2020年7月3日金曜日

上野不忍池で「動くもの」にレンズを向けてみた。 I took several photos about something in motion like insects at Ueno Shinobazu-pond.

 昨日のこのブログで接客を伴う飲食店中心に新型コロナウイルス感染者が続出、この勢いは非常事態宣言を出すのが早すぎたと思う・・・と述べた。案の定というか予想以上に早く東京都ではついに昨日100名を超えて驚かされた。今朝の読売新聞でも医療関係者たちが「非常事態宣言解除が早すぎた」と言っていることを報道している。

 なぜ政府やメディア・マスコミは「経済再開」のシンボルに夜の飲み屋や接客商売を代表格として真っ先に意識するのだろう?夜の接客業は「三密」そのものを売りにしているのだし、普通の飲み屋だって客たちが酔えば行動や思考がいい加減に成り、自粛精神だの三密回避マナーなど生活ルールなど守る訳なかろう?マスクを外して声高に成り、口角泡を飛ばし合い肩をたたき握手をして、実質接客商売の客同様三密状態になるのに10分は掛かるまい?日本の経済ってこういった夜の商売が復活すれば立ち直るのか?全然違うと思うがなぁ。やはり第3次産業ではなく第2次産業・製造業・輸出入に頼る業ではないだろうか?

 昨日の107名の東京都新規発生者の内訳で、夜の盛り場感染者の比率が半分以下であったとしても、感染経路不明者の大半は「不明なのではなく、本人は認識していても公表できない事情(行った事自体を非難されるのが嫌)や公表できないバレては困る相手(ビジネス的に、政治的に、個人的に)と一緒だった」だけで、実は感染者たちのほとんどが盛り場感染なのだという事は医療関係者たちにも判っていると思われる。

 医学的に「病状が悪くなる可能性がある」場合、手術して患部を除去したり入院隔離させシャバには出さない措置をするだろう?夜の盛り場の飲食・接客店がこれに当たるのではないのか?どうして感染者拡大の源であるこれらを排除・営業停止に追い込まないのだ?店は営業させておきながら、客には行くなという、こんな矛盾があるだろうか?

 埼玉や神奈川・千葉など隣県の東京流入者たちが東京の盛り場で感染し、自県へ戻り菌を拡散する・・・、これって東京都民には何の責任はない、空気を読めない、自分の立場を理解できていない無責任な流入者たちの自業自得だろう。東京へ来て働いているのであれば埼玉県の知事の様に自県の県民へもっと強く戒め(ルール罰則を伴う)を行うべきだと思うが如何だろう?自県では自粛しながら東京の繁華街で羽根を伸ばされてたまるか!

 一般の旅行者本人にしてみれば、感染者数が増える東京都からの旅行者など、どんなに自治体間の移動規制が解除になっても他県の住民達から見れば、短絡的にコロナそのものだと思うだろう?観光客の戻りは相当先になってしまったようだ。

 
 昨日は梅雨の合間の灼熱の直射日光の下、上野不忍池畔で「羽根を伸ばして動くもの」の撮影に勤しんだ。団塊爺の撮影トレーニングの一種だ。反射神経、カメラ操作技術の鍛錬でもある。

 あまりの暑さにさすがにクラクラしかかったが、頭に水道水に浸して絞った手ぬぐいサイズのタオルを巻いて暑さを凌いだ。タオルのが吸い込んだ水分が蒸発することで気化熱を奪い、結構これが効くのだ。ただ時折水と汗が混じったものが背中を伝い、お尻の割れ目に入ってヒヤッとするが、逆にハッと意識が戻ったりして立ち眩みしそうな高齢者には効果テキメンの様だ。

 で、今日の成果の一部をご紹介。まずは子供の頃電気トンボと呼んでいたコシアキトンボ。池の水面を行ったり来たり。なかなかファインダーに入るまで「慣れ」が必要。観察力が勝負。ズーム望遠で追うと結構疲れる。





やっと留まってくれた。

2020年7月2日木曜日

霧ヶ峰の八島湿原へ行ったら,ノビタキを忘れてはいけない。 If you going to Kirigamine Yashima Marshland, Don't forget the Siberian Stonechat.

 昨日の八島湿原へもたくさんのアクセスを頂いたが、正直筆者は今日の晴れを見越して未明から行こうと思っていた。しかしヤナギランの見頃の時期に行きたかったので、もう少し我慢しようと思ったのだ。ニッコウキスゲを含めてやはり青空背景で高山植物を楽しみたいと思う。

 最近のメディアは非常事態宣言が解除されても旅行客が戻ってこない観光地の嘆きを盛んに報じているが、1~2年は無理だろうと思う。国民の多くは為政者たちが新型コロナウイルス禍に関する「非常事態宣言」を国民の不安の中ギリギリ遅く出し、まだ安心できない状態で解除してしまったという不信感を持っていると言って良いだろう。一般国民はその恐ろしさをメディアを通じて擦り込まれているので、そう簡単に「安心」はしないし行動を始めない。

 それに、一度でもお気に入りの心のふるさとから「来ないでほしい・・。」と言われた観光客・旅行者には「心のわだかまり、恨み、信頼喪失」が生まれるものだ。観光地なり行政・お役人はそれが判らないのだろう。
 いくら割引券や特典を用意しても「安いから行く、おまけがあるから行く」と、本当に思っているのだろうか?観光客をあまりにバカにしていやしないだろうか?観光客。特にリピーターが同じ場所を繰り返して目指していくのは「お金、安さ、特典」じゃないんだという事を知ってほしいものだ。

 この信頼が元に戻るには時間がかかるものだ。仲の良い、あるいは好きな人から「傍に来ないで!」と言われた人間は、それが不可抗力によるものであると判っていても暫く離れるだろう?普通は。信頼を失うのは一瞬で足るが、再びその信頼を得るにはを3年掛かるという事だ。

 補償金目当ての商売屋の不満をそらす意味で「経済活動の再開」を新型コロナウイルス禍の再感染増が判っていながら始めてしまった政府・都庁。
 此処毎日の感染者数増はその判断の間違いを裏付けているのではないだろうか?短絡思考、ノリだけで刹那行動してしまう若者の比率、夜の「三密」が売りの水商売のおかげで連日の数値がどんどん上がっている。一般の人からしてみれば非常に腹立たしい限りだ。

 第2波が来るとか言う前に、そもそも第1波が終息していないのだ!と思う専門家はきっと多い事だろう。テレ朝の羽鳥慎一モーニングショーからあの岡田晴恵博士の姿が消えて、「あー、もう安心なのだな?」と勘違いしてしまう人は決して少なくないと思う。再度出演してイージーな人々に「安心はまだ相当早い!・・。」とトドメを打っていただきたい。

 その後の調査・試用で効果がいささか不安になってきた「アビガン」をすべての医療従事者に!と声高に唱えていた彼女ではあるが、未知の新型コロナウイルスを国や政府に替わって連日解り易く国民に伝え続けた効果は、テレビ朝日含めて称賛されて良いのでは?

 
 ・・・という事で今朝の野鳥ブログは昨日に引き続き八島湿原のノビタキ!


真ん中の草の島は浮島で風で移動するため、毎回場所が変わっている。


早朝は湿原の木道から双眼鏡を使わなくとも沢山のノビタキを観る事が出来る。



殆どここで生まれ渡って戻ってきたノビタキ。またこれから繁殖を始める。

2020年7月1日水曜日

新型コロナウイルスの自粛ストレス発散に最適の霧ヶ峰の八島湿原。 Going to Kirigamine Yashima Marshland is ideal for self-restraint stress release of the new coronavirus.

 都心で新型コロナウイルス自粛ストレスを発散するのに最適な場所として、明治神宮の御苑(内苑)をご紹介したが、反応が大きくて良かった。電車で行ける気軽さ、マスクを外せる解放感は何よりのストレス開放に成るだろう。

 この先、東京都も日々どれだけの感染者数増に成ったらどう対処するか、具体的な数値をついに出さずじまいで、ファジーな為政を行う宣言をしてしまった。目先の数値に一喜一憂していては大きな流れを注視できないと、相当な長期戦を覚悟したのだろう。

 我々もメディアの感染者数の増減発表に惑わされず、各自で自粛・自己防衛に励む必要が出てきたようだ。
 ストレス発散方法も各自で開発する必要があるという事だ。勿論風俗・キャバレーの類へ行って酒をかっ食らって我を忘れ、人に迷惑をかけながら現実逃避する様な馬鹿どものやることを真似てはいけない。

 で、今日は日帰りドライブで行ける高原として霧ヶ峰の八島湿原をご紹介。筆者が年に数回お邪魔する非常にこじんまりとした箱庭湿原(~と言ってもゆっくり一周すると1時間半はかかる)だ。高低差が最大で30mほどあるものの一周を木道と地道で回れるので、ある程度高齢者でも2~3時間あればストレスが無くなる良い場所だ。

 元気であれば車山へ向かって好きな所まで登れば眺望も楽しめる。今の梅雨のシーズン、多少の小雨であれば山の天気はすぐに変わるので降り続くことはないだろう。その代わり湿原全体が霧(雲)の中という場合は眺望はゼロ!足元の高山植物を楽しむしかない。

 それでもこの時期行く理由はやはり筆者の場合は野鳥だ。繁殖期に入るので皆活性化している。まずはその佇まい、全体像辺りから入ろう。

早朝はもちろん、日中でも雨の日は湿原一杯に雲がかかったりする。


八島湿原は周りを丘に囲まれたすり鉢状になっているので、冷気も湿気も溜まりやすい。

朝開いたら1日でしぼむニッコウキスゲなどこれからが見ものの季節だ。

この時期目立つのがホオアカ。

フライングキャッチではなく、草木の花などに付いた虫を餌としている。

こちらは朝の食事風景。

終われば縄張りを主張して囀り始める。

2020年6月30日火曜日

東京でコロナウイルス禍自粛ストレス解消に良い場所の一つ、明治神宮!  Meiji Jingu, one of the good places to relieve stress from coronavirus in Tokyo!

 経済再活性に必須だと、中途半端に解除した非常事態宣言!果たして良かったのだろうか?それも連日感染者数が減らない原因のほとんどがいきなり解放されたと遊びまくる夜の接客・飲酒客たち。ライブイベントや飲み会・食事会参加の若者たち。
 
 政府も感染源とはっきり分かっている夜の水商売・飲酒産業を何故徹底的にコントロールできないのか?はっきり言って水商売・酒飲みの感染源・拡散源としての証拠はデータでハッキリと出ている。これは迷惑極まりない。どうでもよい夜の商売ビジネスの立て直しと、大切な人の命とどうやって天秤にかけているのだ為政者たちは?

 こんな、いい加減なコロナ対策の中、

 自粛+自粛無理強い監視集団のストレス蔓延の中、自分なりにストレス解消の場所として明治神宮・内苑に行ってみた。別にコロナとは関係なく10年ほど前からこの明治神宮内苑(御苑)はお気に入りの自然との接触スポットとして年に5回以上は訪れていた。

 今は南池(なんち)に睡蓮やコウホネが見頃で、コシアキトンボ、ギンヤンマが飛び交いのどかな風情を楽しめる絶好の場所になっている。多少の雨でもここで静かに1時間ほどボーッとすれば、ストレスは自然に消えていく気がする。あくまで筆者の場合だが。

 今回改装後初めて明治神宮に接するJR原宿駅に降りて、半年ぶりに明治神宮内苑へ入ってみた。
 今年の3月から、来年の3月まで明治神宮全体で明治神宮鎮座百年記念事業が開催されており、このの一環で「神宮の杜芸術祝祭」なども開かれている。

 南池(なんち)はこの御苑(¥500必要)に在り、野鳥が割に多い森林+庭園になっている。残念ながら隔雲亭の後ろの大木が何故か枯れてしまっているが、手入れの失敗だろうか?

 久しぶりの南池は心を鎮めるのに最適の場所だった。




とにかくギンヤンマや電気トンボが静かに飛び交う佇まいが、いつまでも見飽きない理由の一つかも。





ベンチはいくつかあるので、ゆっくり休める。しかしトイレが無いので、内苑へ入る前に用を足しておく必要がある。しかし500円を徴収しておきながら南池の傍にトイレが無いのは納得がいかない。回転を速めたいというのであればとんでもない事だ。



この他、黄色いコウホネも池の東端で今が盛りだ。ほぼ中央の赤いのは赤とんぼ。

睡蓮もホワイト系が多い中、赤やピンク系も見て取れた。

2020年6月29日月曜日

自分の頭上をヤマセミが飛び抜けた! Suddenly The Crested kingfisher flew over my head !

 今朝のテレ朝羽鳥慎一のモーニングショーで「東京一極集中」について放映していた。早朝からの作業の合間に垣間見たので内容は判っていないが、数日前ある地方紙で「首都圏の一極集中」に関する記事が出ていたのでいずれこのブログでも精査し投稿すると述べた。

 筆者は1948年委東京で生まれ、1955年に東京で小学校(東京学芸大学附属追分小学校)に入ったものの、父親の転勤(十条製紙)により小倉市(現・北九州市小倉北区)に引っ越し。そこで6年間2か所の小学校(市立中島小学校⇒福岡学芸大学附属小倉小学校)過ごし、さらなる転勤で熊本県八代市に引っ越し、最終的に卒業したのは八代市立太田郷小学校だ。4つ目の小学校を卒業したのが1961年3月。

 この小倉時代の附属小倉小学校時代のクラス会で知った事実は、東京首都圏への一極集中の生の現場話だ。なんとクラスメート43人中、20名が東京で生活していたのだ。だから2004年から暫くは東京でクラス会を開く方が多かった。(※もう現在は10年以上開かれていないし、今後も開かれないのではないだろうか?)

 一人一人に「なぜ東京へ出てきたの?」と訊いたことはないが、結局東京の大学を目指したものが多かったという事の様だ。東京在住の出身大学を見ると、京都大学1名、津田塾大学1名、東京女子大学1名、東京外国語大学1名、横浜国立大学1名、早稲田大学3名、共立女子大学1名、成蹊大学1名、昭和女子大1名、国立音大2名、その他短大を含めると、この大学を目指したことが理由で、そのまま東京で就職~結婚という「定着コース」が見えている。

 クラスメートによると当時の福岡学芸大学附属小倉小学校は文部省の教育実験校だったらしく、当時の教育ママの子弟が多かったためこういう結果(自分含めて)になっているのだと推察する。
 しかし、大なり小なり当時の全国地方都市の「ベビーブーマー=団塊世代」はこういう傾向が強かったのだろう。

 同時に、日本の高度成長の黎明期(初期)で、数年後に東京オリンピック(1964年開催)を控えた東京首都圏で働き手が不足し、全国から中卒、高卒の「金の卵」が集団就職で上京した頃だ。これらが実は東京首都圏の「一極集中」の原点のような気がする。

 ・・・と、このまま続けると数回のシリーズになってしまうので今日はこの辺で切り上げ、いろいろな資料を精査して後日投稿してみたい。


 で、今日はヤマセミが自分の頭上を飛び抜けた際的、反射的にレンズを向け連写した際の画像。一瞬の事だったので撮れていること自体が奇跡なのだが、人吉の球磨川沿いにお住いの辻先生(名内科医)や古江さん、漁師の島津さん、塩見さんなどのご自宅は、上空を時折こういった形でヤマセミが飛ぶという。羨ましい限りだ。






今年は人吉へ行けないが、こういった環境に接する機会が次に何時来るか待ち遠しい。

2020年6月28日日曜日

団塊爺はネットポータルサイトの見出し、嫌いだ!  Oldboy of the Baby Boomer hate about the headline of internet portal site.

 この時期どんなに動き回ることが好きで落ち着きのない団塊爺でも、雨が続くとどうしてもパソコンデスクでネットを見る時間が長くなる。

 スマホで全部済ましてしまう今どきの人々とは一線を画して、デスクトップ、ラップトップ、携帯端末を機能に応じて使い分ける団塊世代のモノづくり大好き人間は、どうしてもネットの総合情報ポータルサイトに関して最近色々感じていることがある。

 ネットポータルサイトは色々あるが、やはりパソコンが一般に普及しだしたWindows95発売時点直後にスタートしたポータルサイトのYahooが、20世紀中にその足場を固めたため世界でも日本国内でも強い様だ。
 検索ポータルのGoogleと今やネット社会での双璧と言って良いのではないだろうか?

 筆者もまずパソコンを立ち上げると、自動的にこのYahoo Japanの扉ページが立ち上がる。こういう方は結構多いのではないだろうか?国内世界の動静が一目でわかる点で通勤電車内の週刊文春・新潮の吊り見出しと変わらない。ただその情報の品格が違うだけ。

もう20年以上毎朝見慣れた画面だが、最近は商業ベースの悪影響を受けすぎているような気がするが如何だろう?


楽天が買い取ったインフォシークも情報より大きな広告で良いと思っているのだろうか?

 一方で検索サイトの王様はGoogle。いわば電子版百科事典。このおかげで一時期世にはびこった厚い紙の塊り百科事典やイミダスの類は今パソコンを使わない人々と共に消えようとしている。

 個人的に言えば、1日8~10時間もデスクトップの前に座って何かをしている筆者から言えばYahooとGoogleさえあれば事足りている。

 しかし、しかしだ。最近このポータルサイト画面に対して文句を言いたいことが沢山出てきた。売れているから、アクセス頻度が多いから広告代を穫れるから・・という理由なのだろうか?

 広告があまりに多すぎる。

 動くし、大きいし、コンテンツを読むのに邪魔すぎる。このままだとポータルサイト扉ページに広告の無いものへ換えようかとも思う。
 事件や政治や天気予報など、報道される情報の中身に変わりはないのだから、見やすい方が良い、歳を取ってからは余計そうだろう?

 次に、有料記事が多すぎる!

 気を引いて詳細を知ろうとすると、此処から先は有料です…みたいな卑怯極まりない記事が増えてきた。嫌らしい文春砲とかいう週刊誌ベースのメディアにこれが多い。

 その次に、どうでもよい芸能人の記事が多すぎる。

 女の子が「すっぴんが可愛い」だの「自撮りインスタが神!」だの、誰が婚約しただの、くっついただの、お泊りデート発見だの、政治や事件などと肩を並べる内容か?と思われるレベルの記事が面積的に急増している。これはニュース内容を瞬時に識別させる一種の年寄りの認知症検査なのか?

 この内容をそのままスマホの狭い画面に展開されたら、団塊爺は目指す情報へ一体いつに成ったらたどり着くか判ったものではない、だからまだスマホにしないのだ。

 雨の日曜日、都心に出る前のブログ更新でした。

2020年6月27日土曜日

自然動物を捕らえて人間の興味に晒す・・・私は嫌いだ。 The human capture natural animals and expose them to human interests... I hate them.

 今朝の地方新聞に国産メジロの違法飼育・捕獲事件捜査への協力者を表彰する記事が載っていた。この記事の中に「最近はおおっぴらに自宅でメジロを飼う人や鳴き合わせ会も減ったのではないか?」とあったが、2012年に新たに国産メジロを飼う事を禁ずる法律が出来たのに、未だに地方では野鳥含めメジロを飼育している人が多い様だ。

大ぴらではなく、本来寿命が2~3年(野生)、6~8年(飼育)のメジロが2020年の今それほど沢山居る訳は無かろう?皆、内緒で新しいのを飼い続けているのだろう。実は武蔵野・三鷹でも飼育者は居る。
 https://www.sankei.com/west/news/170530/wst1705300004-n1.html

 ましてや、ホームセンターにはメジロ用のすり餌を売っていたりする。縦割り行政の盲点なのだろう、最近はメディアに叩かれポエム節が出ない小泉環境大臣にも、こういう細かい実質的な事から頑張ってもらいたいところだ。

 しかし一方で、江戸時代から続く日本の伝統文化として野鳥がらみは数多い。縁日のヤマガラのおみくじ引きや、ウグイスの啼き合わせ等。こうした繊細な伝統文化を「自然保護」の一声で絶滅させてしまうのも筆者としては乱暴だと思う。特別な組織なりNPOで伝統を守るのも一つの方法だと思うがどうだろう?

 絶対にダメだと言い張る御仁にはこう問いたい!「じゃぁ動物園はなぜ良いんだ?」

 パンダの様に全部が全部そうだとは言わぬが、野生の動物を捕らえて来て人間に金をとって見世物にしているのはなぜ良いのだ?なぜ許されるのだ?これだけVRだのAVだの特殊映像でリアルに近い体験で教育が出来るのに、生育環境の違う熱帯や北極南極から珍しい動物を無理やり捕獲してきて日本の気候下で見世物にしているのは、自然保護団体が声高にアジる「動物虐待」ではないのか?

 吉祥寺の自然教育園で死んだような目と姿勢でジーッとして金網にへばりついていたアオゲラ、コゲラ、シジュウカラに出遭ったときは思わず涙が出てしまった。あんなの可哀相以外の何物でもない。金網のすぐ外、井の頭公園には野生の仲間がいくらでも飛び回っているというのに・・・。

 ・・・という事で今日は完全野生のヤマセミのホバリングからの採餌ダイブ・シークエンス。








このダイブで超大物を捕らえたこの個体、飲み込むのに数分格闘したのだ、いずれまた。