2026年5月1日金曜日

オオルリの季節がいつもより早く始まったようだ。飛翔編 It seems the season for the Blue-and-white Flycatcher has started earlier than usual.(Flight section)

  昨日のオオルリ枝留まり囀り編へのアクセスも多く頂いて恐縮中の朝。今日は飛翔編をご紹介してみたい。

 やはり筆者は己の理念、コンセプトとしての「野鳥と航空機は飛んでいる時こそ美しい!」にのっとって野鳥撮影時は極力その何か行動している生態と飛んでいる時の美しさを収録したいと思っている。

 オオルリは濃紺の翼の裏が白いので、コントラストがきちんとしていてフォーカスもしやすくて好きな野鳥の一つ。

 特に谷川付近を飛び交う際は上から撮れるので、見上げた飛翔シーンとは違って新鮮さを感じる。







手前へ飛んでくるのを捉えるのはいつになっても難しい。

2026年4月30日木曜日

オオルリの季節がいつもより早く始まったようだ。 It seems the season for the Blue-and-white Flycatcher has started earlier than usual.

  オオルリを一番最初に目視できたのは2008年4月、京都・宇治の三室戸寺の境内背の高い針葉樹のテッペンで囀っている時だった。

絵に描いたような針葉樹のテッペンだった。

 随分大きな声で囀っていたが、逆光で最初は青い鳥というのが判らなかった。

 それ以降、2010年から人吉へ行くようになって、地元の大先輩古江ご夫妻の先導で人吉を起点に宮崎県や鹿児島県の山道を移動、谷川に沿った針葉樹のテッペンで囀るオオルリを盛んに撮影させて頂いた。

 過去のオオルリ観察記録を紐解くと、京都宇治、宮崎県西米良、人吉久七峠、湯前町横谷、北九州市小倉北区足立山森林公園(秋)、日光東大植物園、奥日光湯川沿い、八ヶ岳高原ロッジ附近、明治神宮、高尾山、などなど。

普通はこのように下から上を見上げる幹事が多い。

しかし谷川や河川近辺に降りてくる場合は少し見下ろす感じで観察が出来る。





キビタキにしろオオルリにしろ囀ってくれていれば見つけるのは簡単。しかしツバの広い帽子をかぶっていると方向性を間違えるので、注意が必要。ベースボールキャップのツバを後ろにして被る人が多いのはそのせいだと思われる。

今回は枝留まり画像だが、明日は飛翔を中心に・・・。

2026年4月29日水曜日

明治神宮で採餌するオオルリは繁殖もするのだろうか? Do the blue-and-white flycatchers that forage at Meiji Jingu Shrine also breed there?

  明治神宮のキビタキをご紹介したついでに、同時にちらっと数分観察撮影できたオオルリもご紹介!

 ほんの数分だけ葉が数多く重なった木陰の向こうに見えた画像なので条件は非常に良くないが、その姿勢と虫を咥えて食べた助教が珍しかったのでご紹介。

 オオルリのオスがこのように尻尾を広げて身を反らす仕草はメスに対するディスプレイにも見える。パプアニューギニアのフウチョウ辺りのメスへのアプローチにも似ているような気がしたが、周りにメスの姿は見えなかった。

 以前奥日光でキビタキのメスへのディスプレイを目撃、撮影したことがあるがこの時のオスの行動にも似ているように思えたのでご紹介したくなった。 

2日前のしっかりとした雨で明治神宮北池も少し水が貯まった。

最初に木陰から此の姿を見た時は瞬間てっきりヒヨドリかぁ・・と思ってしまった。


ところが尾羽を上げた瞬間裏の白さが目に入りちょっと慌てた。

まさかと思った。明治神宮にオオルリ?

飛んで場所を移動してもこの形ですぐにさっきのオオルリだと判った。


このように場所を変えても尾羽を跳ね上げ広げる仕草は変わらなかった。


小さなヤスデのような毛虫を咥えたたオオルリ、フライングキャッチではない虫。


最後はしっかり目線が合って睨まれたような気がしてその場を離れた。

2026年4月28日火曜日

今年も明治神宮で囀るキビタキに遭遇、だがまだ1羽だけ。 I encountered a singing Narcissus Flycatcher at Meiji Jingu Shrine again this year, but it was only one so far.

  筆者は明治神宮の崇敬会に加入するほど頻繁に100年の杜に通っている。

 野鳥撮影だけが目的ではないが、5年前2021年の4月に「明治神宮100年の杜・野鳥」という写真集をごく少数自費出版した。それ程野鳥の種類が多いのだ。

 毎年春先にはキビタキ、オオルリなどが必ず飛来するし、サンショウクイ、センダイムシクイ、その他都心部においてはなかなか気が付きにくい種類もじっくりと観察できる。

 特に100年の杜を周回する外周路を進むとヤマガラなどが餌を求めて纏わりついてくる。隣の代々木公園と接する辺りではオオタカ、キビタキその他が両緑地を行きかうため観察・撮影チャンスが多いようだ。

 今回はFacebookでも盛んに投稿がなされているキビタキを撮影、ご紹介してみたい。まだ広い境内一羽だけが囀っていた。

 最近のFacebookの色々なグループメンバーの投稿をみると同じ場所、同じ枝で顔だけ左向いたり右向いたりしているカットをいくつも投稿されている様だがベストショットを1カット、せいぜい大きく違うカットを加えて2カットあれば良いのではないだろうかと思う。

 ・・・居た!撮れた!・・・だけの画像より、何かをしているカットを投稿して頂けると嬉しいのだが・・・。

 筆者も1回の訪問で収納出来た画像をチェックして、いろんな場所、いろんな木の枝で囀ったり羽根休めをしているカットを選りすぐって投稿してみた。キビタキの画像は全て同じ個体。

 とにかく近寄って近寄って大きくとらえられたという喜びを自慢したい気持ちはわかるが、こうなるとまるで鳥類図鑑になってしまう。

 投稿を見る方は周りの環境も良く判らず、撮影場所も東京の明治神宮だか日光の東大植物園だかまるで判らない。野鳥写真はその存在する自然も一緒に撮影したほうが野鳥自体が生きるのではないだろうか?

 2006年から20年間野鳥を撮影して来て、ノートリだの、証拠写真だの、「自慢と言い訳の野鳥写真投稿」にいささかげんなりし始めている団塊世代だ。

せめてこれくらいは引いてどういう状況で囀っているのかなど野鳥の生態が判るようにしたいと思うのだ。明治神宮である証拠に留まっている樹木は低木のアオキ・・。

 例えばこの画像が1000mを超える山岳地や1,600mの奥日光や蓼科の画像だと言えばすぐウソとばれる。1000m以上の寒い気温の高地には写っているアオキという植物が生えないからだ。野鳥だけをクローズアップするのではなく周りの環境も判る画像で投稿される方が好ましいと思うのだが如何だろう?

こういう点では尊敬する北海道千歳で撮影活動を続けられている嶋田忠さんの投稿画像をお手本にさせていただいている。

明るい紅葉の新緑の葉の中のキビタキ、見つけた時の感激を感じて欲しい!

この個体はやたら場所を移りながら囀っていた。

時々撮影者をじーっと見つめるが、こちらは硬直したように動かない・・・。

後姿でも時々振りかえって確認して

囀っていた。

また移動して

囀るキビタキ

繁殖候補の相手を探しているのだろうか?

此処でも睨まれた。

最終的には筆者の真上に・・・、迷彩ウエアと迷彩ハットが効いたのだろうか?

2時間ほど相手してもらったら、最後は真上の樹に来てくれた。境内を2時間弱移動して一度も腰を下ろさず計1万7千歩も歩いてしまった。団塊世代には結構ハードな探鳥行だった。

2026年4月27日月曜日

今の時期、虫を咥えている野鳥は殆ど子育て中と思って良い。 At this time of year, you can assume that most wild birds carrying insects are raising their young.

  野鳥のブログも今は繁殖中、子育て中の野鳥の姿を目にすることが多い。特に留鳥や夏鳥で日本で繁殖する種は間違いない。

 野川沿いの大きな緑地で昨年に続いてオオタカの繁殖を時々覗きに行ったついでに撮影した野鳥たちの画像をご紹介。

 幾度も言うが、最近のSNSへの野鳥投稿は人気のオオルリ、キビタキその他が連日で、Facebook上をこれでもか!と賑わしているが、撮影した時の色んなカットを全部出そうとするから同じ枝留まりの顔だけ右左を向いたもののオンパレードだ。せめて違う場所、違う枝でのカットを見せて欲しい。

 英国の五色ヒワやオーストラリアのレインボウ・ロリキートのようにいろんな角度から見てみないと判らない場合は別として、オオルリやキビタキは見慣れた野鳥だろうと思う。1カットあれば充分だと思うが如何だろう。今回の個体だけ羽根裏が真っ赤なんてことはない訳なので・・。

…という事で、今日のブログは「虫を咥えた野鳥たち」

まずは三鷹の自宅巣箱で7回繁殖したシジュウカラ、普段はヒマワリの種など草食。




シメも繁殖中なのか?

葉の裏に居る虫を咥えていた

これは初めて知った・・。

民家の雨戸戸袋で繁殖中のムクドリ、虫の付いた枯葉を咥えて。

イモムシ2匹を咥えて巣立った幼鳥へ給餌のオナガ

コゲラにして相当大きめの虫

正面から撮れた!

 この時期草地には虫が少ないので樹木系の虫を探すようなので、草原より森林地帯へ探鳥に行かれることをお勧めしたい。

2026年4月25日土曜日

団塊世代は生成AIの活用実践しつつも人間の脳の退化を強く憂える。 While the baby boomer is actively using and practicing generative AI, they are deeply concerned about the degeneration of the human brain.

  昨日のこのブログで生成AIに関して筆者の感ずるままを述べたら、いつもより随分多いアクセス数を頂いた。

 メディアでは生成AI普及過程においての諸問題・社会的デメリットに関する規制(法的・ビジネス的)に関する報道が盛んだが、筆者的にはむしろ脳科学者たちが警鐘を発している「人類の脳に与える悪影響」の方を非常に憂いている。

2日前の読売新聞・朝刊全国版一面見出し

 確かに生成AIは人類にとって驚異的な「最新技術」だ、これは間違いない。

 クローン羊、IPS細胞、IT(パソコン、インターネット、スマホ発明)を凌駕する人類史上最大の発明かもしれない。

 しかし、人類が生まれて成人するまでの間、両親や兄弟・親族、家周りの友人、近所の人、教育機関(先生・クラスメート)といった自分を取り巻く人的環境、更には周りの動植物、気象・天候、各種交通機関に囲まれて身に着く「経験・体験」は人間社会において約20年間を必要としている。

 それが理由でかっては国によって多少の差異はあるものの酒・煙草の許可年齢、車の運転、選挙権年齢、犯罪年齢の厳しい特別枠が在ったのだろう?

 これら長い年月を経て獲得できる「人間としての生きていくために必要な基礎知識」を「便利」を理由に発明された各種機器(キャッシュレス機能、スマホによる各種機能、SNS、LINEなどコミニュケーションTOOL)を人間の成長期に頻繁活用することで20年間の経験(失敗・挫折・成功の悦び)をかけて初めて身に着く「獲得資質」をパス=スルーしてしまう現状がこの先「不完全人間」を大量に生み出すのではないだろうかと筆者は危惧するのだ。

 

 もちろん、専門的な事はAIに関して知識不足で未熟な筆者としては多くは語れないし・偉そうに論ずることは不可能だが、自分で実践した限りにおいての経験値、成功話、失敗話は語れると思う。

 それが野鳥を中心とする撮影画像の修正・加工・・・といった狭い範疇での活用なのだ。

 ・・・と言いつつ筆者がこの生成Aiそのものをパソコン・ネットの「師」の手ほどきで始めたのはほんの1週間前。もちろん話は相当前から聞いていたし、師のデモ例はさんざん目にしてはいるが、人間自分で「必要性」を感じなければアクションは起こさないものだ。


 ・・・と言う訳で、まだヨチヨチ歩きだが野鳥画像の修正に普段使用している20年ほど前の画像ソフトAdobePhotoshop7.0での画像修正(トリミングとカラー補正のみ)と生成AIのGeminiとChatGPT使用のケース比較を試してみたのでご紹介。

 まずはアカショウビンの営巣記録(動画)切り出しの超ブレ画像を何とか雰囲気だけでも判りやすく観てみたいと補正・修正。

SONYハンディカム一般用で5時間録画無人放置した映像の切り出し TK氏実施

上のオリジナル生画像をGeminiで修正した画像。説明用に使用するレベルとして

1回目の指示プロンプトが不十分だと生成AIは勝手に翼の位置や巣の中に成鳥と同じ真っ赤なヒナを二羽も表現してしまったりする。これはやりすぎ、Facebookに最近多い野鳥画像の大半がこのレベルでの投稿。目的と意義を間違えると生成AIはトンデモナイ画像を創出してしまう。この辺りで人間の倫理観と正直さ+AIコントロール能力が非常に重要となってくる。

アカショウビン・ヒナへの給餌=動画切り出しの生画像 TK氏撮影

上の画像をGeminiに投入・加工 茶色いヒナと給餌がハッキリする。

 一方で、最近Facebookその他SNSへの投稿で生成AI活用の野鳥画像が急増している様だが、例えばこういった野鳥の入れ替え、猛禽類などで画像のピント合わせ、奇麗に見せる修正・加工をAdobe Photoshopなどを使えない為に生成AIで簡単に行っているモノが増えている様だ。


20年も昔、英国の南西部にあるエデン・プロジェクトのドーム内で撮影したヨーロッパコマドリ(=Robin)を日本のコマドリに入れ替えたもの。

 実践してみて初めて分かる生成AIの効果の大きさと奥の深さ、逆に事実を曲げないで修正するその操作の難しさを感じた次第。此処から先は人間としての許容範囲が何処までなのかのせめぎ合いになるのではないだろうか?

かってのクローン羊(ドリー)を生み出した際の人類の倫理問題がこの生成AIにも適用されるべきなのだが、今の所「便利さ優先」でビジネス界が先行してしまっており、冒頭の規制・法的制限が後回しでは、AIそのものに人間の先を行かれ対処策を生み出され、規制自体が出来なくなるのではないかと樹々している。そうなれば飼い犬に手を噛まれるレベルでは終わるまい? 筆者は非常に強く憂いている。