私のウインドサーフィンの歴史は常にマウイ島と共に歩んできた。ウインドサーフィンの発明者の一人ホイル・シュワイツァーも、サーフィン撮影では右に出る者がいなかったスティーブ・ウイルキンスもその当時ハワイ在住だったし、トッププロのマット・シュワイツァー、マイク・ウォルツなどもマウイ島に住んでいたので自ずからそういう事に成った。
This is my best monument photogragh of Maui. Photogragh by Steve Wilkings.
Between Maui island and Molokai island. Mike Waltze on top, Matt Schweitzer on middle, and Toshiro Shinjo (It's me) on bottom.
1983年頃ウインドサーフィンジャパン社のPR小冊子制作時にマウイ島で新しいボードのデモ走行をヘリコプター空撮したもの。あのスティーブ・ウイルキンスがヘリ空撮で撮ったもの。一番上がマイク・ウォルツ、真ん中がマット・シュワイツァー、一番下のロケット99が筆者。ヘリ自体はオアフ島から飛んできて約30分間で撮影を終えた。実際は5人で並ぶはずだったが日本から同行したプロライダーはどうしても並んで走れずドロップアウトしてしまった。更にもう一人の女性ライダーがなかなか画面に一緒に入ってこなくて困ったのを覚えている。ヘリの燃料があと5分という所でやっと4名が揃って撮影された。上の画像はその直前のカット。
Hoyle Schweitzer and Dian Schweitzer in Niijima 1985.
伊豆の新島で上の画像でテストランをしている新製品による単一レースが行われた。ウインドサーフィンの発明者の一人ホイル・シュワイツァー氏夫妻も新島で観戦。この大会の準備期間中、選手たちがノコギリを持ってきて新製品のボードのセンターボードの操作がしやすいようにどんどん部品を加工し始めてしまったのには驚かされた。まさにウインドサーフィンが目の前で発展していくという瞬間と現場に居合わせることが出来たのだ。
My kick jump by Hypertech fun board in Morito Hayama Kanagawa pref.
1995年過ぎにはオレゴン州のコロンビア・ゴージ(峡谷)Foodriverから誕生した新素材による硬くて軽いファンボードが日本にも入りより楽しみの幅が広がった。
Sometimes I try to fishing by windsurfing board. This is one of them at Kailua beach Oahu island 1990.
純粋にマリンスポーツとして楽しむウインドサーフィン以外にもルアーを引っ張ってウインドフィッシングも結構行った。これはオアフ島のホノルルの裏側カイルアのビーチから出入りして獲ったイワシの一種。