2019年12月25日水曜日

ハヤブサが撮影者を意識しながら飛び立っていくシークエンス。 A sequence in which falcons fly away while being conscious of the photographer.

 採餌と水飲みが完全に終了したか否か判らないが、ハヤブサが一連の水際での行為を終えて一直線にこちらへ向かった後、川沿いに元の崖上の樹木に戻るシーンを観察撮影できた。最初はこちらへ向かって飛び立ったので思わず身構えた。

 この一連の行動が単なる水飲みや気まぐれではないことは、獲物を捕らえたことが理由だったのだと後になって撮れた画像で理解できた。
 
 以前、全く同じエリアでハヤブサがヒヨドリもしくはカワラヒワのような野鳥を捕らえ、今回獲物を抑えた場所から50mも離れていない所で1時間以上採餌行動をとったのを思い出せば、ハヤブサ自体は同じ個体だったのかもしれない。

 要はこの場所はハヤブサの狩場だったようだ。北関東の渡良瀬遊水地に定住しているハヤブサの狩場も貯水池中心に半径1.5㎞のエリアのように記憶している。
 採餌は毎日の日課なので、そうやたらポイントを替えたり、全く新しい所での狩りは行わないのではないだろうか?

 三鷹のオオタカも、いつも見張りの際留まる樹木は数か所と決まっている。これと同じようなものかもしれない。

 この錦町のハヤブサは、阿蘇外輪山の数羽のハヤブサたちとは明らかに異なる行動パターンだった。生息する立地条件=環境次第で採餌パターンが全然異なる事が良く判った。
 
食事が終わってしばらくこちらを見ていたような気がする。



こちらへまっすぐか?と一瞬ビビった。






 今日は久しぶりの10カット展開でレポートしてみた。上空を飛ぶだけの猛禽類画像より接近感があってお楽しみいただけたのではないだろうか?やはり野鳥と航空機は飛んでいる時こそ美しいと思うのだが、如何だろう?

2019年12月24日火曜日

ハヤブサの急降下採餌を観察。 I observed falcon's attack & catching feeding at the Kuma-River.

 今回の人吉行きはハヤブサとの遭遇が多かった事は、このブログでも幾度かご説明したが今日のハヤブサは阿蘇の個体ではなく、球磨川沿いの人吉盆地・錦町での観察対象。

 猛禽類に出遭えることが多いエリアではあるが、今回もハヤブサとミサゴが待っていてくれた。手前の枝が被って撮影も観察も行いにくい条件下で、しばらくハヤブサを見守っていたが、一瞬目を離した隙に飛び立たれてしまった。

 しかし、野鳥を観察・撮影し始めて10年、飛翔中の野鳥を目ざとく見つけるスキルが発達したのだろうか、気配を感じて何かが動く方に目を凝らすと猛禽類と思われる野鳥が高速で高度を下げてくるのがはっきりと見えた。

 それが先ほどまで高い所の樹に留まっていたハヤブサだと気づくのに1秒はいらなかった。スーッと球磨川沿いに降りるところから500㎜望遠のファインダーで追う事が出来た。珍しく三脚にレンズを装着して観察をしていたのだ。

 一旦留まった猛禽類はヤマセミなどと違って、そう簡単に飛び立たないので、三脚を使うことが多いのだ。
 
獲物をしっかりと見据えた感じで、高速滑空が続く。




北海道でオジロワシが雪中の獲物に掴みかかった際と同じポーズだ。

何かを足で押さえつけてしばらく周りをキョロキョロしていた。

片方の足で水中の何かを抑え込んで、口には何かを頬張っている。

幾度か足で抑えた獲物らしきものを食べる様子が見て取れた。


2019年12月23日月曜日

霧が晴れた球磨川支流部で顔見知りのヤマセミに再会! I met again the Crested kingfisher which so friendly with me.

 10年もヤマセミの観察を続けていると、間違いなく撮影者(=筆者)を認識する個体が出てくる。人吉界隈すべてではないが、12羽以上生息するヤマセミ(オス・メス合計)の中で、確実にこちらを認識する個体が3羽生息している。

 それぞれの間隔は5㎞以上離れているので同個体ではない。その認識理由は過去においてこのブログで画像やそれに伴う状況説明を行っている。

 今回の個体は過去の写真集で数多くのパフォーマンスを見せてくれた個体だと思われる。以前にも似たような行動をとった画像記録もあるので間違いないだろう。
 
 今回は木陰で食事後の休息をとった後、一旦川中の岩に移動。その後こちらに向かって真っすぐ飛んできて旋回して戻って去った・・・だけなのだが、その40分ほどの観察時間の中に落ち着いた無言のコミュニケーションを感じたのだった。

 至近距離(ヤマセミとしては・・)の30mほどの樹木に佇んだヤマセミは30分ほど羽根休みをしていた。その間こちらも車の中でコンビニおにぎりで朝食を摂った。
 ごみを袋に入れて500㎜を装着したカメラを構えてしばらくした時、ヤマセミが川のど真ん中にある野鳥の交差点?銀座四丁目的な岩にランディング。

 しばらくこちらをチラ見していたが、おもむろに横に飛んで、直後に向きを変えこちらへまっすぐ飛んできた。レンズの反射が気になったのか、いつもこの個体に対して手を振って合図をするのを見て筆者であることを理解したのか、真っすぐ飛んできた。

 実は2014年頃からこの個体に関しては目が合うと、手のひらを広げて左右に振ることにしていたのだ。目の前の岩に飛んできて水中から拾ってきた木の枝をくるくる回して見せたのもこの個体だと思われる。

 そんなものは撮影者の勝手な思い込みに決まっている!とのご指摘もあろうが、現場で横に居たわけではなかろう?現場で一緒に居れば理解できるのは間違いないのだが残念だ。
筆者から30mの距離で佇んでいるヤマセミ。幾度も車から出たり入ったりして目が合ったりたが、全く意に介さずじーっとしていた。

80mほど離れた川の真ん中の野鳥の岩、いろいろな野鳥の糞で縦縞に成っている。この岩には必ず何らかの野鳥が留まっている。

皮を横切る方向へ飛び立って

すぐに向きを変え

こちらを見据えて進み始めた。 

 

完全に真正面から来るのは、経験上明らかに意味があると思っている。

2019年12月22日日曜日

自然環境保護・動物保護とペット愛護・虐待の違い。The difference between natural animal protection and pet overprotection.

 最近、関西でハトへの餌やりを規制する条例が施行されたというが、餌やりの常連たちがちっとも守らないというニュースが流れていた。
 その昔、神奈川の鶴見川にゴマフアザラシだかヒゲアザラシだかが出没し、大騒ぎになった事が有った。元々は東京と神奈川の境を流れる多摩川河口付近に出たので「通称・タマちゃん」で有名になった迷い海獣だ。

 しかし、見守るだけで満足しないやじ馬が、そのうち残飯を投げて餌付けしようとしたのか、エサ取りのサポートをしようとしたのか不明だが、応援するものと阻止しようとするものが入り乱れてメディア・マスコミの恰好のネタになった。

 一般的に餌付けすれば、エサを貰う事を頼り、その後餌やり人が死んだり居なくなった場合に貰っていた動物が餓死するから・・。と言う説もあるが、これは一概にそうだとは言えないし実際そういう実例も知っている。

 動物は野生のモノでも家畜でも少しくらいの餌やりで慣らされても、野生の採餌本能が退化する事はないという実例は3.11東日本大震災の際の原発汚染地域の家畜やペットの野生化を見れば判る。
 一方で、我が家の隣の大学構内を徘徊する多量の野良猫に、毎日パンくずを振る舞う餌やり婆さんが居て、これを注意しない大学関係者(守衛など)のお陰で一時は野良猫がはびこって大変だった。このおかげでウグイスやアオジ、カシラダカなどのやぶ系の小鳥が校内から激減してしまった。
 しかしこの婆さん亡くなって餌やりが終わった途端、校内のあちらこちらに猫のシャレコウベが沢山見られるようになった。大学に面した我が家の物置にも直径5㎝ほどの子猫と思われる頭蓋骨が4個並んでいた事が有った。しかし減ってしまった野鳥は戻ってこない。 

 育雛中の鳥の巣からヒナが落下しても、触ったり、保護理由で自宅に持ち帰らないのが野鳥界、自然動物界ではお約束なのだが、一般の人々は「まー可愛い!私が保護しないで誰がするのよ?」のノリで傍に置こうとしてしまう。このように自然界で一番自分勝手で、独善的な生き物が人間なのだ。

 都会で生活し慣れた人類は、その本来の生き物としての野性をほとんど失ってしまっている。ヤマセミの観察を10年以上続けている筆者は、ヤマセミほか野鳥たちの自然界における生きる厳しさを幾度も現場で目撃している。その中で生まれた我ながらの常識は、此のところ一般的な人間社会に存在する「常識・当たり前」と相当違ってきていることに気が付き、憂いている。

 結論から言おう。自然界の動物と家のペットは似たような形で、似たような生活をしているかもしれないが、全然違う生き物なのだ。自然界の生き物は器からペットフードを食べたりしない。雨が降ってもレインコートなど嫌がって逃げ回り、身に付けない。寒いからと毛皮を着ている体に上から可愛い防寒着など着たくない。

 自然界の動物は室温23℃の部屋から瞬時にマイナスの屋外に出ることなど、有り得ないのだ。1日の温度差だってせいぜい15℃程度のゆるやかな温度変化の範囲の中で生きているのに、暖房の利いた23℃度の部屋からー4℃の屋外へ突然散歩に連れ出されたり、真夏クーラーの利いた18℃の部屋の中から、いきなり32℃の湿度の高い屋外へ連れ出されるなど自然界では、まずありえないのだ。

 正直これらはペット側にしてみれば余計なお世話で、ある意味虐待なのだ。何処に雨の日レインコートを喜んで着るワンコがいる?どこに器から人間でいえば防災食の乾パンのような味気ないペットフードを嬉しそうに食べる犬がいる?そう仕向けている人間がいるからだろうと思うのだ。 

 皆これはほとんどペット業界の戦略。売り上げ促進のための間違った嘘情報を流し商品を買わせるための仕掛けなのだ。

 「2週間で体重が10㎏も痩せました>」などとエキストラがキャーキャー言う、最近TVコマーシャルに多いインチキ・サプリの類と何ら変わらない。隅の方に小さく「当社比較データ」です・・・だの、「個人別のデータで効果は個人差があります・・・」などと言う言い訳を免罪符に・・・。

 これら人間がペットを人間と間違えて可愛がり、「雨だから濡れて寒いでちょ?これを着なちゃいね?」などと、無理やりキティちゃんデザインか何かのレインコートを着せられそうになって、嫌がり逃げ回るペット犬を幾度見た事か?

 この野生動物とペットの違い、人間と口をきけない動物(ペットを含む)の生態、生き方の違いを小学校の時からの義務教育で教えるべきだろう?最近そういう話をトンと聞いたことが無い。我が家では子供には小さい時から実例や画像を見せて教育した。

 火と電気と刃物という子供にとって一番身近な「危険アイテム」の教育と同時に行った。しかし最近の親は、親自体が子供(幼稚)で無知だし「家庭の躾けや教育をできなくなった人類」最初の世代だから致し方ないかもしれないが・・・。


 一方でヤマセミを視ていて更に思う事は子供へのしつけ・教育の厳しさだ。

 ヤマセミの生活する自然界は子供(=幼鳥)にとって命を失う危険だらけだ。基本的な危機回避スキルはDNAに含まれ、親から直接自分の脳に無意識に擦り込まれているとは思うが、それ以外の危機回避に関しては遺伝とは直接関係のない生誕後に「経験値」として覚える獲得形質なのだろう。

 これを覚えさせる為に、親鳥は必死に成ってスパルタ方式で子供を躾ける。時にはいう事を聞かない我が子(幼鳥)を上空で体当たりして水中に落としたり、水中から這い上がって飛び上がろうとする我が子に、上空から頭を押し付けるしぐさをする。一瞬の判断ミスで「死」に直結する自然界の厳しい教育がここに在る。

木の上で見張っていた親鳥が、無防備にチョロチョロする我が子めがけて急降下!

後から我が子に覆いかぶさるヤマセミの親鳥。

子供は水中に叩き落とされる。

飛びながら体当たりして我が子を水中に落とした別のヤマセミ。

この後再び這い上がった幼鳥を叩き落とす親鳥。

岩で休む我が子に近づき・・・。

急に迫って脅かすヤマセミ母親、幼鳥は後ろにのけぞって水中へ!

必至で落ちた川から上がる我が子に第2弾を見舞おうと急旋回する親鳥。

 上のスパルタ教育の様は、猛禽類やカラスに攻撃された際に、水中にもぐって反対方向へ瞬時に逃げる「危機回避訓練」の様子の一部なのだ。もちろん体罰にも見えるし、虐待にも見えよう。しかしこれをやらないと天敵に殺されてしまうのだ。現代の人類はこういった自然界の親が子を躾ける「ごく自然の営み」体罰をすべて虐待として、法で罰する仕組みを作ろうとしている。果たしてこれは「良い事なのか?」
 筆者は大いに疑問を感ずる。
これをもし「虐待」などという軟弱な人間の最近の常識で言えば、世の中のヤマセミの親鳥は全員犯罪者で懲役刑だろう。

 最近の法律改正で親が子供に手を挙げれば、その理由いかんを問わず「虐待」と見なす、というとんでもない状況に成っている。大体これを決めた人間は全員子育てした事が有るのか?子供がどういうもので、どういう危ない事をする生き物なのか知っているのか?
 子供を育てたこともない輩に、子供を育てる際の苦労や困難が判ってたまるか?男性が女性の出産に伴う苦痛や精神的ストレスを判らないのと一緒だろう?

 ましてや、手を上げたり、叱ったりすることの理由・原因も千差万別なのに、すべて同じに扱い、無条件に同じ罰則をあてがうなど、人間のやることではないと思うが如何だろう?「愛の鞭」と言う言葉が絶滅し、いつの間にか「愛の無知」になってしまっているような気がしてならない。

 尻を叩く罰則はまだ英国の私立校に立派に存在し、その存在理由もはっきりとしている。これをどう思うのだ?昔流行った「映画小さな恋のメロディ」を、あの尻打ち刑は「虐待」だから、イケない事としてもう上映させないというのか?
 この調子で行けば、そのうち「密告合戦」が始まるだろう。当事者でもない第三者が「どこそこで親が子供を虐待しているようです・・・。」
 そのうち密室で楽しんでいるだろう、嫌らしいSMプレイ(詳細はよく知らないが海外の映画に出てくる)の類も「虐待だ!」と罰する時代が来るのだろうか?それともそれを嫌らしいと言っただけで「差別だ、ヘイトだ!」と騒ぐのだろうか?

2019年12月21日土曜日

阿蘇の外輪山で猛禽類のハンティング その4. ハヤブサ3. Hunting of rapttors at outer ring mountain of Mt.Aso. Part4. The Peregrine Falcon‐3.

 小鳥の群れに突っ込んでいったハヤブサ!しばらくは遠すぎて見失ったかと思いきや、ものすごいスピードで低空を飛行しながら戻ってきた。外輪山外周道路を走る車すれすれという感じだった。

 被写体が空抜けの場合はAFも効いて比較的撮りやすいが、背景が阿蘇外輪山の草原や壁だと非常に難しい。それでも証拠画像的なハヤブサの戻りが少し写っていた。

 戻って一旦は例の携帯電話アンテナに留まったのだが、すぐにさらに遠い電柱の上に移動してこちらの様子を覗っていた。
行きは割に高い所を飛んで行ったのに、戻る際は草原の丘すれすれを飛んで戻った。

後で考えると、すでに相当前から道路から入った見晴らしの良い草地に、三脚を立てている筆者の存在を気にしていたのだろうと思われる。

この後はファインダーから見えない丘の下に消えてしまった。

再度上に出てきたときは、アンテナのすぐそばという感じで撮影機会はほとんどゼロ。

この段階で、電柱の上のハヤブサが明らかにこちらを意識していることが驚異だった。500m近い距離で撮影者を完全に意識した行動だったような気がする。実はこの後の行動がそれを確実なものにしてくれたのだ。その様子はまた来週。

2019年12月20日金曜日

阿蘇の外輪山で猛禽類のハンティング その3. ハヤブサ2. Hunting of rapttors at outer ring mountain of Mt.Aso. Part3. The Peregrine Falcon‐2.

 三羽で上空を舞った後、急降下して携帯電話のアンテナに留まった一羽のハヤブサ!しばらくキョロキョロ獲物探しをしていたのだが、いきなり西の方角へ羽ばたいて飛んで行った。

 よく見ると300mほど離れたところを、小鳥の15~6羽の群れが飛んでいるではないか!それに追いつこうというのだから、ちょっと自信過剰ではないか?とも思ったがそうでもなかった。強い北風に思うように進まない群れにぐんぐん近づいてしまった。猛禽類の飛翔力はずば抜けて優秀なようだ。

 しかし、一旦まず左の方へ飛び抜けると、太陽を背にして群れの中の一羽に狙いを定め、鋭角にターンして襲い掛かったようだ。この、ようだ・・というのは、さすがに500mmレンズでも正確な判断が出来なかったのだ。

 これらのシークエンスに一コマごとの説明は要らないと思う。








小鳥系の群れを追うハヤブサ、ぐんぐん近づいていた。

左の方へ行ったので、別の理由で追いかけたように見えたのかと思った瞬間!右へ急ターンして襲い掛かった。

逃げ遅れたのか、一羽に急接近!

捕獲の瞬間が何故か撮れていない!最後の最後でミスったのか?この1分後猛スピードで戻ってきて、アンテナの一本先の電柱に留まるのだった。