2020年11月26日木曜日

足腰鍛錬を兼ねた三鷹の野川野鳥探索情報。 Along Nogawa of Mitaka, wild bird search information that also serves as leg training.

  団塊世代の筆者は常に体力の低下、筋力の低下を必死で取り戻そうと出来得る限りフィジカルトレーニングを行っているつもりだ。実際足腰が弱って苦労している同僚・友人を沢山見ているので、出来るだけ歩くことにしている。駅の階段も周りに人が居なければ、二段上がりで上る様にし、エレベーターはコロナ禍の今絶対に乗らない。エスカレーターも余程深い地下鉄駅からの場合以外なるべく乗らないようにしている。

 我が友にも常日頃から、「歩いたほうが良いよ、オープンエアで日光浴も必須」と説いている手前、自分が実践しなければ…と思う次第。

 今や70歳を越えた団塊世代の健康保持方法はまた別の機会にこのブログでまとめてみたいと思う。

 今日は思いのほか長く降った雨がやっと昼過ぎ上がったので、13:00から10㎏(カメラを含んで)の装備を背負って軽登山靴で探鳥ウォーキングへ向かった。結局戻ったのは暗くなった16:30だから3時間半のウォーキングって訳だ。早朝でもないのにそこそこめぼしい野鳥には出遭えた。カワセミ、シマアジの♀、バン、オオバン、マガモ、カルガモ(変種も含めて)ダイサギ、コサギ、アオゲラ、キセキレイ、セグロセキレイ、ハクセキレイ。カラス、ヒヨドリ、ムクドリ、スズメの類は結構な群れで展開していた。

 今日から急に冷えたが、結局汗びっしょりでトレーニングは成功裏に終わったようだ。

樹上で何をしているのかダイサギ。

最初は白っぽいシギが飛んできたと思ったが、シマアジの♀だった。

一番近くて5mの距離くらいだったろうか、草木の陰から・・・。

これも葉と葉のトンネルの向こうに姿が見えた。

この他オオバンもいた。

キセキレイとセグロセキレイとハクセキレイがお互いすぐ傍で集っていた。

バンが小魚を咥えていた。雑食だとは知っていたが魚も食うとは知らなかった。

キョッ、キョッ!と鳴かなかったら判らなかったアオゲラ。

このアオゲラは何故か800mに渡ってずーっと野川沿いに筆者の後を追ってきた。

2020年11月25日水曜日

SDGsが大切とか言いながら、コロナ第三次感染下に大混雑の観光地へ繰り出す矛盾! Contradiction to go to a crowded tourist spot during the three consecutive holidays under the corona explosion while saying that the SDGs are important!

  1年365日サンデー毎日のリタイヤ団塊世代には関係ないが、コロナが第三次感染拡大の中、何故三連休になると観光地へどっと繰り出す人が多いのだろう?何故、人混みへ行くのだろう?

 このブログで数日前にも書いたのだが、このGOTOキャンペーンで浮つく日本国民は、安いから、お得だからと買い出しに群がる’70年代のアパレル・バーゲン戦争に似ているような気がして仕方がない。

 コロナ禍が落ち着くまで「我慢・忍耐・機を視る」という気持ちが脳内に少しも無いのだろうか?三連休に全国を旅行してお土産買って割引宿に泊まって、いったいどれだけ経済を回す手助けをしたつもりなのだろう?

 飲食店・接客施設が少し潤った程度で、日本の経済の一体どれだけが回復すると思っているのだろう?日本のGDP約550兆円の中で全ての外食産業売り上げは約20兆円弱だが、観光地の宿と土産屋と飲食店の売り上げが少しぐらい回復しても、日本のGDPの0.01%にも満たないレベルなのに・・・。メディアもきちんと日本の「経済」が本当は何で回っているか、各産業ジャンル毎の金額と比率で一般に公開すべきだろうと思う?

 更にこのコロナ禍が今後10年もこのまま続く訳ではない事くらい、色々なメディア情報で判っているはずだと思う。ここ数日、アメリカの2社、英国の1社が70%~90%の高い効果の新型コロナワクチンの製造完成間近で、来年には我が国でも入手可能になると確実視されているのに、なぜ今我慢できずに大勢の観光客が集中する京都の清水寺や渡月橋、関東では高尾山、横浜中華街などに行くのだろう?GOTOキャンペーンで安いから?筆者にはどうしてもその辺り良く判らない。

 政府の「観光活性化・旅行促進プラン」GOTOキャンペーンに「お得だから」と乗ってコロナ感染拡大に危険度の高い旅行に、今なぜ行かなきゃ気が済まないのだろう?第三次感染爆発の状況下、自粛ストレスが溜まった国民に変な「大義名分」を与えてしまったGOTOキャンペーンの発案者・実施者は深く反省して「世の中を騒がせ国民を危険に晒した」事を詫び、責任を取るべきではないだろうか?

 不治の病や末期の大病で来年まで命が持たない人であればまだ理解できなくもないが、それでも混み合う三連休に行くのが判らない。人の波、人の頭越しに紅葉など観ても風情とか情緒など味わえまいに。安らぎを求めるにしても、もう少し日程に工夫したらどうだろうと思う。

 ここから先の話はあるネット記事2編からの複合引用だが、似たような話は筆者の周りでも良く聴く話なのであえて抜粋・解説してみようと思う。

 11月に入ってヨーロッパ中心に新型コロナウイルスは過去以上の驚異的な第2次感染拡大期(ヨーロッパでは日本と異なり第2次)に入った。我が国でもここ2週間前から連日感染者数・重症者数の記録を急カーブで更新し続けている。メディアは盛んに専門家たちの警鐘と、危機喚起を無視し続けGOTOキャンペーンを推し進める政府との乖離を報道している。

 その状況下で不思議な事が起こっているというのだ。

 普段はSNS上で仲間とSDGs大切だよね?だの、海洋プラスティックゴミ何とかしなきゃ!テレワークで三密避けてクリーンな状態で仕事しなきゃ!とか判ったような顔して世の中の先端を行っているような顔している人が沢山いる。少し前に流行った「意識高い系」がそれらの典型だという。ほぼ毎日ネット上で最新情報を得る、いわゆるIT関係やメディア系、広告代理店の営業職やマーケティング系に多い人種だ。

 普段の仕事でやたらカタカナ語を多用し、アジェンダ、エビデンス、レジュメ、アサイン、キャッチアップ、ローンチ、などを得意げに使うのが意識高い系の特徴だ。

 コロナ禍の当初は感染拡大防止を我先に実践するためやたらマスク不着用者を指摘非難する「マスク警察」を自認し、従来の面談コミュニケーション方法を非難し、パソコン(ZOOMソフトなど)を多用しテレワーク(リモートワーク)で連日液晶画面で集った連中だ。

 こういった非常事態下での新しい仕事感覚を楽しみ、酒を飲むにもオンライン飲み会(リモート飲み会)で盛り上がり、それを出来ない人々に優越感を感じていたはずなのだ。

 しかしどうやら、感染が最大値を更新しているにもかかわらず、早くももう彼らはそれには飽きたらしい・・・とネット記事は嘲笑っている。

 聴きなれない「オーバーシュート」に始まり、ロックダウン、ソーシャルディスタンスなど小池百合子(=アウフヘーベンなど人が聴きなれない言葉を突然使って悦に入る都知事)が自慢げに横文字造成語を一般メディア上で多用し始めたものだから、もう世の中やメディアは横文字だらけでウザったい事この上ない。君達の母国語って一体何語?と記事は言う。

 外人から自分のオフィスにダイレクトに電話が掛かってくれば、ロクに対応できず「誰か―!」と大慌てなくせして、普段の日本人同士の会話には得意げにカタカナ語を多用する。下手すればコロナウイルスよりタチが悪い。

 しかし、普段そういった「意識高い系」の皆さんなのに、なんでGOTOキャンペーンに浮かれた人混みの極致の観光地に高齢者たちやファミリーと先を争って「今」行くの?…と記事は続く。

 第三次感染拡大を専門家の医療関係者が危惧しているさなか、あの三密はどうしたの?テレワークはどうしたの?SDGsって重要視しているくせにそんな行動とってて何が持続可能…なの?言っている事とやっていることが矛盾だらけじゃないでしょうか?やっている事はSDGsの17の目標から大きく外れているのではないだろうか?・・・と更にたたみ掛ける。筆者もまさにそう思う。

 「皆が行っているから私だけ責められても・・・だの、第三次感染拡大が判らなかった3か月前に予約しちゃったから行くしかない・・・だの、キャンセル料がどうなるか判らないから・・・。」だの、意識高い系だったはずの自分の立ち位置を忘れ、ただの人になってすべて自分の都合、自分中心で正当化し、言い訳する。・・・だそうだ。

 「意識普通系」の筆者は思う。勿論、三連休に自宅に朝から晩まで閉じこもって自粛すべきだとは言わない。自分でも工夫して外出して極力人に出遭わないで済むオープンエアの場所をさがし、自然に接する時間を多くとっている。

 屋外に出てスポーツをしたり、普段行かない美術館へ行くなり近所の大きな公園、川の河川敷きで日光浴するなどいくらでも方法はあるはず、決して何が何でも閉じ籠るべきだというのではない。認知症だって一人で自宅に閉じこもる事が良く無い事、外気に当たらねば鬱が増える事、ここ半年自殺者(特に女性!)が増えている事実。自粛閉じこもりが心身の健康に悪い事は百も承知だ。

 だからと言って、いきなり経済を動かさなきゃという都合の良い「大義名分」で三密・群衆で溢れる混雑が判っている観光地へ行ってマスクを外し、グループではじけて酒を飲み飲食をする方向へ飛躍してしまうのだろうか?どうして遠くへ行かないと損した気持ちに成るのだろう。

 スイッチのオンとオフしかないような生き方がどうしても筆者には理解できない。インスタ映えだの、SNSでいいね!をたくさん貰いたいだの、要は目立ちたい、褒められたい、羨ましがらせたい人種がコロナ禍自粛の反動で増えたのだろうか?

 最近思うに、本当に一本筋の通った自分流の「信念と誇り」を持って、我慢が出来、節度の有る生き方をする日本人がとても少なくなった気がする。

 自分が過去に撮った画像と、この三連休のメディア報道の観光地の画像を見ながら改めてよく考えてみたい。

2012年の京都永観堂 筆者撮影(平日)

今年の連休

嵐山 関西テレビ

清水への産寧坂のTwitter画像より

嵐山渡月橋 毎日新聞

京都嵐山 毎日新聞

高尾山 毎日新聞

 ネットメディア上の三連休レポートは何処を見てもコロナ禍の今とはとても思えない。この結果が1~2週間後どう出て来るかメディアを注視したい。

2020年11月24日火曜日

そろそろカシラダカが入り始めている様だ。 It seems that Rustic bunting is about to enter.

  先月10月28日の山形県米沢市の野鳥探索でカシラダカに遭遇した件を投稿したが、関東近辺にもカシラダカが姿を見せ始めている様だ。

http://yamasemiweb.blogspot.com/2020/10/3-wild-birds-on-banks-of-mogami-river.html

 最近この鳥は数が少なくなったというより日本への渡りが少なくなったのだろうか?

以前は乗鞍の休暇村の部屋の中から撮影したりしたのだが、ここ数年はなかなかお目に掛かれていない。三鷹の野川流域でも観たり観られなかったりしている。

 筆者はこの野鳥の頭の冠羽が非常に好きで、ミヤマホオジロ同様にお好みのトップクラスだ。

兵庫県豊岡のカシラダカ。


安曇野のカシラダカ。



乗鞍高原でのカシラダカ。

野鳥に興味ない方にはスズメとの違いが判り難いだろうけれど・・。

2020年11月23日月曜日

小石川の植物園で今年初視のシメに遭遇。At the Koishikawa Botanical Garden, I encountered a hawkfinch for the first time this year.

  都心に在りながら、上野の森や皇居の森から飛来する野鳥たちで賑わうと言われている東大・小石川植物園だが、野鳥に関しては警戒心が強いのか明治神宮や新宿御苑のようには数が多くないようだ。

 ヒヨドリだけはやたらと多いように思うが・・・。それでも1か月ぶりに訪れたら三連休だったせいもあって近所のファミリーで一杯だった。

14時30分に園を出る際の正門付近。入ってすぐの駐輪場には60台ほどのママチャリ。

 出遭えた野鳥は、シメ、シロハラ、などの冬鳥に加えウグイスの地鳴きが盛んに聴こえた。針葉樹の森に入ってみたがキクイタダキには出遭えなかった。まだ来ていない模様。

 新型コロナウイルスの第三次感染拡大の中、政府が外出自粛をさかんにアピールしていたが、GOTOトラベルその他さんざん「経済を回さねば」と言って推進した結果多くの国民が「予約してしまったから今更やめる訳にいくものか・・・」と、全国に繰り出してしまっている。

 ニュースで見る限り京都の渡月橋や清水寺は普通の行楽シーズン以上の超満員!コロナ禍以前の外国からの観光客が居ない今、国内からの観光客だけでこの大混雑状態は、政府のコロナ禍の中でのGOTOキャンペーンの大失敗を証明しているようなものだ。

 ニュースで受け入れる京都のお店の人たちは、「外人たちより客単価が落ちるのでいまいち・・。」とか訳の判らない文句を言っていた。

 こんな状態では今後の感染拡大が恐ろしい限りだ。

 一方で新型コロナ禍に関しては各自勉強しているようで、昨日も電車の中で高齢者が「パンデミックの文明論」なる本を読んでおられた・・・って筆者より若い方かもしれない。

 小石川植物園は秋のカラフルな紅葉の盛りで、黄色や赤の落ち葉じゅうたんがあちこちに観られた。普段は静かな植物園も近所のファミリーが自転車で押し寄せてきていて正門付近は朝から夕方まで大混雑だったという。

大銀杏。

メタセコイヤ。

明治神宮や新宿御苑と違って高低差が10mほどあるのが特徴。

 そんな中、人の賑わいで野鳥は木々の梢で飛び回るような感じ。高い梢で木の実を啄んでいたシメを発見!




黒い木の実を盛んにほおばって砕いて食べていた。まだ1羽だけ。

2020年11月22日日曜日

流水型ダムを造っただけでは球磨川流域の災害は決して無くならない。 Even if a running water type dam is built, the disaster in the Kuma River basin will never disappear.

  昨日もこのブログで述べた通り、熊本県の蒲島知事が洪水災害から半年もたたずに10年前の決定を覆して流水型ダム建設を申請したが、あまりにせっかちな判断ではないだろうか?裏で何が進んでいるか、想像してしまうほどの速さだ。まるで出来レースの様に。

 一昨日のNHKの「時論公論」でもフリップで盛んに説明していたが、球磨川流域の人々(政治家・行政マン・住民・メディア関係者)はダムの治水能力を過大評価をし過ぎだと思う。 被害に遭って不安でたまらない地元の人たちにとってみれば天孫降臨、祈祷師のような存在のダムなのだろうが、政治に癒着した御用知識人以外の多くの専門家たちはダムに頼りすぎる地元へ警鐘を鳴らしている。ダムは出来ても人吉・球磨エリアで洪水はこの先も必ず起きるのだ。

 この内容をもっと一般の人々に広めなければいけないのに、メディアにおいても行政の周知活動においてもその動きはまだない。

 7月4日の午前1時の降雨帯をよく見て欲しい、川辺川上流部に線状降水帯は掛かっていないのだ。こういったデータを詳しく検証もせず国交省の発表したメッセージのみで今回の蒲島知事の流水型ダム要請まで進んだ一連の動きを筆者は訝しむ限りだ。

 少なくとも球磨川が過去の洪水で土砂を運んで形成された狭い平地には、この先は住んでは行けないし、もう物理的に住めないと認識すべきだろう。どうしても今までと同じ場所に住みたいのであれば高いリスクは自分自身で負わねばならず、要は命がけという事だ。時代は変わったのだ、自然が変わったのだ。

 自分達でリスクを負って自己回避の努力をせずに、生活は今の場所で今までの様に過ごしたい、国や市など自治体にお願いして、なんとか洪水だけを食い止めて欲しい、それが行政のやる仕事だろう?と思うのは、あまりに虫が良すぎる話だと思う。

 国交省もきちんと住民説明会を行い、はっきりとした原因は未だ判っていないが30年前とは地球環境が大きく変わり、気候変動が起こり、今までのダムや堤防強化などの方法では今の球磨川の洪水は防ぎようがない事を認識させるべきではないのか?

 そうして今回浸水の激しかった流域の住む場所は、今や相当危険なエリアに成ってしまったのだという「事実認識」を国民の税金を使って何か物を造る前に、まず流域の人々に啓蒙するべきではないだろうか?

 これは地盤沈下で東京の下町が相当危険なゼロメートル地帯になった事や、三陸沿岸が日本海溝の地震の影響で津波被害を受けやすくなってしまったのと一緒で、人間の力ではどうしようもなくなった事と同じだとの説明をきちんと行うべきだと思うのだ。

 ダム云々の前に、その辺りを強く街づくりに反映し、洪水ハザードマップをきちんと作成し直し住民全員に認知させ、ハザードマップの最大浸水エリアには3階建て以上の建造物以外建設禁止にするなど規制や条例で街づくりのやり直しを行うべきではないだろうか?

 更には洪水時には各町内のだれがどのビルへ避難するか、事前に決めておいて訓練を欠かさぬことだ。とてもではないが、そういう事前の準備対策が今まで人吉球磨エリアで充分に行われていたとは到底思えない。

 間違っても「ダムさえ出来ればもう安心!」などと思わぬよう地元自治体は住民一人一人への啓蒙徹底、具体的な洪水対策の具現化を行う必要があろう。精神的な美辞麗句の復興意思表示・挨拶宣言ではなく、具体的・箇条書きの確認文書をこの際発表すべきではないだろうか?

 そのうえで、洪水から我が家と我が身を守る意味で、高台へ一家で移住するか今回最大浸水レベルの上に充分値するだけの高い建造物に建て替えるか、結論を先延ばしにせず決断をすること。来年も梅雨時の末期には今年と同じ事が充分起こり得るのだから。

 役所・自治体はそのために出来得る限りの便宜を図る事が重要ではないだろうか。その実例は羽越水害から見事復活した山形県などの実例を参考にすることなどが重要だろう。頭を下げてでも教えを乞うべきではないだろうか?如何だろう。

2020年11月21日土曜日

やっとNHKが川辺川ダムに関する見解を報道したが遅過ぎると思う。 NHK finally reported the view on the Kawabe River dam, but I think it's too late.

  昨日の夜遅く、NHK総合TVの番組「時論公論」が川辺川ダムに関して取り上げた。7月の球磨川豪雨で球磨川流域の災害ががなぜ起きたのか・・科学的分析・原因解明には全然触れずに。

 五木村の移転を含み、揉めにもめた過去における川辺川ダム論争の経緯と、今回豪雨で蒲島知事が川辺川ダム建設中止との10年前の決定を覆して、流水型ダム容認を発表した事に係わる経緯を報道しただけ。

 何故豪雨・洪水災害が発生したのか・・のメカニズム、原因究明は一切行わず、ダムが出来てもそれだけに頼るべきではないと専門家が言っている・・程度の報道だ。 

 流水型ダムではない八ッ場(やんば)ダムの昨年台風19号の貯水効果を述べるにとどまり、まだ国内に数か所出来てその成果・効果のほどが確認出来ていない流水型ダムの説明は初歩的・原理的な事だけだった。いささか不十分過ぎる内容だった。これがBBC(英国)やTF1(フランス)だったら、もっと時間をかけて深く切り込むだろう。NHKとしては本来スぺシャルドキュメントで取り上げるレベルの話だ。

 しかし概ね筆者がこのブログで7月4日の豪雨洪水当日から投稿し続けてきた内容・主張に近いものがあったので、自分としてもあまり間違ったことは考えていなかったと安心した。

 この「時論公論23:30~23:40」はNHKオンデマンドでもNHKプラスでも観られるようなので是非ご覧いただければと思う。

如何にも問題が起きているような報道だが科学的な面からは非常に乏しい内容だった。

国交省が検証の経緯や算出方法を明かさぬまま規定値と報道するのは如何なものか?

 問題の7月4日朝4時時点で、猛烈な線状降水帯は球磨川・川辺川ほぼ全流域に4時間以上掛かっていた。過去に例を見ない集中豪雨だった。しかし総雨量を見ると、実は川辺川ダム想定地より上流部の雨量は、それほど多くないことが熊日新聞の各測定ポイントでのデータからも判る。

 筆者は何度でも言う。市房ダムと出来た場合の川辺川ダムで対応できるのはあくまで右上の色が付いた流域での降雨・雨量だけなのだ。流域全体に平均に雨が降った場合を考えれば25%程度の雨量に関してしか関係ないエリアなのだ。更に既存の市房ダムを除いて川辺川ダム上流部だけで考えれば20%の雨量にも届かない防御効果しかないのだ。こんな簡単な事がどうして地元のメディアも自治体の関係者も理解できないのだろう?

 今回の7月豪雨災害は色が付いていない地図の下半分の広い部分の降雨量がより多く、洪水を引き起こしたことが判っているの(下図・熊日新聞のデータを視れば明白)に、何故川辺川ダムさえあったら人吉市附近の水量が6割減などという数値が出て来るのか?


 河川の専門家たちも、地元の首長も真実を追求してもっと「国交省の言っている事と事実は違う!」と主張すべきではないだろうか?

 地域住民も行政も自分達では全然検証・研究せず、国交省の出す情報を鵜呑みにしてしまうあたり、情けないし悲しい限りだ。そうして再び同じことを繰り返すに違いない。

 左下にダムに寄る治水効果を過大に見積もっている…をもっと強く報道すべきでは?ダムの限界をもっと実質・具体例で示してほしいがこれがNHKの限界なのだろうなぁ。熊本県の蒲島知事と地元行政関係者の意見収集会でもこんな具体的な内容は話していないだろう?

 この青い水位だって、ダムが在ってもそうなるといっているのだから「ダムさえできれば・・。」というのは大間違いだという事を地元の行政・首長は地元住民に徹底しなければいけないのではないだろうか?この番組を録画してNHKの許可を取って全住民に見せなければいけないはずだ。復旧にがんばれ、応援してますだけでは誰でも言える。具体的に先を見た施策が必要だと思うが如何?

 まだ国内には少ない流水型ダム。単に洪水対策だけに造るのであれば機能さえ理解して運用すれば、前例のダムの豪雨時のデータ無くても試験的に可動可能だろう。
 しかし、農業用水の利水その他にも活用したいだの要望が集まったとして、流水型から従来の堰留型にいつ国交省がすり替えるか判ったものではない。
 多分その辺りは悪だくみとして国交省では既に計画済みのような気がする。環境アセスメント取得に時間がかかるので早急な工事が望めないけれど、完成が10年後でも良いのか?などと言い訳・脅しの説得材料もとっくに織り込み済みのような気がする。

 地元の議員、首長はこのあたり先を読むべきだろう。地元住民を裏切って「悪政に魂を売らない様」願うばかりだ。

筆者が主張し続けている、いつまでも「治水」などという人間が自然をコントロールできるなどと思いあがった考え方では、この先どうしようもなくなるはずだ。

2020年11月20日金曜日

川辺川ダム容認という事でヤマセミがこうならなければ良いが・・。 I am afraid of crested kingfisher can't live as usual because of the Kawabe River dam tolerated.

  熊本県の蒲島知事が川辺川に流水型ダム建設を事実上容認した様だが、大いに問題があると筆者は思っている。日本に出来ている流水型(通称穴あき)ダムはまだ建設数が少ないのと、豪雨の際の実証実験が終わっていないのでその効果やリスクが十分に検証されていないのだ。

 今回の豪雨洪水災害の十分な検証・分析も終わっていないのに、洪水発生からたったの半年も経たない段階で流水ダム容認という無謀な判断をした裏には、相当な政治的圧力と利権にまつわる不都合な真実が隠れていると思わざるを得ない。

今朝の読売新聞から。最終部分一部割愛。

 メディアの情報を視ても「意見対立で分断したりいがみ合ったりしたくないから賛成・容認」だというケースが多くまとまるのも早かったという。これでは本末転倒だろう?

 大体、素人でも判ろうが堰止型のダムと流水型のダムが同じ場所(立地条件・環境)に出来る訳が無い。ダムそのものの理論と工学的仕組みが全然違うのだから・・。

 ダムに寄らない治水・・に踏み切った蒲島知事だったが、あらゆる方法で国交省なり地元建設業関係者、ダム推進派の行政・役人たちが邪魔をし、妨害してダムに寄らない治水策を10年以上進めさせなかったのではなかろうか?大体想像できる。

 この話はもう少しメディア報道他、友人の河川の専門家たちと議論してみて、また週末にブログアップしてみたい。

 今日のこのブログでは川辺川ダムが出来ると特に冬季は川の水量が減る為、ヤマセミはこういった状況に陥るだろうと思われる画像をご紹介してみたい。







 ご覧の通り、川に水が無ければヤマセミも採餌できないから水のある所へ移動してしまう。人吉の街中の球磨川が渇水状態になれば、魚も激減するのでヤマセミたちも住む場所を換えざるを得ないだろう。「人吉市の山翡翠」は幻になってしまう。残念だ。