2021年12月6日月曜日

団塊世代の鰻飯考現学、東京編。 Baby boomer generation's recently eel kabayaki dish study. Tokyo edition.

  昨日の鰻飯話、いきなり筆者のYAMASEMI WEB BLOG上のアクセスランキングでトップに成っている。大げさに団塊世代風に言えば1964年The BeatlesのCan’t buy me loveがビルボードやキャッシュボックスで初登場1位の衝撃以来だ。判る人少ないだろうなぁ?

 ヤマセミなど野鳥の投稿でこういうことは何故か起こらない、土日は野鳥ファンはご自身がフィールドに出てしまうのでブログなんぞぁ見ちゃいないのだろうと思うが・・。

 実は筆者自身も昨日は明治神宮で活性化し始めたカワセミの縄張り争いなどバトルを夢中で撮影していて、戻ったら昼飯食べてなかったことに気が付いたりしたので良く判る。

昨日の明治神宮カワセミバトル!詳細は近日中にこのブログで。

 前置きはそのくらいにして、今日は鰻飯考現学の関東編・東京編。

 九州育ちだから九州風の直焼きタイプが好きな訳ではない。大体東京生まれの筆者が親の転勤で引っ越し、九州(小倉・八代)で地元民として育っていた6歳から13歳までの間、鰻など食べたことは一度も無かった。筆者が初めて鰻を食べたのは13歳(1962年)になって勉学の為単身上京し世田谷区東玉川の親類宅に下宿し、近所の奥沢中学校へ通い始めた頃。

 下宿先の叔父家族に連れられて自由が丘の自由が丘デパートの対面二階にあった上品な鰻屋さんで鰻重を食べたのが最初の経験だった。初めて見る蛇を開いて焼いたような料理を恐る恐る食べておいしくて、あっという間に平らげて「お代わり!」と言って大笑いされたのがまだ頭に残っている。今はもうこのお店は無い様だ。

 個人的話は置いておいて、こういう育ち方をした筆者が鰻に狂い始めたのは、何と言っても1979年頃、銀座の中堅広告代理店に勤め始めて銀座一丁目のひょうたん屋という鰻店にランチを食べに行ってからだろう。まだ特上が2,000円するかしないかの頃で、「特上大盛!」と叫んで同僚達と小上がりに陣取るのが常だった。

 このお店は10年ほど前昭和通りの方へ移転したが、経営者のご家族が北区の方という事で筆者が小さい頃育った西ヶ原界隈に詳しいので、話が弾む極めてアットホームなお店。

 焼き方は完全な九州スタイルだがツメというかタレが江戸風で甘くない!それに鰻がプリップリで弾力に富んでいて、これが最高に良いのだ。勿論炭で直に焼くので大将は年がら年中団扇で炭火を扇いでいる。かって銀座通りの西側にあった頃は、仕事から戻って有楽町から電通通りを渡るあたりから鰻を焼くいい匂いがしてきたものだ。広告代理店的に言えばこれ以上の宣伝効果はあるまい!と思ったものだ。

 70歳を越して「鰻サミット」称したグループのランチ会でも二回に一回はこのひょうたん屋で開催している。

間口が狭く奥行きの深い正真正銘の鰻の寝床状態のお店。

以前は「特上!」だったが、最近は「中」で回数を稼ぐようになった。

もう、この鰻の身の盛り上がり具合は江戸風の蒸して・・では味わえない。

「鰻サミット」メンバーは九州・関西育ちが多いので当然大のご贔屓だ。

毎回綺麗にコメを一粒も残さない完食がお約束。

 次は江戸風で此処が一番だろうというお店。

 江戸風の鰻屋さんは、いくらでも東京に在るのだが、最近「鰻サミット」メンバーに教わった浅草田原町の「やっこ」が良いと思う。このお店は江戸末期からあって、勝海舟やジョン万次郎が通ったという話題性の高いお店。

 店内の造りも当時の面影を残しているようで、佇まい自体が素晴らしい。京都辺りにあっても決しておかしくないよき時代の日本の面影を感じさせる。
 鰻自体もお昼のサービスは充実していて、本格的鰻重を2,600円で食べられる数少ないお店だと思う。味は「この値段で良いの?」レベルのハイ・コストパフォーマンス。
江戸時代の鰻蒲焼き屋のランキング表に出ている!由緒あるお店だ。

ランチの鰻重。美味しい。

表の看板に偽りなし!

この日は一番客で入れたので店内を撮影させて頂いた。


此処までの店内は東京でもなかなか無い。

奴、だけに奴凧!

 勿論、東京の鰻屋さんはメチャクチャに数が多い。まだ行けていない良い味のお店が下町中心に沢山あるだろう。例えば目黒線の不動前には「八ツ目屋にしむら」、など名の高いお店もある。このブログは店ガイドではないので多くは載せないで鰻の哲学、雑談と思って観て頂ければ嬉しい。
 いわゆる食いもんに貴賤や上下は無い。あくまで好みの問題だ、好き嫌いの問題だ。だからミシュランの星幾つなど筆者は全くアホらしいと思っている。食事の好みにモノサシなど有る訳が無かろう?食べる側の体調や仕入れた食材で「味」などいくらでも変わるのだ。

 今どきの輩はおのれの味覚に自信がない、という事はもう間違いのない所だが、子供の頃からファミレスやファーストフードで育った最近の者どもは本当の美味しさを知らないので、「味が判らない」「人が美味しいというモノを自分も美味しいと思わなくてはいけない」などと思っている節がある。スマホで検索した店に行って平気でいつまでも並んでいる人々を観ると可哀相に成ってしまう。食欲、性欲、睡眠欲は人間の生きていくうえでの三大必須欲だ。これを疎かにしては健康な人生など送れる訳がない。

 それにメディアが持て囃すのを良いことに、本来裏側でのみ技量を発揮すべき料理人が偉そうに表に出て来るのは大嫌いだ。料理を作る役割、料理をサービスする役割、それぞれ専門領域を壊すようなメディアの持ち上げ方、報道の仕方は好きになれない。

 鰻屋さんはその点、昔からの伝統を保っていて非常に心が休まる。これからも鰻をご贔屓に!