二日目に入り、店内湿度の関係で展示ボードが異様に反ってしまう事態になったが、ボードに水を霧吹く事で解消。キャプションは写真用紙なので反りが激しく、明日朝予備のスペアを裏打ちして使用することに。
女性の来訪者が非常に熱心に1枚1枚ご覧になっている。男性の場合は気に入ったものをじーっとご覧になる傾向が強い様だ。有名人気画家の展覧会などで入り口から順番に全部観ていくタイプには女性客が多いという雑誌データもあながち嘘では無い様だ。
二日目に入り、店内湿度の関係で展示ボードが異様に反ってしまう事態になったが、ボードに水を霧吹く事で解消。キャプションは写真用紙なので反りが激しく、明日朝予備のスペアを裏打ちして使用することに。
女性の来訪者が非常に熱心に1枚1枚ご覧になっている。男性の場合は気に入ったものをじーっとご覧になる傾向が強い様だ。有名人気画家の展覧会などで入り口から順番に全部観ていくタイプには女性客が多いという雑誌データもあながち嘘では無い様だ。
1月30日(木)いよいよ始まった珈琲店ミックさんでの筆者写真個展「八代市の野鳥」。
毎朝のペロ(愛犬黒柴)散歩の代わりに野鳥撮影、朝空撮影を狙って球磨川沿いに散歩。三鷹より40分日の出が遅いので体内時計(=毎朝6時30分±5分に目が覚めてしまう)が日の出より早すぎてちょっと拍子抜け。
しかも東側は九州山地で500mくらいの低山が山脈を形成しているので、更に日の出が遅くなる。
今朝の八代市内は昨日と打って変わって快晴!気温がマイナス0.5℃なので三鷹と変わらない。球磨川越しの日の出情景と朝日を浴びた不知火海越しの雲仙普賢岳などを撮影、オープン前に1時間の徘徊。
そうして、9時ちょうどに勝手知ったるお店裏口から・・。
なんとまあ、笠井麻衣さんのレイアウト吊り下げ、ランダム吊り下げ見事に決まった。後で取材に来たTV局の方が感動されて「撮り易い!の一言」だった。自分の店を知り尽くしたセンス。勉強になりました。
ミックマスターは毎日恒例の長いすストレッチの真っ最中!珍しいものを拝見できた。
で、席にも着かないのに最初のお客様がなんとテレビ局の方!取材だとの事。
いよいよ明日から2週間、八代駅前にある老舗珈琲店ミックさんで筆者が撮影した八代市内の野鳥の写真展開催されます。
今日は設営の一日。音楽で言えば「ミックサウンド♪」を作り出している笠井麻衣さん(ミックマスターの娘さん)が演出する写真展。撮影者はただただその飾りつけのセンスの良さに驚き呆れながら一日中(実は時々、ほんの一瞬)準備の手伝い。
朝早くには、八代野鳥愛好会の高野博士(クロツラヘラサギの世界的研究者)や栂野さん他女性陣ががわざわざ手伝にはせ参じ、感謝感謝の準備スタート。
期間も2週間とたっぷりなので、お時間のある時にお出で頂ければ、筆者大変嬉しい。
昨年の12月まで11年に渡り毎日更新を続けたYAMASEMI WEB BLOGのきっかけを作ってくれた熊本県は八代市に在る在来線八代駅前の老舗珈琲店ミックさん。12年ほど前、熊日新聞に連載された有名店・有名人の出水晃さんの記事の一つがコレ、開店時の話。
いろいろなご縁が積もり積もって、今週30日(木)から写真展「八代市の野鳥」を開催する運びになった。明後日羽田からいつものようにANAで移動するが、ここ10日間ばかりはパソコンとプリンター、ノコギリと両面テープを使っての図画工作の時間だった。
小学校の時から、図画工作は決して嫌いではなく、体育と並んで最も好きな学科の一つだった。小学校は通算4か所も通う忙しい小学生時代だったがいずれの学校でも図画のコンクールに作品を出すように言われ、必ず何らかの賞をいただいている。
たった半年6か月しか居なかった八代市の太田郷小学校でも、学校代表だったかクラス代表で工作物を作らされコンテストで入選している。何を作ったか?今考えるととてつもなく恐ろしくなるが、樹木の皮を貼った野鳥の巣箱だった記憶がある・・。
父親が十條製紙(現日本製紙)で樹木の皮や木材は山ほど手に入ったからだった。
小学校を4か所も通ったのは決して悪さして退学になった訳では無く、父親の仕事の転勤に伴う引っ越し転校なので…念のため。
その最後に卒業したのが八代市の太田郷小学校という訳だ。
久さしぶりに新宿御苑へ。
千駄ヶ谷門から入り、池を廻り日本庭園を抜けて新宿門から出ただけのワンウェーだったが、それなりに野鳥に出遭えた。
海外からのインバウンド客の方が多い感じの園内だった。かってルリビタキやトモエガモが飛来していた頃とは様子が違い、バーダーさん達の姿は少ないようだった。
バーダーさん達の野鳥情報ネットは恐ろしいほど速く、皆さん徒党を組んで輪になって動かれるので、めぼしい被写体は「勘」で判る事が多くなってきた最近。
全く何の情報も無く、「らしい所」をそーっと進むと、色々な野鳥に出遭えるという経験値だけで今回は御苑を廻ってみた。
結果は藪鳥系が多く、オシドリも4羽ほど居るのが確認できただけで、いつもの年よりはまだ少ないようだった。
昨年10月JP郵便料金が値上げされた。ハガキが1通85円になった。
約1か月前、昨年12月17日付のこのブログで、筆者は郵便料金値上げに抵抗してお年玉付き年賀はがきなど買わずに、中学生時代から大切に貯め込んで来た記念切手を断捨離ヨロシク使って出すのだ!と宣言、多くのアクセスを頂いた。
その一部を振り返ってみると、世の中の物価高と比較して郵便料金の値上げ率がラーメン価格ほど極端だという事だった。
そうして、この流れは特に年賀状を沢山出し、沢山届くという事を正月の一つの悦びとしている昭和生まれの高齢者たちにとって相当な痛手だから大きな変化が生ずるのでは?とも書いた。日本の正月の一つの文化が消滅するのでは?とも書いた。
元旦に国旗日の丸を掲揚=出すというのは当の昔に終わってしまった。
おせちを自前で作る人も激減した。
築地場外やデパ地下で日本古来のおせち具材を集めれば五千円でもお釣りがくるというのに、本来あり得ないローストビーフや伊勢海老など豪華な食材をこれ見よがしに並べ、何万円もする2~3段の冷凍おせち重が新聞の全面広告に載っているものを買い込むようになった。メインメディアもある意味で日本の正月を壊しているのだ。
羽子板、凧揚げ、独楽回しなどは昭和の後半で既に観られない様になっていたし、インターナショナルだの多様化だの文化・伝統の固有性を無視して「何でもありが当たり前」と主張する大手メディアの主張に乗って「日本の正月文化」は廃れる一方になってしまった。
それに追い打ちをかけたのが昨年末の郵便料金値上げだ!
筆者は思う、若い世代はFace Book Twitter(現X)やLINEで「アケオメコトヨロ 」でも良いだろう。しかし昭和生まれの高齢者は親族やごく親しい方とは生存確認を兼ねて「年賀はがき」のやり取りだけは続けたいのではないだろうか?
九州は八代市の駅前、老舗珈琲店ミックの名物マスター出水晃さんは言う、「800枚に及ぶ年賀状を作って出すのがしんどくなった」と。800枚といえばはがき代は値上げしたので68,000円になる勘定だ。いくら客商売とはいえこれは大変。電話が来た際「マスター!もうやめ!」と思わず言ってしまった。
12月の投稿でも書いたが、普段のはがき料金は需要が減ったので85円でも良い、しかし年賀状はがきだけは40円くらいにできないか?皆さん値段が半分になれば得をした気分になり二倍・三倍の枚数を出すのでは無いだろうか?
高齢者は特に生存確認の意味も込めた年賀状だもの・・・。