2014年3月24日月曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #26.」 1962年.昭和37年中学2年生の冒険・悪戯編。

 悪戯は沢山した。今でも時々夢に出てきて冷や汗をかく「多摩川中洲炎上事件」と云うのがある。炎上と云っても最近問題になっているTwitterやブログの炎上の事ではない。奥中時代放課後や休みの日に自転車仲間で奥沢・多摩川エリアを連日走り回っていたのだが、ある休みの日多摩川丸子橋から二子玉川間の川沿いを走っていて中洲に渡れる場所を発見!皆で渡ってそこで2B弾という爆竹を破裂させながら遊んでいた。2B弾と云うのはマッチの頭の様に摩擦で発火する部分が付いた音声爆竹で、たしか1本2円程度だったと思う。100円で50本くらい買えるので中学生の小遣いでも十分買えた。
これが中学生の遊びの必需品 ニービー弾 2B弾 

 同じ小遣いをためて自作ラジオの真空管を買う者と、爆竹を買う者の差が既にこの頃出来ていた訳だ。しかし、結果は爆竹派の方が遥かに人生経験を高める事に成るのはこの後の事件が物語っている。
 この2B弾の取り扱いは非常に単純で、マッチ箱でマッチの様に頭の部分を擦って、最初白い煙が出て5秒程度で黄色い煙が出る。この黄色い煙が出ると2秒ほどでBANG!と大きな音と共に爆発する。
 手に持ったまま爆発させても多少衝撃は有るもののやけどしたりはせず、極めて安全な子供を対象とした花火の一種だと思って良い。勿論眼の傍や耳の傍で破裂させれば危険である事は他の花火と一緒だ。
 で、自転車を走らせて友達と多摩川に向かっていた時、突然太もものあたりに「バン!」と音と衝撃が走り熱くなった。何事かと思って皆で止まり太ももを観たら左のポケットから煙が出ていた。
 ポケットに2B弾10発とマッチ箱を入れて自転車をこいだため、ポケットの中で自然に2B弾がマッチ箱をこすり点火したって訳だ。銃で撃たれたら多分こんな感じの数倍の感触なのだろうか?
 これで、マッチ箱と2B弾を同じポケットに入れるとエライ事に成るという体験をした。他の皆も慌てて2B弾とマッチを別のポケットに分離させたのは言うまでもない。

 多摩川の中州に到着して早速2B弾を擦っては投げ、擦っては投げいつもの通り遊んでいたのだが、そのうち1発が不発と云うか、シューッと炎を出して爆発をしなかった。この炎が中洲の枯草に燃え移って背の丈の2倍ほどの火柱になるのにそう時間は掛からなかった・・・というよりアッという間だった。一瞬、先週学校で観た映画「日本武尊=ヤマトタケルノミコト」が草原で敵の放った火に囲まれた時の事が頭に浮かんだが、こちらは勿論「草なぎの剣」など持ち合わせて無いので「やべー逃げるぞ!」の誰かの一言で膝まで川の水に浸かりながら自転車を押しながら苔むした玉石だらけの川床を渡って4人で神奈川県側、つまり川崎側に逃げた。
多摩川の川崎側にはまだ高い建物は無く富士山がいつも見えた。

 この時の驚きは炎だけではなかった。静かだから誰も居ないと思っていた広い中洲から釣り人が3名、一番驚いたのはアベックが2組も飛び出て来たことだった。どういう風体・様子であったかの描写は倫理規定を考慮しカットする事にする。とは言うものの実はこちらも慌てていたので残念ながら詳細部分の記憶は無い。しかし今だったら絶対に落ち着いてじっくり観察したと思う。
今の多摩川中洲、Google Mapより。50年前とはずいぶん違うようだ。しかし場所はこの辺り。

  その後は怖くなって川崎の新興住宅・宅地造成エリアをとにかく自転車で走った。早鐘の様に脈打つ心臓の鼓動を聞きながらどう逃げ回ったかまるで記憶にない。もちろん土地勘も無ければ方角も良く判らない。ただ丘の上から時々見え隠れする多摩川の流れを観ながら何とか丸子橋までたどり着いたのは1時間ほど経った頃だった。東京側に帰るにはこの丸子橋か上流の二子玉川の橋を渡るしかない。まさか燃やしてしまった中洲の浅瀬になど行ける訳もない。
当時放映していたNHKの「ハイウェイパトロール」など外国の刑事ドラマ番組の見過ぎだろうか?「丸子橋に非常線を張られていたら捕まってしまうな、捕まったら管轄は東京の警察だろうか?神奈川県の警察だろうか?自転車は一時隠して新丸子から東横線で田園調布まで行くか?」など輪になって4人で相談をした。しかし日も暮れてくるのでそーっとお互い離れて丸子橋を渡って帰る事にした。「犯人は必ず犯行現場へ戻って来るものだ」と少し後でTV刑事ドラマ「87分署」でキャレラ刑事が言ったセリフを聴いて「まさに真実だ」と納得した。
1シーズンだけだった「87分署」上段左がロバート・ランシング扮するスティーヴ・キャレラ刑事。上段右がマイヤー・マイヤー刑事でおとぼけの味が何とも言えなかった。

当時はTVガイドが良く売れたらしい。日本でもすぐに日本版が出た。

橋の上には結構見物人が沢山居て中洲方向を注視していた。遠い中洲をみると何処から降りたのだろう?赤い消防車が1台止まっていて中洲から一本細い黒い煙が真上に登っていた。そうしてその煙の先にボケた赤い夕陽がまさに沈んでいく所だった。この時の経験記憶は非常に鮮烈に脳の襞に刻まれている。
当時の丸子橋。東京側と川崎側で橋のデザインが違うのが面白い。今は掛け替わって味気なくなってしまった。

 この多摩川にはもう一つ大きな想い出がある。自作ロケット発射実験だ。当時スタートしたばかりのNASAのフォン・ブラウン博士(ドイツのV2号ロケット開発者)が初代NASAの長官に成り、ジョン・F・ケネディ大統領の後押しで新しいサターンロケットによる人類初の月着陸計画(1969年成功)を発表した直後だった為、科学好きの中学生たちの間ではロケットに関する話題・情報集めが盛んに行われた時でもあった。今考えると、後に東京工大、東京教育大、津田塾大などへ進学した秀才メンバーが寄り集まって、ロケットは何故飛ぶのか?黒板にロケットの燃焼室の図を描き、燃焼室内での爆発のエネルギー・ベクトルやノズル(噴射口)から出るベクトルを描いたりして喧々囂々議論したのも昨日のように思い出される。こちらは横で聴いているだけだったが、充分同じレベルの理解度で参加してはいた。
液体燃料ロケットの基本の仕組み。火薬で飛ばすロケットは固体燃料だからもっと簡単な仕組み。

 頭のいい連中は黒板上で、「あーでも無いこーでも無い」と討論していたが、こちらは実際のロケットを作って飛ばす方に興味がシフトした。理論はどうでもいいが実際に飛ぶんだからしょうがないだろ?父親の影響だろうか?「論より証拠」をモットーにロケットの模型を作って飛ばす方がどれだけ面白いか。
この壮大な中学生の計画遂行には鉄道模型制作実績と2B弾事件で火薬に詳しい事が幸いした。
科学雑誌を読み漁り、紙で造るロケットを調べ、固形燃料ロケットは燃料とロケット本体(外側)の重さが同じだと飛ばない、火薬の重量より相当軽いロケット本体でないと飛んで行かない事などを学んだ。そうして大型打ち上げ花火(もちろん玩具のだが)の火薬を取りだし水でこねて、真ん中が空洞の竹輪状にし、紙で作った筒に入れ、先頭部分には円錐状の神の弾頭を付けたロケットが完成したのは1963年の秋口だった。一番苦労したのはノズルの部分で、紙で造ればすぐに燃えてしまう、プラスティックは中学生では加工できない。結局鉄道模型製作で培った厚紙工作で結構精密に雑誌のロケットのノズルをトレースして縮尺実物を造り石膏で薄く固めアルミ箔を張って誤魔化した。このノズル製作には3日も掛かった。

 発射当日は一人で自転車に発射台にする雨どいの一部と仰角をつけるためのカメラの三脚とロケット本体などを積んで多摩川の河原に出かけた。場所はあの火事を起こした中洲のエリアだ。歩いて多摩川を渡れるのは其処しかなかったのでしょうがない。
 しかし風もなく晴れているので好都合なのだが搭乗員になる手ごろな大きさのバッタが河原にいない。皆デカすぎるのだ。秋口になってキリギリスなどは皆大きく成ってしまい、ロケットの先頭の円錐形の部分に入る小さなバッタが見つからないのだ。結局石の裏に居る通称便所虫、ワラジムシの一種を入れて発射する事にした。便所虫なら驚いたとき丸くなるので落下時の衝撃には体を丸くして堪えるだろうという勝手な想像だった。
飛んだ瞬間はこんなイメージだった。

  発射はアッという間で、予想をはるかに超えたほんの一瞬だった。導火線など無いのでセメダインを噴射口まで引いて火薬を載せ点火した。煙を出しながら火が噴射口に消えた次の瞬間「バスッ!」と大きな音を発して青白い煙を残してロケットが見えなくなった。「えっ!?」と思って顔を上げたら仰角45度の白い煙が大きな弧を描いて対岸の川崎側に伸びていた。そうして斜めになりながらロケット本体が最終的には真横になりながら川崎側に落ちて行くのが見えた。慌てて走って川を渡り落下地点に行ったら先の方の胴体が縦に割れて先頭部分が取れてしまい便所虫はいなかった。空中で飛ばされたのかいまだに生死は不明だ。しかし発射自体は成功だ!大げさに言えば東京都から神奈川県まで手製のロケットを飛ばせたのだ!この紙製のロケットは大学に入るまで持っていたが、いつのまにか何処かへ行ってしまった。この時は、この先まだまだロケットを造ろうと思っていたので写真すら撮っていない。しかしこの後ロケット造りは高校に進学した後有る事件で頓挫する事に成る。

1999年にハリウッド映画で「October sky [遠い空に向こうに~ロケットボーイズ]」と云う映画が作られた。これを観た時に「まさにあの時の俺だ!」と思った。やはり少年にとって宇宙だのロケットは世界共通の憧れだったのだ。いまどきのSF映画関連のフィギュアを集めるのとはチト方向が違う。