勿論、金閣、銀閣、清水、観光名所旧跡は行かなくもないが、いつ行っても人の頭の奥の景色になってしまうので落ち着けない。その昔、学生時代に修学旅行で行った際は、友達と話ばかりして何処へ行ったかあまり記憶がない。移動のバスでは勿論爆睡だったし・・・。
団塊世代も60歳を越えて、もうすぐオーバー70を迎えるのだ。あのBeatlesが歌った「When I 'm sixty-four」など既にずいぶん前にクリヤ
してしまっている。もう子供の頃のイメージの中では未知の領域だ。
そんな中、まだ20代だった頃のセピア色の京都の画像が出て来た。今は跡形もない国鉄嵯峨野の駅舎だ。一緒に行ったクラスメートは20年以上前から行方不明だ、探さねば!
東京から新幹線で京都に着くと、まず乗った京都市電。勿論地下鉄はまだない時代。
嵯峨の駅は保存しておくべきだったなー,今は嵯峨嵐山という名らしい。
電化されていない山陰線は架線が無いのでローカル色豊かだった。
この佇まいが、正しい日本の駅の伝統的姿だろうか。
’70年代を想い出すには国鉄の列車を見るのが一番。
未舗装の地道をゆっくり行くお年寄りの後ろ姿。これこそ写真力!