明日が投票日という衆院選2026の投開票前日、外は雪模様なのでFacebookウオッチをしてたら、何とウインドサーフィンの高速ライディングの動画が目に入った。
https://www.facebook.com/reel/1798099704220287
スイスの湖だろうか、楽しそうにカッ飛んでいる動画。これを見てすぐに頭に浮かんだのがセイルのメーカーNeil Pride社のデモ動画、Moving Target(1989年)だった。
https://www.youtube.com/watch?v=ObOMbRkJ0V8&list=RDObOMbRkJ0V8&start_radio=1
この2つの動画を見る限り、この間に37年間という年月が流れているとはとても思えない。
今週末のこのブログの最重要部分は、ウインドサーフィンに関してこの37年間の基本的な変化が殆ど無いという驚きの部分だ。
ウインドサーフィンを原点として、フォイル(=水中翼)、ウイングセイル、カイトセイルなどスピンオフした新しい道具と遊びが発達した一方で、基本的にボードとセイルで直接波と風を受けて楽しむWSF(=ウインドサーフィン)そのものがほとんど変わっていない事に感激したのだ。
江戸末期、慶応年間坂本龍馬が暗殺された頃と明治37年日露戦争の間の物事変化に比べれば、その変わらなさがイメージできよう?
筆者がウインドサーフィンを最初に覚えたのが1981年のウインドサーファークラス世界大会「沖縄海中公園で開催」の前年、1980年に同じ場所で予行演習を開催した際だった。
そこでハマったウインドサーフィン!
当時日本で唯一ライセンスを持ってギヤ(セイル、マスト、ボードセット)を作っていた会社を得意先クライアントにしてウインドサーフィンというマリンスポーツ創成期のモロモロに関われたのだった。
1980年に初めて沖縄の海で乗れて、1983年にはファンボードという風速15ノット(≒8m/s)のやや強風以上の風でしか乗れないショートボードで湘南葉山森戸の神社裏から毎週末カッ飛んでいた。
それから2009年勤めをリタイヤすると同時にウインドもリタイヤしたが、約30年間現役でマリンスポーツにハマっていたわけだ。
ただ乗って楽しむだけではなく、道具が急速に発達する創成期だった1980年代、仕事で日本とハワイのマウイ島を40往復もしている事がパスポートを見返して判明した。
簡単に40往復というが、全部仕事での出張だった。
① 1983年 カナダKingstoneでのウインドサーファー世界選手権大会
② 1983年 マウイ島へウインドサーフィンJapan社のカタログ製作
③ 1984年 マウイ島へ同上2冊目制作出張
④ 1985年~90年 マウイグランプリ 出場選手へのスポンサード+取材、記録収録、撮影
⑤ 1987~1994年 AWSP Hawaii Wave Sailing Championships企画・実施・運営
これらの記録をブログ化すれば圧倒的な量になるため、それだけで十分毎日更新しなければならないが、実は自分で撮影した画像はあまり残っていない。手元に残っているのは数百カットに過ぎない。
仕事で出張の際の撮影なので、公務でもあり私物化できず、すべて所属していた広告代理店のプロジェクトロームに置いてきた。所属上司がこの貴重さを全く理解していなかったので全部廃棄したと思われる。
仕事の一部はNHKのBSへ売却したのもあるので、どこかに残っているかもしれない。
37年前辺りの残っている画像で当時を思い出してみたい。










