2026年1月31日土曜日

生成AIに人間が惑わされない為の方法幾つか・・・。 Some ways to prevent humans from being misled by generative AI...

  サラリーマン川柳など俳句・川柳、言葉のコンテストが生成AIに荒らされ始めているというNHKのニュース報道があった。

昨年のサラリーマン川柳の結果、既に生成AIがらみがトップだ。
※No.1⇒ Asking AI how to use AI.

 最近は応募された句や川柳の一定数が生成AI利用で作られたものだという。その作品の評価に過去応募の作品一覧+Ai精査に合わせて200人もの俳人とAI(コンピューター)人力選別で行っているという。大騒ぎになっている様だ。

生成AIうんぬんのボリュームゾーンは50歳代までのようだ

 今ですらこんな状態だもの、今後も生成AI使用の応募・投稿作品は減る訳が無い。自宅で生成AI使用の上、ネットで応募できたり郵送で応募できたりするからこういう事が起きるのだろう?

 この流れを正常に戻すには、平安時代の俳会ではないが「生の現場=会場」でスマホなどを使用させず本人だけ参加させ、一同が会した俳会場で初めてその日のお題を出し、その場で手書きで俳句なり川柳を書かせれば良いんじゃないのだろうか?

 絵画も生画材で書き上げたものに限定し、彫刻も3Dプリンター部門を新たに設けるなどAIがらみのセクションを独立させないと、審査が不可能になるような気がする。

 生の人間の脳力だけで作り上げられたアートと、万人のアイディアを集約して良い所だけをパクって加味したアートを同次元・並列で並べたものを正しく公平に審査できる人間など居やしまい?

 昔、教育ママや教育パパが子供の夏休みの工作宿題を手伝って代わりに造ってしまい良い点を貰うのと大差ないだろう?企画や発案に生成AIを頼り過ぎると本来人間そのものが備え持っているクリエイティブ力を廃れさせる事に成ると思う。元々無いからこそ生成AIに頼るのか?しかし、それじゃあまりにプライドも無ければ自信も無いって事の裏返しでは? 

 いわゆる表彰を伴うコンテストなるものは絵画、写真、書道、俳句 華道、学術論文、企画アイディアいずれもそのコンテストを主催している団体(時に学会)に属しているクラブ組織、教室から出品されることが殆どで、フリーの無所属応募などは非常に少ないのが実情。 

 たとえアートでなくて学会などにおける論文評価の優劣も同じだ。学会というのは大学などの教育機関中心に同じ志向人が集まる世界で非常に狭い「権威主義の小宇宙」と言って良い。その狭い権威主義の世界内で表彰されても、あくまで学会という限られた頭脳集団世界のメンバー内での相互褒めそやしだ。学会から一歩外へ出たら「何?その賞って・・。」で終わってしまう。

 ある意味仲間内のゴルフコンペの賞と変わらない。

 本当に影響力を持ち実力のある者はこういったコンテストで表彰されたいとはあまり思わないらしい。鉄道写真や野鳥写真といった人気の写真ジャンルでも、筆者が知っている優れた写真を撮る人にどこそこのコンテストで賞を貰ったなどと誇る人を聞いた事が無い。

 既に今は野鳥にしろ景色にしろ公募コンテストなどで評価する審査員(勿論プロカメラマン)よりはるかに素晴らしい写真を撮っている人が山ほど居る時代だ。

 各人SNS(Facebookやインスタ、X)に投稿して沢山の「いいね!」を貰う方が現代においてのコンテスト(友達の数にもよるが)だし「名誉」なのだという。 

 一般的にコンテスト主催者団体なり組織は、当然そのグループの発展継続を願うから、そのコンテストに参加してくれているクラブ組織・教室から毎回必ず幾人かの入選者を選出することになっている。いわゆる「お約束」だ。

 時には、コンテスト主催者への上納金や勤労奉仕(展覧会の設営・撤去・運営)などマンパワー提供の程度で素晴らしい「お約束」が待っていたりする。

 入選者を出すことで出展者のインセンティブ(やる気活性化)に繋がるし、教室への入会者促進にもなる。世の中のコンテスト・ビジネスはこうして回っているのだ。

 長年広告代理店でイベント関係に携わっていると、こういうコンテスト・応募世界の裏側を全部知ってしまう。だから筆者は写真コンテストになど一度も参加・応募したことが無い。


 こういった世の中の普通では表に出ない「裏常識」の中で生成AIの力を借りて人より優れた作品で参加することが今後の人間「生クリエイティブ」の世界が相当変わるだろうことを筆者は危惧している。

 2年前、ドイツの写真コンテストで生成AI使用の作品が最優秀賞獲得し、その作者が正直に「生成AI使用しました」と公表。大騒ぎに成った事を覚えているだろうか?

https://hypebeast.com/jp/2023/4/boris-eldagsen-ai-sony-world-photography-awards

 この時は最優秀賞に輝いたボリス・エルダグセン氏は予想もしなかった受賞を辞退したが、それ以降のクリエーターで同じことをして公表せずに入賞して受賞した人が何人いただろうか?

 このジャンルに関しては今後相当議論されると思う。初めて人間の心臓移植がなされたときやクローンの羊が誕生した際と同じだと・・・。

 しかし筆者が懸念するのは・・・。

 クリエーターにとっては己のアイディア不足、スキル・力量不足を生成AIに頼りはじめたらもう止められないだろうと思う次第?便利で楽になるものに人間は無条件にしかも異様に頼ってしまう。

 車、スマホ、ドラッグ・・・すべて楽になった挙句人間は色々な面で退化している。

 ① 日常を便利な「車」使用で生活し始めて歩かなくなり、歩行機能が退化し寝たきり老人が爆増した。地方においては要所を走る「鉄道」を地元民が利用せず、車で生活し赤字路線が激増!その一方で自然災害で喪失した鉄道の普及を「なつかしさ+観光資源」だからと鉄道会社の損益など考えず当然の権利のように声高に訴える住民エゴの嵐。

 ② 年がら年中スマホを手放せないスマホジャンキーになった挙句、方向音痴、ストレートネック、猫背、ドライアイ、記憶力低下、スマホ認知症が激増しているという。海外ではヨーロッパ中心に若年層のスマホ、SNS利用規制が始まっている。まともな有識者たちがやっと危機感を感じ始めたのだろう。

 ③ 取り締まっても後を絶たない違法ドラッグと警察のいたちごっこ!人間とは本当に「楽」を求め、努力をしたがらない「怠け者集団」なのだ。だからこそストイックに努力を続け正しい人の道を追求し続けるドジャースの大谷選手に憧れ称賛するのだろう?自分じゃできないお手本だから・・・。

 生成AIの問題だけではなかったが、スマホというモバイル端末とSNSのおかげでテレビ・新聞といったオールドメディアが消滅しかかっている現在、世の中の仕組み・常識が急速に変わりつつある事をご紹介してみた。

 筆者が撮影したカワセミの生画像をAIに提示し画像のプロンプトを作成させ、再び新たに生成AIに画像を作成させたら翼が全然違う角度になり、咥えた獲物の咥え方がデタラメだったりした。

筆者撮影の生写真「餌を咥えて巣に運ぶカワセミ」

上の画像をAIに見せ同じものを再現するためのプロンプトを作らせ、出て来た画像。

 生成AIはまだこのレベルなのだ。決して万能ではない。「ゆとり教育」などといういい加減な教育を行った時代、円周率を3.14ではなく3で良いんだと教えた。円周率が3ではロケットは月へ行かない。今の生成AIの精度はいわばそういう状態なのだ。

 生成AIも全世界からデータや画像を集め無償で版権を無視してパクっているのだが、まだまだ完成の域に達するには相当時間がかかると踏んだ。EV電気自動車や自動運転自動車と同じように寒冷地でバッテリー喪失、高温でコンピュータ暴走・制御不能など死に至るトラブルで大騒ぎに成るような気がする。

 便利だからと何重にも細かいチェックと安全性を怠ると人類は滅亡にまっしぐらではないだろうか? しばらくはその進化のスピードを恐れつつ、注視しなければならないと思う。