2019年6月8日土曜日

ネガやポジフィルムのスキャナーは団塊世代にとってタイムマシーンなのだ。 A negative or positive film scanner is a time machine for baby boomers.

 昨今、その行動範囲の広さや制作姿勢に感銘を受けている佐藤秀明さんや立木義浩さんの写真展を観るにつけ、モノクロ写真の持つ世界の「良さ・凄さ」が、「金鳥の虫コナーズ」のコマーシャルではないが、グググーッと迫って来るのを感ずる筆者なのだ。

 写真撮影が趣味の御仁たち(団塊世代に異常に多い)が論ずる「ミラーレスが凄いらしいなどという各社のカメラ比較論」、あるいは中途半端な聞きかじり知識で「やはりRAW現像じゃなきゃ・・。」などと知ったかぶりをする「写真知識・意識高い系」のアマチュアカメラマン。

 身近にも数人いるそういう方々が「やはりモノクロは良いよね?」と言っているのには、今までまともに取り合った事は無かった。写真愛好家のお仲間で流行りだからだろう?くらいにしか思わなかった。

 フィルムの時代には写真撮影など記念撮影以外殆どした事が無く、デジタルの時代になって写真の世界に入ったのに「やはり銀塩の味は良いよなー?」だの知ったような事を宣う方々に「何故そう思うのか?具体的に説明してみて?」と問うとたいがい口を閉じてしまう。

 筆者は此処15年以上ヤマセミという出遭い難い野鳥の生態研究の為、記録画像として写真撮影を行っている。勿論フィルム時代の昔から仕事上の必要性で,非芸術的写真撮影はしていたが、きちんと撮影手法や写真技術、カメラの基本に関しては学んだことが無かった。完全自己体験流で今日まで来てしまった。

 しかし、いくらヤマセミがモノクロ・カラーの野鳥とは言え、モノクロフィルムで撮影・現像・検証するほどの時間もお金もない。筆者にとってはPCで即検証精査できるデジタル一眼レフカメラのフルサイズ判が、一番効率的にも学術的にも適した機材なのだ。学術的な証拠画像はカラーの方が情報量が多く、その生態環境含めて色々精査しやすい。例えばその日の川の水の色が澄んでいるか?大雨で濁っているか?などモノクロ画像ではどうしようもない。

 したがって、一般のアマチュアカメラマン、野鳥写真撮影愛好家の方々とはちょっと「写真撮影」という事に関しては違う世界に居ると思っている。しかし、これは決して良い悪いの問題ではない。

 たとえが極端かもしれないが、到達目的地が火星と沖縄と江の島など、それぞれ違う場合、使用する交通手段が違うというのと同じ・・・というのに近いかもしれない。

 で、そういう身近な事情通と自認する写真撮影ファンの人々に「では、具体的に何をどういう風に撮影した時に、デジタルで撮影したモノより銀塩の方が良いと思うのか?」あるいは、「何を撮る際にカラーよりモノクロの方が良いのか?具体的に説明してくれる?」と突っ込んで効くと引いてしまうか黙ってしまった。

 たいがいは色々な機会に聞いたプロの方々のコメント、写真雑誌の記事・解説を「鵜呑み」にして、自分自身で「それがどういう事なのか?」の実証もせず体験もせず、オウム返しの様に聞きかじった知識を述べているだけなのだろうと推察する。

 今回、昔通った横浜の大学で所属した美術専攻科とは違う別の学科の45年振りのクラス会に奇しくも顔を出す事に成った。そこで、その学科の友人達の画像を探すため、その当時撮影した自分のネガの束を見返してみた。そして比較的簡単な安いスキャナーでスキャンしてみた。

 素人の45年前のものだから、プロの方々とは違って数十年間段ボール箱に入れっぱなしといういい加減な保管状態で、表面にはやたらカビやゴミが付いていた。ちゃんとしたクリーナーを買いに行く時間も無いので、白い写真作業用手袋をしながらPCの液晶画面クリーナーで拭き拭きスキャンした。

 そうしたら、自分で撮影した記憶がまったくなかった画像や、撮った後きちんと見返していないシーンが山ほどあることに気が付いた。多分一緒に旅行した友などがシャッターを押したのだろう、当時の自分が写っている画像もいくつか出て来た。

 それを視て、今だからこそ「当時の自分がこんなシーンを撮影していたんだ!」と驚かされる様な画像が幾つか在った。勿論ネオパンSSだのSSSのモノクロフイルムだ。中には写真学科の無い大学の教育学部美術科に無理を言って造ってもらった暗室で自分で現像したものも多い。

 70歳の今になったからこそ、当時の自分が撮影した写真に「今はもう無くなってしまった感性」を見出して懐かしく思えるのか、単に半世紀前の昭和の風景や風俗が珍しいのかは判らない。

 人の表情や、朝市の風景の人の動きなど見るにつけ、これが色あせたカラー写真であったならば、これほど繁々と見て気にする事も無かったように思う。かの大瀧詠一が「君は天然色=Long Vacation収録」という歌を歌ったが歌詞の「♪想い出はモノクローム、色を点けてくれ♪」というくだりは筆者に限って言うならばちょっと違うと思った。

 まだ全部精査していないので、今日はそのうちホンのさわりをご紹介。特に人の表情やその頃の背景が面白いかもしれない。
1970年横浜の大学在学中に、中学・高校と1学年後輩の親友と金沢~高山へ行った際の撮影。その後輩がシャッターを押したのだが、右の女性にピンが合っているのが少々ムカつく。

この小学生3人組の後ろでブルーガイドの金沢案内書を観ているのが後輩。芝生広場に居たこの小学生たちは暇だったのだろうか、望遠レンズを付けたカメラが珍しかったのか「撮って撮って!」という事で20分ほど撮影した。住所を聞いて、帰京後大きく焼いた写真を沢山送った記憶があるが、もう彼女たちも還暦越えだろう。時の流れは恐ろしい。

今の小学生たちとは全然違う生き物のように思える。

 とっても品の良い子達だったので、きっと近所の良家の娘たちなのだろう。きっと良い人生を送っているだろう、ひょっとして今は東京に住んでいるかもしれない。あるいは金沢で歴史ある老舗を守っているのかも?写真というものは人間の想像力を無限に掻き立ててくれる魔法のような気もする。

頼みもしないのに色々なポーズを取ってくれた。

ズームレンズだったのでこういう画像も撮れた。

 これがカラーだったら今のスマホの画像になってしまうし、各カットのような表情は撮れないだろう気がした。
 カットはこの7枚以外無いのでシャッターは7回しか押していないという事だ。今の連写で何枚も撮るという発想が無かった時代の記録だ。

 自分が大学2年生の時にこういう写真を撮っている事が、スキャナーを覗いている時にとても不思議だった。