2019年12月29日日曜日

団塊世代は友人知人とのコミュニケーションと年賀状の存在を考えた。 The baby boomer thought about communication with friends and acquaintances and the existence of New Year's cards.

 この年末、筆者つまり団塊世代の古希越えの人間は、いったいどれほどの友人知人と直接コミュニケーションしたか?
 都会で毎日勤め先で同僚やマスコミ、得意先と顔を合わせた時代と異なり、リタイヤ後はEメールやFacebookで繋がっている友はいても、直接顔を見て眼と眼を合わせてのコミュニケーションをする機会は激減しているだろう。

 特に完全サラリーマン(出世を生きがいに、毎日スーツを着て会社と自宅の往復をした人達)だった人種は仕事から離れれば、名刺もなければ組織の肩書も無くなり、単なる町内会の新人爺さんとも成りかねない。
 意地悪で無責任なメディア・マスコミの編集者たちから「団塊燃え尽き症候群」あるいは「濡れ落ち葉症候群」などと無礼なレッテルを貼られかねない状態の方も多いのではないだろうか?

 そういう人を含めた団塊世代(この場合は少し年齢幅が広いが)の仲間に話を訊くと、Facebook などバーチャルで昔の勤め先仲間と繋がってはいるが、「誕生日おめでとう」だの、孫の写真に反応する程度で、具体的に突っ込んだ投稿交換は決して多くないようだ。

 自分の場合のケースを考えると、やはりリアルでも年に数回会う仲間、友人知人であれば、毎日Facebookでも濃いコミュニケーションが出来ているような気がする。スマホを使わない筆者などは、Facebookをパソコンで行うため、1日のFacebook上でのコミュニケーションは、朝と晩の2回に集中する。しかし、それでもそれなりの現状維持交流はできているようだ。

 ここで、今年の後半11月後半から今日までのほぼ1か月間、生で逢った友人・知人の画像を振り返ってみよう。
会社の同僚、小学校時代過ごした場所が北九州、仲良くほぼ同時に転職、我が妹と幼稚園が同級生、美術デザイン系・・などなどいろいろ複雑な組み合わせの友人たち。ほぼ毎日Facebook上で「駄洒落の応酬」でしのぎを削る仲間でもある。

ヤマセミ観察・撮影から繋がったBeatles狂い同士。熊本へ行く途中で北九州で降りてミーティング!英国リバプールでのBeatles解散50周年記念イベントに参加した話を聴きに・・。なんと彼は、かのキャバーンクラブでライブ・演奏してきたという剛の者。
これをきっかけにFacebookで繋がった。当然二人とも孫のいる爺世代。
 
 八代に着けば必ず顔を出す八代駅前の珈琲店ミック。中央のマスターは筆者がヤマセミに狂うきっかけを作ってくださった大恩人!京都大学文学部卒の優れた頭脳を持つ。左は絶滅危惧種クロツラヘラサギの保護・保全に関する世界的権威の行動派鳥類学者。ヤマセミが人吉市の鳥に指定された際の重要人物。

 
 上が行きの写真で、これが帰る日の写真。必ず立ち寄るミック・カウンター席で知り合った方々とのコミュニケーション。球磨川漁協総代、デザイナー、行政書士などいろいろな方々との交流の場。これらのプロデューサーはミックのマスター。八代市および近郊の文化人たちのたまり場的存在。

八代では必ずこの中学校時代(たった1年間)の同級生親友と夕食を摂る。2001年3月の再会以来もう20年の年月が過ぎようとしている。

ヤマセミ中心の野鳥観察の大先輩・師匠。人吉市におけるヤマセミ撮影のレジェンド。来年は筆者と同様年男(一回り先輩)。ヤマセミを人吉市の鳥に指定した運動の創始者。人吉市滞在中は午後必ず球磨川土手のお宅にお邪魔して、その日の成果や情報を交換する。

同じく、ヤマセミ観察・撮影に関してはヤマセミ遭遇回数世界一間違いない開業医師。古希を超えて医院を移転新築するというエネルギッシュな先輩。
 
人吉行から戻って年末の忘年珈琲会。毎日Facebookでコミュニケーションした上での生のミーティングは、「絆」の深まりと確認に必須だとつくづく感じる。

このほかにも・・・。

野川流域で週1度2度走る際のランニング仲間は、現場の野川土手でカメラのシャッターを押してもらったり、一緒に走って声を掛け合うだけの仲だが、それでもリアルの友ではある。
 その意味からすれば、バーチャル空間だけで繋がっている友と、リアルでも繋がっている友の差は非常に大きいと実感する最近だ。
 団塊世代同士は特に物心ついて以来60年以上同じ空気を吸い、同じ文化・風俗の中で生きて来ているので、共通部分がほかの世代とは全然違って非常に多いのだ。

 生で逢う、Facebookで毎日数度のコメント交換がある、さらには個々にFacebookメッセンジャーで個別の情報交換や相談が出来ている。正月にはこれに輪をかけた年賀状が存在する。これらの友達・知人たちへの年賀状は本当は無くても良いのだが、何故か真っ先に出そうとする。これが不思議でしょうがない。

 逆の見方をすれば、年賀状は毎年交換するもののもう10年以上顔を合わせていない人も居る。今後も会うことはない人含めて「これって意味あるのか?」状態で今年も年賀状のタイミングになってしまった。

 筆者はこのブログを5年以上続けている。たった1行英文のタイトルを入れているだけで、ここ数日は米国でのページビューの方が日本国内より多いという信じられない状況にある。このあたりを含めて団塊世代の71歳は7回目の年男になる2020年=令和二年の正月のご挨拶をどうしようか、今に至っても思案中だ。大体71歳になって年単位のけじめの挨拶が要るのだろうか?

日本よりアメリカでのページビューが多いという事実に首をかしげる今日この頃。これを見るにつけ、コミュニケーションとはいったい何者ぞ?と思う。

 何故か、今日のページビューランキングの上位に5年前の2014年1月の正月飾りの投稿が入っている。非常に面白い傾向だと感激している。これだから今年もコンデジもって、都心の正月飾り周りをしようという意欲がわいてきた。
http://yamasemiweb.blogspot.com/2014/01/i-would-like-to-introduce-various-types.html