2022年5月1日日曜日

団塊世代は今、人間の生活がかって無いほどの大変化をする時ではないかと思っている。その2. The baby-boomer generation now thinks it's time for the biggest changes in human life ever. Part2.

  筆者は昨日4月最終日30日(土)まで毎日スマホの歩数計で1日の歩数を計算してきた。一つの目標として1週間に7万歩、つまり1日平均1万歩を越えるように歩くよう心掛けてきたのだ。開始は昨年11月1日。

 これはもちろん健康のため。寄る歳並みの体力・体機能低下を少しでも補うための行為。団塊世代もすべて70歳を超えた今、寝たきり老人だとか、致命的な大病だとか、行動に不自由する障害を起こさないためにも動物としてのフィジカル保守は自分自身の責任でもあろうと思っている。

 だから人から「やり過ぎ、ほどほどに」と言われても歩くことはやめなかった。目標を決めて達成する事は小さいけれども週末に達成感(その週の1日平均1万歩達成)を得られる意味で精神衛生上も良い事だと思う。

昨日までの最終4月のデータ。

週ごとのデータもすべて1週間計7万歩を上回った。

昨年11月1日からの実総計は193万6923歩=1355.8㎞になる。徒歩で陸路を自宅から鹿児島の中心街まで以上歩いたことになる。


 以前厚労省だか何処かが「健康のために1日1万歩歩くのが理想・・」とか言っていたが、その提言をした者に言いたい、「てめぇ、自分でやってみてから言えよな?」

 友人に365日、ほぼ毎日美術展・写真展などを数か所回る凄い人がいる。もちろん東京だから全て歩いて回る訳ではないが、ただ歩くのが目的ではなく「美の追求・アートの追求」だから一石二鳥だろう。この人のやっている事には適わない。一つの事を続けるというのは非常に難しいのだ。

 筆者の場合もただ歩いている訳ではない。少し重たいがカメラバッグに50~500㎜、もしくは70~300㎜のズームレンズを付けた一眼デジタルカメラ、関連機材、雨具など8~10㎏を入れて背負って歩いている。水を入れた2リットルのペットボトル4~5本メインという計算だ。主目的は野鳥撮影なので近郊の緑地周辺、街中でも珍しい野鳥の生態を捉えつつ、撮影して歩くのが常だ。歩行スピードはその時々で違う。普通の人の1/3のスピードの時もあれば、走るときもある。バスの停留所一つ分程度ならまだデイパックを背負ったまま走れる。

デイパックには8~10㎏のカメラその他収納。これで未熟なおまわりに職務質問された。

戻る時には食材やその他買い物を持つので、トートバックが増えて重量は更に増す。

 そのいで立ちからか、御茶ノ水駅で警官の職務質問を受けた。東京のど真ん中を迷彩服で迷彩デイパックを背負っていたかららしい。名刺を上げたら二人そろって敬礼された。

 以前、人吉へヤマセミの生態・撮影に通っていた頃、やはり迷彩服で高速道路を運転していてSAでトイレに入ったところ、隣にやはり迷彩服の上下の人がいたので「野鳥ですか?」と訊いたら直立不動で敬礼され「陸上自衛隊西部方面隊健軍駐屯地輸送部○○でありますッ!」と言われてしまい小便が途中で止まってしまった。

 朝っぱらから悪い癖が出た、話を戻そう。

 徘徊と称してはいるが目的をもっての行動。頻度の高い順に行く先を並べると、真っ先に上がるのが地元三鷹の野川流域、これは週に2~3回は徘徊する。都心その他では①上野不忍池、②明治神宮、③目黒の自然教育園、④新宿御苑、⑤井の頭公園、⑥高尾山、⑦立川昭和記念公園、⑧皇居東御苑・お堀、⑨水元公園、⑩秋ヶ瀬公園など。その他市ヶ谷の外堀、東大植物園、


 何も歩いたことを自慢したくて書いているのではない。団塊世代にかかわらず今人間がその大きな転換期に差し掛かっているのではないだろうかという話の一部だ。

 昨日はスマホが人間を変えつつある、スマホ脳、スマホ眼で動物的機能が退化することを憂えた。今日は足腰の退化だ、理由・原因が車であることは明解だ。

歳をとっても歩く努力を欠かすと寝たきりになってしまう。

 2年前の7月豪雨水害でズタズタ、再起不能とまで言われているJR九州の肥薩線の話でもさんざん触れた。過去300日以上滞在した熊本県人吉市。人口3万人前後の山間都市だが、平均的市民は一家に一台ではなく一人に一台の車があるという。

 地方での生活は車中心で、モータリゼーションで都市の形態と生活形態が変わったアメリカU.S.Aと一緒だ。1776年建国当初商店街が発達した東部ボストン・ニューヨークなどとは違い、広い町の中心にショッピングセンターができ、車で往復する西部カリフォルニアなどと全く町の佇まいや生活様式が違うのと一緒だ。東京はアメリカ東部型、人吉など地方都市は西部カリフォルニア型。

 人吉に限らず、札幌などでも中心部は除き郊外はアメリカ型。30年も前、札幌郊外の友人宅で真冬、道路の反対側のラーメン屋に行くのに車で行くという。「何でよ?歩きゃい~じゃん?」と訊いたら「寒いべや?」と返ってきた。札幌ではすべてがこうとは思わないが港道さん元気だろうか?

 また話が飛んで申し訳ないが、要は今や地方在住の人達の方が足腰が弱いのだという。理由は歩かなくなったから。昔は小学校へ片道2~3㎞は普通だと言ったが今や500m離れたコンビニですら車で行くという。筆者は2.7㎞離れた床屋へは多少の雨でも傘をさして歩いていく。時代は変わったのだろう、今や人間は都会で通勤通学する者以外、歩くという事の重要さを忘れてしまった様だ。

 エネルギーを石油に頼る人類は何の役にも立たない国連提唱のSDGsなどという企業のツケ・消費者尻ぬぐい活動に惑わされる前に、本来の直立歩行動物=ホモサピエンスとしての誇りを取り戻すべきではないだろうか?

 人類変化の第2弾は「歩かなくなった人間」。今週末は第3弾を予定している。