2019年2月2日土曜日

団塊世代が電気自動車の普及はそんなに簡単ではないと思う理由。 Baby-boomer know about the difficult reason of Electric Vehicles development and spread.

 昨日、上野の国立科学博物館へ行って「日本を変えた千の技術展」を観てきた。この手の技術展は遠い昔、小学校時代に博覧会で観たような気もする。筆者が小学生時代、福岡県北九州の小倉市(今の北九州市)で開催された「小倉博覧会」や’70年の大阪万博でも似たような経験が記憶に在る。


しかし、かの有名な米国ワシントンDCに在るスミソニアン博物館も、英国ロンドンの大英博物館も、今回の「日本を変えた千の技術展」など足元にも及ばない数十倍規模の素晴らしい現物展示物が常設であるというのに、入場料は無料だ。自分の国の技術と歴史に誇りと自信を持っているからだろう。

 それに比べると今回の、ほとんどがパネル展示と企業からの提供物で済ませている展示会に、70歳の古希老人からですら¥1,600を徴収するというのは一体何なんだ?
 美術館が最近65歳以上無料という所が増えているのに、こういった産業技術関係の資料財産展示分野において我が国は明らかに後進国だ。

 これを考えると我が国ニッポンはなんと恥ずかしい、情けない国なのだ。一体どこが観光立国なのだ?上野の科学博物館の入り口で青い目の西洋人が驚いていたっけ。中途半端な英語力ながら、驚かれている意味が判ったので、とてもじゃないが合わせる顔がなかった。文部科学省や経済産業省、内閣はいったい何を考えているのだ?この大バカ者!
展示内容の貧弱さに対して1,600円は詐欺とは言わぬが、明らかに高すぎると思う。
           
 この話はまた大掛かりにシリーズでお送りするとして、今回のブログはその「日本を変えた千の技術展」でもマツダのロータリーエンジンが展示されていた「自動車」の電化に関する話だ。


半年前くらいに筆者も参加しているFacebook に何処か日本の自動車メーカーのEV自動車のPRが投稿されていて「良いですね!すぐ買います」だの「これに乗ったらガソリン車になど戻れませんね?」などというヤラセ投稿丸見えの「いいね!、いいね!」があった。しかし、どこまで本当なのだか、逆に眉唾モノ、絶対嘘だよな?と思える展開があって驚いたものだ。

 この自動車のEV化とAI化が今すぐそこに見えているような記事が、最近あちこちで既成事実かの様に多く見受けられるようになったが、筆者は「絶対にそんな時代は急に来る訳がない」と思っている。

 中でも最近AIという言葉がメディアを盛んに賑わせているが、本当のAIに貴方は出遭ったことがあるだろうか?将棋の名人たちが戦い「勝った負けた」と騒ぐのは決してAIではなく、コンピュータの将棋に特化したエキスパートシステムなのだ。
 つまりある部分だけに特化したシステムで、よくYoutubeなどでカブトムシみたいなロボットが階段を上がったり下りたり、ホンダのアッシモの様な人のようにスキップやジャンプやダンスをしても、売りはただそれだけ、転ばないで人間のように動けますよ、凄いでしょ!なのだ。あの動態ロボットはただそれだけに特化していて、何か物を作ったり自分で考えて物をしゃべったりはしないのだ。階段を下りてきて「今の段数は?」と訊いても答えられるわけではないのだ。
アッシモが将棋で人間を負かすことが出来たり、子供や老人の介護をできたり、今晩の食事のメニューを考えて自分で造くったり出来ればAIと呼ぶに近い存在になろうが、そんなものここ数年のうちにできる訳が無かろう?

 あのアーサー・ミラーとスタンリー・キューブリックの共作「2001年宇宙の旅」だって、当時1969年頃は今すぐにでも出来そう、つまり2001年には実現するだろうと多くのメディアマスコミが書いたが、実際はどうだ?いまだに数名が滞在できるタンクのような小さな宇宙ステーションしか宇宙に浮いてないではないか?

 逆に言えば1969年以降月に人類が下りたのは1972年アポロ17号が最後で、これ以降もう50年弱人類は隣の月にすら降りていないのだ。これは国家予算を莫大に食って行ったプロジェクトで一体何が得られたのかというコストパフォーマンスの問題なのだろう。
 これが掛けた予算に見合うだけの収穫がなかったという事で、実際のところ、人間が他の星、例えば火星に行くなどという話はもうとっくにとん挫しているのだ。人間の寿命と宇宙の移動に要する距離・時間の関係を考えれば答えは当の昔に在ったろうに?

 SF映画のように人間を冷凍保存だか何だかして数十年を飛び越えて遠い星へ行って帰っても、戻った時には知っている人は誰も居なくて、犯罪者扱いされて殺されたりしかねないのだ。幕末の咸臨丸のように国へ戻ってきたら国の体制が180度逆転していたなどと言う事態に絶対ならないとは言えまい?浦島太郎どころの話ではない。
 
 これを考えたとき、AI運転自動車だの電気自動車が今すぐこの先普及して世の中が変わるなどという「妄想・ウソ」をメディアはこれ以上流してはいけないと思う。
 トヨタが開発を進めているH2水素自動車の方が遥かに実現性が高いという論評を最近目にした。

 その論評だと、電気自動車が普及したら「電気」というエネルギー供給ステーションに滅茶苦茶な混乱が起きるというのだ。どんなに頑張っても現在のEV・電気自動車用の蓄電池(=バッテリー)に電池を充満させるには、80%程度電気を満タンにするのに30~50分は掛かるという。

 今ですら混雑する安いガソリン・スタンドで、先に入った車が1台いて待たされるだけでイラついて喧嘩を起こすという人間たちが、給電に30分も40分も待てるだろうか?
 人間は信号待ちのイライラですらトラブルを起こす生きものだ。後ろからせかされてパッシングされただけで、怒り車ごと幅寄せしてぶつけようとする生き物なのだ。
 そんな短気な生き物が今までガソリンの時代にせいぜい5分10分で満タンにして済んでいたエネルギー補填に30分も40分も黙って待つ訳がなかろう?

 だからEV車のPR・Facebookに「いいね!」をして「私すぐ買います!」などと投稿する人はウソかヤラセだというのだ。

 それに1リットル130円程度のガソリンを6~80リットル入れてくれてやっとペイしているガソリンスタンドが1,000㎞走るに必要な電気(1000円程度)を売って果たして商売になるものだろうか?
 リッター20㎞走るハイブリッド車でも1000㎞走るには6500円掛かるからこその需要でやっていけるガソリンスタンドが、同じ比率で行けば1台当たり1000円の収入に減ってまでエネルギー供給ステーションを営業するとはとても思えない。

 したがって、今日本国中に30000箇所あるガソリンスタンド全てて電気供給をして初めて今のEV車の航続距離でもなんとかなりそうなのに、今の電気供給ステーションの数では筆者などが生きている間に電気自動車が走り回るなどという事は夢のまた夢だろう?

 ガソリン車が二酸化炭素をまき散らして走り回るから、地球温暖化が起きる。だから二酸化炭素を出さないクリーンエネルギーの電気自動車=EV車を進めるのだ・・・って?馬鹿言っちゃいけない。電気自動車の「電気」が一体どうやって作られているか?

 世界の発電方法は、石炭火力40%、天然ガス20%、水力が17%、原子力が11%、水力を除く地球埋蔵化石燃料を燃やして発電しているのが全体の70%以上に及ぶのだ。走る車だけがクリーンでもどうしようもないことは明白だ。
 大手広告代理店勤務中~2009年に毎年行われる「エコプロダクツ展」に出展したセブン&アイ ホールディングスの仕事を担当して大変勉強したのでよく判っているつもりだ。

 この会社の環境に関する気の使いようは信じられないほど真剣で、売っている商品すべてに二酸化炭素をどれだけ出してこの製品が出来ているかを明記するというのだ。2007年当時では考えられないことを行っていた。

 話が飛んだが、車の問題は物理的な燃料の話だけではなく、AIで自動運転された車と酔っ払いの人間や血気盛んな暴走族まがいのドライバーの運転する車が接触事故を起こした場合の法的処置の問題や、AI自動運転車のスリップや霧での自損事故、機械的故障事故で死人が出た場合の補償はどうなるのかなど問題は山積みだ。

 そう簡単にAIだの電気自動車が、「今すぐにでも実現するなどという情報を拡散すべきではない!」と団塊世代の爺が言う理由はここに在る。スマホを見ないと自分の行き先すら判らないような現代人にはなおさらな事だろう?