2019年1月19日土曜日

キセキレイのフライングキャッチ!  Grey Wagtail's flying catch.

 セグロセキレイやハクセキレイのフライングキャッチは以前このブログでもご紹介したが、キセキレイとなるとまだ観察も撮影もしていなかった。
 それが昨年12月の人吉訪問時に川辺川でヤマセミを観察中に目の前で飛び回るキセキレイを撮影してみたら、それがフライングキャッチ採餌の瞬間だったので驚いている。

 勿論、判っていて撮影した訳では無いが、例によって生態の撮影なので綺麗な野鳥写真と一緒にはしないで頂けると嬉しい。
 餌になる羽虫へ近づくキセキレイの動きとゲットした後の動きなどを観て頂ければ嬉しい。
左上の黄色い丸の中に獲物がかすかに見える。

その餌に近づき・・・。

見事にゲット!

クルリと反転して、

岩に戻るキセキレイ

戻りは真っ直ぐに・・・。

岩にランディングして採餌。

2回目は岩のすぐ傍での採餌。

見事に空中でゲット!

3回目も岩の傍の羽虫。

羽虫に合わせて急反転!

3回目のフライングキャッチ成功後の岩戻り。

2019年1月18日金曜日

新春極寒の新宿御苑で花鳥画像。 Flower & bird images at Shinjuku Gyoen Park in a New Year cold day.

 今年の初詣はグループで赤坂山王日枝神社へ仮に詣でたので、恒例の人吉のヤマセミ神社(=矢黒神社)初詣は1月中に行けるかどうか未定だ。したがって毎年恒例の明治神宮仮初詣、兼大相撲手数入り見物には行かなかった。

 昨日初めて東京都心部の緑地帯として新宿御苑に行ってみた。結論から言えばお目当てのトモエガモやルリビタキには出遭えなかったが、オシドリが盛んにディスプレイの最中だった。

 おまけとしては、オオタカらしき猛禽類の後姿が見えたが、背を向けたまま動かず、大きな望遠レンズを抱えた野鳥撮影愛好家の皆さん達は三々五々帰って行った。

 観られた野鳥は、ヤマガラ、シジュウカラ、アオジ、シロハラ、メジロ、シメ、ヒヨドリ、ツグミ等の常連に加えオオタカ。カモ系がハシビロガモ、ホシハジロ、マガモ、カイツブリ、オシドリ等だった。

 西洋庭園のバラは、この時期としては蕾のまま開花が止まっている花が多く、蕾だけご紹介。水仙系と蝋梅ばかりが咲き誇ってアマチュアカメラマン達の人気を集めていた。

 行ったのが11時頃だったので、開園と同時に行けば更に多くの野鳥に出遭えよう。広い園内は日本人より外人観光客(~と思われる)の方がはるかに多く、日本語が通じない可能性もあるので要注意。

 なお、筆者が花を撮影するのは滅多にない事なので下手くそ!見苦しい点はご容赦願いたい。勿論バラの種類など良く知らない、綺麗であれば良いと思っている。

バラの蕾の向こうには新宿の高層ビル群。


何故か寒いこの時期茎も真っ赤になっている。

まともに咲いていたのはこの黄色い種類。

数少ない白バラ。

水仙系はそろそろピーク。

蝋梅は暫くは咲いているだろう。

オシドリは例によって日本庭園の奥の方にうごめいていた。



枯草の中でシジュウカラの群れが10羽ほど採餌。

最近新宿御苑でも武蔵野でも減った気がするヤマガラ。


2019年1月17日木曜日

団塊世代は’80年代のハワイのウインドサーフィンの画像をまとめてフォトブックを試作してみた。 Baby-Boomer made sample photo book of '80s Hawaiian Windsurfing scene.

 いつもヤマセミ中心の野鳥ブログを更新している筆者は、1980年代は野鳥はおろか、仕事のついでにしか写真撮影をしていなかった。当時広告代理店に勤務し、ウインドサーフィンやスノーボードなどの新しい横乗り系スポーツの国際大会を盛んにプロデュース・運営していたので、撮影した画像はファイルボックスに山ほど残っている。

 勿論、今とは違ってフィルムの時代なのでポジフィルムのスライドの状態で残っている。マウントされたものもあれば、6カットずつスリーブに入ったまま残っているモノもある。

 つまり、ほぼ35~40年近く段ボール箱に入ったまま記録写真を個人で保存していた訳だ。
 しかし、筆者も古希70歳を越え、今までの仕事の記録や撮影の記録を何とか残そうと考え始めているので、CanonのPHOTOPRESSOでウインドの写真集を試作してみようと思ったのだ。昨年作った写真集「日光・奥日光戦場ヶ原の野鳥」「東京/三鷹市 野川流域の野鳥たち」と同じ発注先で、オフセット印刷で500冊以上を印刷する前の試作版だ。したがって20冊程度しか作らない。

 サイズが少し小さい縦型の本で、表紙を入れても40ページに収まる小型版だ。プロの写真家ではないので、ちょうど良い大きさだと考えている。本来は70年代から尊敬している佐藤秀明さんが角川文庫の片岡義男さんのシリーズで散々ハワイの写真を発表した文庫本サイズで作りたかった。しかしCanonのPHOTOPRESSOには無いので今回の182mm×128mmのB6サイズに収まったという訳だ。

 出来上がって来てから、また週末に各ページの解説などしてみようとは思うが、取りあえずはハイライト覗き見という事で一部をご覧頂ければ嬉しい。

 今ヤマセミを追いかけている筆者が、35年前は仕事のついでに、何とこんな写真を撮影していたのだと言うご紹介。
どういう表紙廻りになるのかまだ判らないが、Canonにお任せだ。

マウイのフキーパでのフロム エーの大会は非常に印象深いものがある。ただしこれはダイアモンドヘッドの大会。

何といっても、ロビー・ナッシュのジャンプには撮影していて震えた。

大波が入った時のフキーパの撮影ほど忙しい事は無かった。

今の様にジェットスキーで沖から引っ張って桁外れの大波に乗るような事はしなかった。

既にレジェンドだったマイク・ウォルツと新進気鋭のマーク・アングロのマウイ勢同士の一騎打ちは今でも伝説になっている。その二人の闘いを一つのフレームに入れられたのは奇跡に近かった。

仕事の合間や、プライベートで行った際に自分でも何度もウインドを楽しんだマウイ島のカナハビーチでは、当時ウインドサーフィンをしていた俳優の藤 竜也が、海から戻って来ては木陰で地味にタバコを吸っている姿を幾度か見かけた。

 仕事柄、関わったウインドサーフィン・コンテストのポスターやT-シャツは殆ど現存している。中には一時プロのウインドサーファーだった画家クリスチャン・リース・ラッセンの描いた大会ポスターやT-シャツなどもある。

 この写真集には筆者自身が乗っている画像も1カットだけ掲載した。自分が撮影していないカットはこれ1カットだけ、後は全て筆者撮影。当時の広告代理店のクライアント、ウインドサーフィン・ジャパンのカタログ用の空撮カットだ。撮影者は伝説のカメラマン、スティーブ・ウイルキンス氏。色々な意味で、筆者のお師匠さん。

 当時のスーパースター、マイク・ウォルツとマット・シュワイツァーと一緒にカッ飛んでいるシーンだ。仕事でハワイに行って、仕事でウインドサーフィンに乗るという信じられない時代の産物だろう。

プロたちに頼まれて遊びタイムのモトクロスバイク撮影にも付き合った。結構命がけの撮影だったが勢いで撮影出来た様だ。

 こういった、普通ではなかなか体験できない世界の引き出し・想い出があるのは、本当に恵まれていると思う、感謝。

2019年1月16日水曜日

ヤマセミが撒餌漁法をするか否かの考察。 A consideration as to do or not the Crested kingfisher's feeding catch fishing method.

 実は5年も前から懸案になっている事があった。それはヤマセミの採餌方法に関する生態に、ササゴイがやるような撒き餌漁をするか否かという件だ。

 以前、八代駅前のミック珈琲店のカウンターで、球磨川漁協の方々と色々球磨川やヤマセミに関する話をしている際に、どなたかが「ヤマセミが自分の羽根を抜いて水に落とし、それに近寄った魚をヤマセミが採餌するらしいという話を聞いた。」というものが、この件に接した一番最初だった。

 もしそういう事であれば、その一部始終を観察・撮影したい・・・と強く思ったので、非常に印象的に覚えている。それ以降、人吉他の地域でヤマセミがそういう行動をする場を逃すまいと結構必死でチャンスを伺った。
 しかし、それ以降ほぼ200日間観察を続けた限りでは、残念ながらそれらしい場面には一度も出遭っていない。

 人の話、それも都会の人間ではなく球磨川に関して日常的に接している方の話を鵜呑みにしてチャンスを狙ったのだが、よく考えてみると生態的にヤマセミがササゴイと同じような採餌方法を取る事自体非常に難しいのではないだろうかと思うようになった。
 生態学的にも物理的にも高い所からダイブして水中の魚を採餌するヤマセミと、鼻先に羽毛や木の葉を浮かばせてそれに寄った魚を飛び込んで捕えるササゴイでは根本的な部分で大きな違いがあるだろうと思うようになった。

 ヤマセミを観察・撮影していて球磨川の堤防に留まっているヤマセミが球磨川の魚を採餌する際は3m以上ジャンプするか3m以上飛びあがってホバリングした後ダイブして採餌した場面はいくらでも撮影している。しかし堤防の端から飛び上がらず、目の前の水面にそのままドボンと入水した事は一度も無かった。

 ササゴイやダイサギは羽根を落とした目の前の水面に、首とくちばしを近づけ、落とした羽根から数センチの距離で魚を待ち突っ込む瞬間の間合いを計る訳だ。
 これに対し、ヤマセミやミサゴの様にある程度以上の高い距離から水中の魚の動きを見極め、本来急降下して水中(水面ではない)に居る獲物を獲る採餌方法の野鳥がササゴイ方式の採餌をする(できる)とは思えないのだ。

 ましてや、流れのある川に羽や何かを落として、流れて行くのを注視しながら追い続け場所を移動するなど、ヤマセミにはとても出来る芸当ではないと思うが如何だろう。

 しかし物事には「絶対」という事は無い。特に生物学的には白いイノシシが現れたり、神の使いだと言われる白い蛇が出現したりするので、気まぐれなヤマセミがそれに似たような事をしたとしても筆者は絶対に信じない訳ではない。但し証拠画像・動画が在りさえすればの話だが。残念だが「観た!」という話の聴き伝え情報だけでは信じる訳には行かない。

 生物学的、生態学的にみて「証拠=事実」さえあれば「真実」と認め驚くことに成ろう。だから筆者はNHKの自然番組が大好きなのだ。中にはカメラの横に餌を置いて対象生物をおびき寄せてアップで撮影したりもしようが、それ自体はやらせ撮影であっても事実を収録しており「嘘」ではないのでいつも大変納得している。自然界で「事実」を画像や映像に残すのは想像以上に大変なのだ。

 以前「ダーウィンが来た!」でヤマセミが水中の小魚をダイブして採餌するシーンがあった。千歳川の砂底をお椀状に掘り、その窪みに集まる小魚をヤマセミが真上から見てダイブして採餌すると判っていたからこそ、水中に無人カメラを固定して撮影したのだろう。勿論あくまで推察だが。
 しかし、そうでもしなければヤマセミの採餌の瞬間は今に至っても誰も映像で観られないのだ。NHKスタッフ・クルーと筆者も尊敬する嶋田忠さんの努力なくしては誰も判らなかったのだ。個人的にも非常に感謝している映像だ。あの映像なくして筆者の写真集もこのブログも始まっていないのだから。

 という事で、今日のこのブログは「ヤマセミも撒き餌採餌をするかどうか?」に関しての考察。

江津湖のササゴイ、ゾウさん池で2007年の撮影。

同じく江津湖駐車場横の川で獲物の鼻先で採餌行動に入るササゴイ。

ダイブしたが、この時は魚に逃げられてしまった!

武蔵野の野川でダイサギが羽根を浮かせて撒き餌採餌の瞬間。

自分の羽毛をそーっと水面に。

30秒ほど待った次の瞬間首を突っ込んだ!

小さな魚をゲットした真冬のダイサギ撒き餌採餌。

芦北町田ノ浦にお住いの濱崎さんのヤマセミ換羽時の画像。

羽毛ではなく主翼の羽根を弄んだ後落としたが、これは決して撒き餌採餌ではない。此の場所は撒き餌採餌をせずとも大量の小魚で一杯の砂防ダムの上の浅瀬。いつも散々採餌している現場に筆者も招待して頂いた。

本来球磨川・川辺川のヤマセミは一般的にこの程度の高度からダイブして採餌する。川辺川での撮影。

同じ川辺川でも低い水際からの採餌時は、こうしていったん飛び上がらなければ採餌出来ないのがヤマセミなのだ。このダイブ撮影時も採餌に成功。

同類のカワセミもこうしてある程度の高さから勢いをつけてダイブする。目の前に浮いた羽根めがけてドボン!という採餌法は生態的に出来ないのだと推察する。

2019年1月15日火曜日

番外編!団塊世代が連休の渋谷で大道芸イベントを観て思った事。The tings that Baby-boomer generation thought while watching a street event in Shibuya of consecutive holidays.

 成人の日にまつわる3連休で最終日の昨日、TV映像制作の方と渋谷で打ち合わせをしたついでに、道玄坂通りなどをホコ天にして大道芸イベントをやっていた雑踏をコンデジ片手に見物してみた。

 あの、ハロウィーンのバカ騒ぎや大晦日、あるいはサッカーの国際大会で勝利の都度、バカ者どもが大挙押し寄せ意味もなく騒ぎ、マスコミもそれに群がり無益な報道を繰り返すあの現場、渋谷のハチ公前交差点付近だ。

 報道を見ると、成人式は北九州などではここ数年来えらい事になっているようで、それを制止も抑制も出来ない大人共の情けなさが全国の顰蹙を買っているようだ。もともとそういう意味での常識が全国とはかけ離れた地域だったのか、騒いでいるのは日本人ではないのかよく判らないが、成人式を迎える者の子供化が極端すぎる昨今と言わざるを得ないだろう。
 自分の20歳の成人式に何処で何をしていたかと問われると、お茶の水の明治大学の校舎内で旺文社の全国大学入試模擬試験を受けていたのだ。阿佐ヶ谷美術学園に2年間通い、大卒より早く社会へ出て稼ごうと思っていた矢先に、阿佐ヶ谷美術で天才といわれた絵の上手い先輩のアドバイスで「大学だけは出ておけ、俺みたいに絵も描けない奴に顎で使われる様な事に成るな!」の一言で改めて大学受験を志していたのだ。

 頭にイノシシを載せたりレインボウカラーに髪を染めたり、明治維新の官軍の化け物みたいな恰好で暴れまくる自己顕示欲の塊のような北九州の子供達とはずいぶんと違う20歳の入り口だった。あれからもう50年!半世紀だよ!あー恐ろしい。

 1964~7年、國學院大學隣に在る都立広尾高校に通っていた時分、毎日クラブ活動が終わると此の渋谷に降りて山手線に乗って帰ったので、「渋谷」と言えば行き慣れた場所だったのだ。しかし今や映画「ブレードランナー」の冒頭シーンのようにカオス的な都市空間に成り代わってしまっていて、行く都度在るべき店が消えたり知らない店が出現したりする摩訶不思議なエリアになったようだ。

 その幹線道路を止めて、大道芸人のパフォーマンスで街への来客を増やそうというのが狙いなのだろうが、確かに外人観光客は非常に多かった。しかし観光インバウンドを狙うにこの大道芸人さんたちを集めるにしても、海外のそれとはレベルも規模も随分違うので、正直少し寂しくなった。

 ロンドンのコベントリーガーデン付近には過去3~4回しか行っていないが、この手の大道芸人さんが腕磨き鍛錬なのか、やたら居たのを覚えている。
 極めて日本的な歌舞伎手品のようなものは確かにユニークだし受けようが、その他の芸はほとんど海外の受け売り・真似から始まるのだろう。もう少し鍛錬が要るような気がしたが観た方々のご意見など訊いてみたいところだ。

 という事で、今日は連休記念の団塊世代話・番外編。








渋谷の商店街が都と連携してお金を出して大道芸人に日当形式で出演を依頼したのだろうから、演ずる方も見物人の投げ銭で生計を立てるといった今一歩の真剣さ・必死さがないのは仕方ないかもしれない。システムを少し考えた方がいいような気もする。

海外の例だと、通りすがりの観光客はあまり興味を示さない。この差は何なのだろう?

テレビで最近よく報道される「駅ピアノ」「空港ピアノ」という自由に参加して弾いてよい放置ピアノで、時々音楽学校生や将来の音楽家の卵などが滅茶苦茶うまい演奏(素人の耳には・・)をするシーン。こんなのも人の眼やプライドを気にする日本人には良いかもしれない。

 雑踏と混雑が大嫌いで、週に一度は大自然の森に身を置かないとストレスが溜まる性格の筆者も、時にはこういう大都会の雑踏の中に人間という「種」の観察をコンデジ片手にするのも良いと思った。1時間が限度だったが・・・。