2021年12月7日火曜日

晩秋の明治神宮の紅葉と野鳥の自然紹介レポート。 Nature introduction report of Meiji Jingu in late autumn.

  首都東京の中心部には意外に多くの緑地帯が存在するが、大正時代に100年計画で造り始められた明治神宮の杜は特にその樹木の多さや奥深さで、野鳥の種類も数も多いことで知られている。

 この広大な杜は、殆ど全国各県からの献上樹木で構成されているのだが、意外に赤くなる紅葉(もみじ)の類は多くない。比率から言っても他の名だたる公園や緑地帯よりは秋を彩る紅葉は多くない。

 しかし丹念に探して歩くと、木々の間から紅葉樹木のブロックが見える。京都・奈良のような「これ見よがし」の寺院のように「俺が俺が」と主張をしていないが、林内立ち入り禁止の明治神宮では傍に行けない分、自然の中の紅葉の佇まいを遠くから愛でる事ができる。

 そういった遅めの紅葉のピークを今明治神宮が迎えている。樹林帯の中で日当たりがあまり良くない紅葉樹木だから、太陽光をもろに浴びるむき出しの観光地の「もみじ」より遅いのかもしれない。

 銀杏の黄色でさんざん観光客を呼んだ絵画館前のイチョウ並木とは違い、本物の自然を楽しむには明治神宮が良いのではないだろうか?

 そのような中でアオジなど、冬鳥が林内の小径に戻って来た。

休憩所「フォレストテラス」から原宿口へ向かう途中の峡谷部に観られる風景。

外周路で視られる風景。

最初の峡谷部を逆から観ると・・。

外周路での紅葉。

これも外周路で出遭える紅葉ブロック。

外周路ではいつものヤマガラがジージー(爺、爺、)と言って寄ってくる。



パンくずなどではなく、冬の蓄え用にヒマワリの種が喜ばれるようだ。



アオジもそこそこ出始めている。この先急に増えるだろう。

2021年12月6日月曜日

団塊世代の鰻飯考現学、東京編。 Baby boomer generation's recently eel kabayaki dish study. Tokyo edition.

  昨日の鰻飯話、いきなり筆者のYAMASEMI WEB BLOG上のアクセスランキングでトップに成っている。大げさに団塊世代風に言えば1964年The BeatlesのCan’t buy me loveがビルボードやキャッシュボックスで初登場1位の衝撃以来だ。判る人少ないだろうなぁ?

 ヤマセミなど野鳥の投稿でこういうことは何故か起こらない、土日は野鳥ファンはご自身がフィールドに出てしまうのでブログなんぞぁ見ちゃいないのだろうと思うが・・。

 実は筆者自身も昨日は明治神宮で活性化し始めたカワセミの縄張り争いなどバトルを夢中で撮影していて、戻ったら昼飯食べてなかったことに気が付いたりしたので良く判る。

昨日の明治神宮カワセミバトル!詳細は近日中にこのブログで。

 前置きはそのくらいにして、今日は鰻飯考現学の関東編・東京編。

 九州育ちだから九州風の直焼きタイプが好きな訳ではない。大体東京生まれの筆者が親の転勤で引っ越し、九州(小倉・八代)で地元民として育っていた6歳から13歳までの間、鰻など食べたことは一度も無かった。筆者が初めて鰻を食べたのは13歳(1962年)になって勉学の為単身上京し世田谷区東玉川の親類宅に下宿し、近所の奥沢中学校へ通い始めた頃。

 下宿先の叔父家族に連れられて自由が丘の自由が丘デパートの対面二階にあった上品な鰻屋さんで鰻重を食べたのが最初の経験だった。初めて見る蛇を開いて焼いたような料理を恐る恐る食べておいしくて、あっという間に平らげて「お代わり!」と言って大笑いされたのがまだ頭に残っている。今はもうこのお店は無い様だ。

 個人的話は置いておいて、こういう育ち方をした筆者が鰻に狂い始めたのは、何と言っても1979年頃、銀座の中堅広告代理店に勤め始めて銀座一丁目のひょうたん屋という鰻店にランチを食べに行ってからだろう。まだ特上が2,000円するかしないかの頃で、「特上大盛!」と叫んで同僚達と小上がりに陣取るのが常だった。

 このお店は10年ほど前昭和通りの方へ移転したが、経営者のご家族が北区の方という事で筆者が小さい頃育った西ヶ原界隈に詳しいので、話が弾む極めてアットホームなお店。

 焼き方は完全な九州スタイルだがツメというかタレが江戸風で甘くない!それに鰻がプリップリで弾力に富んでいて、これが最高に良いのだ。勿論炭で直に焼くので大将は年がら年中団扇で炭火を扇いでいる。かって銀座通りの西側にあった頃は、仕事から戻って有楽町から電通通りを渡るあたりから鰻を焼くいい匂いがしてきたものだ。広告代理店的に言えばこれ以上の宣伝効果はあるまい!と思ったものだ。

 70歳を越して「鰻サミット」称したグループのランチ会でも二回に一回はこのひょうたん屋で開催している。

間口が狭く奥行きの深い正真正銘の鰻の寝床状態のお店。

以前は「特上!」だったが、最近は「中」で回数を稼ぐようになった。

もう、この鰻の身の盛り上がり具合は江戸風の蒸して・・では味わえない。

「鰻サミット」メンバーは九州・関西育ちが多いので当然大のご贔屓だ。

毎回綺麗にコメを一粒も残さない完食がお約束。

 次は江戸風で此処が一番だろうというお店。

 江戸風の鰻屋さんは、いくらでも東京に在るのだが、最近「鰻サミット」メンバーに教わった浅草田原町の「やっこ」が良いと思う。このお店は江戸末期からあって、勝海舟やジョン万次郎が通ったという話題性の高いお店。

 店内の造りも当時の面影を残しているようで、佇まい自体が素晴らしい。京都辺りにあっても決しておかしくないよき時代の日本の面影を感じさせる。
 鰻自体もお昼のサービスは充実していて、本格的鰻重を2,600円で食べられる数少ないお店だと思う。味は「この値段で良いの?」レベルのハイ・コストパフォーマンス。
江戸時代の鰻蒲焼き屋のランキング表に出ている!由緒あるお店だ。

ランチの鰻重。美味しい。

表の看板に偽りなし!

この日は一番客で入れたので店内を撮影させて頂いた。


此処までの店内は東京でもなかなか無い。

奴、だけに奴凧!

 勿論、東京の鰻屋さんはメチャクチャに数が多い。まだ行けていない良い味のお店が下町中心に沢山あるだろう。例えば目黒線の不動前には「八ツ目屋にしむら」、など名の高いお店もある。このブログは店ガイドではないので多くは載せないで鰻の哲学、雑談と思って観て頂ければ嬉しい。
 いわゆる食いもんに貴賤や上下は無い。あくまで好みの問題だ、好き嫌いの問題だ。だからミシュランの星幾つなど筆者は全くアホらしいと思っている。食事の好みにモノサシなど有る訳が無かろう?食べる側の体調や仕入れた食材で「味」などいくらでも変わるのだ。

 今どきの輩はおのれの味覚に自信がない、という事はもう間違いのない所だが、子供の頃からファミレスやファーストフードで育った最近の者どもは本当の美味しさを知らないので、「味が判らない」「人が美味しいというモノを自分も美味しいと思わなくてはいけない」などと思っている節がある。スマホで検索した店に行って平気でいつまでも並んでいる人々を観ると可哀相に成ってしまう。食欲、性欲、睡眠欲は人間の生きていくうえでの三大必須欲だ。これを疎かにしては健康な人生など送れる訳がない。

 それにメディアが持て囃すのを良いことに、本来裏側でのみ技量を発揮すべき料理人が偉そうに表に出て来るのは大嫌いだ。料理を作る役割、料理をサービスする役割、それぞれ専門領域を壊すようなメディアの持ち上げ方、報道の仕方は好きになれない。

 鰻屋さんはその点、昔からの伝統を保っていて非常に心が休まる。これからも鰻をご贔屓に!

2021年12月5日日曜日

団塊世代の鰻飯考現学。Baby boomer generation's recently eel kabayaki dish study.

  団塊世代の者にとって鰻重にしろ鰻丼にしろ鰻の蒲焼は食生活とは切っても切れない間柄だと思う。数十人に一人くらいは鰻がダメと言う者もいるかもしれないが、実に可哀そうな人生だと思う。

 筆者などは、もし週一で鰻重や鰻丼が食えれば何でもする。しかし、現在の様に鰻の値段が高騰しては昔の様においそれとは食べられなくなったしまって、まことに残念だ。

 鰻飯の事を喋らせたら、一時間でも二時間でもしゃべる奴は団塊世代にはざらにいるはずだ。もちろんスーパーで売っている太って脂ぎった中国産の蒲焼など食べて「美味しい」などと言う奴は友達に入れてやらない。あれは見かけは少し似ているが全くの別物。

 鰻に関しての哲学、持論は人それぞれに相当違う。かって1960年頃鰻の産地で有名だった静岡県の者は「当然鰻と言えば静岡よ!国鉄の駅弁で鰻飯があったのは静岡・浜松だけだもの・・。」と言うだろう。しかし、現在静岡県の養殖ウナギ生産量は10%を切り全国で4位の位置にいる。

ご参考= https://unagichoice.xyz/city-ranking

 それに調べてみたら、1967年交通公社発行の国鉄監修時刻表の東京ー西鹿児島間の駅弁に「うなぎめし」を販売している駅が12カ所もあった!いずれも¥200で、横浜、沼津、静岡、浜松、豊橋、名古屋、米原、大阪、岡山、岩国、博多、熊本。驚いた。当時は国産ウナギだろうから、今考えると相当贅沢な駅弁だった訳だ。

 ※今、駅弁で「うなぎめし」を出そうとすれば3,000円はするだろう。普通の駅弁が1,000円~1,500円程度であることを考えれば、倍以上はすると想像する。しかし1967年当時、各駅の駅弁価格を見てみると、決して「うなぎめし」は高くない。他の駅弁、あゆ寿司や幕の内弁当が150円~200円なので、うなぎめし200円は決して贅沢品ではなかったのだ。

 また、九州育ちの者は「蒸して箸で持ち上げられない柔々の蒲焼など信じられない!」と江戸の蒲焼をけなすせば、一方で九州の「細切れになって甘いたれをかけた硬いウナギなど食えるか!」という関東の人もいる。

 これらをふまえつつ、今日のブログは団塊爺の鰻論をご紹介してみたい。

 冒頭で書いた通り、筆者は相当な鰻好きだ。

 もし宇宙ロケットで宇宙ステーションに行って長時間滞在することになって、持って行ける食べ物は3種類に限る・・・・となったら、迷わず鰻重と寿司と桂花の太肉麺にする。あくまで保存とか調理はどうする・・など、現実的方法は考えないとしての話だが・・。

 鰻重を例にして鰻の蒲焼を論ずるなら、鰻重は九州と江戸に限ると思っている。京都大阪には独自に別の色々な料理があり、鰻はその地域の食文化の重要な位置を占めていないと踏んでいるから。

 したがって、関西近畿で鰻を食ったことは一度しかない。そして美味かった記憶がない。これ以外にも、水郷霞ヶ浦、長野の諏訪湖など鰻の産地(天然)での鰻は美味しい店が存在するが、その99%が輸入の現在、鰻を論ずるにはやはり広い地域で考えねばならないだろう。

 まず九州!九州の鰻は美味しい所が山ほどある。勿論行って食べた所の事しか書けないのでこのブログではそうするが、北九州小倉と黒崎の「田舎庵」、熊本市水前寺の「東濱屋」(江津湖の県立図書館傍)、人吉市の中心部で隣り合った「しらいし」、「上村うなぎ店」がBEST4だろうと思っている。

 江戸・東京では唯一九州風地焼の銀座一丁目「ひょうたん屋」がダントツでご贔屓店、もう40年以上通い詰めている。筆者の鰻の評価の物差しがこのお店の鰻重だ。未だこの店の味を凌ぐ所に出遭った事がない。

 最近日比谷・有楽町の「煽り一徹」も頼めば地焼で作ってくれる。間違いなく非常に美味しいのだが上品すぎる気がする。鰻には一瞬、野生の味を感じさせる瞬間が欲しい。

 昔からの江戸風の「蒸して焼く」タイプの蒲焼で美味しいのは、浅草田原街の「やっこ」、久喜駅南口の「福本」、大森の「野田岩」その他浅草・銀座界隈に多数あるが、やはり基本は地焼の九州風に敵わない。

 蒲焼のうまさを引き立てる御飯の炊き方・硬さは相当に重要な部分を占める。肝吸い、お新香、お茶、それぞれ脇役も大切だが鰻重の美味しさの5%あるかないかだろう。

 これらを考えながら、今まで食して美味しかった鰻のかば焼きをご紹介。しかし、ここで重要なのが価格だ。基本的に老舗の鰻重の値段は上に乗っかっている鰻の大きさ、丸ごと一匹、3/4、1/2、と値段が決まっている場合が多い。鰻の質とか産地で値段が変わることはまず無いとみて良い。勿論天然物だけは別。

 最近JRのガード下商店街に出来た静岡の鰻屋の様に、客の足元を見たような高額な値段で迫ってくるようなところには入らない。基本的に団塊世代の爺は3/4サイズで3000円程度を目安としている。庶民のランチの食い物に平気で五千円も取るような店は「対象外」としている。

 今日はその九州の名店を中心にご紹介してみたい。あくまで個人の感想なので、人によって評価が違うのは当たり前だ。良い評価もあれば悪い評価もあるだろう。 

 まずは北九州小倉・黒崎の「田舎庵」何故か東京在住者のくせしてこの店には30回以上通っている。筆者が小学校の1年生から6年生までこの小倉で育ったという事もあるが、その小学生時代には一度も鰻を食べた記憶がない。勿論この田舎庵も知らない。

 しかし、2002年以降仕事や野鳥撮影、旧友クラスメート等との歓談で小倉に着いたらまず此処で昼飯を食うのが「お約束」になって20年近くが経つ。

まずは普通の鰻重。

大概はこの鰻丼にする。この画像の様に山椒をドバっとかけるのが筆者の好み。食べ終わって唇がしびれていないと鰻を食った気がしない。だから湿気た山椒粉を置いている店は「落第」なのだ。

 たまに良い天然物が入っていると奮発する。最近は五千円を超える時があって躊躇するが、これを食った2009年頃はまだ頻繁に食べられた。此処はその日の鰻の産地を表示するので正直者だ。

ひつまぶしは小倉の小学校の同級生親友(故人)が好みだった。2002年、最初にこのお店に連れて来てくれたのも彼だった。この画像は彼の御膳。

 小倉の田舎庵に次いで美味いのが、飛んで熊本県人吉市の「しらいし鰻」と隣の「上村うなぎ店」の蒲焼。特に上村鰻店では必ず肝煮を注文する。タレで煮た鰻の肝が十個以上入っている。もう鼻血が出る歳ではないが、鰻十匹の肝を食ったという充実感は大したものだ。  この上村うなぎ店は2010年から通算60回以上通っている。東京人としては一番多いかもしれない。
昨年7月4日の大洪水以前の姿、最高の佇まいだったが・・。

店内の佇まい。昨年2020年7月の洪水でどうなったろう?

夕飯で食べる場合は鰻重が多い。

ヤマセミ撮影の途中で入るランチの場合鰻丼が一番多い。

2011年のお品書き。

一方でおとなりの「しらいし鰻店」、これも引けを取らず美味しいが、待ち時間が長いのが唯一の欠点。それだけ人気店なのだから仕方がないが・・。

しらいし鰻店さんはこうした出し方をする。店によって哲学が違うのだろう。

 これ以外にも人吉の近郊の球磨郡には天然鰻を出す店が所々に存在する。いわゆる鰻専門店とはちがう雰囲気の料理だが貴重ではある。
一勝地にあった鰻屋。残念ながら天然鰻の料理としてはもったいない調理法だった。

 熊本市内では2006~2009年頃、江津湖に撮影に行く回数が多かったので県立図書館傍の水前寺東濱屋によく入った。タレが非常に甘いが、美味しい鰻だった。
東濱屋の鰻飯。鰻重ではなかった。15年も経つが非常に満足した覚えがある。

 まずは九州の鰻屋の御紹介で今回は紙面が尽きた、次はいよいよ地元東京!

2021年12月4日土曜日

不忍池のカワセミ撮影の何と言う難しさよ!  What a difficulty of shooting a kingfisher in the Shinobazu Pond !

  昨日の不忍池のカワセミの佇まい(=ペリット放出)には数多くのコメントを頂いた、感謝の気持ちで一杯だ。

 で、今日は不忍池でのカワセミの撮影がいかに難しいかの話。池自体は普通に歩けば15分もかからず一周できる便利な環境だが、撮影しながらの一周には何をどう撮るかにもよるが結構時間が掛かる。双眼鏡があってもカワセミの所在を確認するには相当な慣れが必要だと思う。砂漠で生き物を捜すようなものだろうか?やった事はないが。

 500㎜望遠で覗けばその存在は目視可能だが、確実な探知方法はやはり鳴き声だ。あの壊れた自転車のブレーキ音のような鳴き声を捜せば、大概大体の存在エリアは把握できよう。

 ただ、他のエリアと違って不忍池は東京随一の蓮の密集した池だ。背の丈を越える大型の蓮の葉が枯れて、池全体が有刺鉄線の鉄条網のような状態になっている現在、カワセミを見つけてもダイブした瞬間姿が見えなくなる。

 運よく近くの蓮の茎のてっぺんへ再び登ってくれればいいが、水面から出た瞬間横走りされたらもう判らない。

 しかし難しければ難しい程、撮影のやりがいのある場所だとも思う。

12月初旬の不忍池の現状。水面はまず見えない。

池の中央に居られるとこういう絵にしかならない。

丸い池なので四方向から撮れるが、逆光だとこうなってしまう。

これはコンデジで撮影したもの。割に近い所に来てくれた。LUMIXTZ90

これも上同様コンデジ画像。

コンデジで撮ると飛翔画像はこれが限界。スマホなどでは不可能ではないだろうか?

デジタル一眼で運よく蓮の林の切れ目だとこういった画像も撮れるが・・。

そうでないと、すぐに手前の蓮の茎が邪魔するし、

連写でも2カット目以降はこうなってしまう。

 しかし、これだけ困難であっても、他の場所で高齢者の「カワセミ追いかけ隊」の集団に囲まれて撮るよりは自由が利いて良い場所であることには変わりない。

 時にはスズガモやキンクロハジロが群れで不忍池の上空を旋回して見せてくれる。
飛来したばかりの冬の水鳥の群れはバラケる前にこうして集団で旋回してくれる。

2021年12月3日金曜日

上野不忍池の枯れた蓮原でカワセミの生態を観察・撮影。  Observed & photo shoot the ecology of kingfishers in the withered lotus field at Ueno Shinobazu Pond.

  数日前、上野の不忍池に水鳥が飛来しているのを確認した際、カワセミが意外に活性化している事も発見。いくつか撮影してみたが、やはりコンデジでカワセミを撮影するのは限界がある。

 で、今日は50-500㎜のZOOM LENSを装着したデジタル一眼でカワセミを捜してみた。不忍池には2羽、オス、メスが飛び回って採餌中だった。

 オス、メスともにそれぞれ採餌場所の縄張りが決まっているようで、池全体を飛び回っている訳ではなさそうだった。

 然し如何せん、枯れた蓮の茎の林の中、カワセミの枝留まりは割に撮り易いが、ダイブとなると最初の2カットくらいしか撮れず、後は枯れた蓮田が残るばかりだった。

 そんな中、珍しいシーンを撮影出来た。いわゆるペリット吐出しの瞬間だ!普通カワセミもヤマセミも、知っている限りでは大きく口を開けて白い卵のようなペリットを真下にゆっくり落下させる。過去撮影した記録画像でも真下にポトンと落とす様が撮れている。

 しかし今日のカワセミは違った。口の中に在るペリットを首を振ってすっ飛ばしたのだ!今まで視たことが無い生態だったので驚かされた。不忍池では普通の事なのだろうか?あるいは関東のカワセミは皆そうなのかもしれない。九州のそれとはずいぶん違って面白かった。

立派なオスのカワセミ君!

時々、ウエッ、オエッ・・と始めた。

ウエッ!と大きくくちばしを開いた瞬間白いペリットの一部が見えた。

喉からすっかり出て来た白いペリット!

次の瞬間首を振ってペリットをすっ飛ばした!左上の白いのがそれ!

何事も無かったかのようにこちらに目線をくれた。サンキュー!

池から上がった直後のカワセミ、くちばしの先に水滴が、湯気のようなものも見える。