勝手に良い方に解釈している。

 筆者の「写真撮影」に関する優先順位はまず「二度とないシャッターチャンス!」次に「誰も撮ろうと考えない被写体・モチーフ」3番目に「今までにないアングル・構図」であって、ピントや露出などはもっと後に成る。これではいけないと思いながらも治らない。要はプロの方との差が此処に在る。

 最初に手にしたカメラがカール・ツァイスのスーパーイコンタだから、1枚撮るにしても、ブローニーのフィルムを赤い丸窓で確認しながら手送りして、二重に見えるフォーカス画像を動かしピントを合わせ、シャッタースピードと露出を手動で設定し、最後にシャッターのレバーを手動で上げて、撮るのだ。正直大変面倒くさい。
父親から奪うように使い始めたドイツ製カールツァイス・スーパーイコンタ。

 だから、中学校時代にはまった鉄道写真は、蒸気機関車の汽笛を聴いてからセッティングしたのでは間に合わず、いつも後ろ姿とテールライトばかりを写す様な有様だった。

 それが、時代が進み、今は何と!一回シャッターを押すと秒間14コマという恐ろしい画像が量産されてしまう事になった。AFがターゲットにピントを合わせる前に慌ててシャッターを押すと、ピントが外れたまま十枚以上の画像が無駄に撮れてしまう、恐ろしい時代になったのだ。

 こうなると、カメラの機能の発達・進化に伴う複雑な操作修練にばかり時間と頭脳を奪われ、写真撮影の基本、被写体=ターゲットの事前調査やシャッターチャンスを逃さないための撮影者としての訓練、長時間屋外での撮影に耐えられる精神とフィジカル・トレーニングを疎かにしがちだから要注意だ。

 いくらカメラの機能が発展し便利になっても、シャッターチャンスやアングルは人間の反射神経とセンスの問題なのだ、自分自身で磨くしかない。
 パソコンと同じで、カメラもただの精密機械だから、どんなに高価な最高機種でもそれだけでは写真は撮れない。人間が被写体にレンズを向けてシャッターを押さねば何も写らない。

 その人間にしかできない反射神経やセンスの部分を磨くには、間違いなく優れたプロの写真家の真似から始まると言って良いと思う。それには完成品の作品だけ写真展や写真集を観続けてもだめだと思っている。その1枚がどういう経緯で、どういう下準備で撮られたものかを想像・推察して自分に当てはめ、学んで生かさないと自分のモノには成らないと思っている。
 それには、プロの写真家が述べている本を読むか、対談話を仕入れて読むか、直接ご本人に伺うかしかない。

 筆者にとっての教師は幾度もこのブログで紹介している通り、あの佐藤秀明さんだ。

 まずその撮影活動における守備範囲の広さに唖然とする。カヌーで河も下ればヒマラヤの高山にも登る、ハワイの大波のビーチに行けば、空気の希薄なチベットへも行く。たとえば伝説のハワイがテーマであれば、とことん調べ画像に収録する。その行動範囲は信じられないほど幅広い。

  例えばハワイをベースにその深く広い活動を見てみると、単なるサーフィン写真家などという簡単な方ではないことがすぐ判る。

 佐藤秀明さんと言えばハワイの波とサーフィン、古い佇まいの建物や街の写真で有名だが、決してそれだけではない。えらく奥が深いのだ。よほどハワイに魅了されたのだろう。そこいらのチャラチャラしたハワイ好きとは根本が違う。




雑誌POPEYEの1982年の1月10日号ハワイ特集の表紙がこの写真のパクリだった。

自分にとってのHAWAIIのバイブルだったポパイの1982年ハワイ特集。当時筆者34歳!


筆者にとっての出だしの一歩が、此の角川文庫の片岡義男さんのシリーズに掲載されていた佐藤さんの写真群だった。

 景色や空気を撮るかと思えば、人の生活空間に深く入り込み、追い続け撮り続ける。

 猫ばかり追いかけたり、人のいない広い大平原の動物を野営しながら追いかけたり、芸能人や裸の女性など一見綺麗なモノばかり追いかける写真家とは全然違う。興味を示す世界・分野があまりに広いのだ。普通の人たちとは脳と心の出来が違うのだろう。

 彼の作品は、ただ「いいなぁ!好きだなぁ!」という人とは別に、自分で写真を撮る人にとって「凄いなぁ!大変だったろうなぁ!」という感動を与えてくれる。撮り直しのきく作品はまず一枚もない。素人が見てもその瞬間しか無かったろうシャッターチャンスが佐藤さんスタイルの魅力だと思っている。

 なおかつ、文章力は全写真家さんの中で頭抜けて凄いと思う。いわば写真・文章を一人で全部片づけてしまう数少ない存在だと思っている。いわばアナログ時代からのブロガーの元祖に近いのではないだろうか?

 守備範囲の広さは、単なる写真家ではなく画像レポーターと言った方が良いかもしれない。

 佐藤さんには1,000年掛かってもその足元にも届かないが、1日最低100カット以上の撮影を心掛けて、コンデジを懐に今日も学びシャッターチャンスを探して動き回る団塊爺なのだ。