元来、松の内とは正月十五日までだった。正月十五日を「小正月」と呼ぶ所以。今でも関西では1月15日までという所もあるが関東では七日で松が明け締め飾りなどを早々に始末する。
これにはいろいろな説があるが、徳川家光の月命日によるものだとか、江戸は例年1月2月に火事が多く、燃えやすい藁や紙の飾りをいつまでも軒先に飾ると火事の際、燃え広がりやすいという現実的な話が存在する。
士農工商のヒエラルキーが存在せず「商」がすべての頂点に在った大阪には江戸の様な「秩序」が無かった。火消しなどの統制力・力は圧倒的に江戸の方がしっかりとしていた。
最後の将軍徳川慶喜さん御側室が江戸火消しの娘だったことは有名な話だ。上野寛永寺から水戸へ移動の際、全ての町火消しが警護・護衛したという。
だからこそ西郷隆盛先頭に幕末江戸へ進軍した際、勝海舟が「武力で攻め入るのであれば、江戸の町を武士・火消しの団結力をもって火の海にしよう、攻め入った官軍は翌日から食う物にも困ろう。」この具体案を聞いた西郷さん「無血開城」へ方向変換したという。
これが街力・民衆に秩序の無い大阪だったら・・?
前置きの話が長くなったが、「火、火事」というものに対する「危機感・警戒感」が江戸での松の内が正月七日までとなった原因を探ってみた。
これ以外にも、寿司、天婦羅などに使う生魚を漁る漁師や魚河岸がいつまでも動かないというのが江戸町民並びに武士たちの食生活に及ぼす影響が大きかったのではないだろうか?江戸には保存食という文化はそう発達していなかったもの。
で、正月以来の大地震、航空機事故、大火事という天変地異のおかげで、あれほど報道メディア界の美味しいネタだった自民党安部派・二階派のパー券ダマテン・ネコババの一件、すっかり鳴りを潜めて議員たちはホッと一息状態の様だ。
しかし話は戻って、検察も警察もこれまで煮え湯を飲まされてきた自民党大物中心の動向、今回はしっかり最後まで追い込むのではないだろうかと応援してくれる世論をバックにきちんとした結果を出してくれるのではないだろうか?筆者も実はひそかに期待している。
雑談めくが、暮れ大晦日の「NHK紅白歌合戦」は一体何だったのだ?
もちろんリアルタイムでは観ていないが、正月4日にNHKプラスで早送りしながら全体を30分も掛からず観てみた。出演者の歌手(大体一人で歌える歌手があまりに少ない)は3名しか知らなかったし、印象に残る曲は一曲も無かった。特に学芸会のように誰が歌手なのか判らない踊りのついでに声を出しているような楽曲は、全て生成系AIで作った曲の様だった。
かって1980年頃、スターウォーズやスーパーマンやジュラシックパーク、バック・トゥー・ザ・フューチャーのテーマ曲がごちゃごちゃに聞こえたのに似て、何が何だか分からなかった。最近のこの手のサウンド(音楽とは思わない)はそれ以上だと思う。
筆者は、全く知らない音楽家らしきYOSHIKIとかいう顔を出さない黒メガネの若者が今朝の読売で大きなコメントを載せていた。読んでみたらものすごくまともな事を言っている。
あのBEATLES解散後のジョージ・ハリソンが歌った「My Sweet Roard」が、かってThe Chiffonsの「He's so Fine」のパクリではないかと裁判になり負けたが、筆者も生成系AIによる楽曲はこの先滅茶苦茶になるだろうと思う。
自分でもそう思う。プレスリーに始まり、ポール・アンカ、コニー・フランシス、ニール・セダカにリッキー・ネルソン、その後ビートルズの出現以降サーフィン・サウンド、リバプール・サウンドからフラワー・ミュージック(=ヒッピー・ミュージック?)へ目まぐるしく変化した音楽シーンに揉まれたので、2000年以降最近のサウンドは皆同じに聴こえる。
昨日、たまたまカラー化されたNHK「夢で逢いましょう・坂本九特集」を録画で観たが、全てがアナログの時代のTV音楽番組。あまりの幼稚さに驚きもしつつ落ち着いて「音楽」を楽しめる自分に驚いた。
今朝のNHKの「小さな旅」のテーマソングを聴いても、あの紅白歌合戦のサウンドよりはるかに良い音楽だと感動してしまった。
あの紅白の集団で踊って歌っている音楽って、映像が無く声でなくインストルメンタルのオーケストラで演奏してラジオえ流したら、果たして何の曲か判るのだろうか?今後はもっとこれに輪をかけて似たような音楽が増えるのだろうか?
それであれば自然界の虫の音や蝉の声の方がはるかに個性に富むんじゃなかろうかと思う次第。