勿論、今とは違ってフィルムの時代なのでポジフィルムのスライドの状態で残っている。マウントされたものもあれば、6カットずつスリーブに入ったまま残っているモノもある。
つまり、ほぼ35~40年近く段ボール箱に入ったまま記録写真を個人で保存していた訳だ。
しかし、筆者も古希70歳を越え、今までの仕事の記録や撮影の記録を何とか残そうと考え始めているので、CanonのPHOTOPRESSOでウインドの写真集を試作してみようと思ったのだ。昨年作った写真集「日光・奥日光戦場ヶ原の野鳥」「東京/三鷹市 野川流域の野鳥たち」と同じ発注先で、オフセット印刷で500冊以上を印刷する前の試作版だ。したがって20冊程度しか作らない。
サイズが少し小さい縦型の本で、表紙を入れても40ページに収まる小型版だ。プロの写真家ではないので、ちょうど良い大きさだと考えている。本来は70年代から尊敬している佐藤秀明さんが角川文庫の片岡義男さんのシリーズで散々ハワイの写真を発表した文庫本サイズで作りたかった。しかしCanonのPHOTOPRESSOには無いので今回の182mm×128mmのB6サイズに収まったという訳だ。
出来上がって来てから、また週末に各ページの解説などしてみようとは思うが、取りあえずはハイライト覗き見という事で一部をご覧頂ければ嬉しい。
今ヤマセミを追いかけている筆者が、35年前は仕事のついでに、何とこんな写真を撮影していたのだと言うご紹介。
どういう表紙廻りになるのかまだ判らないが、Canonにお任せだ。
マウイのフキーパでのフロム エーの大会は非常に印象深いものがある。ただしこれはダイアモンドヘッドの大会。
何といっても、ロビー・ナッシュのジャンプには撮影していて震えた。
大波が入った時のフキーパの撮影ほど忙しい事は無かった。
今の様にジェットスキーで沖から引っ張って桁外れの大波に乗るような事はしなかった。
既にレジェンドだったマイク・ウォルツと新進気鋭のマーク・アングロのマウイ勢同士の一騎打ちは今でも伝説になっている。その二人の闘いを一つのフレームに入れられたのは奇跡に近かった。
仕事の合間や、プライベートで行った際に自分でも何度もウインドを楽しんだマウイ島のカナハビーチでは、当時ウインドサーフィンをしていた俳優の藤 竜也が、海から戻って来ては木陰で地味にタバコを吸っている姿を幾度か見かけた。
仕事柄、関わったウインドサーフィン・コンテストのポスターやT-シャツは殆ど現存している。中には一時プロのウインドサーファーだった画家クリスチャン・リース・ラッセンの描いた大会ポスターやT-シャツなどもある。
この写真集には筆者自身が乗っている画像も1カットだけ掲載した。自分が撮影していないカットはこれ1カットだけ、後は全て筆者撮影。当時の広告代理店のクライアント、ウインドサーフィン・ジャパンのカタログ用の空撮カットだ。撮影者は伝説のカメラマン、スティーブ・ウイルキンス氏。色々な意味で、筆者のお師匠さん。
当時のスーパースター、マイク・ウォルツとマット・シュワイツァーと一緒にカッ飛んでいるシーンだ。仕事でハワイに行って、仕事でウインドサーフィンに乗るという信じられない時代の産物だろう。
プロたちに頼まれて遊びタイムのモトクロスバイク撮影にも付き合った。結構命がけの撮影だったが勢いで撮影出来た様だ。
こういった、普通ではなかなか体験できない世界の引き出し・想い出があるのは、本当に恵まれていると思う、感謝。