2022年9月11日日曜日

団塊世代は広告代理店常識のいい加減さを良く知っている。 Baby boomers are well aware of the sloppiness of the common sense of advertising agencies.

  昨日の大手広告代理店若手営業の本社ロビーにおけるキックバック発言によって、広告代理店の世界は大体想像できたと思う。

 筆者が大手広告代理店に転職した1984年、最初に同僚になったメンバーからもらったのが、社員が制作した「最近広告業界ウラ事情」というアングラ冊子だった。今でも大切に保存している。

 これには広告代理店業界の裏事情、一般常識が辞書・あるいは図鑑の様に網羅されていた。今なら相当なお宝だろう。この小冊子(と言っても60ページ以上ある)でどれだけの映画やTVドラマの脚本が書けるだろうか?

 当時はホイチョイ・プロダクションの「気まぐれコンセプト」という週刊ビッグコミック スピリッツで連載されていた漫画が人気のピークで、広告代理店という業界が良い意味でも悪い意味でも丸裸にされた時代。

 ある意味横文字の職種が並ぶ誰もが入りたいと思うカッコいい業界・職業でもある一方で、決め事や約束、会議時間、何に関してもいい加減・ファジーな人種の集まり・・と言った意味から「士・農・工・商・代理店」と蔑まされる一面もあった。

 金融、製造業や流通業種のような「地に足の着いた堅実な職種」ではなく、すべてが他企業・他人の代理が生業であるため「行き詰まるとすぐに逃げる無責任な業務姿勢」「根無し草」「西部劇の転がり草」の様だとも言われた。

 一方で、提案事は大好きで新しい言葉と共に「生き方提案・モノづくり提案」を生み出したりするのは得意中の得意。目立ち、一時的にブームに成りメディアの話題になる場合(たいがい裏で仕込んでいた)もあったが、具体的に一企業にとっての社運を変えるような画期的な製品に結び付いたケースは非常に少なかった。

 これは、青山のアパレル企業ヴァン ヂャケット(=VAN)宣伝販促や、外資の女性アンダーウエア企業(=トリンプ宣伝部)を経験してきた筆者からしてみると、転職して1年も経たないうちにその社内実態を知って「さもありなん」と思ったものだった。

 1984年当時タイムカードが在ったか否か定かではないが、1か月の残業時間が500時間もあったツワモノ(筆者の後輩だった)がいた。当時つくば万博で現場に入り浸っていたり、徹夜が続いたからかもしれないが、今なら大騒ぎだろう。

 此処に、2015年6月28日付のこのヤマセミブログに、VAN社員だった頃マーケティング局販売促進部員として、冷夏が続き暗雲が垂れ込めていたアパレル企業VANの行く末を心配し大手広告代理店博報堂を頼りにして大失敗した時の過去ログがある。製造業のマーケ局員と広告代理店のマーケ担当者の違いが出ているように思う。ご参考。

https://yamasemiweb.blogspot.com/2015/06/blog-post_28.html 

 VAN時代にしろ、トリンプ時代にしろ、2つの企業で宣伝販促担当だった筆者は、なぜか偶然博報堂に色々な事を頼んでいた。担当者もしっかり覚えている、名刺も取ってある。

 今考えると奇妙なご縁で1984年1月1日付でその博報堂に転職したのだが、実は当初電通のスポーツ文化局(当時)に入ることが決まっていた。

 担当は西郷部長さんという躯体のしっかりした方で、西郷隆盛末裔とも言われていたがそうではない様だ。大学が横国サッカー部で国体レベルだというのでキリンのサッカーイベントを担当させられるという話で決まっていた。

 実は今過去のページをめくってみるとTOKYO2020で逮捕された高橋治之容疑者が行くはずだった電通のその部署に居たのだから、世の中は一体どうなっているのか?

 自分の広告代理職歴を述べても何の得にもならないので、広告代理店という世界のいい加減さが具体的に判る実話をご紹介。あくまで筆者、博報堂を退職後の実話だ。

 2012年名古屋のセントレア国際空港で「2012年国際航空宇宙展」を特別プロデューサーとして経産省・国交省の元官僚がトップを占める航空宇宙工業団体の一大イベントを4年間勤務しながらプロデュースした。結果は近年まれにみる大成功だった。


既に博報堂は卒業していたが、現役同等のパワーで活動した。

 この際、長い事博報堂で仕事を一緒してきた(筆者が直接頼んだ事は無かった)プロダクションに現場の一部運営などをお願いしたのだが、その仕事ぶり(最低のクオリティで大失敗だった)と予算管理、請求見積もりを見て呆れてしまった。大手に居ると見えない部分が多々ある事を知ったのだった。外注管理部門の重要性をつくづく感じた。

 で、このプロダクション、

 使ったレンタカーの料金は請求価格が実際メニューの倍、されにそれに営業管理費を乗せて請求金額を出す・・。交通実費など調べればすぐに判るのをさも当然のように倍付して請求する。企画費やプロデュース費など物差しが無い、内容によっていくらでも相談できる項目ではなく実費まで倍にして平気で請求する体質が広告代理店の体質なのだろう。

 請求を受け付ける団体の部長さんが「これはあまりに高すぎでしょ?実際価格表が此処にあるけれど実費は実費でしか受けられませんね?何で実費二倍の上乗せなんかするの?」と諭すと「わが社はずーっと広告業界ではこれでやらせていただいて来ておりますが・・。」と、さも当然のように説明したという。

例えばトヨタレンタカー、調べれば誰でも相場は判る。

 一般的なイベント経費とはずいぶん違うボッタくりの費用請求をしたようだ。‥ようだ、というのは、該当プロダクションは筆者が紹介して仕事を頼んだのだが、清算業務は半官半民の団体窓口の部長さんがその業界・世界のルールに則って行うので、プロデューサーは関われないのだ。

 プロダクション担当者、今までの大手代理店へのナアナアの請求・説明が通ると思ったのだろう。半官半民の団体の催事実施は税金が入るので、そう簡単ではない。

 勿論筆者は高橋容疑者の様に袖の下だのわいろに当たる金品など貰っていないし、酒を一切飲めない筆者は、生まれてこの方接待の類を受けたためしがない。

 ゴルフもしないし、マージャンも出来ないからやりにくい相手だったろうと思う。ウインドサーフィンやスノーボードで接待受ければ腰が砕けていたかもしれないが・・・。


 今から10年前の催事でも最近のサイトに出ている指標の2倍以上は請求していたと思う。勿論通らなかったのではないだろうか?

 最終得意先でもすぐに判る「ボッタくり」。すべてとは言わぬが、今回のTOKYO2020スキャンダルの原点はこういった部分の積み上げではないだろか?
 今日のブログの一番の投稿狙いはこの点一つに存在する。

 筆者は別に決してガチガチの宗教家(真面目な宗教)のような堅物ではないが、学生の頃子母澤寛の「勝海舟」を読んで理不尽な賄賂や袖の下は貰うまいと心に決めたことがあった。

 勝海舟が大砲を製造するお役目を司った際、職人から当然のように袖の下を申し出され「こんな金何処から作るんだ?」と訊き「大砲鋳造の銅の割合を減らし余剰金を出すのだ・・。」と聞かされた。「それで大砲に不具合が生じたらどうする!」とそれを聞いた海舟烈火のごとく怒り、「この金で元通りの調合に戻せ」と賄賂を突っ返した・・という。仕事に関しては非常に真面目だったのだ。

 細かくは書かぬが、全国地場産業展をやって余剰金が出たので担当者で一人30万円以上を分けるという話が社内で出たことがあった。予定した利益以上の利益が出たら関係者で分けて良いのだという。勿論そんなもの断わったが押し付けられた。で、結局旅行券にしてプロジェクトの外注スタッフの出張の足しにしたことがあった。もう30年以上前の話だが・・。

 当時は仕事をお願いするとお金や接待以外、ノートパソコンやカメラレンズを提供すると申し出るプロダクションが軒並みだった。これも広告代理店の一般的常識、実態なのだ。今どうかは知らないが・・・。

 此処にプロダクションなどに頼む際の指標となるサイトが有ったのでご紹介。決してこの通りとは言わぬが、これの2倍3倍の提示はどこかおかしいと思って間違いない。

https://imitsu.jp/cost/event-planning/ 

 いつかまた、この手の「・・・じつは!」という広告代理店ウラ実話をアップしてみたい。