衣替えしながら断捨離を実行していたので、時間も掛かった。年賀状の自宅印刷もぎりぎりだったので、宛名書きも都心での打ち合わせの合間に生まれて初めてスターバックスなどカフェで行う始末だった。
そんな中、ヤマセミを追って年に数度行く人吉から嬉しい贈り物が届いた。人吉の温泉町にある老舗旅館「たから湯」さんから、搗きたてのお餅が見事なパッケージングで届いたのだ。くまモンのプリント付きの宅配段ボールに入っていたのがたから湯の名入り風呂敷に包まれた白い箱。開けてびっくり綺麗に整った丸餅が稲穂と南天の葉っぱと共に入っていた。
見事な丸餅、さっそく頂いたがお米の匂いと味がたまらなかった。
綺麗な墨文字でご挨拶が書かれていた。人吉ならではの、老舗旅館ならではの日本の美、伝統の美。同い年団塊世代のオーナーと女将さんの感性・人柄がそのまま出ていた。東京には元々無い日本の伝統文化だ。
たから湯さんの持つ棚田で、オーナーご夫妻始め従業員総出で田植えから刈り取り、餅つきまで行って丹精込めて出来た逸品。年の瀬一番の嬉しい出来事だった。
筆者も毎年恒例にしている干し柿づくりの成果を恩師などお世話に成った方々へ贈った。但し今年は柿が不作で吊るし始めに学会が重なりいつもの年より遅い干し柿製作となった為、第1弾を5名様にしかお届け出来なかった。残りは年明け10日頃になりそうだ。
今年の柿はいつもの年の1.5倍以上大きな大柿だったのでヘタの部分が持たないものが出る程だった。
最近SNS(=social networking
service)では「明けましておめでとうございます」を「アケオメコトヨロ」と短縮使用する輩が多い様だが、時代が変わった。昨年末のレコード大賞も乃木坂46というAKB48の柳の下のドジョウ狙いグループが、学芸会レベルの合唱(踊り付き)で獲得するなど、レコード大賞そのものの「本質」が暴露されてしまった。
大相撲も実は国技でも伝統神事でもなく、ましてやスポーツでもない事が昨年暮れに全国に知れ渡ってしまった。経営能力など殆どない元相撲取り達が現役時代の力関係で運営する大相撲協会はプロレスと同じ娯楽興行組織(見世物)である事が判ってしまった点で非常に残念だった。時代はどんどん変わる。スマホやゲーム、ハリウッド映画を通じて全てがCG、デジタル合成・作画、バーチャル・虚像仮想空間の絵空事になる中、自分だけは今までどおりリアル・現実を追及する一年にしたい。
こうした慌ただしい年越しだったが、元旦の今日は自宅の玄関先から高圧線鉄塔に留まったハヤブサを撮影出来た。更には午後10kmランニングに出た際、住宅街の電線に留まった猛禽類ツミを撮影できたのには驚いた。今のところに引っ越してきて20年経つが、地元で一日に珍しい猛禽類に出遭えるのは初めての事だ。今年は何か良い事がありそうだ。
自宅から距離80mに立つ高さ50mの高圧線鉄塔最上部に来るハヤブサ。
暮れの30日から毎日朝此処にとまっている。
Canon EOS7D MarkⅡ+シグマ50~500ズームで手持ち撮影。
ヒヨドリと同じくらいの大きさの猛禽類ツミ、結構珍しい。2006年に近所の大学敷地内で一度見かけて撮影した事があった。もう10年以上前の事だ。
これがコンデジの画像とは思えないとはおもうだろうが、Canon Power Shot SX710HS・距離8mでの撮影。自慢的表現で嫌いなのだがいわゆるノートリミングでの撮影だ。武蔵野の住宅街でこういう遭遇はおいそれとあるものではない。
で、午前中の探鳥・撮影から戻るとぶ厚い年賀状の束が届いていた。これを見て驚いてしまった。同い年、団塊世代のクラスメートなど仲間から来たものを顔を思い浮かべながら読んでいて「?マーク」が幾つも浮かんでしまった。
年賀状に「今年はとうとう喜寿を迎える・・・」との文言が4通ほどあり、誰だ?77歳に成るってのは・・・と差出人を見たら皆かってのクラスメートではないか!確かに今年70歳になるのが昭和23年生まれ団塊世代の殆どだが、70歳は「喜寿(㐂寿)=77歳のお祝い」ではなく「古希」だろうが。杜甫の詩の一節である「人生七十古来稀なり」に由来しているこの古希と喜寿を勘違いしている方の何と多い事か、驚かされた。まさかボケ始めでは無いと思うが、団塊世代ですら日本古来の習わしから遠い所で生きてきた事を思わずにはいられなかった。
野鳥仲間の年賀状は戌年でも野鳥のモチーフがお約束なのだ。
是非是非今年もこのYAMASEMI WEB BLOGを宜しくご覧頂きたく存ずる、筆者伏してお願い申し上げたい。
同時にご覧頂く方々にも多くの幸が生まれる事を祈念して新年の御挨拶に代えたい。