2017年8月22日火曜日

オオジシギに出遭った事があるか? Did you ever met with Latham's snipe?

 日本に飛来するタシギの仲間で一番大きなのがオオジシギ!この野鳥の鳴き声は一種異様で壊れた機械のような声で鳴く。文字にすると難しい野鳥の鳴き声だが「ズビヤーク、ズビヤーク」と聴こえる。まず初めて草原で出遭った方はそれがまさか野鳥の鳴き声だとはとても思えない筈だ。

 現に、奥日光の戦場ヶ原の木道を歩いていてオオジシギの鳴き声を聴いた観光客が、「大変だね、戦場ヶ原も乾燥化が激しいのでポンプで水を湿地に送っているんだ・・・。」と真面目な顔をして言ったのをすぐ横で聞いた事がある。決して笑い話ではない。

 湿原では声しか聞こえず姿は見えなかったが、乾燥した畑の方に行った際に声を頼りに近寄ってみたら、盛んに地面を突いている単独のオオジシギを発見!
 ミミズを食べていた様だ。声を頼りに近寄って姿が見えたのでまさかタシギでは無いと思う。鳴き止んで少し経ってはいたが、いままで乾燥した畑でタシギに出遭った事は無いし、北海道の霧多布湿原で出遭ったオオジシギも草原の乾燥した所にいたから間違いないと思う。

 わりに警戒せずに採餌してくれていた。こちらは迷彩服の上下ではあったが、遮るものが何もない状態なので、とにかく一歩も動かずにレンズも動かさずジーッとして観察していた。暫く対峙して背を低くしたり首を伸ばしたりしていたが、そのうち慣れたのか採餌を再開したので撮影できたという事だ。

 撮影を終了して、そーっと立ち去ってしばらくしたら上空を飛んで急降下する姿が見えたので一応シャッターを切ったが、曇天で暗かった為あくまで参考画像として観て頂ければと思う。











口を開けて、例のズビヤーク、ズビヤークと鳴く所は撮れなかったが、次回への課題としようと思う。

2017年8月21日月曜日

イソシギの採餌は信じられない曲芸! The Common Sandpiper's feeding is incredible acrobatics! 

 エリザベス・テーラーとリチャード・バートンの映画「いそしぎ」あるいは、その映画のテーマソング「The Shadow of Your Smile」を思い浮かべる方も多いだろう、「いそしぎ」勿論野鳥のイソシギの事だ。


 人吉盆地の球磨川流域は海から20km以上も離れているが、イソシギは結構多いエリアだ。

 年中目にするので、あまり取り立てて撮影しない野鳥だが、今回の採餌風景はあまりに観ていてハラハラ、ドキドキしたのでご紹介したい。

 場所は球磨川の支流のとある堰。数日にわたり夕立が続き増水していて、普段はコンクリートの堰堤を歩けるほどであるのが、その堰堤を水がオーバーフローしていた。


 そうしてその堰の急斜面に足を踏ん張って何かをついばむイソシギを発見!気が気ではないが、結構しっかりと足元はホールドしていて落ちる事は無かった






暫らくこうして斜面を行ったり来たりしながら採餌していた。


2017年8月20日日曜日

球磨川の大物食いヤマセミの食事! The Crested kingfisher of Kumagawa area eats big fish !

 2日前の球磨川ヤマセミの大物ゲット画像を見て、マジでこんなの食べるの?という投稿を頂いたが、割によく見るサイズだから驚く方も多いだろう。
 一生懸命飲みこんでも最後の尾ひれがくちばしから出たままという事も結構ある。果たしてヤマセミの胃というか腹の中がどうなっているのか見てみたい気もする。

 今日の画像は2日前の画像の続きで、岩に魚を叩き付け完全に殺し、なおかつ大物だけに背骨を砕いて柔らかくしている。この動作を10回以上繰り返した。すべて撮影してあるが、此処では省略する。

 叩き付ける瞬間、第二の瞼=瞬膜が閉じるので白目というか宇宙人の眼の様になる(・・・と言って本物を見た事は無いが)

 最終的には血だらけになってしまうので写真では一見焼き魚の様に見えなくもない。


アップにしてみたが力が入っているのが良く判る。



もうこうなると焼き魚状態に見えてしまう。

飲みにかかったが、結構時間がかかった。今襲えばヤマセミごと手づかみ出来そうだ。

2017年8月19日土曜日

団塊世代のクラス会・同期会少し工夫をしたら如何だろう?  There are many styles about class OB meetings of baby boomers.

 拙著「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」、あるいはこのブログの同名タイトル前半にも自分の経験値からいろいろクラス会に関して書いたが、団塊世代は色々な環境下で異なった育ち方をし、色々な価値観を持った方が居るので、団塊世代同士と言えども一般常識や「普通」という事が共通事項ではないケースが多い。
ご参考:2014年2月1日のこのブログ過去データ
http://yamasemiweb.blogspot.jp/2014/02/do-you-know-what-baby-boomer-was-other.html

 例えば四国や沖縄では七五三という子供の祝い事があまり盛んでは無かったり、厳冬期・農閑期に学校の休みが長い為、夏休みが短かったりする。9月1日が必ず二学期の始業日では無かったりする。今でも北海道などは一般的に夏休みと冬休みの長さが一緒(25日間)だ!
 だから歳をとって余計頑固者になった団塊世代で都会育ちの高齢者は「二学期の始まりは9月1日に決まってんじゃん!」等と言う者もいるが実際は大間違いなのだ。九州の熊本県などでは逆に春休みが20日間、つまり3週間程もあるのだ。これはそれなりの環境・事情があるからそうなっているのだろう、良い悪い、正しい間違っている・・・の問題ではない。

 こういう地方で育ち東京に出て来て中学・高校・専門学校・大学に進んだ者たちが、それぞれの学校でのクラス会や同期会を開く段になると初めて一般常識の地域差にぶち当たる事がある。

 筆者は小学校を4カ所(東京1カ所、北九州小倉で2カ所、熊本県の八代市で1カ所)、中学校を2カ所(熊本で1カ所、東京の世田谷で1カ所)通ったので色々な環境を体験してきた。全部国公立で男女共学なのでいわゆる私学の特殊性は知らない。

 当然、皆と一緒に団塊世代の一員として大きくなり歳をとり、還暦を過ぎてクラス会や同期会の幹事を担当しお手伝いをして来た。小学校で6~7回、中学校で3~4回、高校も5~6回は運営したただろうか。もっともこれは回数が多ければ良いというモノでもなく、その中身と質に重要な意味があるのだが。

 数人~十数人で何処かレストランを借り、単に食事をして、喋り足りないから二次会と称して場所を替え三々五々散っていく・・・という程度の簡単なクラス会では経験値としての意味はあまり無い。
 しかし一般的には、単に集まって飲んで食事をして話して・・と言った上記のようなクラス会が普通なのだろう。

 しかし30年近く、人気アパレル企業の宣伝販促部に居たり、広告代理店で大きな国内外の会議・セレモニー、あるいは結婚式や葬式と言った演出絡みの催事を手掛けて来ただけに、その程度のレベルの集まりはきちんとした催事だとは思って来なかった。いわゆる職業病かもしれない。
 裏方として、運営する以上は参加者に良かった、楽しかった、良い思い出に成った!と言われるような演出で実施し、感動が生まれなければやった意味が無いと思ってしまうのだ。其の創作努力、演出効果の出来不出来こそ裏方の醍醐味?・というのを楽しみながら、無上の喜びとしてきた一種の癖なのだ。

 「久しぶりに集まって、顔を見て話さえできれば・・」というメンバーが中心で開くと味気ない、ただ集まるだけのクラス会・同期会になり、後は参加者のキャラクターに頼るしかなくなってしまう。昔無口で引っ込み思案だった者はほとんどしゃべらず、昔も今もうるさいほど喋りまくる人間主導の集まりになってしまったりする。

 クラス会・同期会はただの酒好きが集まって盛り上がる飲み会とは訳が違う。やはりその昔同じ空気を吸って育ち、肩が触れ合って生活した者同士が一時期を想い出しながら、今どうしている、これからどうするなどを語り合う場であってほしい。

 筆者を含めて日本人の5人に1人はアルコールを受け付けない体質だ。飲めない人間が敬遠する単なる飲み会と違い、結婚式や歓送迎会同様アルコールを飲めない人間もクラス会には参加する。
 其れに加え、元は飲めても医者から絶対にダメ!と言われている人間なども増え、60歳を過ぎれば参加者の半分はノンアルコールのメンバーになるのが団塊世代のクラス会だ。
 とかく酒飲みの常識で行われがちなこの手の集まり、昨今はマイノリティである飲まない人、飲めない人も半数は居るという事を前提で企画する必要が在ろう。
 昨今のノンアルコール飲料の急増を見てみるが良い。ノンアルコールのビール、ワイン、梅酒のTV広告の如何に増えた事か。
 
 同時にやはり、飲んで騒いで話すだけではなく、当時の様子を写真を集めてスライドショーにして観ながら話を盛り上げたり、最遠方からの参加者をサプライズ登場させたり、簡単な相互プレゼント交換会をプログラムしたり、何らかの演出が欲しい所だ。

 学生運動のあおりで卒業アルバムの無かった横浜国立大学教育学部久しぶりのクラス会(昨年開催)では、事前にありったけの当時撮影の写真をベースに手作りのアルバムを作成し、参加者に配った。別に筆者は幹事ではなかったが、クラス会を盛り上げ参加者に喜んでもらえれば充分、対価は求めない。参加者各自がクラス会をどうとらえるかは、各自の思い入れや考え方で違って良いと思う。

 筆者が幹事メンバーとして参加したクラス会・同期会は殆どと言って良い程この手の演出を盛り込み、毎回大成功で終わっている。
 更には会の模様などを撮影して置いて、後日参加できなかった者たちにも、次回は是非参加したいと思わせる努力もする。勿論、知恵を集めて幹事たちと一緒に事前打ち合わせなどを入念に行っての事だ、決して一人で出来るものではない。

 クラス会や同期会は、30歳~40歳代においてはその時点で幸福な者や人生に成功している者が主に参加するという、勿論自慢したいからだ。 しかし還暦を過ぎてのそれは、もうこれで二度と逢えないかもしれない、ある意味お別れの要素が存在するのも否めない。
 そうであれば、団塊世代のクラス会・同期会は最後の集まりを意識して多少の演出などに心掛けてみては如何だろう?
例えば北九州・小倉の小学校の東京在住者による臨時クラス会。

同じく小倉のメンバー宅で開催した北九州でのクラス会。メンバー宅の庭を灯りで演出し、料理もすべて手造りで行った。
また別の機会には東京で行方の判る全員参加のクラス会を行った。参加者21名中11名が東京以外から駆け付けた。これは事後に報告書を兼ねて送ったものの一部。
世田谷区の中学校のクラス会。
スライドショーでメンバーによる次の親睦会へ繋げていった。

高校のクラス会。国道246(三軒茶屋)裏のフレンチレストランで実施。報告書はもちろん全員へ発送、模様を動画でYoutubeに投稿。来られなかった者でも臨場感を味わえるようにした。

同期会ともなれば会場も広く、全クラス入り混じっての盛り上がりだ。幹事も各クラスから代表が出て、10名ほどの幹事が協力する。

女子幹事も自ら赤い大きな蝶ネクタイで司会も兼ねて大奮闘!スライドショーも2面マルチで事前の編集に大変な時間を要する。

パワポで作成し、当日はPCとプロジェクター操作のスキルが必要だ。

高校時代に流行ったモノ、Beatlesは外せない。

映画やTV番組など参加者が懐かしいと思うものを網羅。

団塊世代としての認識をふまえつつ、同期会・クラス会は盛り上がっていく。

2017年8月18日金曜日

球磨川のヤマセミは大物食いなのだ! The Crested kingfisher of Kumagawa area is big fish eater !

 人吉市を中心とする球磨川流域のヤマセミは大物食いだという話は過去においてもこのブログで幾度もご紹介している。
 通常ヤマセミの獲物は北海道から九州まで、せいぜい10~15cmのオイカワやウグイ、アユなどが多いが、球磨川ではなんとナマズや毒針を持つギギまで丸飲みする。

 ヤマセミが何を餌としているかの証拠画像は相当数押さえてあるので、研究論文にまとめてご紹介する予定だ。以前このブログで紹介したものを以下に記するのでご参照されたい。
http://yamasemiweb.blogspot.jp/2014/05/this-is-process-that-crested-kingfisher.html

 今日ご紹介する画像はやはり大型の魚をゲットして、取りあえずいつもの岩まで持ってきたまでをご紹介。

 今回は結構近くで撮影出来たので、詳細が判ろう。
まずは一度目の採餌

これ見よがしに自慢しているように感じた。

二度目の採餌も誇らしげな様子が見て取れる。

これからこの大物を飲みこむまでが大変だった。

食事後のヤマセミはくちばしにウロコが付いたままだ。

アップ画像にするとよく判る。

そのウロコを取るためにダイブして水中で首を振ってくちばしを洗う。

アップにすると瞬膜が閉じた眼もアップで良く判る。


2017年8月17日木曜日

団塊世代は真夏の長雨を美術館で過ごすのがあたり前! Baby boomers spend time at art museum in rainy day of summer.

 昨日に引き続いて今日の東京地方は雨だ。8月に入ってからずーっと毎日雨だという。6日に熊本から戻って以来太陽を観たのはほんの一瞬、サンセットランニングの時の夕陽ぐらいなものか?

 別に雨だからという訳でもなかったが、この雨が続いた8月はずいぶん美術館で過ごした。東京都美術館(=ボストン美術館の至宝)、国立新美術館(=ジャコメッティ展)、損保ジャパン日本興和美術館(=吉田博展)、東京ステーションギャラリー(=不染鉄展)。

 いずれも自分で是非行きたいと思って、あるいは何となく「良いんじゃないだろうか?」と勘を頼りに行ったわけでも無い。確証を持って行ったのだが、その確証を持たせてくれているのが、大手広告代理店で同僚だったH氏(武蔵野美術大学卒)の毎日2~3カ所を巡った美術展レポートFacebook投稿だ。物凄いエネルギーで東京近郊~千葉から横須賀の外れまでくまなく回っている。
 この方はもちろん美術系大学を出て美術全般に関する知識は生き字引と言って良い。各作家の生い立ち、世の中からの評価、作家同士のグループ事情、売買の際の価格など。

 もう一人北九州門司区在住で1960年小倉市(現北九州市小倉北区)に住んでいた時代の小学校クラスメートが居る。絵画収集家なので、美術界・収集家の間での評価・価値やオークションの落札価格を良く知っている。

 それぞれ審美眼は凄いのだろう、お二人ともとても筆者には無いモノを持っている。的確な批評・評価をしてくれる。しかし随分筆者の見方とは違うようだ。それはそれで全然気にならない。これは良い悪いではなくあくまで嗜好の問題で、自分的には食べ物の好みと同じだと思っている。

 多分美術界で通用している一般的な評価の物差しは自分にはこれぽっちもないと思っているのでとても気楽だ。好きなものは好き、そうでもないモノはそれなりに観ている。ましてや、その作家の作品は他の誰々より優れているだの、劣っているだのは言わない。「じゃあお前にそれ同等の絵を描けるのか?」と問われれば判ろう?無理に決まっている。
 画商の付ける値段だって好きな人が多ければ需要と供給で高くなるだけだろう?宝石・ジュエリーやコレクターズアイテムのレコードのオークションと何ら変わらない。
 一時期自分の元に置きたいが為、高いお金を払って自分の手元に置くだけだろう?コレクションなんてそんなものだ。
 これは自分がオールディズのオリジナルレコード(米国盤・英国盤)を数千枚コレクションしているから良く判っている。

 例えばどんなに美味しくても、有名な料理家や美食家が「この美味しさが判らなければ駄目だ!」と言っても筆者はアボガドを絶対に美味しいと思わないし、食感が気持ち悪いし食べたくない。
 流行のパクチが大嫌いで「何であんな青虫みたいなもの食べられるの?」という多くの人達と同じだろう、気持ちはよく判る、と言いつつ筆者はプランターで沢山パクチを育てる程大好きなのだが。

 筆者は永年自分で写真を撮り続けているし、時々は水彩画も描く。従って人の絵画作品を観る時は、どんなに有名な画家の絵であっても、どうしても構図だとか意図する演出だとか、描きこみ方だとか、どういうプロセスで完成まで持って行ったのだろうとか、自分が描く場合を考えて観てしまう。
 自分で絵を描かない人がいくら良いの悪いの、好きだ嫌いだ言ってもしょうがないと思う。だからその絵画・その他作品の一般的な評価などは気にした事もない。

 これは、自分で楽器を一つも弾けない方が、オーケストラその他の演奏やバンド演奏を上から目線で偉そうに良いだのいまいちだの批評するに等しい。前にもこのブログで述べたが、テニスの松岡修造が錦織選手を批評するのは当然だし、筆者もじっくりと解説を聞く。しかし同じ松岡修造が世界水泳やサッカーで日本チームを解説するのは納得いかない。逆にサッカー選手や水泳選手がテニスの批評や解説をしたら松岡修造やご自分でテニスをおやりに成る一般の方々はどう思うだろう? 判りやすく言えばそれと一緒だ。

 だから展覧会も、決して有名な画家、評判だから行く訳ではない。「お前行った?まだなの?」と言われたくないから行くのではない。好きな展覧会は同じものに何度も行くことがある。変わり者かもしれないがそれで良いのだ。そういう観点からすれば、H氏の連日の美術展レポートはもの凄いと思う。誰にも真似出来得ない彼だけのモノだろう。ある意味展覧会評論家という新しいジャンルを確立した美大出のパイオニア・プロだと思う。

 団塊世代も、少しでも絵心が在るのであれば美術館へ行こう!
事情通によると大変重要な展覧会らしい・・・・・が。

江戸時代のポスターにあたる絵看板は初めて知った日本の文化。

こちらは新宿副都心の美術館で。BOSTONより遥かに混み合っていた。


左、吉田博。右、浅井忠。左の吉田博の画を観た途端、頭の中に在った浅井忠の似た様な街道筋宿場を思い出してしまった。まさか二人で一緒にスケッチ旅行にはいかなかったと思うが、似た様なシーンを描いているのに驚かされた。ただこの二人、調べたら深い交流が有ったのだった。
なんと!ヨセミテ公園の1000m絶壁もモチーフに。英語力と行動力を駆使して、日本人としては数少ない西洋人に受け入れられる「作品」と「演出」は何であるかを知った人物の様に思える。
鈴木英人や永井博など、1970~80年代のトロピカルブームで売り出したイラストレーターたちがヒントを得た様な気がしないでもない。


展覧会レポーターとしてプロ級のH氏(左)北九州から日帰りでジャコメッティ展を観に来た幼馴染・小学校クラスメート(中央)と筆者(右)
最後の部屋は撮影可能になっていて非常に良いと思った。

この日、本来は高校の同窓生ファミリー同伴上野集合で、国立科学博物館へ「深海しんかい」を観に行くはずだったが、上野附近豪雨!で身動き取れず。
集合メンバー一同、上野文化会館で雨宿りの図。急遽東京駅ステーションギャラリーへ予定変更・・・。
H氏のレポートが無かったら知るすべもなかった極めて面白い発想をする日本人作家「不染鉄」。午前中は横浜の煉瓦造りのレストランで打ち合わせ、午後は東京駅丸の内駅舎。結局この日は煉瓦の建築物のはしごだった。
東京ステーションギャラリーは東京駅の建物そのもの自体重要文化財だし、赤レンガの壁の美術館として非常にユニークで趣がある。同行したメンバーの中の一人、高校時代のクラスメート美大出の女性は「何で美術館の壁ってこういう個性的な所が少ないのかしら?」と言っていた。

個人的には沖合に出た者にしか判らない、沖の海の表情を見事に表現していた。もうそれだけで作品の前に釘付け!(画像は作品の部分)

絵を入れた額装の部分にまでいろいろと描き込んでいる。発想とユーモアのある作風は美術的には高く評価されないかもしれないが、人間として非常に共感を覚えた。