2020年11月22日日曜日

流水型ダムを造っただけでは球磨川流域の災害は決して無くならない。 Even if a running water type dam is built, the disaster in the Kuma River basin will never disappear.

  昨日もこのブログで述べた通り、熊本県の蒲島知事が洪水災害から半年もたたずに10年前の決定を覆して流水型ダム建設を申請したが、あまりにせっかちな判断ではないだろうか?裏で何が進んでいるか、想像してしまうほどの速さだ。まるで出来レースの様に。

 一昨日のNHKの「時論公論」でもフリップで盛んに説明していたが、球磨川流域の人々(政治家・行政マン・住民・メディア関係者)はダムの治水能力を過大評価をし過ぎだと思う。 被害に遭って不安でたまらない地元の人たちにとってみれば天孫降臨、祈祷師のような存在のダムなのだろうが、政治に癒着した御用知識人以外の多くの専門家たちはダムに頼りすぎる地元へ警鐘を鳴らしている。ダムは出来ても人吉・球磨エリアで洪水はこの先も必ず起きるのだ。

 この内容をもっと一般の人々に広めなければいけないのに、メディアにおいても行政の周知活動においてもその動きはまだない。

 7月4日の午前1時の降雨帯をよく見て欲しい、川辺川上流部に線状降水帯は掛かっていないのだ。こういったデータを詳しく検証もせず国交省の発表したメッセージのみで今回の蒲島知事の流水型ダム要請まで進んだ一連の動きを筆者は訝しむ限りだ。

 少なくとも球磨川が過去の洪水で土砂を運んで形成された狭い平地には、この先は住んでは行けないし、もう物理的に住めないと認識すべきだろう。どうしても今までと同じ場所に住みたいのであれば高いリスクは自分自身で負わねばならず、要は命がけという事だ。時代は変わったのだ、自然が変わったのだ。

 自分達でリスクを負って自己回避の努力をせずに、生活は今の場所で今までの様に過ごしたい、国や市など自治体にお願いして、なんとか洪水だけを食い止めて欲しい、それが行政のやる仕事だろう?と思うのは、あまりに虫が良すぎる話だと思う。

 国交省もきちんと住民説明会を行い、はっきりとした原因は未だ判っていないが30年前とは地球環境が大きく変わり、気候変動が起こり、今までのダムや堤防強化などの方法では今の球磨川の洪水は防ぎようがない事を認識させるべきではないのか?

 そうして今回浸水の激しかった流域の住む場所は、今や相当危険なエリアに成ってしまったのだという「事実認識」を国民の税金を使って何か物を造る前に、まず流域の人々に啓蒙するべきではないだろうか?

 これは地盤沈下で東京の下町が相当危険なゼロメートル地帯になった事や、三陸沿岸が日本海溝の地震の影響で津波被害を受けやすくなってしまったのと一緒で、人間の力ではどうしようもなくなった事と同じだとの説明をきちんと行うべきだと思うのだ。

 ダム云々の前に、その辺りを強く街づくりに反映し、洪水ハザードマップをきちんと作成し直し住民全員に認知させ、ハザードマップの最大浸水エリアには3階建て以上の建造物以外建設禁止にするなど規制や条例で街づくりのやり直しを行うべきではないだろうか?

 更には洪水時には各町内のだれがどのビルへ避難するか、事前に決めておいて訓練を欠かさぬことだ。とてもではないが、そういう事前の準備対策が今まで人吉球磨エリアで充分に行われていたとは到底思えない。

 間違っても「ダムさえ出来ればもう安心!」などと思わぬよう地元自治体は住民一人一人への啓蒙徹底、具体的な洪水対策の具現化を行う必要があろう。精神的な美辞麗句の復興意思表示・挨拶宣言ではなく、具体的・箇条書きの確認文書をこの際発表すべきではないだろうか?

 そのうえで、洪水から我が家と我が身を守る意味で、高台へ一家で移住するか今回最大浸水レベルの上に充分値するだけの高い建造物に建て替えるか、結論を先延ばしにせず決断をすること。来年も梅雨時の末期には今年と同じ事が充分起こり得るのだから。

 役所・自治体はそのために出来得る限りの便宜を図る事が重要ではないだろうか。その実例は羽越水害から見事復活した山形県などの実例を参考にすることなどが重要だろう。頭を下げてでも教えを乞うべきではないだろうか?如何だろう。