2026年7月31日金曜日

団塊世代が10年ぶりの熊本地震で思ったこと。 Baby boomer thought about something the Kumamoto earthquake—the first one in ten years.

  7月28日マグニチュード7.1の熊本地震から3日が経った。

 短かったが一番多感な時期に自分が育った八代市だけに友人、知り合いの人々の安否が気になる60時間強だった。

 やっと八代市在住の知人のお陰で数多くの知り合い友人の安否が判明し、少しホッとはしているが、数名の家やお店が崩壊、避難所や公民館で避難生活を送っているという。

 電気やガス、水はどうなのか?遠い東京の空でテレビ報道を見ながら悶々とする時間は長かった。

 心配する状況下で現地の知人友人と取れた会話の中にどことなく「何かを超越した冷たさ」と「次の大きな揺れへのトラウマ」を感じざるを得なかった。

 あの3.11東日本大震災の時に東京都は23区では常時電気供給を行ったが、都下市町村では計画停電と称して持ち回りで2時間づつの停電を行った。筆者的には仕方がないと思ったが、この差別は納得いかんと今でも都政を恨んでいる人が多いという。

 この時の余震と停電を身をもって経験している世代であれば現在の被災者たちの苦労と気持ちが判るだろう。しかし汗まみれの高温多湿の今、家でも車でも冷房に慣れ切った現代の人々の苦労はあの3月の大震災時の屋内の環境とは雲泥の差に違いない。

 寒さに対しては暖房機器が停電で使えずとも厚着などで凌げるが、暑さに対する冷却は密閉度の高い現代建築においては縁側を開け放つなど出来る訳もなく、その苦労は想像に難くない。

 そんな中、地震雲とか称して人心を惑わすキノコ雲のニセ投稿が氾濫したという・・・。


 筆者はもちろん関係はないと思うが、全くこれを学術的に地震との関連性は100%ゼロだ、ウソだと否定はしない(まったく否定できる証拠がない)が、こういう事があったという事実だけは当時ブログにアップしていたので引用してみたい。

 3年前の2024年8月、八代市で八代市の野鳥写真に関する「ふるさと・やつしろ『わたしと野鳥』という写真展があった。

 これに参加を要請され数十枚の作品を送り、自分もANAに乗って前日八代入りをした。

https://yamasemiweb.blogspot.com/2024/08/810the-yatsushiro-city-wild-bird.html

 そうしてJR八代駅前の「花いち」という八代二中時代のクラスメート夫婦が経営する花屋さんに顔を出した瞬間!震源地宮崎で震度6弱(八代市は震度4)の地震に見舞われたのだ。もう花屋さんの店内の花が全部そろって左右に揺れる同じ動きで酔いそうになったほど。

昔、高校時代台風の時海に潜っていて、周りの海藻が揃って同じ動きをしたのに似ていた。

この時は自分の体もよろけて思わずお店の柱を掴んだほど。実際八代市の震度は4だった。


今考えても日奈久断層帯とは違う南海トラフ側の規模の大きな地震だった。

津波注意報も出るほどの大きな地震だった。

 で、その直前に偶然球磨川で山地の方に出ていたものすごく大きなカナトコ雲を撮影したのだった。あまりの大きさに写真を撮りブログに書いたのだ。

後で照らせ合わせたらこのカナトコ雲方向的には宮崎の方角ではないか!

 で、今回の熊本地震の際にキノコ雲?と称して投稿されたカナトコ雲を観た瞬間、「今度もか?」と自分の経験を想い出したというのが今朝の投稿。

 これらは真夏だからこその現象なので、冬季にこれが起きないかぎり学術的に関連性を調査などしないとは思う。