勿論、基本は日大の経営陣でもありながら、恥ずかしくもアメフト学連組織から除名され事実上の永久追放に成った内田元監督や井上元コーチの見え透いた大ウソ、関係者・メディアを見下した尊大な態度、追及されると逃げ廻り雲隠れする卑怯な態度が世の中の総スカンを買ったのだ。でもこの一件がスポーツ界の地雷を踏んでしまい、日本のスポーツ界が抱えてきた悪しき習慣・価値観・常識の火薬庫全体の大爆発に繋がるのだろうと思っている。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20180530-00000072-jnn-soci
JNNニュースより抜粋
筆者は中学生以来今日に至るまで、決して文学青年ではなく、ましてや秀才・ガリ勉タイプでもなく、どちらかというとわんぱく坊主がそのままスポーツ系に育ったような体を常に動かす生き方をしてきた。大学生までは常に体のどこかにアザや擦り傷を作っていた。ともするともうすぐ70歳に成らんとするのに、その辺りは変わらないかもしれない。
筆者のスポーツ歴は長く多岐にわたる。高校で陸上競技(ハイジャンプ)、都立学校でのクラブ活動はバレーボール部(あの大松監督のワンポイント・レッスンを受けた事が有る)、横浜国立大学で体育会系サッカー部(1971年和歌山国体・神奈川県代表権獲得)、社会人になってVANアイスホッケー部(東京都実業団1部リーグ)ではモントリオールオリンピック日本代表鈴木選手とフォワードのセットを組んだ事もある。更には30歳を越えてウインドサーフィンにはまり、南関東予選を経て全日本選手権大会にも出場。スノーボードにおいては大きな大会の前走を務め、長野オリンピックスノーボード競技役員も務めた。クロスカントリー・スキーレースにも、標高3000mからの山岳ダウンヒルスキーレースにも出場している。
間違わないで欲しい、これらを列記したのは決してスポーツ歴の自慢しているのではない。これからこのブログで述べるコメント、論評を行うに充分な資格があるか否かを知って欲しいからだ。ろくに体育会系のスポーツを経験もしていないのに、ああだこうだとコメント・批評する無責任なケースとは違うという事を知って欲しいからだとご理解頂ければ嬉しい。
筆者は音符も読めず楽器の一つも弾けない者が、コンサートや演奏家の批評をするのは大嫌いだし、アーティストに失礼だと思っている。サッカーをやった事もないものがワールドカップ日本代表や監督に対して好き勝手批評するのも大嫌いだ。そういう出来もしない自分の事を棚に上げて他人を批評するタイプは嫌いだし、とやかく言う資格が無いと思っている。この辺りは北野武が「バカ論」に書いている事に同じだ。
ここで本題だ!
今回の一連の報道や事情通の解説(SNSやTVワイドショー)で見えてきたことは、次の様な事ではないだろうかと推察している。
世の中の体育会系に属する者、あるいは出身者は一般的に・・・
① 平気で嘘をつく、しかも直ぐバレる様な見え透いた嘘をつく。
② まずい事は隠す、揉み消す、シラを切る、逃げる、隠れる。
③ 言葉での説明・解説が下手なので態度で威圧する、脅す、腕力で制裁する。
④ 同僚・仲間に内緒で抜け駆けをする、コネを使う、裏工作をする。
⑤ 過去の成績で身分や上下関係を決める、派閥を造る。
⑥ 成功者(自分より記録・成績上位者)を妬む、恨む、正々堂々としていない。
⑦ 非体育会系の者たちを馬鹿にする、見下す、差別する。
そうして、これらの事をコントロールできなかった巨大教育企業「日本大学」のだらしなさ、いい加減さ、構成人間達のレベルの低さもバレてしまった点が「オマケ」として出てきた訳だ。
これらは、今回の日大アメフト事件のみならず、女子レスリング伊調馨選手パワハラ事件、大相撲一連の暴力傷害事件、高校野球に関する昔からの諸問題。全日本スキー連盟の諸事件(セクハラ・パワハラ・派閥問題)色々なジャンルで証明・立証されている。
30年近く広告代理店のスポーツ事業部で長い事業務を担当し、スポーツ領域で諸団体やメディアとの接触が多かったので、余計今回の問題が引き起こす世の中の動きには目が離せないでいる。
今回の問題に関して海外のメディアが色々なコメントを送ってきているが、もっともだと思う事が多い。日本のスポーツ業界は報道するメディアを含めて間違いなく井の中の蛙で、ガラパゴス化してしまっている。
上意下達のスパルタ教育はパワハラと紙一重なのだ。脅し・悪意のプレッシャー・パワハラによる恐怖克服指導法と選手本人の心の「奮起」を生み出すスパルタ方式(実際は古いが)の違いも判らない指導者は指導者たる資格は無いだろう。
残念だがこの辺りはスポーツのクラブなどで泥にまみれて辛い練習・下積みを実際にした事のある人間にしか判らない。断言できる。何故1軍に成れないのか?何故試合に出してもらえないのか?何故スタメンに成れないのか?筆者には痛い程そういう状態に居る選手たちの心情が判る。理由は筆者が決して優れた「トップ選手」ではなかったからだ。
今までスポーツ界で起こってきた色々な理不尽な事象に対しその団体やメディアは如何なる報道をしてきたろう?思い起こして分析をしてみると今回の日大アメフト事件の本質が見えてくるに違いない。
〇星稜高校時代の松井選手5打席連続敬遠に対し「高野連」は当時一体何をした?正々堂々試合をしろだの守備に着いたり戻る際は全力ダッシュをしないと高校生らしくない・・・と偉そうに言いながら、勝つためには連続敬遠をしても良いのか?
彼、松井秀喜選手がMLBへ行ってそんな事が有ったろうか?絶好調だったワールドシリーズでMVPを取った際、松井は敬遠されたか?正々堂々としているのはスポーツの本場USAだからだろう?
日本のスポーツ界はスポーツマンシップや最低限のスポーツマナー・ルールは、事実上まだ学べていないって事だろうか?高野連の中枢の頭の中は今回日大トップ陣と何ら変わらないと思う。
勝つためには何でもアリは、この事件から正当化されたのでは?海外ではこういう卑怯で狡い方法は滅茶苦茶に攻撃される。MLBで後半大きな点差が開いているのに盗塁すると咎められるのと一緒だ。
例えば熊本県代表に何度も選出されている秀岳館高校の野球選手に地元出身者が一人も居ない・・・って、他にも野球強豪校は皆そうなりつつあるが、高野連はどう考えているのだろう?高校野球当初の理念は何処へ行ったのだ?
今回の日大アメフト事件が明らかにした日本のスポーツ界における根本的な悪のスパイラルは何処かで大改革しなければ…と思う。
全てのスポーツジャンルで全国的にトップクラスになる学校・団体スポーツ(=大学・高校のスポーツビジネス)においての常識(使命)は次の通りだろうと推察する。
①トップ(=優勝)に成らねばメディアに扱われないので後援者・スポンサーからサポート・資金を得られなくなる。
②勝たねば(=優勝)監督・コーチの地位向上・名誉・ギャラ向上に繋がらない。
③勝たねば(=優勝)団体所属の選手たちの「就活」「出世」に良い効果が出ない。
④勝たねば(=優勝)入学希望者たちが減ってしまう。
これらを無理なく、ストレスなく、犠牲者なく達成する為には、やはりアメリカなどの大学スポーツ組織の運営方法、最先端の現場の状況をもっともっと学ぶべきだろう。この先の新たな動向を注視して行こうと思う。