2017年12月6日水曜日

ツリスガラは面白い野鳥だ。 European Penduline Tit is so interesting wild-bird.

 熊本入りした初日のブログでツリスガラの姿を今年も観る事が出来たと報じたが、落ち着いたので画像をよく視てみた。

 1970年代から九州中心に飛来するように成ったようで、それまでは迷鳥扱いだったようだ。枯れた葦の茎に棲み付き越冬するカイガラムシの一種を食すのが好きだそうだ。オオジュリンなどとも同じと見える。時にはシジュウカラなども枯れ葦の茎をパキパキ音を立てて割り、中のカイガラムシなどを食しているから、野鳥は冬の枯れた葦に宝物が入っているのを知っているようだ。

 このツリスガラ、関東ではまずなかなかお目に掛かれない野鳥だ。いろんなサイトを観ると神奈川や茨城でも目撃があるようだが、基本的には九州中心の西日本だろう。

 熊本にお住いの野鳥観察に関しての大先輩から教わったポイントに、此処3年間連続で飛来している。同じ場所に来るというのは子孫に伝え繋がれて居るのかもしれない。河川河口部に近い水路や沼などの枯れ葦密集地に来る様だ。球磨川本流河口部・前川土手の葦原にも居た。

 最初に見た時から画像を見て不思議に思う事がある。それは両目の真ん中のおでこの部分に穴が開いている個体が居るのだ。どういう仕組みなのか判らぬが、一体何だろう?ご存じの方はぜひ教えて頂きたい。
車の中からレンズを向ける分にはこちらを視はするが警戒はしない。

やはりチョウゲンボウなど猛禽類に警戒しているようだ。

葦沿いにクルマを超低速で動かすと、パキパキと音がしたら観察をするとツリスガラが群れで居ることが多い。

固まって行動するので見つけやすい。

此の両目の真ん中のおでこの穴が気になって仕方がない。

葦の茎を割った画像がこれ、白い点々がカイガラムシ。

おでこに穴の無い個体もいるが若鳥なのだろうか?

主翼の裏は白い。ニュウナイスズメもアトリ系も白いので群れで飛んだ場合は見分けがつきにくい。


2017年12月5日火曜日

ミコアイサのメスの画像から判った大ドジ! I was big misunderstanding about Smew Male and female.

 撮影し終った画像に手を付けていなくて、ミコアイサのメスの画像を詳しく見ていて、ブログにオスも載せた方が良いだろうと思い、2年前人吉盆地で撮影したミコアイサのオスの画像を再度視て腰を抜かしそうに成った。
 当時はパンダガモとか言って喜んで白いオスの個体だけ注視していたのだが、何かに驚いて飛び立ってしまい、飛翔シーンが撮れた際の画像を今日改めて観て後ろに付き添っているのがメスではないだろうかと思ったのだ。

 2年前はミコアイサのメスなど観た事もないし、オスと色が違うとは思いもよらなかった無知な自分だったため、何か変なカモが付き添って飛んでいるな・・・程度の認識でしかなかった。

 どうやら付き添って飛んでいるのがメスらしいので、今夜全カットを精査して調べてみようと思う。




パンダガモとして有名なミコアイサのオス

空飛ぶお銚子と言った人もいるらしいが・・・。


果たして後ろはメスのミコアイサだろうか、調べるのも面白い。


2017年12月4日月曜日

人吉市におけるヤマセミ事情通第一人者をご紹介! This is introduction about the Crested kingfisher well-informed person authority in Hitoyoshi !

 人吉市におけるヤマセミ観察先駆者で今年人吉市がそのヤマセミを市の鳥に制定した原動力の方をご紹介したいと思う。
 全国から人吉へヤマセミ撮影、観察に来られる方でこの方にお世話人在った方も随分いると思われる。
 人吉市西間下町にお住いの古江之人さんがその方だ。奥様の昌子さんと一緒に数十年前、20世紀から球磨川流域の野鳥に関する定点観察をされてきた。
        
人吉駅前のPRスペースでヤマセミ中心の写真展示を行っている古江さんご夫妻。奥様の昌子さんはお茶の先生で、なおかつ呉服業界のプロ、同時に御手製の菓子創作がお得意のパティシエだ。

 その記録をちょうど10年程前2007年に「球磨路の野鳥たち」というタイトルでまとめ自費出版されている。そのやわらかいタイトルに比べ内容は学術的にも非常に貴重なものばかりで、オーストラリアから来日したキアシシギの研究家アラン・スチュアート氏などからも絶賛された資料だ。

 筆者がヤマセミにハマったのも間違いなくこの古江さんが居られたから。見習うべき行動力、情報収集力、幅広い人脈、単に干支が同じ鼠年で一回り先輩というだけではなく、その経験値と人格は「我が振り直す」に非常に良いお手本的存在だ。
 個人的のみならず、野鳥観察、撮影時におけるルール・マナーに関しても学ぶべきことの多い模範者だ。地元の情報誌などに定期的に野鳥の記事を掲載、解説されている姿を見て筆者も強く影響を受け、SNS(WEBサイト・ブログ・Twitter/Facebook)で情報発信を心がけ始めたのだ。

 今年3月、ウグイスに続いて人吉市のシンボル野鳥に制定されたヤマセミ。この運動の原動力がまさに今日の古江之人さんなのだ。動きは2006年頃にさかのぼる。1980年代から球磨川流域、特に人吉市内の野鳥をご自宅の二階(これが球磨川を眼下に左右2kmを一望に出来る絶好の環境なのだ)からの観察中心に、人吉盆地全域を車で巡回し人吉市におけるヤマセミの特異性を発見されたのだろう。

 2010年4月1日、初めて人吉に来てその日の夕方、生でヤマセミに遭遇できた筆者も、翌日球磨川土手で初めてお逢いした古江さんから話をお聴きし、全力を挙げて「ヤマセミを人吉市の鳥に!」の運動をサポートしようと、支援を開始した。

 7年間は掛かったが、人吉市の前市長も現在の市長も応援して下さり、ついに今年の3月1日付で市の公式発表となった。たかがシンボル野鳥にヤマセミが制定されただけ…と思われる方も多いとは思うが、実際当事者としてサポートを行ってみると、決して多くはないが反対の声もあったりしてなかなか難しい事ではあった。

最初の画像にも奥に見えるが、古江さんが一時主宰されていたWEBサイト(現在は閉鎖)に掲載されていたのを偶然見て、大変魅かれたのがこの写真。筆者の最初のヤマセミ写真集にも無理をお願いして掲載させて頂いた。本来山奥に居るはずのヤマセミが川舟に二羽でとまっている・・・これは只事ではない!是非人吉へ行ってみようと思ったのが人吉市との縁のきっかけの一つだ。
人吉最初の宿泊先のフロントで頂いた人吉市の野鳥マップ。この裏面に掲載されている地図上のヤマセミマークを観て球磨川土手に赴いたところ偶然お逢いしたのが古江さんだった。なおかつ、このマップをお作りに成ったご本人だったのは、今考えてもまさに運命の奇跡としか思えない。
平成19年、つまり2007年今からちょうど10年前に自費出版された「球磨路の野鳥たち」此処まで詳しい定点観察データとしては類を見ない学術書だ。
その古江さんに褒めて頂いた初心者の自分としては、有頂天になった初期のヤマセミのジャンプ写真。




人吉の知識人ナンバーワンの前田一洋さんといっしょに。

クロツラヘラサギの研究では世界的権威の高野茂樹博士と一緒に。

古江さん人吉高校の同級生と一緒に。

今年はRKKラジオ熊本の「球磨川スピリッツ」に呼ばれ、計5週分の収録を古江さんのお宅でさせて頂いた。

毎日車でヤマセミの生態を巡回してメールで教えて下さる。辻先生ご夫妻共々感謝に耐えない。

2017年12月3日日曜日

ヤマセミと世界で一番多く遭遇し続けている方が人吉市に居る。 I would like to introduce those who encounter the most in Crested kingfisher in the world.

 2010年4月1日、エイプリル・フールの日に生まれて初めて人吉市でヤマセミに遭遇して以来早やくも7年半が過ぎた。その間人吉市には40回以上訪問し、延べ滞在日数は200日を越えた。

 ヤマセミを撮影したカット数はブレやピンボケ含めて遂に13万カットを越えた。勿論銀塩フィルムの時代とは異なり秒間12~14コマの連写が故の量だが、パソコンの外付けHDがデスク下に増えるのを視つつ、自分自身の制御が留まらない現状にため息が出るばかり。

 しかしこんな事で驚かれては困る。人吉市にはヤマセミに関して筆者など足元にも及ばない観察歴をお持ちの方が二方おいでだ。

 人吉市の開業医、辻正彦氏と球磨川流域の野鳥観察を数十年間続けておられる古江之人さんだ。それぞれ独特の観点からヤマセミに接しておられ、共にキャノンとニコンの差はあれ、多分国内ではヤマセミに一番近くでなおかつ数多く接しておられる方だと思う。

 毎朝このお二方と、辻先生の奥様を加えた3名が毎朝球磨川土手のウォーキングや車での巡回観察中ヤマセミの動向を携帯メールで送って下さる。これが故、この3名の方の六つの眼で観察された球磨川のヤマセミの動向・情景が東京に居ながら毎朝手に取るように判るのだ。しかもこの3名はそれぞれ毎朝観察ルート・時間が異なるため、途中で合流したり交差したりして情報交換もされているが、人吉市内中心に流域5kmの範囲をカバーしているため2~3ファミリーの詳細生態が観察出来ている。

 こんなに恵まれた環境下でヤマセミの生態観察が出来る筆者は本当に幸せ者だと思う。毎朝人吉の方向に手を合わせるのは決してヤマセミ神社(=矢黒神社)へだけ拝んでいるのではなくこの3名の方への感謝を兼ねている。

 今日はその中で辻先生をご紹介。辻先生(=辻正彦氏)は1879年創立の名門熊本県立濟々黌高校(せいせいこう・こうこう)から国立熊本大学医学部を卒業後、東京女子医大、その他大手医療機関を経て人吉市に辻 循環器科・内科を開設され、日々医療活動を行っておられる。

 毎朝7時2分前にご自宅を出られ、7時ちょうどに赤い繊月大橋の右岸アンダーパスを通られる。筆者が人吉市に滞在中はこの時間にここで待ち合わせる事が多い。その時間の正確さは他に類を見ない。自他ともに規律や約束事、マナーに非常に厳しい辻先生らしいスタイルだ。

 この先生の辻医院へ是非行かれる事をお薦めしたい・・・と言ってもけっして病気に成れと言っているのではない。そのユニークな待合室の佇まいを観て頂きたいのだ。辻先生が撮影された球磨川流域の野鳥写真が沢山、所狭しと待合室から診察室まで飾られている。

 中には、非常に貴重と思われる生態画像も含まれており、研究者など息をのむような場面があったりするから楽しい。辻先生自体、白衣の下は黒っぽい装いで、時には迷彩服だったりするので非常にユニークなお医者様という感じだ。
仕事の顔で正しい姿の辻先生と診察室

こちらが待合室の一部

治療室への入り口は更に写真が多い。

数階建ての辻医院の入り口。

現在、滅多にデジスコは使用されないようだ。毎朝1万歩程度は歩かれるようだ。

普段は厳しいお医者さんだが、野鳥撮影家になった瞬間ひょうきんな一面はなかなかのモノ。公私混同をされないスタイルは学ぶ部分も多い。

地元の漁師さんで辻先生を知らない者はいないだろうと思う。

早朝ウォーキング中の辻先生にこうしてヤマセミが縄張り争いしながら接近する事すらある。これはチェイス中のヤマセミを追ったら偶然画面内に辻先生が入った貴重な場面。

朝一緒に球磨川縁を探索させて頂く際は、このように筆者の撮影スタイルを撮って下さることもある。意外に自分の撮影スタイル画像は無いだけに大変役立っている。

2017年12月2日土曜日

アカアシシギは魚類も食べるのだ! I encountered the Common Redshank eats fish at river mouth of Kumamoto Pref.

 数週間前のこのブログ上でキアシシギが一緒に居れば信号トリオに成ると冗談を書いた熊本県内の河川河口部に居たアカアシシギとアオアシシギだが、今日はアカアシシギの生態に注目してみたい。

 熊本県の不知火海へ注ぎ込む河川の一つの河口部で、クロツラヘラサギ、カモ類、アオアシシギと共に遭遇したのが2羽のアカアシシギだった。数日の違いで其処から5km以内でアボセットが飛来していたそうなので今年はシギ類が結構八代平野に立ち寄る年なのかもしれない。
 アボセットと言っても、残念ながらまだ観た事もない野鳥だ・・・。いつか出遭いたいとは思っている。

 アカアシシギは沖縄の那覇のど真ん中の漫湖干潟で7年前の12月中旬に遭遇した。クロツラヘラサギ、ダイシャクシギ、チュウシャクシギなどと一緒に数羽居たので、今回の熊本県内の河川河口部と環境的には一緒だろう。浅瀬にマングローブの幼木が生えていないだけで強い北風が吹きすさぶ状況は変わらなかった。

 大きなクロツラヘラサギたちの採餌行動に目を奪われていると見過ごしてしまいそうなアカアシシギだが、干潮で泥の干潟が出た部分をチョロチョロ動き回り採餌していた。
 だんだんと北風が強まり、採餌も終えるとアカアシシギは泥のくぼみを盛んに掘り下げてその中に身をうずくまらせて強い風を避けていた。この辺りは観察していて、ただ吹きさらしの水辺でうずくまるだけのカモ類とは違う知恵の使い方に感心した次第。羽毛の量の違いだろうか?

胸や腹が白っぽいので冬羽なのだろう。

コガモと比べてこのサイズだ。アオアシシギよりは小さい様だ。

この二羽がつがいなのかそうで無いのかは不明。



泥の水たまりから魚を引っ張り上げた。


一般的に環形動物、貝類、甲殻類、昆虫類などを食べるとされるアカアシシギが魚を飲み込む場面を撮れたのはラッキーだった。

上は穴に入って強い北風をしのぐ個体。この後手前の個体も別の塹壕?に入って風邪を避けつつ休みに入った。


 
 



 

2017年12月1日金曜日

チョウゲンボウの次はミサゴの採餌行動! I encountered the osprey's hunting after kestrel at Yatsushiro plain.

 金剛干拓地の猛禽類観察はその後も続いた。2個体のチョウゲンボウ、多分オスとメスのハンティングを収録した後、ほんの400m移動した先で今度はオスプレイ、つまりミサゴの採餌行動と捕食シーンを収める事が出来た。

 魚雷を抱えた旧日本海軍97式艦上攻撃機のようなミサゴを見かける事は人吉市内でもしょっちゅうだが、実際にそれを食べているシーンにはなかなかお目に掛かれていない。

 しかし今回は充分食事のシーンも撮れたのでご紹介。しかし電柱のてっぺんに獲物を器用に載せて食事するスタイルには驚かされた。なおかつこの日は非常に強い北風吹きすさぶ中なので余計驚かされた。

この2枚は最初に遭遇した個体。これ以降の画像はその20分後に遭遇した個体。金剛干拓には数羽のミサゴが居た。

飛んでいる画像と電柱の上で食事中の画像は個体が異なっている。獲物ももちらの方が遥かに大きい様だ。