2015年8月14日金曜日

霧が峰八島湿原と蓼科山御泉水自然公園レポート、その6。 This is the nature report of Tateshina-highland and Kirigamine-highland in a mid-summer Part 6 .

 昨日の黄色い高山植物レポートにコメントを下さった方々、感謝です。本来はヤマセミを主体とした野鳥のサイトにも関わらず高山植物のご紹介がこんなに好評だとは思わなかった。やはり多くの方は野鳥だけではなく大自然の生き物全て=動植物に興味をお持ちだという事が良く判った。

 ブログを主宰する側としては、毎日更新する中でマンネリを防がねばならないという強迫観念を常に持っており、野鳥以外の投稿でも充分楽しんでいただけるという事が判り今回のシリーズは大きな意味があった。

 郊外とはいえ首都圏に居住している身としては、毎日珍しい野鳥に接す事が出来る環境に居るとはとても言えない。これからも自然界の動植物全てに幅を広げて投稿内容のバリエーション拡大に努めたいと思う次第。

 今日の内容は昨日に引き続き、黄色以外の高山植物の投稿をメインにしたい。

真夏の一番人気ヤナギラン、朝霧の中での撮影。

花一杯に朝露をつけたヤナギラン拡大。

このヤナギランは9月も末になると白い真綿のような毛で覆われる。ノビタキも留まる。

ベニシモツケソウ。

シモツケソウの白花と紅花が混合の群生エリア。古木にホオアカが留まる。

可憐なハクサンフウロ。

ハクサンフウロ。

少し赤みの強いアサマフウロ。

ノアザミ、セセリチョウほか多くの蝶が留まる。

ヒョウモンチョウが留まるフジバカマの一種ヨツバヒヨドリ。

ヤマホタルブクロ。平地のホタルブクロより色が濃いようだ。












2015年8月13日木曜日

霧が峰八島湿原と蓼科山御泉水自然公園レポート、その5。 This is the nature report of Tateshina-highland and Kirigamine-highland in a mid-summer Part 5 .

 野鳥達の宝庫としても霧が峰・蓼科エリアは人気の場所だが、写真撮影愛好家にとって動かない被写体「野の花・高山植物」の宝庫でもある。里の花の時期が春先であるのに対し、標高1600m以上の八島湿原は初夏から真夏が花のピーク。毎週末通ってくると言う人にも出逢った。

 確かに今まで野鳥、野鳥と目を皿のように見開いてきたが、今回は蝶や高山植物にも眼を向けて色々勉強になった。湿原の花の専門家ではないので撮影中はその名前も判らなかったが、画像処理と共にパソコンで名前を検索出来た。今は昔のような植物図鑑だけではなく、季節、場所、花の色、形等をから逆引き図鑑のようなものもあり大変便利になった。

 今日はまず黄色~オレンジ系の色の花だけをアップ。

尾瀬や奥日光戦場ヶ原でも人気のゼンテイカ(=ニッコウキスゲ)1日で花は閉じてしまう。

オミナエシ、秋の七草に数えられている。

黄色いオミナエシの後ろに見える紫の坊主はワレモコウ。

メタカラコウとワレモコウ。ワレモコウは漢方薬草の一つ。

ワレモコウに留まるアキアカネ。成虫に成り立てでまだ赤くない。涼しくなると里に下りる。

マルバタケブキの群生。

マルバタケブキ。

キンバイソウ(キンポウゲの一種)

フシグロセンノウ

朝霧の中のフシグロセンノウ

コオニユリとキアゲハ


2015年8月12日水曜日

霧が峰八島湿原と蓼科山御泉水自然公園レポート、その4。 This is the nature report of Tateshina-highland and Kirigamine-highland in a mid-summer Part 4 .

  昨日のこのブログで朝露に濡れたヤナギランの画像を見て、自分の失敗談を送ってくださった方が居た。場所は別の高原だそうだが、やはり早朝ハッセルブラッドのデジタルバックを三脚につけて花を中心に撮影したそうだ。八島湿原と異なって人のいない場所で木道は無かったそうだ。

 しかし山道は狭く、三脚がなかなか上手く開けない場所だったとの事。結局夢中で撮影中足元が滑り、カメラ三脚ごと露にまみれた草原に倒れこんでしまい、全身びしょぬれになったそうだ。勿論カメラはずぶ濡れ、故障し残念ながら修理だけでは終わらなかったと言う。その失敗以降CANONのフルサイズ上位機に替え機動力を増し、良い画像が沢山取れたと体験談を頂いた。

 やはりカメラは撮影被写体の目的により種類や機能を選ぶべきで、お仲間の間で噂の話題カメラ、プロが使う名機ありきで「さー、何を撮ろうか?」などというのは愚の骨頂だと思う。この失敗談を下さった方は以前からお互いに撮影時のコツや失敗談、成功談をEメールで連絡しあっている北海道の方。被写体には事欠かないが、本州より自然環境の厳しい場所での経験談は非常に勉強になる。
 
朝8時過ぎになってやっと霧が晴れ八島湿原全域が見渡せるようになった。

ホオアカは木道から60m以上は離れた湿原の中で囀り続けている。

近くで撮れたのは湿原入口のゲート付近だけだった。

ホオアカのメスもしくは幼鳥?

コガラの小群が横切っていったが、繁殖後期なのだろうと思われた。

遠くの梢で囀る野鳥、戻ってパソコンで観たら何とアオジだった!異端児だろうか?

あと1ヶ月もすると湿原全体が黄色くなって草紅葉が始まる。9月以降半には冬鳥が見られるかも。


2015年8月11日火曜日

霧が峰八島湿原と蓼科山御泉水自然公園レポート、その3。 This is the nature report of Tateshina-highland and Kirigamine-highland in a mid-summer Part 3 .

 蓼科・霧が峰エリアの蝶の画像が続いたので、本来の野鳥はどうなった?というリクエストにお答えして、今朝は本当に少なかった野鳥類のご紹介。
 早朝4時前に現地駐車場に付いた際はまだ月の出ている濃霧の頃だった。100台ほどの駐車場にはまだ3台しか車は来ていなかった。その後午前5時までに20台ほどが到着したが、その殆どは高齢者の写真撮影がメインの人々。

 皆手に手に大きな三脚を持ち、ほぼ標準のズームレンズを装着した高級一眼デジカメ、或いはデジタルバックを装着した八ッセルブラッド系の中判カメラ、或いはフィルムバックのまま銀塩フィルム装着で撮影しようという愛好家もグループで来ている。たぶん全国から来るのだろう。

 しかし、真夏の行楽シーズン土曜日、狭い木道に大きな三脚を堂々と開いて結構混んでいて通行の妨げになる事を何とも思わない点が理解に苦しむ。しかもグループで連れ立って固まって撮影する、この辺りが高齢者の写真撮影者達が嫌われる一つの要因になっているのだろう。この湿原も直ぐに三脚持ち込み禁止になるだろう。もう高齢者で年金生活者も殆どだと思われるのに何故平日に来ない?何故一人ひとり間隔を置いてバラケて撮影しない?何故固まる?理解できない。リーダーに連なって金魚の糞か?

 こちらは500mf4の大きなレンズ、もしくは使い慣れた50-500ズームを小脇にストラップで吊るし、いざという時に使う一脚をデイパックに固定し身軽にしている。景色でも花でも昆虫でも野鳥でも、それで充分だろうと思う。しかし判で押したように皆同じスタイル、同じようなカメラ機材をよろよろしながら抱えて木道を歩く高齢者達。先輩達、或いは先生を中心とした写真撮影愛好家のグループ間の価値感、常識から逸脱すると仲間はずれにでもされるのだろうか?自分独自のスタイルを開拓したり、効率というものや他人への迷惑・マナーを考えないのだろうか?

 一体何のためカメラの機能が進歩したのだろう?何故手振れ防止のシステムが高級機種に装着されたのだろう?何故高解像度・高感度の技術が進んでいるのだろう?そうして何故それを活用しようとしないのだろう?写真撮影は出来るがパソコンを使えないのか?色々考えさせられた今回の高原撮影行ではあった。

 さて!ハッセルブラッドに三脚を付けて撮るプロ気取りの愛好家の画像のような訳には行かないだろうが、朝7時を過ぎてもまったく晴れない濃霧の中での撮影成果を今日はアップする事にした。まさしくこれが「霧が峰」

まだ月の出ている早朝4時前、既に数台来ている、地元なのか?はたまた遠方か?

最初に眼に入ったのがこのホオアカ。独特の鳴き声で直ぐに発見。夏の主役だ。

そのホオアカの数倍の啼き声でウグイスが間近で囀り始めた。こういう表に出てくるのは平地ではほんの春先のひと時だが、高原では普通の事だ。特に霧の朝は・・・。

もう高らかに囀りあげている。

ハバヤマボクチという高山植物、れっきとした地球の花で決して宇宙から来た花ではない。 

一番人気のヤナギラン!秋になると真っ白な綿毛で高原が一杯になる。

寄ってみれば判るとおり、露だらけ。全ての草木は光の良い朝8時過ぎまでこの状態。

霧の中、シシウドの隙間から目立つのはコオニユリ。平地に咲くオニユリとは微妙に違う。

コオニユリは花枝の付け根にむかご状の粒が付かない。茎も少し華奢。


 

2015年8月10日月曜日

霧が峰八島湿原と蓼科山御泉水自然公園レポート、その2。 This is the nature report of Tateshina-highland and Kirigamine-highland in a mid-summer Part 2 .

 蓼科・霧が峰エリア滞在時間は結局30時間足らずだったが、自然界真夏の動・植物に接するチャンスは非常に多かった。蓼科山の山麓から望月・春日の里に小さな尾根を2つ越えて降りる途中でもサンコウチョウの声や長い尾を引いて針葉樹の林間を斜めに下りていく姿を走る車の中から観る事が出来た。

 樹齢7~80年は経っているだろうと思われる立派な赤松林が相当広い範囲に存在し、さぞ秋にはマツタケが生えるのではないかと訊いたが、そうでもないと。土壌が肥えすぎててマツタケが出ないという。天然マツタケは肥沃な土壌の松林には生えてこないという。表土に栄養が無く下草が生えない松の枯れ葉程度の地表斜面に生えやすいという。また落雷の多い年には豊作だという。一体自然のメカニズムはどうなっているのだろう?

 昨日の続きで、蝶の画像をアップしてみた。ヤマセミやその他の野鳥の撮影でも、何処かに留まっている野鳥より、飛んでいる野鳥のほうがフォルムが綺麗で好きだという事は何度もこのブログで説明したとおり。しかし、蝶やトンボとなるとその複雑な上下動や急旋回で飛んでいる姿は非常に捉えにくい。反射神経やカメラ機能のサポートが無ければとても無理だろう。ツバメの空中追い写し撮影より遥かに厳しいのが実情だった。
今年はこのアサギマダラが異様に蓼科高原・霧が峰付近に集中していたが、全国的な動きだろうか?
 
八島湿原でも蓼科御泉水自然園でもフジバカマに集まる事が多かった。

空中姿勢は野鳥等とはやはり違う3次元の立体的飛翔フォルムだ。

ヒョウモン系の蝶、ヒョウモンチョウ(=ナミヒョウモン)との子と。友人の昆虫博士に確認。

熊本県の市房山山麓にもいたサカハチチョウ(夏型)やはりフジバカマで吸蜜中。

あと1回、蝶の特集を行い、その後野鳥編、植物編、風景編につなげる予定。乞うご期待。




2015年8月9日日曜日

霧が峰八島湿原と蓼科山御泉水自然公園レポート。 This is the nature report of Tateshina-highland and Kirigamine-highland in a mid-summer.

 8月8日(土)の未明、午前0時に武蔵野を出て長野県の霧が峰高原・八島湿原を目指した。6年ぶりの八島湿原における真夏の野鳥撮影に向かったのだ。東京都心では史上初8日連続で35度超えの猛暑日が続き、異常気象とされていたが、果たして標高1600mmの八島湿原はどうだろう?期待はあまりしなかったが、その少ない期待を遥かに下回る成果でがっかりした。

 今年は野鳥が異常に少なかった。いつもは必ず居るはずのノビタキが全然居ない。ホオアカも数える程度。アオジにいたっては全然見えない。相変わらず居るのはウグイスだけ。標高1600mの八島湿原でも朝9時を超えると暑くて外に居たくない感じだった。

 野鳥は少ないものの、今年はアサギマダラという長距離を飛ぶ大型の蝶がやたら多く、非常に驚かされた。大型でフワフワ飛ぶのだが、前回来た時には目に入らなかった。今朝蓼科山の御泉水自然公園(標高1830m)にも沢山居たので今年は暑さのせいか高所に逃げているのかもしれない。自然の不思議を再び感じた。

まずは八島湿原での蝶の画像をご紹介。









 オニユリにぶら下がるキアゲハ、アサギマダラは胴体・顔までマダラ模様。最後のタテハチョウは羽根を閉じると真っ黒なので露出を超アンダーにして撮影した。閉じたときにアルファベットのL(エルが見えるので、エルタテハチョウだと思われる。その他、花や野鳥も順次アップ予定。


2015年8月8日土曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #123.」 ヴァン ヂャケット倒産後 まずは職探し。

 完全にヴァン ヂャケットを退職した時点で筆者はまだ車の免許も無い上、小さな子供を含む家族を抱えて安定した収入が必要な環境下に在った。とりあえずヴァン ヂャケットの経験を生かしてファッション系のアパレル企業に進むのが一番ストレスが無いと判断し、新聞の求人広告を探した。 その頃我が家は今と異なって朝日新聞を取っていたので、朝日求人広告欄を探し始めた。
 当時は高度成長期のさなか、求人欄だけで2見開き、つまり4面全部が埋まるほどだった。要は今では考えられない人手不足の時代だったのだ。その反面、まだまだリクルート・就職情報等の職探しの専門雑誌は世の中に目立って存在せず、新聞以外の求人情報メディアは在ってもまだ目に付かない時代だった。

高度成長時代の新聞求人広告は見開き2面あるのが普通だった。

 その朝日新聞の求人広告を見て、モノの10分も経たないうちに、日本IFGトリンプと言う会社が宣伝課長を募集しているのに眼が止まった。調べてみたら外資で世界一の女性の下着メーカーだった。そこで考えた、「今まで男性のファッション関係の業界ナンバーワンの会社に居たのだから、センス的にヴァン ヂャケットに数段劣るメンズアパレルの会社に、いまさら入り直したところで自分にとっては何の進展も無い!いっその事、次は女性ジャンルも有りかな?
 但し女性と男性で一番違うのが下着・補正着の特殊性だ。そうだ!まず基本の下着メーカーにとりあえず応募して、女性ファッション界の勉強をしよう・・・。」

 最終的に女性ファッション・アパレルの世界に進むのであれば、この下着メーカー会社がその業界の入口の様な気がしたのだった。浜松町から羽田空港行きのモノレールに乗って
東京流通センター駅で降り、隣接したビルに其処の本社が在った。
 物流倉庫と本社が直結している、外国に良く在る無駄の無い企業のスタイルも少し気に入った。トリンプと言う会社はまだ東西にドイツが分かれていた冷戦時代、西ドイツが本社(当時)の世界最大下着メーカーだった。(※現在トリンプインターナショナルは本社スイス。)


ロゴは時代と共に変化している。このロゴも1978年当時とは少し違っている。
 
 当時日本の女性下着メーカーでは京都本社のワコールがダントツの売り上げ1位で、トリンプは業界2位だった。しかし業界のシェアバランス(占有率)から言えば1位が在って2位、3位が無く4位にトリンプと言うような感じだった。

 予め郵送で履歴書を送り、書類審査を経て指定された日時にトリンプへ面接に行った。面接官はマーケティング本部長で、髪型も風貌も作曲家の黛敏郎氏に非常に良く似ていた。 彼は暫く履歴書を見て、直ぐにこう言った。「そうかVANさんにいたのか?大変だったねー」その後こういう質問をされた。ニコニコしながら「3分間で貴方の自己PRをしてみてください。」
浜松町からモノレールで通うTRC。まだ天王洲アイル駅は無かった。

 そこで、VANで何をしてきたか等は一切語らず、「今後トリンプの製品をどうやったら販売員が売りやすく出来るか、あらゆる方法でバックアップします。ターゲットに対してどのようなアプローチ方法が一番効果的か、一番費用対効果が高いか判断し実践します。宣伝・販促・売り場・店舗デザイン施工に至るまでアパレル業界での人脈と経験を生かせます。」言ったのはこれだけだった。

 マーケティング本部長の決断は早かった。「よし判った、採用します。君に決めました!」それこそ「えっ?ウソ!そんなに簡単に決めて良いの?」が正直なその時の気持ちだった。

 本部長が筆者に決めたのはこういう理由だった。まず面接を既にこの10日間で30名ほどやってきて、もういい加減疲れていたそうだ。それにVANの大ファンだったとの事。 決め手は今までヴァン ヂャケットでどういう肩書きで、どんな成果を挙げてきたか、部下は何名で給料は幾らで・・など過去の自己PR話を一言も言わず、このトリンプに入って自分が何を出来るか、具体的に会社に何を貢献できるか話をしたのがまさに決め手だったそうだ。これは採用が決まった後に人事担当者から聞かされた事だった。

 そうして、マーケティング本部長はこう続けた。「では、色々準備等あるでしょうが、いつから出社可能ですか?普通は1週間後か10日後ですが・・・。」
 デジャ・ブ・・・ではないが、初めて石津謙介社長に逢った時の事を想い出してこう言った。「職を求めてきたのですから、働けるものなら今日の午後から働かせて頂きます。」そうしたら、意外な言葉が返ってきたので驚いてしまった!本部長はニコニコしながら「そう言うだろうと思いましたよ。ハハハハハ!」だと。この本部長、只者ではないな・・・と思った。

 こうして、ヴァン ヂャケット倒産後、事実上空白の無駄な日は一日もなく、次の職場に通うことになったのだった。しかし、この外資系の会社での話はどう逆立ちしてもヴァン ヂャケット時代ほどの波乱万丈の面白話は無く、記憶に残るのもほんの幾つかしかない。次回以降、これらの話にすこし触れてみたいと思う。