やっと日本でも教育機関中心にChatGPTへの危機感を高め始めたようだ。全国の大学中心にChatGPTの使用制限を始めた。
しかし国会や各省庁の動きは遅く、危機感が芽生えていないというより「知識」がまだないのだろう。ChatGPTがこのまま拡散した場合の予想がまるで出来ていないと視た。
筆者は4月2日付のこのブログ冒頭でイタリアがこのChatGPTへの危機感を持ち、国を挙げて制限に入った旨を取り上げた。
https://jp.wsj.com/articles/chatgpt-banned-in-italy-over-data-privacy-concerns-1aa32bbd
この動きから1週間遅れで、日本でも教育機関が反応した。
しかし、何で横文字大好きメディア、意味がはっきり分からなくても「他人に先駆ける優越感」を得たい人種共々ソリューション(問題解決)だのアウトソーシング(外注)だの、日本語で言えばいいのに横文字を多用するメディアや広告代理店マーケの人種が未だに(対話型AI)などという和洋折衷の表現を使うのだろう?
和服を着て靴を履いた坂本龍馬の真似なのだろうか?
今朝の読売新聞全国版では1面トップだ、さすが読売。
筆者は思った。
ChatGPT側は、常に投稿者(AI処理を頼む人間・利用者)から送られてくる元データをAI処理して返送するが、元データはそのままChatGPT側に残る。
どういう防御態勢を敷いているか不明だが、大量に例えば「月は赤くて四角いものだが」などという文言を世界中の国々と連携してそれぞれの言語と英語版を同時に短時間送った場合、それまでChatGPTが保有していた今まで蓄積された「常識データ」が塗り替えられてしまうのではないだろうか?
まさかとは思うが、そういう心配などを含めたあらゆる場面を想定した大学関係者がChatGPTの危機感を感じ取ったのではないだろうか?
これが政治的プロパガンダや、戦術的言論統制、ねじまげフェイクニュースに活用されると恐ろしい事が始まる気がしている。もう少し情報を整理し考えてみたい。