2015年6月19日金曜日

「団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #113.」 ヴァン ヂャケットの社内エピソード、ヴァン・ファミリーセール。

 いつ頃から始まったのか良く判らないが、クリスマスプレゼントというノリでVAN社員の家族・関係者・得意先関連の上顧客を対象に、1973年4月に筆者が入社するはるか以前から限定招待・ファミリーバーゲンセールを行っていたらしい。初めの頃はクリスマスプレゼントのイメージを強調する為サンタクロースの衣装を着て会場を回った社員が居たという事だ。まさか石津社長ではないとは思うが、「遊び」のノリで世の中的には非常に羨ましがられた催事だったという事だ。
 当然招待券はプラチナペーパーと化し、売買されたりプレミアムが付いたと言う伝説があるようだ。筆者も入社が決まった1972年の12月、招待券を貰って朝早くから北の丸公園の科学技術館に並んだ覚えがあるが、物凄い列だった。

12月21日が金曜日なのは1973年だから、此の招待状は1973年の物だろう。


 此れが毎年の暮れ恒例の催事になったのは1971年あたりからだったようだ。本来は当初一回限りの予定で実施したものの、予想外の売り上げ数字に管理部門が驚いて「此れを放っておくのは勿体無い・・!」とばかりに翌年の売り上げ予測に確率度Aランクで入れてしまったのだろう。数値だけしか見えない管理・係数管理部門に良くある話だ。結局売れるから止められなくなってどうしたか。商品量を増やし、招待券の配布枚数も増やし、開催日程も増やしたのだ。
 そうなるとどうなるか?もう現場は大変な状態になる。非現業のほぼ全社員が会場の北の丸公園にある科学技術館・現場に借り出され、販売促進部員など当然最前線で連日運営管理に寝る暇も無かった。だんだん大掛かりになるにしたがって、更には売り上げが行き詰ってからは本番前の値札付けなどの倉庫作業にまで借り出される様に成った。

 このVANファミリーセールでは色々な事件が起きた。何年目かにはスタッフ社員に配られた昼食の弁当で食中毒が発生、数人が救急車で運ばれたりした。同じ昼食弁当を2個も完食して何とも無い筆者のような者が居る一方で、可哀相に入院した者も居たようだ。
科学技術館がアパレル会社のバーゲン会場になるとは当時理解し難かった。

 そういったスタッフ側、主催者側の問題より重大な問題が現場で起きたのだった。ある年、会場警備係の担当になり、迷子や落し物を探して会場を巡回していた時、お客様のオバサンたちが会場の隅で座って輪になってワイワイ言いながら選んだ商品を確かめている場に遭遇した。皆で手にした商品の最終決定をしているのかと思って遠巻きに観ていた。
 しかし各人どうも1つの商品に妙に集中するので、何かと思って良く観察をしてみたら、何と値札を安い物に付け替えているのだった。ただでさえ相当安い価格でサービスしている商品の値札を更に安い別の商品の物とせっせと付け替えているのだった。8人ぐらいの丸い輪で全員が同じ事をしていた。勿論違反行為だし刑事告訴すれば本当に手が後ろに回る事になる。完全に悪いと判っていての確信犯だ。大バーゲンの熱気の中で「赤信号、皆で渡れば怖くない!」のノリでやっているのだろう。ヴァン ヂャケットも舐められたものだ。

 またある時、靴の売り場でVANリーガル等の人気商品山積みの平台(商品陳列台)が定位置からズレているので元に戻そうと動かしたら、平台の下から汚い靴が2~30足も出てきた事があった。要はその場でサイズ合わせをする振りをしてそのまま未払いの商品を履いて帰ってしまっているのだった。またある時には中学生もしくは小学生高学年の子供がスイングトップ・ジャンパーを着てきたジャンパーの下に重ね着をしてそのまま帰ってしまおうとした所をレジの女子社員が気が付いた事もあった。つまり、自動的に好きな物だけ買い物袋に入れてレジに持っていくだけの単純なシステムだった為起きた事だった。「VANファミリー」としてのお客様をあまりに信用しすぎたのと、売り場を全然監視しなかった事により起きた「集団出来心」的な不正の数々だった。

 そこで、こういった不正や万引き行為を防止する必要が有ると本部に報告したら、すぐさま専門チームが編成される事になり、提案者の筆者がその責任を任されたのだった。
 そこで、アイスホッケー部のメンバーを中心に2班を作り、持ち場を決めて巡回する事にした。もうこの際の業務遂行については後で色々な人から言われてしまった。「あの時のシンジョーさんは物凄い形相で怖かった。」「似ている奴が居るなー、とは思ったがまさかシンジョーだとは思わなかった。アイスホッケーの試合中みたいだったよ!」など色々言われてしまった。余程不正摘発に燃えて正義感を高ぶらせていたのだと自己推察する。

 調べ始めたら色々な場面に遭遇した。中学生ぐらいの子がやたらと胴体が太っているのでおかしいと思いレジから出た後も尾行してみた。科学技術館の敷地の端にある公衆便所に入ったので一緒に入り用を足す振りをした。そうしたら仲間が待っていて、彼の着ているジャンパーの中からボロボロと同じ紺色のVANスウィングトップが丸められたまま出てきた。全部で8個もあったのだ。直ぐに元どうりに納めさせ、そのまま本部に連行した。 またあるときは大柄の詰襟学生服を着た青年2名が真新しいステンカラーコートを着て妙に早足で並んで会場を移動している。何かおかしいと思ったらKentのコート裾の仕付け糸がバッテンのまま付いているではないか!そのまま2名で連れ立ってレジを抜けたので、もう一人の見回り隊員と一緒に声を掛けて本部に連行した。そうしたら何と同じコートを2枚重ね着していた。連行の途中に係りの一人が振り払われ転倒し、筆者もグーで強烈な一発を食らってしまった。それで逃げようとするので、思わず一人に飛び掛りタックルして駐車場に倒し、急所を握って押さえ込み静かにさせ、駐車場係に大声で「頼む!万引きだ、そいつ!」と逃げるもう一人を指した。そうしたら駐車場の担当はアメリカンフットボール・ヴァンガーズの強力な面々だった。アッと言う間にその万引きを取り押さえて一緒に本部に連行した。連行して驚いたのはその2名が武道でもバンカラでも超有名な世田谷に在る大学の空手部員だった事だ。
 翌朝見事に青タンの出来た顔を見て社員に言われた「隊長!リンクの外では程々にね?」全員が既に昨日の武勇伝を知っていたのだ。
会場内の熱気は半端ではなかった。

 しかし本部はアッと言う間に不正を働いた入場者で満杯になり、まるで留置場の様に成ってしまった。管轄の麹町署のパトカーが4台も駆けつけて大騒ぎになったが、「このような出来心を起こすような販売方法を採ったVANさんのほうもいけない」と逆に指導を受けてしまった。
「じゃあ、状況がそうであれば万引きや盗みは不問にされるのか?」と周りを囲んだ社員達のクレームに対し返答は「勿論盗みは悪い、今回の件はすべて調書は取る!VANさんが被害届を出し窃盗者を訴えるんであれば受理しないでもない・・・。」という事だった。 残念ながらせっかく現場を捕まえたのにトップの判断で不問にする事になってしまった。しかし2時間も3時間も本部の厳重な監視の下に警察の来るのを待たされ、写真も撮られ恥ずかしい思いをした人々の口コミ効果は非常に強力で、翌日以降万引きや不正は激減したのだった。

 むしろ、北の丸公園の科学技術館現場に到着するはずの商品満載の荷物車を、某幹部社員が経営する郊外の自分のお店に配達させて横取りしたなどという話も出て(噂の域を出ないが)1976年以降は毎回大混乱だった様だ。