2014年2月16日日曜日

団塊世代のヤマセミ狂い外伝 #16. 旦過市場は日本一の市場。 I think The Tanga market which located in Kokura is the No1. in Japan.

 この市立中島小学校の校庭南東の端に屋根付の相撲場が在った。小学校自体での相撲大会そのものは観た事が無いが、校庭に相撲の土俵があるのが九州という土地柄なのだと思った。授業が終わった後にも校内に居残っていろいろ遊んだ。或る時放課後遊んでいて有刺鉄線に指が掛かって左手の薬指と小指の付け根を切り裂いた。学校の小遣いさんが慌てて近所の病院に運んでくれて麻酔も無しに5針ほど縫ってくれた、痛かった。町医者だったが経験豊富な名医だったようだ。理由は小倉の街は当時から気の荒い者の集まる場所で刃傷沙汰が多く、傷口の縫合に関しては町医者でも経験豊富な者ばかりだったというから、今考えれば成る程と思う。
 
 父親に良く連れられて旦過橋の市場を経由して魚町銀天街を散歩した。この旦過市場から北へ上がってつい先週火事が在った魚町銀天街に至る界隈は我が父が非常に好んだ散歩コースだ。そう大して長い市場ではない、ちょうど京都の錦小路の半分ほどの長さか。基本的には海産物中心の市場で鯨専門店や「鰯のぬかみそ炊き(=じんだ煮とも言う)」の専門店などが並んでいる。勿論野菜やお惣菜の和風デリカテッセンのようなお店もあるが、それらの店頭の商品の並べ方、つまりディスプレイは非常に手が込んでいて見事なものだ。多分商品陳列の見事さで有名な京都の錦小路などで勉強して来たものが広めたに違いない。しかし実は綺麗な見せ方は旦過市場の方が先だったりするかも。
旦過市場の通路は意外と狭いが、左右に活気のあるお店が並ぶ。

商品展示は金属製のパッドに綺麗に並べられる。昔は木の箱もしくはホーローの器だった。

金属色に光る太刀魚を観られるのもここならではの特徴だ。

果物・野菜類も少量展示に変わってきている。

 このクラスで成績が良くて級長をやっている子に山岸君と云うのがいた。十条製紙の正門前の木造2階建てに住んでいた。この家に良く遊びに行っては我が家では禁止されていた漫画を読み漁った。杉浦茂の「猿飛佐助」の単行本がドロドロンだのデーンだのという擬音と共に変な手の指の型が特に印象に残っている。ちょうど2年生になった頃月刊誌「少年」で連載が始まった「鉄人28号」にも熱中した。団塊世代は皆これを読んで育ったのは間違いない、同期会やクラス会で「鉄人28号ってのは結構色っぽかったんだぞ、知ってるか?お妾さんだっていたんだから。えっ名前?もちろん鉄人2号だよ。」50年が経ってからもこんな会話ができるほどの程のヒーローだった。鉄人28号の似顔絵をうまくかける奴はクラスでヒーローだった。
デンデン、デレーンなどという不思議で個性的な擬音が大好きだった。

今見てもこの杉浦茂の漫画はアートだと思う。

鉄人28号はもっとも好きな漫画の一つだった。

 一方で鉄腕アトムは既に在ったがあまり好きにはなれなかった、これはあくまで好き嫌いの問題だろうと思う。悪戯盛りの自分にとっては聖人君子の様な心を持つアトムより遠隔操作で動く鉄人28号の方が人造ロボット的で好きだったのだろうと思う。それにアトムが10万馬力のジェットエンジンなのに空気の無い宇宙を飛べるのは何故なのかと当時疑っていたが、後に作者が背中に背負ったロケットエンジンで宇宙まで悪人を追わせたので、やはりあれは間違っていたのだと納得した。それ以外にもアトムは火事のさなか人を助けながら人間と同じく煙でむせていたくせに、空気の無い宇宙に出るのに宇宙服を着ないで平気なのはおかしくないか、など鉄腕アトムは不思議な事が多すぎる漫画だった。

 この頃幾つか創刊された月刊少年漫画は異様なまでに付録が多く付いていた。「ぼくら」「少年」「少年ブック」「漫画王」「冒険王」などは地方の温泉旅館の様に豪華な夕食のお皿の数を競うがごとく付録の数や豪華さをアピールした。「豪華7大付録つき」などという言葉にワクワクしたのも覚えている。それが大人になって「豪華14品の海鮮フルコース」だの「当社だけの7大特典付き九州3泊4日の旅行企画」「豪華8スピーカーフル装備のカーステレオ」などの売り込みに弱い団塊世代の下地はこの頃出来上がってしまったのかもしれない。甲高い声のテレビCMで家電商品などを豪華おまけ付きで売り込む商法も実はターゲットは還暦を越えた団塊世代に違いないと視ている。
我が家では買ってもらえなかった月刊少年漫画の数々

  この頃学校の授業に「習字」が有った。海苔巻き用の簾みたいなものに緑色のフェルトの四角い布と墨、硯、文鎮、半紙などをもって行かなければいけないので。いつものランドセルに加えてお習字セットの様なものを持って行く面倒くささがいつまでも習字を好きになれない一つの理由だった。
 この習字でひと騒動起こしたのもこの頃の話だ。普通文鎮と言えば四角い横長の金属の真ん中にポッチリとつまみが付いたような形をしている。しかし私の文鎮はいささか皆とは違う形をしていた。拳骨の様な直径5cm程の球体に四角い棒が突き刺さった様な形、正月に掲揚する国旗の竿の先端に付ける金色の玉が黒い重たい金属で出来ていると思ってほしい。これを半紙を押さえる文鎮代わりに使っていたのだが、ある日習字の若い先生が「新庄君、変わった文鎮ね?これは一体何なの?」と訊くので正直に答えた。

 「先生、これは死んだ御婆ちゃんが大腿骨を折った時に太ももに入れて骨の代わりをしていた金属です。葬式の時に焼き場で焼いても、これだけは焼けずに残ったので文鎮にしてろと御父さんが言ったのでそうしています。」若い女の先生はそれっきり席には近寄ってこなかった。