筆者は今から13年前2013年の5月にこのYAMASEMI WEB BLOGを開始した。更にその年の12月に「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」の連載を始めた。
この「団塊世代のヤマセミ狂い外伝」は我が子に自分たちの父親がどんな人生を歩んできたのかを教えておくためにつたない国語力で必死になって週末2日間に限りブログに書いたものだ。
本来は自分が没頭観察・撮影していたヤマセミ中心の野鳥生態瞬間をご紹介するブログサイトだったのだが、週末土日はそのブログを読んで下さる野鳥好きもフィールドに出てウォッチングや撮影に勤しむだろうと、野鳥物はやめて「団塊世代の生い立ちと色々な出来事」をただ書き綴ったものだった。
その中にうっかり65歳になった今(当時)今後10年の間に10冊の本(写真集)を出そうと思うと意気込みだけで書いてしまった。一瞬無理かとも思ったが、勢いでエイ~ヤッ!と書いてしまったのだ。
その時点ですでに球磨川の山翡翠(2011年発行)、江津湖の野鳥(2012年発行)を自分のパソコンで95%まで原稿を作り上げ、500冊づつほど印刷して野鳥ファンの人々や仲間に配っていたので決して無謀な宣言ではなかったとは思った。
しかし責任を重く感じたのは間違いないことだった。
そうして、気が付いた今回。
整理してみたらなんと22冊もの自費出版をしていた。この中で一般の方に販売したのはたったの3種のみ。それも本屋さんルートではなくバードウォッチング専門店など特殊なルートだった。たった1軒で3か月間ネット販売で200冊近く売れたというのだから驚きだった。もちろん筆者はプロではないので制作原価で販売したので利益はまるで無い。
目的が多くの人に見ていただきたいというのだから其れで良かったのだ。
筆者はプロではないので、いつもアマチュアとしての領域は極力出ないように心掛けている。しかし販売しない代わりに、その内容を少しでも広く情報拡散しようとその日のブログをまずTwitter(現X)にタイトル(和文英文で)表記とタイトルに見合うメインカットの画像を載せた。同時にそのTwitterの表示をそのままFacebookに転載し続けた。
このTwitter+Facebookでオープンにすることで、結果として世界中の閲覧者にアピールすることができた。スマホが人類の身体の一部になってしまったような此処4~5年はそのアクセス数がうなぎ上り、世界中で1日3~5,000件のアクセスを頂いている。
アナログの写真集、他出版物にデジタル領域のSNS(Twitter+Facebook)を加えることで多くの人々に、それも世界中の人々に野鳥観察・撮影の成果を伝えられるという目論見は十分成功していると思う。
もちろんこれらは自分一人での考えではなく、40年来の付き合いのある我がパソコンの師であるウインドサーフィン仲間のS氏の助言から始まったもの。筆者はそれを実践しただけなのだが13年経ってその結果に一番驚くとともに喜んでいる。



