2019年10月16日水曜日

伊根の舟屋ではカモメと舟屋を一緒に撮るのがお約束。 It is nice idea to photographing famous sight with seagulls at Funaya of Ine.

  今回の台風で人気の武蔵小杉の高層マンションが停電で大騒ぎになっている。階下に設置されていた発電機が水をかぶり動かなくなったのだ。断水~停電でエレベーターも止まり、今を時めく人気の高層マンションに優越感一杯状態で入居した高層マンション族が失意のどん底なのだ。

 住民が管理会社の担当者をつるし上げしている所を、テレビのワイドショーなどが紹介していたが、高層マンション購入予定者にとって大きな教訓に成ったようだ。
 下の地図で見る通り、高層マンション集中エリアは明治初期には河道ならびに窪地で度々多摩川の水が出たことが見てとれる。よく、水害や大地震で水浸しになったり液状化状態になったエリアが、昔湿地や河道だったことが後で判るのと同じ状況。
※この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです

 外観や利便性、立地エリアの話題性だけで華やかなマンションを購入してはいけないという事の教訓だろう。これが高層に成れば成る程、電気が止まった際のリスクは非常に高い。エレベーターが使えない(=20階を1日に数回歩いて上下?)水が無くなる、冷蔵庫の食品が腐る、トイレが流れない、通信が途絶する・・・いわば現代生活に慣れ切った人には地獄だ。これが高齢者ともなれば死が近づくこと間違いない。

 まだまだ洪水警報が出ている河川が関東~東北エリアの各県にたくさん残っている。晴れたら秋の信州・湿地帯へ鳥見に行こうと思ったら、東京から信州の高原へ行く高速道路が通行止め。中央道は八王子・圏央道分岐ジャンクションから大月インターまでアウト!上信越道も松井田妙義から佐久インターまでがアウト!

 無理をすれば八王子ジャンクション~東名厚木~東名御殿場…河口湖~大月ジャンクション経由で行けなくもないが、考えている内に天気が下り坂になってしまった。

 まだまだ爪痕が深い台風19号だ。水を差す訳ではないが、いつまでもラグビー熱に浮かれている訳にはいかないだろう。

 と、言いつつ野鳥ブログは日本海側の「日本の名所」伊根の舟屋へ行ってみようと思う。日本三景の天橋立も良いが、ただの砂州に松の木が生えている所より、伊根の舟屋の方が個人的には大きな観光資源としての価値があると思う。

 ぜひここへ来たら海から舟屋の佇まいを観る観光船に乗って頂きたい。車で行って陸からだけだと雰囲気は30%も味わえないと思う。
 筆者的には全世界に「日本の美」を紹介する際には一番の素材だと思うが如何だろう?

 で、観光船に乗ると暫くしてカモメが寄って来る。カッパえびせんのような物を撒いて寄せるのだが、もう餌付けされていてギャアギャア鳴きながら寄って来る。
 しかし、完全に籠の鳥状態ではなく、全てのカモメが寄ってくる訳ではない。自然の採餌もしている場面を何度も撮影した。カッパえびせんだけでカモメが生きていければ学術的に大問題だろう。

 ある意味最低限で許される野鳥と人間の近づき方のようにも思えた。海が荒れれば観光船も欠航、季節に成ればカモメも消えよう。

 写真撮影的にはカモメだけ撮るというのはあまりしないが、伊根の舟屋バックのカモメは魅力的だった。
昔から憧れていた伊根の舟屋。絵を描きたいモチーフのナンバー1.

舟屋だけ観ているのでは30分も居れば飽きて来るが・・・。


カモメと一緒に撮るとなると俄然気合いが入った!

暗いのに揺れる船から被写界深度を高めて狙うのは結構しんどかった。


放り投げた餌に飛びつくカモメが可愛いのだろう、筆者的には何とも難しい反応をせざるを得なかった。

2019年10月15日火曜日

夏の尾瀬の野鳥は季節感が幾つか混在していた。The wild bird of Oze wetland in summer was mixed with a sense of the several seasons.

  ワールドカップ・ラグビーで日本がスコットランドを破り4戦全勝で決勝トーナメントへ進出する事が決まった日、信州長野・千曲川流域、福島県・阿武隈川流域、茨城県那珂川流域では多数の死者行方不明者出ると共に、家屋の流出倒壊が多数出た。

 此の天国と地獄が同居した今年幾度か目の3連休。何とも複雑な気持ちだ。特に千曲川沿いの土手道は、1993年~1998年長野オリンピックの前5年間、インタースキー野沢温泉村大会はじめ、数多くのスノースポーツイベント・大会運営の為、車での業務出張で散々通ったエリアだ。

 広告代理店の業務としてスノースポーツを開催するスキー場は山に存在する。これらを公共交通機関で回っていては仕事に成らない。
 1回の出張で野沢温泉村、志賀高原、白馬八方尾根、白馬岩岳など4カ所のスキー場、村役場、市役所などを回るには、1泊2日が最低の行程。2~3泊も多かった。

 三鷹の自宅から中央道で白馬村へ行き、打ち合わせ業務を済ませ工事中のオリンピック道路を経て、犀川~千曲川沿いの土手通りを小布施~飯山へ抜けるのが一番効率的なルート。その小布施の道の駅は今回決壊した場所の対岸に当たる。
 筆者が使用したルートは千曲川の南側が多く、リンゴ畑が続く信号のない抜け道が多かった。
 余談だが今回の洪水で収穫間近のリンゴが下から2m程は泥水を被ったと聞く。リンゴは意外に低い所に実が生るので被害は大きいだろう。リンゴが大好物の筆者だけに心が痛む。

 その後野沢温泉村~津南~十二峠(トンネル)を抜け石打に出て関越道で北から三鷹へ戻る周回ルート800kmを走破していた。

 これでスポーツ事業局の業務を5~6年間続けたのだから今思うと結構怖い。年間走行距離4万kmが年々続いたのだ。だからこそスポンサーの提供するオフィシャルカーで出張し続けた訳だ。

 スバルレガシイ・グランドワゴン(今のアウトバック)のドアに大きくインタースキーだの長野オリンピック・プレ大会の表記を掲げながら走る訳だから、変な所へは入れない。一種の宣伝カーだ。

 サービスエリアで休憩したり食事をしていても「何処そこに居たろう?」だの「何処どこで見かけました」と常時監視される5年間だった。

 相当話が飛んでしまったが、今日は連休前の「夏の尾瀬の想い出」シリーズの野鳥編。夏なのにモズのつがいが居たり、ホオアカが囀っていたり子育てしたり、ウグイスがチョロチョロ顔を出して付きまとったり、結構面白い展開を見せてくれた。期待した猛禽類がほとんど目に入らなかったのが意外だった。
真夏に囀るか?

口いっぱい虫を頬張ったホオアカ。

湿原の真ん中の灌木にモズがつがいで居た、真夏なのに。

このウグイス君、20分近くも出たり入ったり。

結構仲良くなった・・・気がした。

ノビタキのメスはずーっと同じ所から移動しなかった。


遠くの樹にイカルが一羽だけ居た。

洪水の後片付けで大変な方々にお見舞い申し上げたい。

2019年10月14日月曜日

団塊世代は20年前のスポーツ文化論を想い出した。The baby boomer recalled sports culture theory of 20 years ago.

 ラグビーワールドカップで日本チームが一次リーグを全勝で突破し、勝ち点19で初めて堂々のベスト8に成った。台風19号の通過直後24時間以内の試合実施だったが、会場の横浜競技場は我が国におけるラグビー史上最大の観客数で沸き立った。
Yahooニュースより、時事通信配信

 代表出場選手の半数が日本人以外でもOKという、植民地が多かったUK発祥の特殊な種類のスポーツなのだが、「日本」という国を背負っての闘いは、今までには無いチームスポーツの一面を出している。

 4連勝負けなしで突き進むラグビー日本代表。巨人・大鵬・卵焼きじゃないが、強いものに直ぐ惹かれ憧れる日本人特有の「にわかファン、自称事情通」があちこちに誕生し「オレがオレが状態」になっているようで微笑ましい。そういう人々で実際相当な体力を必要とし痛い思いをして実際にラグビーをやった事のある者は少数派だろう。

 競技の性格上、ボディコンタクト自体がベースなので、背がある程度あり筋肉質で重たくないとすっ飛ばされてしまう為、なかなか実際このスポーツはそう簡単に経験できるものではない。

 スタジアムに足を運ぶ観客はサッカーに比べ年齢層は相当に高い。これはかっての経験者なのだろう、居ても立っても居られないから応援に駆け付ける、どのスポーツとも少し違うラグビーならではの傾向なのだろう。

 ある意味、今まで野球・サッカー・バレーボール・ゴルフなどに比べメディアでの中継が殆ど無く、ルールも判りにくかったラグビーだが、珍しさ、サッカーにおいてはやってはいけないタックルなど物珍しさが受けているのは間違いない。

 さらに競技人口が少ないためサッカーや野球とは違う「やるチャンスは非常に少ないけれど肉弾戦に憧れる」典型的な観るスポーツなのではないだろうか?

 此のラグビーは昭和の後半頃まではいわゆる当時の言い方で言えば「硬派スポーツ」の典型だった。奥克彦~平尾誠二の新しいラグビーの時代に入るまで、トライしても喜びを表してはいけない、グランドではやたら笑顔を見せないなど「軟弱さ」を否定した英国の伝統を忖度しすぎた古いタイプの種目だった。

 これは大学時代4年間体育会系サッカー部でプレイし、グランドを半分づつ使って練習した際、領域を侵して走り込んでくるラグビー部のメンバーと年中ぶつかった際にも強く感じていた事だ。
大学サッカー部神奈川県知事杯優勝で’71年和歌山国体代表権を得た頃。

 余談だが、一度グランドでモメて「俺たちラグビー部のメンバーがサッカーをやったら、軟弱なお前らなど目ではない」の一言に切れて、サッカー部Vsラグビー部でサッカーの試合をきちんとした事があった。

 当時の横浜国大ラグビー部は全日本大学ラグビーの1部強豪だったし、サッカー部は関東甲信越国公立大学サッカー大会で優勝したばかり、翌’71年には神奈川県知事杯に優勝し国体代表権を得るほど強かったので、結構話題を呼んだ。神奈川新聞も取材に来たほど。

 観客も居る(100名はいなかったが)芝生のちゃんとした三ツ沢に在った競技場で、資格を持った審判を呼んで厳格に行った。しかし残念ながら前半11対0でサッカー部勝利で終ってしまった。その上ラグビー部はレッドカード2枚で退場者続出、3枚目が出た所で試合放棄だった。

 要はスポーツとして外観上見れば似てはいるが、体と体をぶつけ合う事が基本のラグビーと、そんな相手を倒すような接触プレーをしたらレッドカード退場というあくまでボールを手を使わず足でコントロールするスポーツの違いが如実に出た試合だった。漢字表記の蹴球(サッカー)Vs闘球(ラグビー)という漢字表記通りだった。

 更に驚いた事に、連続プレー、走り続ける時間が長いサッカーに比べ、スクラムなどでやたら試合が途切れる、相撲のぶつかりのような力を使い、短距離走のつなぎで試合が進むラグビーのフィジカル面との差も出ていた様だ。実は前半終了でラグビー部員は殆ど足がつり、走れなくなっていたと後で聞いた。

 しかし今はトライの後の喜び方も昔とは大違い、TVで観る通り染め金髪、タトゥーやドレッドヘア、松島選手の髪形など「目立つ事や派手を押さえるべし」は完全にガラパゴス化してしまっている。

 HC、つまりラグビーのヘッドコーチは過去の日本の試合ではジャケットにネクタイ着用が伝統的で当たり前だったが、今回ワールドカップを見る限り殆どのチームのHCは試合中ポロシャツだったりトレーニングスーツで、ネクタイにジャケットという姿で臨んでいるのは日本チームくらいで非常に少ないようだ。ある意味サッカーより全然派手で、かっての「硬派イメージ」は今や何処にもないあり様だ。

 このスポーツ2種を、点を入れると歓びを全身で表す派手なパフォーマンスのサッカーは「軟派」、得点しても喜びを表さないラグビーは男らしいから「硬派」等としたメディアが多かった。この傾向は1970年代頃までは確実にあったようだ。今でも60歳過ぎの方にはこのイメージのまま分け隔てて考えようとする「ガラパゴス系人種」が居るようだ。

 ラグビー、サッカーにとどまらず、自分ではやりもしないのに感覚的な硬派イメージ、軟派イメージでスポーツ全種目を分けようとする趣が当時1970年頃はまだ存在していた。雑誌ポパイやスポーツイラストレイテッドが発刊され、海外の有名スポーツブランドがタウンウエアやシューズで若者文化の中心に入り込んできた頃からこの「軟派・硬派」の考え方は消滅し、古い頭のままの人間の脳にのみ残った。
スポーツに関してのそれまでの定義・常識を変えた雑誌ポパイ。

 これは、2000年頃、スポーツ用品の団体「日本スポーツ用品工業会」という団体の要請で、当時のアシックス会長・鬼塚喜八郎さん座長のプロジェクトに呼ばれ2年間色々お手伝いした時の「軟派・硬派論」で整理した時に中心的にまとめたので、非常に良く覚えている。
2002年、アシックスの故・鬼塚喜八郎さんに色々教わった。

 例えば1960年代においての硬派スポーツは柔道・相撲・拳闘(=ボクシング)・空手・野球・篭球(=バスケットボール)・蹴球(=サッカー)・闘球(=ラグビー)など漢字表記が主流の汗臭い種目。
大学のラグビー部部員募集ポスター。名古屋体育大学HP

 一方軟派スポーツと言えばボーリング、スキー、ヨット、スケート、ゴルフ、等カタカナ表記のスポーツだった。例えば石原裕次郎・津川雅彦の「狂った果実」のヨットやボート、加山雄三の「アルプスの若大将」トニー・ザイラーの「黒い稲妻」クロード・ルルーシュの「白い恋人たち」のスキーなどは「軟派スポーツ」の典型だった。
 1998年長野オリンピック時、関連イベントで世界中のオリンピック金メダリストを呼んで白馬でレガシィレースをプロデューサーとして企画運営・実施した。生でトニー・ザイラー(通称アントン)と打ち合わせしたなど夢の様だ。

 筆者は1964年高校生時代からスキーをやり、一時は競技スキーにハマり2005年の乗鞍岳宮様フィーゲルスキー・ダウンヒル大会にも参加している。あのコルチナ・オリンピック日本代表杉山進さんと一緒に参加もした。

 その後、スノーボード(アルペン)もやり、北海道の請川博一氏と共に全日本スキー連盟のスノーボード専門委員としてFIS国際スキー連盟の年次総会にも2回ほど参加した。
 スノースポーツとしてはこのほかクロスカントリースキーをやり、指導員資格も一時期保有した。
飯山のビルケバイネルスキーレンネ(1994年)で46歳で初めてクロカンの板を履いた翌日10kmクラスで真ん中の成績。

ポールの練習はつぼ足で登るので足腰はパンパンになる。(1978年頃)

標高3000mの乗鞍岳宮様ダウンヒル競技会では高山病も経験した。

スノボは仕事から必要に迫られて入ったが、自分でやってみたからこそその後のカービングスキーに繋がる開発にも参加できた。しかし足と全身の筋力やバランス感覚はアルペンスキーの比ではない。物凄いハードスポーツだ。
 ミズノのスポーツ研究所で計測したスノボの選手の背筋力はオリンピック全ての種目で最高値グループだったという。軟派なんてとんでもない話。

 日本のスキー界の巨匠と1995年野沢温泉スキー場でインタースキー1995の準備で左・杉山進さん、右・丸山庄司さん。お二人とも意地悪な人の多い日本のスキー界に在っては、信じられないほど優しく素晴らしい方達。杉山先生の夜間瀬のご自宅には一度泊めて頂いた。出張で八方へ行った際は丸山庄司さんの対岳館が常宿だった。

 要は何が言いたいかというと、スノースポーツ一つ取ってみても種目には硬派も軟派もなく、その感じ取り方は個人の頭の柔らかさと時代背景と共に変化するという事を言いたいのだ。

 今は日の出の勢いでラグビーに国民の人気もメディアの注目も集まっている。普段はプロ野球を見ている人でも、今年のプロ野球の日本シリーズが巨人Vsソフトバンクに成った事など知らない人も多い程だろう。

 もう現代においてはスポーツはやる人間、観る人間でごちゃごちゃの状態。どう考え、どう思うかは個々で異なるのだ。いわゆる~派、~派などと分け隔てするのは人間自体が古くなっているというのが2002年のスポ団連のプロジェクトで出た結論だった。2002年も2019年の今も余りこれに関しては変わるまい?

 硬派・軟派どころかスマホの普及でバーチャルのスポーツ観戦・応援が広まった今、実際汗を流して、怪我をして、体力消耗するリアルのスポーツをする人が減っているのは、この先の世の中を憂える大きな不安材料に成って居ると思うのだが如何だろう。

 エアギターではないが、Eスポーツなどと言うゲームでコントローラーをチャカチャカするだけの遊びまで「スポーツだ!」と言い出すこの世の中。何か価値観がメチャクチャに成りつつあるような気がする。

2019年10月13日日曜日

強い台風で一歩も外に出られないからヤマセミ画像で和むしかなかった。Because it was a strong typhoon and we couldn't go outside, it was only watching the Crested kingfisher image.

 12日(土)夕刻、静岡県下田市付近に上陸したとのニュースが流れた。普通、台風は上陸すると勢力が衰えたり、その形が崩れるものだが、今回の19号はそのまま進んだ様だ。 結果的に都心を川崎の武蔵小杉辺りから北東方向へ進み、渋谷~千代田区~松戸~つくばを経て茨城県を縦断したようだ。極力被害が少ない事を祈るばかりだ。

 気象庁やNHKは盛んに「命を守る行動を」とか「数十年に一度の・・・」あるいは「今までに経験したことがない程の・・・」などと繰り返していたが、気持ちは判るが、あまりに具体性に欠けるアピール、アドバイスだと以前から思っていた。

 連呼するほうは一生懸命なのだが、受け手側はなかなかその意を解せなくて困っているのではないだろうか?単純に「命を守る行動」って、海岸付近や河川の傍、高台、崖を背負った山間部、都会の高層マンションなどケースバイケースで状況はすべて異なるはずだ。それぞれに応じた具体的な事例を2~30件、現在居る場所や住んでいる家の状況・構造により分類して、説明してほしいのだが無理だろうか?聴いているのは理解力のハッキリとした大人ばかりではなかろう?

 例えば、外へ出た途端、今回のラグビーワールドカップの出場選手でも体ごと飛ばされるような~強い風とか、昨年の大阪を襲った台風のように空荷の軽自動車が巻き上がって飛んでくる・・・。などの具体的比較が出来る説明が理解しやすいのではないだろうか?

 気象庁の特別記者会見と言っても、毎回具体的な話は何一つないし要約すると「最大限の注意を払う様に」と言っているだけに等しいのではないだろうか?少し意地が悪いかもしれないが、まるで「気象庁としては危険は十分告知しましたよ!」と言うアリバイ作りのように思えて仕方がない。

 さらには、特別警報発令!と騒ぐが、役所的・関係者的には今までの警報とは違って区別・分類できるのだろが、聴いている方からすると「だから何なの?何がどう違うの?」状態であることは間違いない。筆者も頭が悪いのだ、申し訳ないが未だによく判らないのだ。そこで少し調べてみた。 


 ここに詳しく出ていたが、今までこれらをしっかりと認識していなかったというか知らなかった。FB友達に訊いてもきちんと知っている人はほとんどいなかった。永年広告代理店に勤務経験があり、ほぼ毎日ネットで長時間色々な情報を得ている筆者ですら、この説明サイトに到達していなかったのだからPRが充分だとは言えないだろう。

 しかし、TVや気象庁は国民すべてが既に「特別警報」を周知しているかのように「発令!」連呼するがイマイチ理解されていないように思う。
このあたり、今後の危機情報伝達・アピール方法に関して要検討だと思うが如何だろう?

 このような状況下では、静かにヤマセミのこの時期の行動・生態などを想い出すしかないと思い、過去にも掲載した秋のヤマセミつがいの行動画像をリクエストに応じて再びご紹介しようと思う。

 この時期、ヤマセミは来シーズンのペアリング、と言っても生きている限り同じ相手とつがいを組むヤマセミなので、特段改まったカップリングへ向けてのディスプレイや自己アピールはないと思うのだが、わりに頻繁に一緒にペアで高高度を飛び回る姿を目にすることが出来る。






 それに合わせて、以前遠くに台風が在る際の夕焼けの凄さを撮影していた。球磨川~不知火海の色鮮やかな夕焼け画像をご紹介したい。



全て海から直線で20㎞離れた人吉市での台風を遠くにした日の夕焼け。

今回の台風19号の影響で熊本県葦北郡芦北町にお住いの野坂屋旅館田中正一さんが素晴らしい夕陽を投稿されているので、ぜひこちらもご覧いただきたい。夕陽以外にも田中さんの撮影する画像にはいつも癒され続けている。
https://www.facebook.com/nozakaya910/posts/2390845774362288

2019年10月12日土曜日

団塊世代は生涯最大級の台風に出遭う事になりそうだ。The baby boomer generation is likely to encounter the largest typhoon in its lifetime.

 過去最大級の強い台風が首都圏東京を直撃確実で、関東在住の人々は戦々恐々としている。
NHKなどではこれから12時間以上台風情報専門局になるのだろうか?

今日朝9時半で夕暮れより暗い都心の状況だという連絡が都心在住の友人から届いた。

首都高もまだ閉鎖ではないようだが、車は走っていない。

 メディアも先日の台風15号での千葉県エリアの被害の凄まじさと、初動で遅れた行政・東電の頼りなさ、復旧に時間が掛かるもどかしさ、また後に明るみに出た発電機事件を含む行政の「いい加減さ」を繰り返し報道し続けた。
 これで、すっかり関東エリアの一般市民に「自分の身は自分で守らねば・・・。」という気概が芽生えたのだろう。昨日など、首都圏の防災グッズ・日用品売り場は想像を絶する状況だった。ある意味台風前パニックとでも言おうか。

 この手の自然災害の場合、モノが壊れる事はもうどうしようもない。唯々、命を守ることだけ自分の頭でよく考えて行動するしかない。
 筆者など三鷹の自宅の自作の物置など、強風ですっ飛んでしまうことくらい覚悟している。ただ、その飛んだ一部が千葉のゴルフ練習場の鉄塔のように隣家を破壊しない様祈るばかりだ。

 筆者自身は、北関東の研究所のアクリルガラスの温室の屋根が飛ばない様、子供のような年齢スタッフと一緒に足掛け3日間現場待機中。これから起こり得る色々な事を予想し、それへの対応プランA~Zで脳みそは「ウニ」状態だ。何事も起きない事を祈るのみだが、そういう訳にはいかないのが自然の驚異。

 残念だが、千葉で台風15号により被災され破損した屋根をブルーシートや土嚢で押さえて臨時補修した部分も、明日の夜明け成ればたぶん殆ど跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。昨年の大坂直撃の台風と同等の被害が関東でも起こってしまう事は必定。

 昨日の昼頃、北関東の研究所へ移動する途中通過したいくつかの都心JR駅周辺で、その台風直前の佇まいをレポートしてみた。
 JRのお知らせは数か国語で貼り出されていたが、見出しが日本語だけ!日本人含めだれも観ていなかった。それに当社HPって何人が見られるのだろう?スマホを持っているのが当たり前、ネットでホームページを見るのが当たり前という事を前提に物事を進めていいのだろうか?普及率を観る限り日本人のまだ半分はこれらに対応できていないというのに・・。

JRの改札では電光文字アナウンスで盛んに計画運休を知らせている。

駅ビルアトレも臨時休業のお知らせ。

あの三越も早くも休業のお知らせ。

せっかく準備したイベントも、このありさま。来場者、出演者の来場が難しいので当然の処置だろう。こういう残念なことは広告代理店時代幾度も経験した。

単一~単四、などの一般電池がすべて防災コーナーから消え、客がパニクって「電池が全然ない、どうしよう!」と騒いでいたが、普段から同じフロアに電池専門売り場が在る。頭が心配と不安でピーク状態になると人間はパニクる。落ち着いて考えれば大型家電店の電池が「防災コーナー」にしか置いていないなど「あり得ない」と判断できるだろう?


当然買ったものの清算コーナーは長蛇の列。ホームセンターはこの比ではないという。

明日このブログを更新できる保証はない。戦々恐々の筆者だ。只々首都圏の方々のご無事を祈る次第。