今回のドキュメンタリー映画 HPから
同じく別バージョン
殆どの映像がYoutubeや彼らの過去の映画・ドキュメンタリー動画・ビデオなどで既に観たものだったが、中には初めて観る映像や画像も在った。だが時代に忠実に並べて観たのは初めてだったし、意外にも全米進出が思っていたよりずい分後だった事に驚いた。
1964年2月11日ワシントンDCでのライブなど過去においてはモノクロで音声も良くなかったが、この映画では映像も音声もデジタル合成処理されて非常に高いクオリティを感じた。コンピュータの底力を感じた。
1964年の2月11日と言えば筆者はまだ世田谷の奥沢中学校の3年生。都立高校の入試本番直前!本来はテレビどころではないが、下宿先の東玉川66番地の親戚の家の居間で、ライブの数日後報道されたNHKのニュースでこの映像を観ている。その時は騒ぎだけを「凄いなー!」と思っただけで、曲のすばらしさにはまだ気が付いていない。英国も米国も、同じ英語圏の西洋・外人・遠い海の向こう・・という認識でごちゃまぜになっていた頃だった。
間違いなく高校受験の真っ最中。NHKのニュースだった様な気がする。
で、今回のドキュメンタリー映画「EIGHT DAYS A WEEK 」に戻ろう。
そのほとんどは、団塊世代のビートルズ好きであれば、何らかの形で接した事のある映像や音源だったが、まとめてこうして2時間じっくり見たり聴いたりしたことは無かった。リバプールやロンドンへ行って映画のロケ現場や有名なライブハウス・キャバーンクラブ(オリジナルではないが・・)へ行ったファンも多いだろうが、一般的には此処まで順序立てたドキュメンタリーには接していないと思う。
※キャバーンクラブ(リバプール)1957年1月16日にジャズ・クラブとして開業し、1960年代にはリヴァプールにおけるロックンロール界の中心地となった。ビートルズも活動初期にここで演奏していた。
この映画は本編の後に米国ニューヨークにあるシェイ・スタジアム(当時日本ではシェア・スタジアムと言っていた)という野球場でのコンサートのほぼ全編をデジタル合成処理で観て聴くことが出来る。このシェイ・スタジアムのライブとハリウッド・ボウルのライブ音源は1970年代初頭に海賊版レコードで既に手に入れ聴いてはいたが、今回の映画のデジタルマスターは素晴らしい。全然別物に聴こえる。
モノクロ映像に着色するなどという事は今や朝飯前?明治時代にすでに人工着色、つまり人着という技法が在ったくらいだからデジタル処理を使えば何という事もないだろう。
しかし、しかしだ。シェイ・スタジアムの演奏曲目でA Hard Day's Night演奏中ジョージ・ハリソンが、12弦のリッケンバッカーを演奏していたのに、いつの間にか途中でグレッチに替わっていたのは驚いた。ジョンはこの頃黒いリッケンバッカーしか使わないので、ジョージが12弦のリッケンバッカー360/12から演奏中瞬時にグレッチ・テネシアン(現テネシー・ローズ)に持ち替える事など出来っこない事はバンドを一度でもやった事が有る方には解るだろう。
ジョージのこの2台のギターは初期のビートルズにとって必須の画像だ。
筆者は1990年代になってやっと本物を手に入れられた。
※筆者のビートルズに関する過去ブログはこちらなどを参照いただけると嬉しい。
http://yamasemiweb.blogspot.jp/2014/10/blog-post_5.html