2014年6月7日土曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #40.」 ●東京オリンピックが残したもの.

 2週間にわたって行われた東京オリンピックも1964年10月24日夜、それまでのオリンピックの閉会式の常識を破って、国別ではなく全参加国の選手達(全員ではない)がバラバラにミックス状態で入場ゲートから現れた時のショックと感動は、今でもよく覚えている。それまで日本と云う国は何を行うにしてもきちんとしていて、式次第に則って粗相の内容に行うのが当たり前とされていた。ルール破りや式次第間違いはタブーとされ、白い眼で視られること必至の硬い文化国家だった。懇談会・レセプション・パーティでも、主催者側と招待者側が明確に決められ、主宰者は招待者をもてなし歓ばせるというのが当たり前とされていた。これは長い事、1990年代まで全国的な傾向だったように思う。
増刊アサヒグラフ 東京オリンピック 号より

  しかし、当時海外でそういったレセプションなどに参加すると、会場の案内アナウンスやガイドの説明もないまま、食事やドリンクサービスが有れば、まだ何も始まっていない段階から参加者各自が飲食物を手に取って、参加者同士で歓談を始めるのが当たり前だった。ましてや、式次第が模造紙のような大きな紙に書かれて壇上に掲示されているなどと云う事は無かった。これは東京オリンピックから10年後1973年に初めて海外旅行(JTB主宰40日間英国ボーンマス・ホームステイ)をして、向こうのレセプションに3度ほど参加して自分でもしっかりと体験した。一度はボーンマスと云うドーヴァー海峡に面した保養都市の市長が主催の、結構大がかりなレセプションだった。何でこのレセプションに紛れ込んでしまったのかは定かでは無いが、会場に我々6名ほどの男女以外の日本人は誰も居なかった。
2000年に27年振りに訪れたボーンマスにて
 
 今思うに、観光促進のPRレセプションか何かで、ちょうどJALパックだの、JTBエースツアーだので日本人の団体観光客が英国やヨーロッパ各地に行き始めと云う事を認識していたので、歓迎されたのだと思う。更に我々が大学生や高校生と云ったスチューデントだったのも、ウエルカムされた原因かもしれない。当時の英国は、学生に対する保護・支援の考えは日本の数倍のレベルに在ったのだろう。そのボーンマスで「招待者=お客=もてなされる側」ではなく、「参加者=主役・自分でその場を楽しみ盛り上げる義務を有する・・。」と知ったのだった。

 話がまた飛んでしまった!

 要は、日本人は堅苦しい式典遂行、礼儀・タテマエ重視のレセプション進行なので、世界から相当かけ離れた一般常識でそう云うモノが行われていた事を言いたかったのだ。この東京オリンピックでも、きちんと国別に国旗先頭に隊列を組んで入場してくる、開会式と同じようなデレゲーションでの閉会式を想像していたテレビの前の1億人の眼は、ワイワイ言いながら、中には選手を肩車して入場ゲートから現れたオリンピック参加選手たちを見た途端、長い呪縛から解き放たれた様に「良いんだ!こういうんで!有りなんだこういうスタイルも!」と思ったに違いない。
日本選手団代表を肩車して世界各国の選手が入場したショックは強烈だった。

  この事実は相当なカルチャーショックを日本人全体に与えたと思っている。それまでの「きちんとした式典ではきちんとするのが当たり前」を頑なに信じて守るのではなく、「世界は一体どうなんだ?」「日本と云う国は世界と比べてオカシイ事、恥ずかしい事を知らず知らずに進めているのでは?」と思い始めたきっかけになった一種、幕末の浦賀に来た黒船の様な存在が東京オリンピックだったような気がする。

 同時に選手村のレストランの食事が非常に好評で、日本人の味覚が世界でもトップレベルに在る事を各国から参加したメディア・マスコミが報道する事で、東京オリンピック終了後、フランスのパリやアメリカのニューヨークへシェフの修行に出かけた日本人が結構いた事を後になって知った。

 私の恩人の一人で、日本におけるウインドサーフィン創生期の影の主役に中嶋一男氏と云うのが居る。この日本男子は横浜のニューグランドホテルに、何も説明せず彼女を残し、早朝大桟橋からナホトカ航路でロシアに渡り、最終的に英国にたどり着きジャガイモの皮剝き担当の仕事から始めて出世し、普通では有り得ない貴族や重要人物の食卓のサービス係までになった人間だ。身分・階級制度の厳しい英国ではジャガイモの皮剝きは何歳になってもジャガイモの皮剝きで、上手くなったから今度はサラダのシェフを担当できる、というような仕組みにはなっていないという。だからこそThe Beatlesが英国で成功し、MBE勲章を授かり準貴族に列せられると云う事が大きなニュースになる訳だ。
 
 この中嶋氏は考えた。「どうやったら上へ上がれるのだろう?」階級制度ガチガチの英国でこういう発想をし、実践してしまう向上心と思い切りの良さには、知り合った1980年当時強い刺激と影響を受けた。これは今でも変わっていない。で、彼は同僚や上司にどうやったらステップアップできるのだと訊いたという。帰ってきた言葉が「何か技を持っているのなら見せてみろ!=中嶋氏原文」と言われ、キャベツの葉を束ねて丸め、見事に千切りをして見せたという。
 海外では、特に西欧ではこういった器用な人間があまり居ないためだろう、我々日本人が考えるよりはるかに高い評価を貰えるし、驚かれる事が多いようだ。もちろん中嶋氏自身が相当器用である事は、フライフィッシングのフライ=毛バリを自分で巻いてしまう事などからも良く知っている。
自分で鳥の羽根を巻いてフライを造り天然の川魚を狙うフィッシング。海外ではゴルフと並んで知的スポーツの典型でライセンスも必要だという。

 このキャベツ千切り実演で、彼はいきなりサラダシェフ担当へ格上げされ、その後発想や発言にインテリジェンスが在ると云う事で、貴族階級や知識階級が並ぶディナー食卓のサービス係になったという。きっと英国の貴族が「こういう場合日本人はどうするのだ?」などと云う質問に小気味良く英国流のウィットに富んだ答えをしたのだろう。

この英国人の好むウィット・・と言うのはなかなか日本人には理解しがたい事だと思う。単純な皮肉でも悪意のある嫌味でもなく、小気味良くて知性に溢れた、それでいて反骨精神とプライドを含んだ頭の良い人にしか理解できない言い回しとでも言おうか。英国流の褒め方に「Good!=いいね!」と言わずに「Not bad!悪くないね!」と云うのに少し近いかもしれない?

 あのThe Beatlesが招待され出演したロイヤル・パフォーマンス・ショーで3曲演奏した後、ジョン・レノンが4曲目のツゥィスト・アンド・シャウトの説明に入るとき「最後の曲に成りました。この曲は皆さまにもご協力頂きたいと思います。安い席にお座りの方々は手拍子を!高いお席にお座りの高貴な方々は身に御飾りの宝石類をジャラジャラさせて頂けますか?」とやって大受けし拍手が鳴りやまなかったという。
王室招待のバラエティショウ出演時のジョン・レノン YouTube より

https://www.youtube.com/watch?v=KmWR-WvOOnc (YouTube・期間限定リンク)

話が全然飛んでしまったが、東京オリンピックの閉会式以降、日本人が世界のインターナショナル・スタンダードに目覚めたのではないかと思う・・・という内容が1か月ぶりに再開する「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」の第40話のメインと成る訳だ。